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封印の守人、十二神柱

 神域のさらに奥、白い靄に包まれた空間は、どこか現実味を欠いていた。重力も、時間の流れすらも希薄になったような錯覚。そこには天も地も存在せず、ただ無限に広がる白銀の結界だけがあった。


 イッセイたちが辿り着いたのは、“封印の座”と呼ばれる場所だった。


「……ここが、神代の記憶が眠る場所……」


 シャルロッテの言葉に、仲間たちは無言で周囲を見渡す。精霊たちの気配が、今まで以上に濃密に漂っていた。まるで世界そのものが、目を凝らして見つめているかのように――。


 その時、空間に不協和音のような震動が走った。


 白銀の空間がひび割れ、その中央に、一人の人物が姿を現す。


 それは人でも、獣でもなかった。無数の光が交差して形成された、曖昧な輪郭の存在。黒と金、風と炎、雷と光――あらゆる属性の力がその姿に宿っている。


「我が名は――“神代の番人”」


 性別さえ感じさせぬその声は、全方位から響くように一行の耳へと届く。


「封印の神域を守護する者。かつて、神と精霊と人が共に在りし時代に、選ばれし十二の魂を束ねし存在だ」


 ミュリルの耳がぴくりと動く。「にゃんにゃん、やたらと仰々しいのが出てきたにゃ……」


「十二の魂……?」


 フィーナが顔を上げた。「まさか、それって……」


 番人が頷いた。


「そう、“十二神柱じゅうにしんちゅう”。千年前、この世界を滅びから救いし十二の英雄たちの魂。その力と意志は、いまなおこの地に宿り、封印を維持している」


「リアナも……その封印の一部だった、ということか?」


 イッセイが一歩前に出る。視線は真っ直ぐ番人を見据えていた。


「そうだ。だが、彼女の意志が完全に継承されるには……お前たちが試されねばならぬ」


 その言葉と共に、空間が再び揺れる。


 すると、番人の背後に十二の光輪が浮かび上がる。そのうちの三つが、静かに前へと押し出されてきた。


 その光が収束し――三つの“姿”が具現化する。


 一人は、剣を携えた蒼き鎧の騎士。もう一人は、炎をまとった赤髪の槍使い。そして最後の一柱は、薄布を纏った神官風の女性――瞳に深い悲しみと優しさを湛えていた。


「我はシグナ・ヴァルガ。炎の英雄」


「我はカイル・ノクス。蒼雷の盾」


「……私は、リエナ。かつての癒し手にして、時の記録を守る者」


 彼らの気配は、精霊とは異なる重みを持っていた。人としての想いと神々の力、そして永遠に続く封印の記憶。それらすべてが、今も生きているのだと感じさせる。


「試練とは……戦うことか?」


 サーシャが構えを取る。


 だが、番人は首を振った。


「否。これは“意志”を問うもの。お前たちが、何を選び、何を守るのか――それを示せ」


 シグナが一歩前へ進む。


「イッセイ・アークフェルド。お前に問う。我らの記憶を受け入れ、世界の“真実”と向き合う覚悟があるか?」


 イッセイは、静かに剣の柄に手を置いた。その目は、揺らぎなく真っ直ぐ。


「リアナの記憶を見た。彼女が何を願い、何を失ったのか。そのすべてを、受け止めるつもりだ」


 すると、リエナが微笑んだ。


「ならば――我らの魂の試練を受けなさい。あなたが“継ぐ者”に相応しいかどうか……今こそ、証明するとき」


 光が、再び渦を巻く。


 そしてイッセイたちは、“魂の回廊”と呼ばれる精神世界へと引き込まれていく。


 それは、かつての英雄たちの最期――封印に命を捧げた記憶と対話する場だった。


 イッセイの中で、何かが静かに軋んだ。


 ――リアナだけじゃない。千年前の英雄たちも、また。


 記録から消された、もうひとつの真実が、今まさに明かされようとしていた。


 光の渦が収まった先――そこはどこまでも広がる鏡の間だった。床も天井も壁もなく、上下左右の区別すら曖昧な空間。反射する無数の“記憶”が、まるで命あるもののように蠢いていた。


