売国令嬢はクライマックスを見届けない
「クラリス・ヴァン・ハートルム! 貴様との婚約を破棄する!」
第1王子モーリスが、王立学園の卒業記念パーティーが始まった途端、ホールの舞台に立ち叫ぶ。
彼の腕に抱かれているのは、このゲームのヒロイン アンナ・リーベルト男爵令嬢
そう、ここは乙女ゲーの「アン踊」こと「アンナは魔法と踊る」の世界
私、クラリス・ヴァン・ハートルム公爵令嬢が今の名前
日本人として生きた前世の記憶を持つ私は、いわゆる異世界転生というヤツをしたらしい。
最後に覚えているのが、友人達との旅行中 ハブに噛まれた光景だから
どうやらアナフィラキシーショックで死んだらしい。
毒で苦しみながら終わったわけじゃないのを 喜ぶべきか、悲しむべきか。
――そうして目が覚めたら入学式当日、学校に通い始める公爵令嬢の1人になっていた。
波打つ銀髪に、紅をつけなくても熟れたベリーのような口元、狩人のような鋭い目つき
すっとした首筋から胸元へ、優雅な曲線がゆるやかに続く姿が 目の前の鏡に映っている。
理想の女性に生まれ変わったことを見て、思わず叫び声を上げてしまったが
そこではっと、自分が生前プレイしていたアン渡の悪役令嬢・クラリスだと気付いた。
あのゲームの通りに、この世界が進むのであれば
私は卒業式の日のパーティで、王子やヒロイン達から断罪される立場
婚約破棄・爵位剥奪・ルートによっては処刑のデッドエンドルートまで
プレイしてて思ったけど、この手の制作陣ってみんな気軽に悪役令嬢を殺しすぎじゃない?
確かに彼女は、ヒロイン・アンナの持ち物を隠したり、友人の目の前で彼女を泥水まみれにしたり
卒業パーティのためのアンナのドレスを破ったり、あの断罪イベまでに様々な悪事をやっていたが
悪役令嬢にしては、やっている事が幼稚だった。
公爵家令嬢の嫌がらせって、そんなものなの?
アンナの事が嫌いな生徒だってやるだろうし、取り巻きだけでなく、公爵家の令嬢が自らやるなんて、実はクラリスが 作中で1番奔走してたかも?
推しのために、結局2部のエンディングまでプレイしたが
断罪イベント後に 最悪のクライマックスを迎えたせいで、アンチとなってしまった。
ヒロインや攻略対象に推しがいるわけではなく、むしろ苦手なのに続けるという、厄介ユーザーだったのはわかっているが
私の本命は、作中では結ばれることはなかったが、イベント中に何度か登場した 隣国・アルトムーンの第2王子ハミルトン様だもの。
アンナとも結ばれないどころか、あんなラストなんて流石におかしいと、公式にお気持ち表明した事まで
前世のツイートを消しに戻れないものか――
……うん、前世の黒歴史を思い出すのは、もうやめ
せっかく転生したのなら、クラリスを断罪したモーリスに、アンナ達に
この世界で、復讐してやろうと決めた。
作中で断罪されるみたいな、いじめじゃ生温い。
この国を傾けるほどの、悪事をやるから悪役なのよ!……たぶん。
こうして数年の学園生活を経て——
「モーリス王子、婚約破棄の件は了承させていただきますが……
一応 理由をお聞かせいただいても、かまいませんか?」
「クラリス、この俺がわざわざ理由を言わねばわからないのか?
アンナ・リーベルト男爵令嬢に行なった、数々の嫌がらせに対する証言や証拠が、たくさんある!」
「どのような証拠でしょうか?」
「切り刻まれた彼女のドレスや、授業中のアンナへの嫌がらせ
先月、図書館の階段から突き落とした報告まで、学園内外問わずだ!」
なーんだ、私がやらなくても 結局起きてるじゃない!
本編通りに 真面目にいじめなくてよかった、だって面倒でしょ?
転生してやる事が、ヒロインをコソコソいじめるなんて
「ふふふっ、申し訳ありません。さっぱり身に覚えがありませんわ」
「見覚えがない? 誤魔化す気か? クラリス、逃げ場があると思うなよ」
あらあら、最後までこの方は変わらないなんて
頭ハッピーセットな方ばかりだったのね。聞いてる?製作スタッフ!!
やっぱりモーリス達って 愚か者ばかりだった
こうして私が数年間、実際に見てきたのだから 自信を持って言えるわ!
「いいえ、彼女を狙っていたのは事実ですが、そんな生温いことはしておりません
モーリス王子は侯爵家の娘が 子供のようないじめを行うと、本気で思ってらっしゃるのですか?」
「何、何を言っている……クラリス?」
顔色が真っ赤になったかと思えば、戻ったり この方は場末の曲芸師に向いてるかも?
アンナ様と一緒に踊っていれば、銅貨の1枚は稼げるかもしれない。
「まず、私は 何度も彼女を始末するように刺客を送ってます。
――残念ながら、全て 失敗に終わりましたが」
こればかりは、本当に誤算だった。
悪役令嬢としていじめるくらいなら、手早くヒロインを始末した方が早くない?と、思い立ったが吉日
学園時代に、何度も 刺客を送り込んだはいいものの
「クラリス様、アンナ嬢の食事に 毒を盛ろうとしたのですが あっしが毒を盛った皿に限って
なぜか毎回、あの女が食べようとすると テーブルごと壊れちまいまして……」
「私も……何度も 馬車で彼女を撥ねようとしたのに、いきなり馬が向きを変え 突然あらぬ方向に走り出すばかりで」
「俺なんて彼女の実家に火を放とうとした途端、突然 局所的豪雨が降り出すんです!
