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寄り道と南の地



 藤角家のお屋敷を出発し、私たちはゆっくりと西の領地へと向かっている。珀様の提案で港がある南の地へと向かった。なにしろ、珀様のご友人がいるらしい。



「姫さま、海が見えてきました。もうすぐ南の領地に入ります」



 馬車に近づいた珀様は私にそう言って話しかけながら外を指差した。その先にはどこまでも続く海が広がっていた。


 ここ南は、朱雀(すざく)家が治めている夕茜(ゆうあかね)という港町がある領地だ。そして異国との外交と防衛が主の場所だ。


 海側の道を通り、賑やかな街並みが見えてきた。その前に検問所という施設で検問を受けるらしく、馬車が停まると御簾が揺れた。誰だろうと開けるとすぐ近くに珀様がいらっしゃった。



「姫。ここの街には美味しい料理屋があるんだ。領主に会う前に行ってみない?」



 料理屋さん?とても魅力的なお誘いだけど、領主様に会う前に寄り道してもいいのだろうか?



「朝、そんなに食べられなかっただろう? それに新鮮な魚が食べられるんだ。皇都は魚と言っても川魚だったし、比べ物にならないくらい美味しいからぜひ食べて欲しくて」



 力説する珀様に私は頷いた。頷くと長い髪を袿にしまい裾を腰の位置に留めて市女笠を被り虫垂衣というを垂らして馬車を降りた。


 馬車から降りると、街は賑わっており活気に溢れていた。色々なお店が並んでいる。



「何か気になるお店があれば寄ろう。遠慮なく言ってほしい」



 うんうん、と頷いて私は彼と歩く。行く先々で珀様は話しかけられていて何度かここにきたことがあるのだなと分かる。耳が聞こえなくても私は珀様と領民の方々の様子がとても楽しそうに見えて少しだけ羨ましい。


 彼らを見てるとその先には雑貨と書かれた店が目についた。そこには糸が売られていて女性たちが楽しそうに見ているのが分かった。少し行ってみたいと思ったが、珀様は楽しそうに話をされていて話しかけられない。



「何かありましたか?」



 すると後ろを歩いていた玄様に話しかけられてあのお店に行きたいと伝えたいが、伝え方がわからない。どうしようか……



「あの雑貨屋さんでしょうか?」



 玄様は私の見ている方向を探し、見ていたお店を指差した。


 力強く頷くと、玄様は「あの方は放っておいて一緒に行きましょう」と言ってくださって二人でお店に行くことにした。



 お店の中に入ってみると、外から見た時とは違い、たくさんの種類の糸があった。帝から頂いたものはどれも高級な色だったが、ここにはたくさんの種類の糸が並べられていて目移りしてしまう。可愛くて綺麗で、とても素敵だ。



『どうしよう、楽しい』



 今までは選ぶことなんてなかったから見ているだけで幸せな気持ちになる。だけど、その中から選ぶことなく隣にいる玄様を見た。だけどそこにいたのは珀様だった。



「何かほしいものはあっただろうか? あぁ、そういえば、姫は組紐をするのが得意だと三角が言っていたな。何か気に入った糸があるなら言ってほしい」



 珀様はこちらをキラキラした目で見て聞かれていろんな種類があったけど私はよく使う槿花色(むくげいろ)や紫根染めを何度も繰り返して染めた濃色(こきいろ)、渋い青色の次縹(つぎはなだ)などを指差した。

 すると、すぐに店主を呼び私が言った色を紙に包んでくれてお店を出た。




  ***



 それから、領主様の住むお城に向かいながら珀様が言っていた料理屋さんに向かう。なんでもお城の近くらしい場所はお偉い様が行き来している。


 珀様に連れられて着いたのは【料理処あかね】と看板があるお店だ。引き戸を玄様が開ければ、綺麗な女性が顔を出す。



「いらっしゃいませ。珀様。それに玄も」



 女性は二人の名前を呼んで珀様の隣にいた私を見た。



「その方はどなた?」


「このお方は、帝の元更衣、咲良様だ。昨日、珀様へと下賜された。珀様の妻になるんだ」



 玄様はそう言うと、彼女は私をジロッと見て微笑んだ。



「初めまして、私はここの女将をしています。朱李(しゅり)と言います」



 綺麗な所作の彼女はきっといいところの姫なのではないかと思う。



「朱李は、領主の奥方様だ。そして白虎の分家の一つの姫で、玄の姉君でもある」



 だから玄様のことを『玄』と呼んだのか。私も挨拶をしなくちゃ、と紙と筆を出そうとしたが珀様が私の手を握ったため何もできない。



「中に案内してくれ、街歩きをして疲れているだろうから少し休ませてあげたいんだ」


「そうですね、わかりました。ご案内します」



 彼女に案内されたのは入って一番奥にある机の席だった。机の前に座ると、濡れた手拭いと御冷が並べられる。



「いつも食べるものを三つお願いします」



 玄様が慣れたように朱李様に言うと、彼女は「お待ちください」と言って下がった。


 それを見届けると、二人が話し出す。二人きりの話をしているからかなんの話かわからない。だからここから見える御庭を見る。とても落ち着いた雰囲気で久しぶりに癒される。淑景舎で暮らしていた時も素敵なお庭があったなと思い出していると、肩をトントン優しく叩かれて机を指さす。



「料理が来たよ」



 机には見たことのない大きなお茶碗にキラキラした切り身が乗せられている。これは見たことのない料理だ。



「これはね、海鮮丼と言ってね港があるから新鮮な魚が穫れるからここは魚を生で食べるんだ。見たことない?」



 海鮮丼なんて聞いたことなかったし、皇都では品数が多くこんな一つだけのは見たことがなかった。だから珀様に頷く。



「とっても美味しいから食べてみて」



 手を合わせると箸を持ち切り身を一切れ掴み塩をつけて口に運んだ。

 すると、トロッとしていて煮魚とは違い噛むと甘くなっていった。美味しい……こんなに生魚が美味しいだなんて知らなかったので口角が緩んだ。美味しくて、はしたないと思ったけどパクパク食べてしまいあっという間になくなってしまった。



 海鮮丼を食べた後、お店から出た。


 出てすぐに馬車が停まっていてその近くにいたのは、赤い髪が特徴の珀様と同じくらいの男性が立っている……あれ、なんかみたことのある顔のような気がするんだけど、どこで……



「お、来たな。ようこそ、珀」


「あぁ、お前またここまで降りてきたのか。家臣が心配しているのではないか?」


「大丈夫だ、仕事はしっかりしている」



 彼らの口元から会話を見ているととても仲が良いことがわかる。とても楽しそうだ。様子を観察していると、男性がこちらを見た。



「更衣様、ようこそおいでくださいました。朱雀葉生(よう)と申します。外でお会いするのは初めてですね」



 そう言って朱雀様は前髪をかきあげた。それはとっても見覚えのある、お世話になったことのある“商人”としての顔だった。





 


 


 


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