「ここは……?」


 イッセイが静かに呟く。


「魂の回廊――英雄たちが記憶と化し、今なお語りかけてくる場所だ」


 番人の声が四方から響いた。


「この場でお前たちは、三柱の英雄の“最期”に立ち会い、彼らの想いを受け継ぐことになるだろう。恐れるな。これはただの幻ではない。真に彼らの魂が、お前に答えを求めているのだ」


 それは、試練というより“継承”だった。


 光がひときわ強くなり、最初の記憶が姿を現す。


 ――蒼き空、焼け落ちた砦、倒れた兵士たち。


 そこに立つのは、蒼雷の盾・カイル・ノクス。


「……これは、俺の最期の戦場だ」


 重厚な鎧に身を包んだ青年が、振り返ってイッセイを見つめた。


「俺はかつて、王を守る盾だった。だが、魔王軍の奇襲により、仲間を見捨てて王のみを救う選択を……強いられた」


 空から矢の雨が降る。砦の門が打ち破られ、絶望の叫びがこだまする。


 イッセイはその情景を、ただ黙って見つめた。カイルの表情に浮かぶ後悔と苦悩――それは、ただの戦いの記憶ではなかった。


「……君は正しい判断をした」


 イッセイが口を開く。


「誰かを救うためには、誰かを見捨てねばならない時もある。その重さを背負ったまま、君は生き抜こうとしたんだろう?」


 カイルの瞳が揺れた。


「……だが俺は、それを背負いきれなかった。だからこの封印の中で、千年の時を悔い続けた」


「なら、君の記憶を俺が受け取る。もう君一人に背負わせない。共に未来に踏み出すよ」


 その言葉に、カイルの姿が淡く光に溶けていく。


「……託すぞ。“選ぶこと”を恐れぬ者よ」


 そして次の記憶が、空間に浮かび上がる。


 ――炎に包まれた山岳の神殿、咆哮を上げる魔獣たち。


 その中央で、烈火の槍を構えた女戦士が一人立っていた。


「我が名は、シグナ・ヴァルガ。炎の魂を纏いし者」


 燃え上がる髪が風に揺れ、黄金の瞳がイッセイを射抜く。


「私は、“裏切り者”を討った者だ。かつて、私の最も信じた仲間が……封印の力を悪用しようとした」


 槍が振るわれ、仲間だった青年の胸を貫く。血しぶきと涙。戦場には似つかわしくない、切なすぎる愛の終焉があった。


「愛していたのだ……だが、それでも私は“英雄”であることを選んだ。正義を貫いた、はずだった……」


「それは……残酷な選択だったんだな」


 イッセイが、静かに言った。


「でも、誰かが止めなければ、その未来はもっと悲惨だった。君は……自分を裏切ったわけじゃない」


「――そうだろうか?」


 シグナが揺れる瞳で見つめ返す。


「それでも私は、自分を許せぬまま、封印となった」


 イッセイは歩み寄り、その手を伸ばす。


「君の後悔は、俺たちが未来に生かす。想いを忘れず、でも止まらないために」


 しばしの沈黙。やがて、シグナは小さく笑った。


「ならば、託そう。炎の意志を――希望を捨てぬ者に」


 彼女の姿もまた、赤き光と共に消えた。


 そして、三つ目の記憶が現れる。


 そこは、廃墟と化した大聖堂。倒れ伏す神官たち。血の海の中、中央に立つひとりの少女――リエナ。


「……この記憶は、誰にも見せたくなかった」


 淡い声が響く。


「私は“癒し手”だった。けれど、最期に私が下したのは――“見捨てること”だった」


 神殿を襲った瘴気病。助けられぬほどの数。時間も薬も足りない。彼女は、自らの魔力のすべてを使って、“ほんの一握りの命”だけを救った。


「私が選んだのは、“小さな希望”……でも、それは多くの命を切り捨てる決断でもあった」


 イッセイは、深く頷いた。


「誰かを救おうとするなら、限界がある。それでも手を伸ばした――その想いが、意味を持つんだ」


「本当に……そう思う?」


