商機は国境を越えて① 国際スパアイドル、誕生!?
「ぷるぷるスライムケア、本店に国際便で依頼書が届いたウサよ!」
リリィが両手を振り上げて叫んだのは、いつもの試作泡風呂実験が終わった直後だった。ミュリルとフィーナが泡まみれになって天を仰ぎ、セリアが「ああ、また排水溝にスライムが詰まります……」とため息をついたその隙間を縫って、興奮気味にリリィは文書を読み上げる。
「隣国ヴェルナリアの大手商会《ノイエ商連》からの正式提携依頼! うちのスライムスパを支店展開したいって!」
「おおお……それは、すごい話だにゃ……!」
「これが現代風に言うなら……国際進出! グローバルスパ戦略ウサ!」
鼻息荒く立ち上がったリリィの隣で、イッセイが落ち着いた声で呟く。
「王都での成功を見て、海外でも需要があると踏んだんだろうな。悪くない話だが――」
そこに割り込んできたのが、ピンク髪の精霊系アイドル(自称)、フィーナだった。
「つまり、今こそ私の出番ウサ! その名も《国際スパアイドル・フィーナ計画》発動ウサ!」
キラキラと星が飛び交うポーズで両手を広げる彼女の背後で、セリアが冷静に指を折って数えていた。
「ちなみにその命名計画、今月で七案目です」
「ウサ……!?」
「ですが、商標やスパ構造の設計書、それにスライム素材の加工法――すべて国外へ持ち出すリスクがあります。契約書は私が厳重に整備しておきます」
その目は完全に弁護士。リリィがペンを持ちつつそっと呟く。
「セリアってば、そういう時のプロ感、マジで助かるウサ……」
その日の夕刻。
本店会議室では、リリィ、イッセイ、フィーナ、セリア、そして商会の若手たちが集まり、“海外フランチャイズ戦略会議”が開かれていた。
「ブランド名は維持。各店舗ごとにローカルカラーを加えることはOK。ただし、製品基礎設計と製法は一括管理。これは譲れない」
イッセイの明瞭な指示に、一同が頷く。
「じゃあ、販促はやっぱり私の歌と泡ショーで――」
「泡まみれライブは禁止です、フィーナさん」
セリアの厳しい突っ込みに、フィーナが涙目になる。
リリィは立ち上がり、決意を込めた声で言った。
「うちの“ぷるぷる”は、誰かの肌と心を癒すためのもの。形だけ真似されるなんて、絶対ダメウサ!」
その気迫に、一同が引き締まる。
「契約書はすでに三重構造にしました。金銭、知財、技術漏洩、すべてに罰則を。加えて、魔法的な署名認証も」
セリアが見せたのは、まるで魔導書のように輝く契約巻物。見ただけで「反故にしたら爆発しそうだ……」と誰もが口を閉じた。
その夜、イッセイとリリィは商会のテラスで静かに話していた。
「いよいよ、ここまで来たウサね」
「ああ。だけど本当に試されるのはこれからだ」
イッセイは、空に浮かぶ月を見上げた。
「世界は広い。悪意もある。だからこそ、信頼を積み重ねていこう。泡みたいに儚くない、確かな“ぷるぷる”をな」
「……うん。任せてウサ。わたし、絶対に守り抜くウサ」
握られた拳に、静かな炎が宿っていた。