表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/191

さらば異世界、こんにちは表参道②

「イッセイくん! あの! あの赤い箱! 見て見て! 食べ物が出てきたウサーッ!」


「……ルーナ、リリィ、それは自販機だ。飲み物な。でもそのテンションで買い続けると小銭が消えるぞ」


 翌朝。

 一行は表参道の街に繰り出していた。イッセイの案内のもと、まずは衣服と生活用品の調達を終え、慣れないスニーカーでぎこちなく歩く異世界の姫たちは、街のすべてに目を輝かせていた。


「にゃああ! 今の何にゃ!? 鉄の鳥!? 空飛ぶ機械にゃっ!?」


 ミュリルが駅前のモノレールを見て歓声を上げれば、


「ひ、人が……人が多いわ……密集しすぎてる……ダメ、無理、半径一メートル以内に十人いるって、これ……!」


 潔癖のセリアは完全に挙動不審モードに突入していた。


「落ち着いてセリア。これは“都会”ってやつなんだ。多少の人口密度は――」


「その“多少”が怖いんですうぅぅぅ!!」


「まあまあまあ、はいこれ!」


 フィーナがコンビニで購入したばかりの冷たいアイスバーをセリアの口に突っ込む。


「……ん。……ひゃっ、ひゃい……!? な、なにこの冷たさ! 氷じゃない、氷のくせに柔らかい!?」


「これが“コンビニスイーツ”ってやつですウサ! 文明の極致ウサ!!」


 リリィが誇らしげにうなずき、隣ではシャルロッテがコンビニで購入した雑誌を読み込んでいた。


「すごいわ……この世界、文字が記録媒体で印刷されてる。しかもこのグラビアってやつ、ほぼ裸……」


「そ、それ見ちゃダメーーーッ!」


 クラリスが真っ赤になってシャルロッテから雑誌を奪い取る。


「い、イッセイも注意して! わたし達、王族なのよ!? 公序良俗って概念が……!」


「クラリス、それ表参道のど真ん中で叫ぶ台詞じゃないから。落ち着こうな」


* * *


 マンションに帰宅した夕暮れ、全員が新しい洋服に着替え、ホットプレートを囲んで晩ごはんタイムが始まっていた。


「うーん! この“牛肉”ってやつ、うまいにゃ~! 口の中でとろけるにゃ!」


「わたし、この“カルビ”って部位、完全に推すウサ!」


「この“タレ”というソースもすごいわ……何層にも重なる風味。魔法とはまた違った、匠の味……」


「この世界、食だけで覇権取れるな……!」


 全員がテンションMAXの焼肉パーティーの中、イッセイはリビングの片隅にある転移装置を見つめていた。


 リリィが隣に腰を下ろし、同じように装置に視線を向ける。


「……やっぱり、一ヶ月だウサ。魔力量から見ても、それ以上は無理」


「ああ。まあ、久々の帰省だと思えば、悪くないさ」


 イッセイはふっと笑う。かつて一人で過ごしていたこのマンション。今や、騒がしくも温かい仲間たちの声が響くその空間に、どこか懐かしさと新しさを感じていた。


「それにしても……」


「ん?」


「すごいな、日本って」


 リリィがぽつりと呟いた。


「魔法はないのに、電車が走ってて、食べ物がすぐ買えて、寒くも暑くもない部屋に住めて……。便利すぎて、ちょっと……ズルいウサ」


「でも、何かが欠けてる気もするだろ?」


「うん、確かに。なんか、味気ない感じがするウサ」


「魔力も、精霊もいない。代わりに、情報と速度が支配する世界さ」


「でも、イッセイがいたから、この世界にも……“ぷるぷる”が広がったウサよ?」


「……いや、広がらなくていいから、それは」


 笑い合う二人の傍らでは、クラリスとルーナがテレビのリモコン操作に大苦戦し、シャルロッテがネット通販で“グラビア写真集”をうっかり購入し、セリアは無菌マスクを着けて風呂掃除に没頭していた。


 東京の夜景が、今日も煌々と輝いている。


 イッセイはふと思った。


(ここが現実で、あっちが異世界で――いや、どっちが夢でも、どっちが現でもいい。今、彼女たちと笑っていられるなら)


 それが一番だ、と。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