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旅の終わり、再び異世界へ①

 カーテンの隙間から差し込む陽光が、マンションの高級リビングをやわらかく照らしていた。


 東京・表参道の中心に位置するその部屋で、イッセイはソファに腰をかけ、湯気の立つカップを手にしていた。


 ブラックコーヒーの香りが、懐かしく胸に染みる。


(……あっという間だったな)


 転移してから一ヶ月。異世界の仲間たちと共に現代日本で過ごした、夢のような時間。

 だがその夢も、もうすぐ終わる。


「おはよう、イッセイくん」


 寝癖まるだしのミュリルが猫耳フードのパジャマ姿で現れ、ソファに飛び乗ってきた。


「にゃー……ラスト朝ごはん、しっかり食べてくにゃ」


「おはようって格好で言うな。あと、その“にゃ”も忘れろとは言ってないけど」


 苦笑しながらイッセイが応じると、続いてフィーナが“うさパジャマ”姿でキッチンからひょっこり顔を出した。


「朝ごはん、できてるウサよ~! 今日は“ごはん・みそしる・さけ・たまご”の王道ウサ!」


 テーブルには、彼女が見よう見まねで再現した“和食セット”が並んでいた。盛り付けは独特だが、香りは意外と本格的だった。


 次々と仲間たちが起きてきて、最後の日本の朝食を囲む。


 ルーナはタブレットでアニメを見ながら、「次元越えて見たいわね、続き……」とつぶやき、

 セリアは「この“箸”という道具、訓練が必要です」と、真剣な表情で卵焼きを摘んでいる。


 シャルロッテはすでにメモを取っていた。「冷蔵技術の民間普及レベル……この国、侮れないわ」


「この空間の技術……王都に導入したら、たぶん全部“魔導違反”で取り締まられますわね」

 クラリスの苦笑まじりのツッコミが、軽やかに空気を和ませた。


 笑って、騒いで、何気ない日常――

 それが、もうすぐ終わるとわかっているからこそ、ひとときの幸福が胸を打つ。


* * *


「さて……準備はいいか」


 転移装置のあるリビングの中心に皆が集まった。


 リリィがコンソールを操作しながら、頷く。


「魔力充填、完了ウサ! これで、いつでも出発できるウサ」


「……やっと、帰れるのね」


 ルーナがそっと胸元を押さえる。


「この世界、ちょっと好きになりかけてたけど……」


「俺もだよ。でも、帰る場所があるってのは、それだけで十分だろ」


 イッセイの言葉に、皆が微笑み返す。


 やがて装置が淡く光りはじめ、空間に振動が満ちる。


「なぁ、イッセイ」


 背後から、低く静かな声がかかった。


 綾瀬アキト――先に帰還したはずの男子高校生が、再び現れていた。


「なんだ、まだ帰ってなかったのか?」


「ああ……お前らが帰る瞬間を、見届けたくてな」


 隣には、桐原ユイナと高梨マコの姿もあった。どこか晴れやかな表情で、イッセイたちを見つめている。


「イッセイさん、皆さんと出会えてよかったです。私、帰ったら電子工学の道をもう一度志すつもりです」


「わたしも! この旅、インスタに投稿したらバズる自信あるよーっ」


「やめろ、それバレたら大騒ぎだ」


 笑い声がこだまする。


 そして。


 リリィが手を掲げた。


「それじゃ、起動ウサ――!」


 光が爆ぜるように広がる。


 まるで桜の花が舞い上がるように、転移装置から淡い粒子が噴き上がり、空間がねじれていく。


 その眩しさに目を細めながら、イッセイはふと、心の奥で“誰か”の声を聴いた気がした。


(――もう一つの世界、もう一つの未来。君が選ぶ場所に、道は続いていく)


「……リアナ?」


 囁くように呟いた瞬間、光が一行を包み込む。


 そして、音もなく――イッセイたちは姿を消した。


 表参道の空に、ただ春風だけが、柔らかく吹いていた。

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