雲の海を越えて、彼方の灯り
空中船《アルセア号》は、王都上空の青空を突き抜け、やがて漂う雲海の中へと進んでいた。
「うわ……雲の中って、こんなにしっとりしてるんだにゃ……」
ミュリルが両手を広げて甲板を走り回ると、しっぽがふわふわと揺れている。フィーナは「空気が重たいウサ……でも、なんかワクワクしてきたウサ」と、耳をピンと立てていた。
「まもなく第一の障壁、雷雲帯です。魔力反応、複数あり。風の流れも大きく乱れてる」
シャルロッテの冷静な声に、船内に緊張が走る。前方に巨大な雷の柱が立ち上り、空を裂くように稲光が走る。
「……やっぱり来たか。シャルロッテ、精霊シールド、全開でいけるか?」
「はい。風の精霊との調律は問題ありません。ただし……」
「ただし?」
「その“後”に何かが控えている可能性が高いです。あれは……“結界”のようなものです」
イッセイは唇を噛んだ。予想はしていた。雷雲帯はただの自然現象ではない――明らかに《方舟》の領域を護る防衛機構だ。
「よし、突っ込むぞ。ミュリル、視界確保を。フィーナは魔力供給をサポートしてくれ。セリア、安全対策、念入りに」
「ラジャーにゃ!」
「うさっ、魔導炉に増圧ウサ!」
「チェック項目、全て再点検済みです!」
《アルセア号》は風を切り裂き、雷の海へと突入した。
轟音。閃光。熱気。振動。
「イッセイくん、船体、揺れまくってる!」
ルーナが転びそうになりながら叫ぶが、イッセイは冷静に舵を握る。
「大丈夫だ。アルセア号は、風を読む。雷を避ける“感覚”を持ってる」
彼の言葉通り、船体はギリギリの軌道で雷の合間を縫っていく。風の精霊たちが導くように翼を震わせ、魔力の流れを操っていた。
そして――
「抜けた……!」
光が一閃し、船体が雲の層を突き破る。次の瞬間、目の前に広がったのは――
「空の……都市……?」
空の彼方、淡く光る浮遊の城塞群が姿を現した。建物は白く、曲線を描き、どこか“風”そのもののように美しかった。
「……あれが、蒼穹方舟……」
シャルロッテが静かに呟いた。
「ひゃー……ウチのぷるぷるスパより、ちょっとスゴいウサ……ちょっとだけ」
リリィが視線を細め、両手を腰に当てながら、なぜか真剣に市場分析を始めていた。
「この高度での滞空は、独自の空気循環式浮遊機構か……素材は……ちょっと待って、アレ、超レアな“空晶石”ウサ!? マジ!? え、え、え!? 採掘独占権、誰が持ってるの!?」
「うるさいわよ、リリィ! 今は観光じゃないの!」
クラリスがリリィの頭を軽く小突くと、ミュリルがくすくす笑いながら、「リリィ、目が完全にゴールドの輝きだったにゃ」と茶化す。
その時、警報音が鳴った。
「未確認飛行物体、接近中です! 方舟からの自動迎撃機構かと!」
「……やはり“異邦者”には厳しい対応か」
イッセイが剣を構えたその瞬間、複数の鳥のような形をした“風の魔獣”が姿を現し、こちらに急接近する。
「戦闘準備ッ! 精霊砲、解放!」
「リリィ砲ウサー!!」
「それ、今考えたでしょッ!」
精霊の加護を帯びた《アルセア号》が、旋回しながら迎撃を開始する。雷弾が風を裂き、魔獣が空を舞う。だが仲間たちは慣れた動きで対応し、次々と撃退していく。
「……あの灯り、方舟の中央塔。あそこが中枢だにゃ」
ミュリルが遠くの煌めきを指さす。
「よし、目指すぞ。あの空にある希望の地、《ソラ・ノア》へ!」
風が追い風となって、彼らを空の果てへと押し上げた。