「思うよ。君の選んだその数人の命が、誰かを救い、また未来へ繋がったかもしれない」


 リエナの瞳に、涙が溢れる。


「ありがとう……そう言ってくれたのは、あなたが初めて……」


 白い花が舞い、癒しの光に包まれてリエナの姿もまた消えていく。


 空間に残るのは、静寂と、深く染み渡る“魂の温度”。


 イッセイはそっと目を閉じた。


 これが――封印を維持していた英雄たちの“真実”。


 後悔も、葛藤も、すべてを受け入れたうえで。


 彼らは、自らを犠牲にしてでも、未来を信じたのだ。


 その信念と痛みが、イッセイの胸に深く刻み込まれていく。


 やがて、空間に漂っていた鏡のような光景が静かに消え、現実へと還る気配が広がった。


 そこに、再び“神代の番人”が姿を現す。


 大地のように重厚な声が響いた。


「お前は、三柱の英雄の記憶を受け入れた。後悔を知り、決断の重みを知り、それでも進むことを選んだ……」


 その言葉とともに、空間の中心に光が灯り、ゆっくりと十二の石柱が地から競り上がる。


 それぞれの柱には、異なる紋章――炎、風、水、雷、樹、闇、光、時、聖、瘴、命、虚――が刻まれていた。


 そのうちの三柱――カイル、シグナ、リエナの名が刻まれた柱が淡く輝き始める。


「三柱は、お前に“継承”の意志を示した。だが、これは始まりに過ぎぬ。リアナの意志を継ぐということは、世界の“均衡”を問うことに等しい」


 番人が一歩、イッセイに近づいた。


「問おう。イッセイ・アークフェルド。お前は、己の意志で世界の“真実”に触れ、変革の一歩を踏み出す覚悟があるか?」


 静かな問いだった。


 しかし、言葉の背後には、千年にわたり保たれてきた封印と均衡、数多の犠牲と希望が重なっていた。


 イッセイは、仲間たちの顔を順に見つめた。


 クラリスの瞳には揺るぎない誓いが、


 ルーナの手には戦う者としての決意が、


 セリアの構えには覚悟が、


 フィーナの表情には希望が、


 ミュリルの耳には震えがありながらも隠せぬ勇気が、


 そして、シャルロッテのその瞳には、静かな光が宿っていた。


「私たちは、共に歩んできました。精霊たちも、そう告げています」


 シャルロッテが一歩前に出る。


「イッセイは、“過去”を背負ってでも“今”を信じて進める人です。だからこそ、私は……」


 彼女の言葉を受け、イッセイは真っ直ぐに番人を見据えた。


「答えは――ひとつしかない」


 剣の柄に手を添え、堂々とした声で宣言する。


「俺はリアナの意志を継ぎ、“過去と未来”の狭間に立ってでも、今を守り抜く。世界の真実に触れ、それでも折れず、前に進むと決めたんだ!」


 瞬間――十二の石柱が共鳴するように震え、神域全体に鳴動が走った。


 天空より降り注ぐような光が広がり、イッセイの身体を包み込む。


 それは祝福であり、試練であり――そして、新たなる“鍵”の覚醒だった。


「認めよう。リアナの継承者よ……」


 番人が深く頷き、両手を広げる。


「次に進め。“神々の記録”へと至る道が、汝らの前に開かれん――」


 神域の奥に、封印のように閉ざされていた石の扉がゆっくりと開かれる。


 そこからは、仄かな風と共に、古の言葉が囁くように流れてきた。


《……リアナ……どうか、もう一度……あの微笑みを……》


 誰かの、痛切な祈り。


 誰かの、失われた記憶。


 そして――


 新たなる“真実”が、イッセイたちを待っていた。


 彼らは再び、足を踏み出す。


 かつて封じられた聖女の魂、その核心に触れるために。

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