貴族とスライムと美容の女神①
「“貴族向け”が足りないわね」
ある日の午後、クラリスのひと言が、スライムスパランドの運命を変えた。
「庶民のお客様には好評みたいだけれど、上層貴族の女性たち――つまり、王都の社交界の中心ね。彼女たちが認めて初めて、本当の意味で“美容”の信頼が得られるの」
クラリスの言葉に、リリィが目を丸くする。
「えっ、でも貴族様って……スライムとか苦手そうじゃない?」
「そこを、私たちで橋渡しするのよ。ね、ルーナ?」
「ええ。王宮経由で“美容に関心のあるご婦人方”を選抜して、体験入浴してもらうのが最善かと」
「な、なんか営業的にすごくハードル高そうウサ……」
「でもチャンスですわ! ここで成功すれば、“王都トップ美容施設”の称号も夢ではありません」
セリアが、眼鏡を押し上げながらキラリと微笑む。
そして数日後。王都の名だたる貴族婦人たち――侯爵夫人、伯爵令嬢、公爵家付きの侍女長に至るまで、総勢十名がスパランドに降臨した。
「……ここが噂のスライム泡風呂?」
「ふむ、見た目はさておき、衛生面が気になるわね……」
優雅な日傘をさす夫人たちの目は、まるで検品官のように鋭い。緊張が走るスパスタッフ陣。
「大丈夫にゃ……セリアが三重構造の清掃プロトコルを施したって言ってたにゃ」
ミュリルが耳打ちし、フィーナは笑顔で「ご案内しますウサ!」と先導する。
今回の目玉は、貴族専用に設計された「ロイヤルVIPスパルーム」。
セリア渾身の設計により、天井は魔導光による星空演出、浴槽は希少な水晶素材を用い、全てのスライムケア用品は“個別滅菌パッケージ”付き。
「ここまでとは……意外と、期待しても良さそうね」
「泡の感触が……ぷるぷるして、まるで……赤子の肌を撫でるような……」
泡に包まれた瞬間、貴婦人の一人が思わず声を漏らす。
試用後――
「……嘘でしょう、私のシワ、浅くなってるわ」
「肌年齢、十歳は若返った気分だわ……!」
「なにこれ、ぷるぷる中毒になりそう……!」
声を潜めた絶賛の嵐が、やがて社交界を駆け巡る火種となった。
その日の夕方、クラリスとルーナが報告を受けた。
「ご婦人方からの満足度、全員五つ星。しかも帰り際、“次の予約もお願い”って……」
「まさか、ここまでの成果とは。……やはりスライム、美容においても最強か」
ルーナが半ば呆れたように微笑む一方で、クラリスは真剣な眼差しでリリィに告げた。
「次は“王族”よ。ここまで来たら、王家の認可を得てこそ本物になる」
「うえぇ……王族ぅ? それってつまり、お姫様のお肌の審査ってことじゃん……」
「そう。……実は姉上――第一王女殿下が、この施設に“興味を持たれた”の」
その言葉に、リリィの手が震えた。
「ひゃあぁ……これは、全王都民ぷるぷる計画、最大のヤマ場ウサ――ッ!!」