風を裂く、空中船発進!
「これは……空に向けて、風を乗りこなす“方舟”を造るということですね?」
王都南部の開発区画、王立魔導工房の一角にて。シャルロッテの問いに、イッセイは頷いた。
「そうだ。浮遊諸島のさらに上、あの《蒼穹方舟》まで辿り着くには、従来の飛行船じゃ無理がある。高高度対応型の空中船――新しい設計が必要になる」
「でも、そこって風も魔力も乱れてるウサ。普通のエンジンじゃ不安だよ」
リリィが図面を覗き込みながら頬を膨らませる。
「それは分かってる。だから今回は、王国の浮遊術式と、俺の前世の航空工学、それに《精霊結晶》を融合させた“魔導飛行推進船”を造るつもりだ」
イッセイは手元のノートを開き、複雑な数式と機構図を広げて見せた。まるで飛行機と気球と魔道具が合体したようなデザイン――だが、明らかに既存の空中船とは次元が違う。
「それって……なんかこう、ニホンのアニメで見た“最終決戦の専用機”っぽいにゃ」
「見た目も性能も、まさに“決戦仕様”ですね」
ミュリルとセリアのツッコミを軽く受け流しながら、イッセイは仲間たちを見渡した。
「俺たちの冒険はここからまた“空”へと広がる。だからこそ、万全な準備が必要だ。リリィ、必要な資材と職人の確保、頼めるか?」
「任せてほしいウサ! ぷるぷるの商会ネットワークがあれば、風のように仕入れられるウサ!」
「シャルロッテ、機関部の精霊制御系を頼む。お前の調律なしじゃ、まともに浮かない」
「了解しました。風の流れを読むのは、私の本分ですから」
こうして始まった、“空へ還るための船”の建造計画。その名も《セレスティアル・シップ・アルセア号》――古代語で“空に祝福されし航路”を意味する名だ。
◇
日数はかかったが、王立工房と商会の協力で、造船は急ピッチで進んだ。大空に浮かぶ白銀の船体。帆の代わりに風の精霊結晶を積み、底部には魔導圧縮炉が搭載されている。
「これが……完成形か」
イッセイは、完成した空中船《アルセア号》の前に立ち尽くしていた。どこか懐かしく、それでいて未来を感じさせる機体。手すりにはクラリスが立ち、微風に髪をなびかせていた。
「まるで、翼のようね。風の導きに従って、遥か彼方へと――」
「クラリス。怖くないか? まだ見ぬ空の先なんて」
「ふふ、イッセイとなら、どこへでも行けるわ。たとえ“空の果て”だとしても」
「……ありがとう」
そのとき――
「さあさあ皆さん、いよいよ出航だウサ! 各部署の準備状況を最終確認するウサよー!」
リリィの甲高い声が甲板に響く。ミュリルが猫耳を揺らしながら浮遊ブースターにまたがり、セリアは真面目な顔で安全チェックリストを読み上げる。
「魔導炉、点火準備完了。浮遊術式、展開。精霊風の軌道予測、問題なし」
「ダクト内異物なし、魔石冷却も正常にゃ!」
「よし、出航だ――目指すは《蒼穹方舟》!」
イッセイが手を高く掲げた。
「《アルセア号》、発進!」
魔導炉が低く唸り、足元の地面が揺れる。風が渦巻き、船体の下に白い魔方陣が輝いた。次の瞬間――
ごぉぉぉおおん――
船体がゆっくりと浮かび上がる。王都の人々が驚き、手を振って見送る中、空中船は風を受けて高度を上げていく。
「浮いてるにゃああああ!」
「きゃあっ、でも風、気持ちいいウサー!」
「みんな、落ち着いてください! 飛び降りても助かりませんよ!」
甲板は早くも大騒ぎ。だが、そこには確かな希望と、高鳴る鼓動があった。
遥かなる空の向こう、《蒼穹方舟》はまだ見えない。けれど――
「風が、呼んでる。あの空の先で、何かが待ってる気がする」
イッセイは、遠く揺れる雲の海を見つめながら、剣をそっと手にした。
空は、静かに彼らの旅を迎え入れていた。