火が消えたら、なぜか雨はピタリと止むんですが、また火をつけようとすると豪雨が降り始めて……」
クソゲーながらシナリオの強制力は恐るべし
流石は主人公と言うべきかしら? 物語の終盤までは、ヒロインは絶対に死なないらしい
いいわ、それなら断罪イベまで 我慢して付き合ってあげようじゃない。
「次に、国内の社交界において アンナ様の下町で習ったような振る舞いを
正直に広めさせていただきましたので
モーリス様達とのお茶会以外、呼ばれませんでしたね」
「――あら? ご存じなかったのかしら?お可哀想に」
社交界の爪はじき者だった事に気付けないなんて。アンナ様は、社交界に向いてないのね」
「リーベルト男爵家と 隣国・アルトムーンとの貿易財政報告書もおかしかったので
ハミルトン様に確認したところ、リーベルト家がモーリス王子の名を使い 不当な貿易を行っていたことがわかりました」
「は、ハミルトン? なぜここでアルトムーンの……彼の名前が出てくる?」
目を白黒とさせながら叫ぶ モーリス王子と、何故その事を知っているんだと 驚きを隠せない顔のアンナ
リーベルト家が王子の名前を盾に、不当な貿易を行っていたのを本編で見ていて良かった。
ヒドイン・アンナの家族も酷い連中だったしね。
アンナも、私と同じ転生者だと気付けたのは 学園生活での行動があからさまだったから
シナリオのイベントを起こそうとしているのが、明白でしたもの。
アルトムーンとの交流イベントで、度々来国されるハミルトン様に対し
あからさまに無関心な態度をとっていたけれど、あれは自分がハミルトン様と結ばれる事が無い事を知っていたから。
あなたの本当の狙いは、モーリス王子を含む 国内でのハーレムエンドでしょ?
ハミルトン様を蔑ろにするような 見る目の無い女には生温いけど
この日のために耐えに、耐えた。よく頑張った、私!!
「それと リーベルト男爵の嫡男、フォッシュル様が
昨年、近衛騎士団・副総長を拝命されましたね?
異例の叙任だと、社交界でもうわさにもなりましたが……」
「まさか兵士達の配属情報を、公の、しかも酒場で話されているなんて思いませんでした。
フォッシュル様が酒場でご友人と大声で話しているのを、多数の者が見聞きしております。
これは、口が滑ったといって許されるわけではありません、この国の国防に直結しますので」
モーリス様、顔色の芸が止まってますわ。アンナ様も笑顔はどこに忘れてこられたのかしら
まだお話は終わってませんのに――
「モーリス様がアルトムーンに、この後 宣戦布告しようとしている事もハミルトン様達には伝えております。
これは“たまたま”なのですが、近衛騎士団副総長となられたフォッシュル様が
先日、酒場で
「近々 兵士を大勢動かす事になってるから、お前等も準備しておけよ?」
と話しているのを、貿易のため“たまたま”来国されていた アルトムーンの方が酒場で聞いておりまして……
「この国に、モーリス王子に戦争の意思があるのなら、アルトムーンも 相応の対応をする」
と、ハミルトン様はおっしゃいました」
――これこそ、この作品のアンチになった最大の理由
モーリス王子がアンナと結ばれた後、王族の資質を彼女に見せるため
そして、彼女の兄・フォッシュルに武功を立てさせるため、アルトムーンに戦の火蓋を切ろうとしている。
あの戦争の中で、ハミルトン様が亡くなるシーンを見た時は、思わずスマホをぶん投げた。
悪役令嬢は処刑かな……とは身構えていても、ハミルトン様まで死なせるなんて クソゲーにも程がある。
「というわけで、数時間後には アルトムーンが攻めてきますので
皆様も、早くお逃げになった方がよろしいかと」
「我がハートルム家は、モーリス様の企みや、アルトムーンとの深い歴史と関係を大事にしたい旨を、しっかりとお伝えし、彼の国に移住する許可をいただいております。
使用人も含め、ハートルム家の者は 既に彼の国に移動してますので」
クラリスが処刑された後、ハートルム家の使用人達まで罵倒され、数人の侍女も殺されるのだが
悪役令嬢だけでなく、みんなまで あんな目にあうのはおかしいと思った。
たとえ 作中で名前が出ない使用人や庭師、料理人達にも
みんな、それぞれの人生がある 彼等と共に過ごした思い出だってある。
全員救われてハッピーエンド! とならなくても、守れるなら守るわよ……
誰かにとってはどうでもいい人間でも、私にとっては大事な家族。
――そのための、数年間だったんだ
モーリス王子やアンナ達の、真っ青な顔も見れたし
後1時間半くらいで、開戦だから 私もそろそろ逃げないと。
最後まで 生で見届けたかったけど
ハミルトン様が せっかく転移魔道具を貸してくだれたからね。
モーリス王子のバカ騒ぎで 傷ものになんてしたら、お返しできなくなっちゃう。
「それではみなさま、ごきげんよう」
スカートの裾を軽やかに持ち、優雅に別れを告げ
ドレスに隠していた、転移魔法を発動させ アルトムーンに向かう。
悪役令嬢なら、国の1つや2つを見捨てるくらいのことをしなきゃ ただのモブよね!
――こうして、私はハミルトン様と結ばれ……なかった!
クソゲーは、クライマックスを変えてもクソ。
アルトムーンに入国早々、自称 ハミルトン様の婚約者4名との婚約者争いが始まったのだ。
誰よこの女達、イベントでも出てこなかったじゃない……
なんで、本編に登場した令嬢達より性格悪いの!?
彼女達を本編に出しなさいよと思いつつ、私の、恋の戦いは続くのだ――
色々と読みましたが 悪役令嬢のいじめという様式美は、誰が決めたんでしょうね?