泡と笑顔とその先に① ぷるぷる感謝祭、始まるウサ!
晴れわたる王都の空の下、スライムスパ本店の前に設けられた特設ステージから、フィーナの声が高らかに響き渡った。
「祝・来場者一万人突破ウサーッ! 今日だけは泡の神に感謝して、朝から晩までぷるぷるしまくるウサよーッ!!」
ぺこりとお辞儀した次の瞬間、スライム泡発射装置がドカンと爆音を上げ、ステージ全体がもこもこの泡に包まれた。
「ちょ、まだわたしの挨拶終わってにゃっ――!?」
悲鳴とともに飛び出してきたのは、泡まみれのミュリル。全身が真っ白な泡で覆われ、髪が逆立ち、猫耳すら見えない。
「こらーっ! 泡濃度が規定の粘度を超えてます! 許可は出してませんよ!!」
泡の海を突っ切って現れたのは、軍手とマスクで完全防備のセリアだった。手には魔道泡粘度計、腰には消毒ポーチ。そして彼女の後ろからは、機械的な音を立てて“泡品質チェックマシン”まで登場。
「次! 泡温度測定、行きます! 基準以下なら廃棄処分!」
「ゆるくて、たのしくて、ふわふわしてる」感謝祭が、セリアのせいで瞬時に“戦場”と化したのは言うまでもない。
「――まぁ、想定内よね」
スパ施設のバルコニーで、それらの騒動を見下ろしていたリリィは、呆れたように微笑んだ。少しだけ風が吹いて、金色の髪をなびかせる。
今日までの道のりを、思い出していた。
最初はただの素材だった。人間には無害な、ただのスライム。だけどちょっと加工しただけで、美容にも健康にも効く。しかも“泡立つ”。見た目がぷるぷるで、さわり心地がよくて、笑顔が生まれる。
「……最初は、ほんとにただの泡だったのに。ここまで来ちゃったウサね」
ふと、隣に誰かの気配がした。イッセイだった。手には、魔石冷却式スライム冷蔵庫の試作型が入った小型ケース。最新モデルは、冷やしすぎ防止機能付きらしい。
「バズったな、リリィ。思った以上に」
「ウサっ。イッセイくんが魔石冷蔵庫くれたから、ジュレ商品が実現したウサ。スライム冷やすって、冷静に考えると意味わかんないのに……ウケたウサねぇ」
二人で笑い合った。目の前には、泡まみれになって転げまわる子どもたち。露天ブースには“スライムドリンクバー”“泡ソフトクリーム”“ぷるぷるトリートメント体験コーナー”が立ち並び、列は止む気配がない。
「泡で笑うって、いいな」
「……うん。ほんとに、いいウサ」
そのとき、貴賓席から優雅な拍手が聞こえてきた。
クラリス王女と、その侍女にして公爵家の次女ルーナだった。二人とも、どこか嬉しそうに、舞台を見守っていた。王族も、貴族も、冒険者も、市民も、みんなが泡で笑う日。それが今日だった。
「ね、イッセイくん」
「ん?」
「そろそろ、次の“ぷるぷる”探しに出ても、いいと思わない?」
その問いかけには、返事の代わりに、そっと差し出された手のひらがあった。
リリィはその手を軽く握ると、くるりと舞台の方を振り返る。
「――ま、もうちょっとだけ、はしゃがせてもらうウサけどねっ!」
ステージに走り出したリリィが、マイクを手に取る。
「次の演目は、“泡の女王決定戦”ウサーッ!! 勝者には、特製スライム金風呂一年無料券進呈ウサ!!」
観客の歓声が、王都の空に響いた。
笑顔の中に、ほんの少しだけ、未来の影がちらついていた。けれど、それは希望に似ていた。