朱雀家の宴
葉生様に自分の能力を告げられ、戸惑いながらも宴に招待を受けた。
「昼は海鮮丼を妻の店で召し上がっていただいたみたいなので、夜は焼き魚を用意しました。お口に合うといいのですけど」
机に並べられたのは鴨の醤焼きと鮭の笹焼き、鮑と大根の酒蒸し、むなぎ白焼き、鮭の昆布締、いえつも、須須保理、唐菓子、強飯、米酢などの数品だ。美味しそうだ。
手を合わせて箸を持つと、口だけで「いただきます」と言って鮭の笹焼きを一口サイズに箸で切って口に運ぶ。口に入れると身は甘く脂も乗っていてふっくらしていてとても美味しくてパクパク食べてしまった。七殿五舎で食べたものは硬くて塩辛かった気がする。
「美味しいですか? 咲良様」
私は頷くと箸を置いて紙にサラサラっと筆を走らせた。
【とても美味しいです。今まで食べたものは塩辛いものが多かったのですが、これは程よく塩が効いていて甘く脂も乗っていてふわふわです。美味しすぎてすぐになくなってしまいました】
「それはよかった。咲良様のお口にあって安心しました。皇都の鮭は腐らせないようにたっぷりの塩を使っておりますのでそれで塩辛かったのかもしれません。ここの鮭は採れたての新鮮なものを使っておりますし、朱雀家では甘麹で漬けて焼いておりますので柔らかくなるのだと思います」
甘麹って甘酒の素になっているものと同じかしら?夏になると冷やした甘酒を出されたことがあった、甘くて美味しかった記憶がある。
「甘糀も朱雀の蔵人が作っているものなんですよ。うちの自慢なんです」
葉生様は誇らしそうに言うと「食後に甘酒を用意してますので楽しんでいただけたら嬉しいです」と自慢げで嬉しそうな表情で付け加えた。彼がこの地が大好きなのだと表情を見るだけでわかった。
その後、食事はすべて食べ終わり最初に言っていた甘酒が出てきた。私の知っている冷たいものではなく湯気が出ており温められているのがわかる。湯気からは華やかな甘い香りがした。口につけると、甘さとまろやかさが口いっぱいに広がる。お米の粒感ととろみも美味しかった。
飲み終わる頃、感想とお礼を言うと葉生様はとても喜んでくださったけど侍従に話しかけられて出て行ってしまった。私は何かしてしまったのかと不安に思ったのだが、右隣にいた玄様は大丈夫だと教えてくれた。
「朱李……いや奥方が帰城されたんだと思うよ。ああ見えて彼は愛妻家でね、ずっと葉生は朱李を慕っていたんだよ。葉生様が急遽、領主になるって決まった時に珀様が縁談を決めてくださったんだ」
急遽……?
「……あいつは、元々三男だ。この土地や特産物が大好きで誇りを持っていたから商人をしていたんだが……長男は駆け落ちしてしまって次男は悪いことをしてしまった。だから没落一直線だったが、商人としての帝からの信頼も厚く才能もあり、何よりこの地を愛している葉生が領主になるのならと存続が決まってね。一時期は衰退し暗い土地になっていたが、商人眼と元々ある明るく人を惹きつけ引っ張っていく能力により昔よりもいい領になったと思う。俺は生まれた時から次期領主として教育されてきたが、ここまでできるかわからないな。だからこそ、朱李をこの地に嫁がせた。彼女は、目立つことはなかったが、必要ないと思っていたことでも実は後々やっていてよかったと思うことがあるだろう? それができる姫なんだ。その能力は葉生が領主となり治めていくことになる上で必要だと思った」
そうだったんだ。そういった国内の情勢は知ることはなかったからそんなことがあっただなんて思わなかった。
「……だから、もし咲良様が組紐をこれからも続けたいならこの地の糸を使ってほしいと思う。まぁ、葉生は勧めてくるだろう。君は、元更衣とはいえ帝の妃だったからお得意様となれば箔がつく。領主としては一人前になったばかりだが、商人魂は玄人だからね」
そう珀様は言うと微笑んだ。その表情から仲が良いのだなと思えた。私は【もちろんです。これからも使いたいと思います】と紙に書き見せた。
「そうだな、定期的に糸を届けさせよう。新作が出来たら優先的に届けてもらおうか……そういえば、その組紐は見たことなかったな。また見せてほしい」
【組紐は今もしていますよ、この結っている絵元結と水引は私は作りました】
私は指を刺しながら見せると珀様は髪をジッと見た。
「すごいね、これ」
目を丸くさせながら私に言った。
「……とても、これ霊力が込められている気がします。これは誰かに渡したことがありますか?」
玄様はそう私に問てきた。なので今まで誰かに渡したか考えた。藤角家にいた頃はないけれど、入内してから私が組紐が得意だと知って帝から頼まれたものがある。
確か皇后様への贈り物を毎年贈っていた。半年前にも贈った気がする。皆から懐妊を望まれておりなかなか子が出来ないことを悩んでいることを帝から伝えられていたので『お子が出来ますように』と願いを込めて作らせていただいた。
すると贈ってすぐに懐妊したと伝えられた時はたまたまだとは思うけど、驚いたから覚えている。
それを伝えると今度は珀様が反応した。
「帝と皇后陛下か。なら大丈夫か……だが下賜されたということは能力は知らないはずだ。うん」
珀様はブツブツと何かを言っていたが、夜遅くなっていたので休むことになり用意してもらっている部屋へと戻った。