帰還と商会と泡まみれの未来③
スライムスパランドの成功は、想定を超える勢いだった。
王都の貴族令嬢たちが連日通いつめ、城下の庶民たちも憧れの的として噂を囁き合う。さらには、他国からも商人たちが噂を聞きつけて視察に訪れ始めていた。
「イッセイ様、北の交易商ギルドから視察団が来ております。スライム泥の原料供給契約の件だそうで」
商会の副責任者が申し訳なさそうに報告するのに、イッセイは苦笑しつつ首を振る。
「俺はあくまで技術支援だ。リリィに通してくれ」
「はーい、通しましたー。いま会議室で取引成立の乾杯してるから、たぶん明日は酔っ払いですー」
ミュリルがすっとんきょうな声で飛び込んでくる。どうやらリリィは、例によって商談がうまくいくとハイテンションになる癖を爆発させたらしい。
その夜、スパランドのスタッフルームでは、仲間たちがひと時の休息を取っていた。
湯上がりのミュリルは、尻尾をもふもふと拭きながらニヤニヤしている。
「ふふふ……見たかにゃ、今日の売上。スライムジュレだけで銀貨300枚オーバーにゃん♪」
「わたしは今日、スライムトリートメントに感動して泣いた奥様を見たウサ。マッサージ後におでこがぴかーんって!」
「……シャワー室の水圧と魔石ボイラーの温度調整、完了しました。次回は“スライムジェット風呂”の試験に移ります」
セリアは完全に業務モードでメモ帳を開いていた。
「はは……なんというか、全員楽しんでるな」
イッセイが笑うと、ルーナが湯上がり姿で横からタオル片手に覗き込む。
「当然じゃん! だってイッセイくんが一緒に作ってくれた施設だもん。なんか、こう……家族って感じ」
不意にそんな言葉を聞かされて、イッセイはどこか照れくさそうにうなずいた。
――夜も更け、営業終了後。
リリィがスパのテラスに出ると、冷たい風がふわりと髪を撫でた。浴場から漏れる光が、遠く星空に混ざっていく。
「……最初は、ただの思いつきだったのよ。だけど、みんなが動いてくれて、笑ってくれて……」
彼女は手すりに寄りかかりながら、小さく呟いた。
「“夢の続き”って、こういうことだったんだって、今さらながら思ったわ」
その隣に、イッセイが立つ。
「まだまだ、夢は続くさ。次は“スライムリゾート”だろ?」
「うふふ、それいいわね。“全室個室・魔石冷蔵庫つき・泡風呂無制限”のリゾート地……夢が広がる!」
ふたりが笑い合うその傍ら――スパランドの看板が、風に揺れていた。
《ぷるぷる癒し処・スライムスパランド》
あなたの明日を、もっとぷるぷるに。
コメディのような日常のなかに、確かな輝きと、次の物語の“商機”が芽吹いていた。