【エピローグ】風の中に残る祈り
星が静かにまたたく夜、イッセイはひとり、小高い丘の上に立っていた。
王都の明かりも届かぬその場所は、風の音だけが耳に心地よく、月の光が草原を青白く照らしていた。
手には、旅の地図と一本の剣。腰には、精霊剣リアナ。
その柄に触れながら、彼は空を見上げ、そっと言葉を漏らす。
「……あの人は、もういない」
月の光が揺れる。草を撫でる風が、ほんのわずかに耳元で囁いたような気がした。
「けれど、俺の中に、あの想いはある」
リアナ。世界の記憶から消え去った、もうひとりの聖女。人々に祈りを捧げ、未来のために自らを封じた少女。
その微笑みと痛みは、今もなお、イッセイの魂に刻まれている。
「……寂しい顔、してるにゃ」
柔らかな声と共に、ミュリルが隣に立った。ふわりとした白銀の尾が、夜風に揺れる。
「イッセイくんの隣は、空けておかないと決めたんだにゃ」
その背中に寄り添うように、もう一人の影が現れる。
「まったく。寂しがりのミュリルに先を越されては、王女の名折れですわね」
クラリスが上品に笑う。肩に掛けた外套の裾が風に踊る。
続いて、ルーナ、シャルロッテ、リリィ、サーシャ、フィーナ、セリアが順に現れ、静かに輪を作るようにイッセイの周囲に集まっていく。
言葉はない。ただ、その瞳がすべてを語っていた。
「この旅が、どこへ続いても」
ルーナがぽつりと呟く。
「わたしたちは、一緒にいる」
クラリスの声に、皆が頷く。
イッセイは、そっと剣の柄から手を離し、代わりに地図を広げた。
風にひらめいた羊皮紙の上には、未知の地名と、まだ見ぬ空白が並んでいる。
「……行こう。次の冒険が、俺たちを待ってる」
その言葉を合図に、東の空がゆっくりと白み始める。
夜明けの気配。
やがて、朝日が世界を照らすように、丘の上にも一筋の光が差し込んだ。
それはまるで、祈りのような、風の中の答えだった。
過去に別れを告げ、未来へと向かう者たちの背を、光がそっと押していた。
――リアナの祈りは、風となって今もこの空にある。
そして、物語はまた歩き出す。
その先に、どんな冒険が待っていようとも。
彼らの旅は、終わらない。