外の世界と昔の記憶
七殿五舎を出るとすでに玄様は待ってくださっていた。申し訳なくて頭を下げると「そんないいんですよ」と優しい表情でそう言ってくださった。
「さぁ、こちらにお乗りください」
玄様の後ろには白い車体があり、その後ろから私は牛車に乗る。入内する時もこんな豪華なものには乗ったことない。
「私は馬に乗りますので、白虎様をお願いできますか?」
頷いて私は玄様から白虎様を受け取ると、膝に乗せた。白虎様はとてもモフモフしていて触り心地が良くて、体温も温かい。
「ありがとうございます。では、行きましょうか」
そう言うと、御簾が下されて出発をした。
牛車で朝廷を出ると、皇都の街並みをゆっくり走る。道は少しガタガタしているけど、来た時よりも整備がされており、外に出なかった月日の流れを感じる。外を眺めていたのに揺れる車内が心地よくてうっかり寝てしまった。目を覚ましたとき、牛車は停まったところだったようだ。
「咲良様、失礼します。本日は、咲良様のご実家である藤角家に宿泊します」
玄様はそう言って微笑まれる。今後、実家には帰れなくなるからか今まで帰ることはなかったからか……
牛車から降りると家の門の前には、藤角家当主である父とその現在正妻である義母にその後ろには義妹がいた。
「華陽領当主代理殿、咲良元更衣様。ようこそおいでいただきました」
父は私を見ずに、玄様だけを見て話を始めた。
「咲良が抱いている、白の獣はなんなの? やだわぁ」
隣に立つ義母は私の抱く白虎様を白い獣と言った。耳は聞こえなくても、見ていれば言ってることが理解できてしまう。それを知っているから私に嫌味な表情を見せて言った。
それに彼女は知らないのだろうか、この国において白い虎……白虎様が尊い存在だということを。なのに彼女は蔑んだ目で白虎様を見ていた。私は義母に伝えようと懐にある紙を取り出そうとするが、私の隣にいた笑顔の玄様が笑ったまま怒りに震えているようだった。だけど、私の実家だということで何も言わなかった。
その後、屋敷の中に入り玄様は父と話があるようで別室へと私は部屋に案内される。そこは、昔私がいた元とはいえ帝の妃という身分だった女性にはふさわしくないと思われる地下にある部屋だった。
「あんたなんか、その獣とそこにいればいいわ!」
義妹らによって強引に私は装束を剥ぎ取られ、部屋に白虎様と共に押し入れられ扉が乱暴に閉じられ鍵が閉められた。
「ぁ……」
どうしよう、と扉を見つめていると一緒に閉じ込められてしまった白虎様が私に近づき擦り寄った。まるで心配してくれているようだった。私が抱っこをしていたからこんな目に遭わせてしまった。こんな場所にいるような存在じゃないのに……
だけど、閉じ込められてしまったからここからは出られない。白虎様だけでもと思ったが、脱出できる場所はない。だって、ここはこの家にある牢のような場所であり私が幼い頃から更衣として入内するまで過ごした部屋だから。
***
部屋を見渡し、私は昔のことを思い出した。
私の両親は貴族としては一般的な政略結婚だった。だが、父には好きな人がいたらしいのだが母の家とつながりをここ藤角家の当時の当主は欲していた。
だから父は好きな人と別れ、母と結婚をした。
結婚当初はお互い夫婦になったのだし仲良かったらしい。だから私を身籠った時は喜んでいたらしいが、生まれて二歳になった頃おかしいと感じてそれで私は耳が聞こえないことがわかった。長女だからとこの家を継げるように許婚を探していた矢先のことだ。
耳が聞こえないということは嫁ぐこともままならないことは確実で、家のためにできることはないのと同じだった。母はきっと肩身の狭いをしていただろうと思う。
幼かったが、なぜだか組紐の作り方も教えてくれたのだ。
そんな時を一年ほどしたとき、父は義母と私と同じくらいの女の子を連れて来た。母も知らなかったのだが、離縁されていたらしい。そして、勝手に義母と婚姻をしていた。
その頃には私は口の動きだけで難しい言葉以外は何を言っているのかわかるようになっていた。その後、母はショックで体調を崩して私が五歳くらいで亡くなってしまった。
一人ぼっちになった私。
耳の聞こえない役に立たない娘だけど、義妹の駒にいつかなるかもしれないと貴族の姫としての教育は受けさせてもらっていたが教育係は八つ当たりなのか理由はわからないけれど暴力的で毎日のように暴力を振るわれていた。それは義母からも暴力はあって傷は増え、今でも古い傷が残っている。
そんな日が日常的に行われ続け、十三才となった日。父に告げられた。
「咲良。お前が入内することが決まった。あの子の代わりに帝の妃として、な」
もう三年も前のことなのだ。
後宮はほとんど放置だったけど穏やかな時間があったから、遠い昔の記憶で忘れていた。昔ならこんな辛いとか悲しいとか負の感情に泣いてしまうことはなかった。早く、私は、ここから出たいと思いながら眠った。