帰還と商会と泡まみれの未来②
《スライムスパランド》――その構想は、リリィの手帳に書き留められた20項目以上の事業計画から始まった。
「必要なのは土地、設備、スライム供給ルート、運営スタッフ、それに……王都民の好奇心ね」
リリィは商会の会議室で、紙束を机に広げた。図面、コスト計算、集客想定、試作品の評価表。すべてが整っていた。
「……なんだか、久しぶりに“商人”してる気がするわ」
目を細めて呟くリリィの背後から、イッセイがコーヒーを差し出す。
「リリィの企画は、冒険よりもワクワクするな。こっちは《魔石式全自動冷却システム》の設計図がまとまった。スライムドリンクを常にキンキンに保てる」
「さすが我が相棒、仕事が早いわね」
このスライムドリンクというのもリリィ発案。スライムの分泌液から抽出したエキスにミントと蜂蜜を加え、爽快な炭酸飲料として加工。お風呂上がりに飲めばスーッと体を内側から冷やしてくれるという代物。
コンセプトはただひとつ。
「お風呂上がりは、腰に手を当てて、キンキンに冷えたスライムドリンクを飲め」
「そのポーズ……いい! ポスターにするわ」
こうして《スライムスパランド》計画は急加速した。
郊外にある王国の未使用公園地帯を借り受け、大浴場・泥風呂・ジャグジー・冷水スライム風呂に分かれた五つのゾーンを設置。さらに、トリートメントルームやカフェ、物販ブースも完備。
スタッフはリリィの商会出身者を中心に、アルバイトとして若い冒険者たちを採用。試供品として配られた《スライムボディソープ》《スライムパック》も上々の反応を得ていた。
テスト営業初日。
「クラリスさん、王宮関係者の来場は……?」
「すでに三名の貴族令嬢と、私の姉上が興味を示されておりますわ。王女直々の紹介となれば、広まるのは時間の問題ですわね」
と、貴族ルートの広報は完璧。
一方、ルーナは屋台風カフェの看板娘として《スライムジュレ》を販売。
「このジュレ、ぷるぷるしてるけど味はしっかりしてるよー。お肌にもいいんだって」
「にゃんと!? これ食べるとお肌がぴかぴかに!? 買う!」
「ウサ〜! 二つちょうだいっ!」
なぜか客側に混ざってるミュリルとフィーナを軽く無視しつつ、ルーナの笑顔に引き寄せられて行列ができる。
店内に戻れば、セリアが清掃と衛生管理を担当していた。
「タオルの折り方は縦三つ折りからの巻き、シャンプーの補充は30分おき……備品の補充、完了しました!」
「セリア、完璧よ。君がいれば清潔面は安心ね」
最初の顧客が風呂から上がってくる――王都貴族、シルヴィア夫人。
「……っ、なんという潤い。肌が若返ったような……!」
その姿を見た周囲の客たちがどよめく。
「本当に? ちょっと! 私も入りたいわ!」
「え、あの肌……あの年齢で!? 嘘でしょ……」
一気に広がる口コミ。
こうして《スライムスパランド》は、王都の美容と癒しの聖地として、初日からバブル級の盛況を見せた。
リリィは夜の回廊から、満員の受付ロビーを見下ろしながら笑った。
「これは、いけるわ。スライムの時代、来たわね……!」