壱 下賜という名の嫁入り
私、咲良が帝の【つまらない更衣】となってから早いことで三年が経った。
最初は三名ほどの女房が付いていたが、私が喋らないために今では一人もいない。帝もあまり来ないから居ない者として扱われているのだろう。だが、着替えは用意していただいているし食事もいただいている。それに幼い頃、母から習った唯一の組紐が得意なのでほとんどの時間を使っている。この丸台は入内の際に父から頂いた唯一のもので、組紐の糸は帝からの恩賜だ。
『生糸がなくなって来てしまったわ……また、帝にお願いしてみましょう』
入内して生活に慣れて来た頃に最初に何か欲しいものはあるかと文が届き、組紐の生糸をと文に書けばその翌日には一斤染されている生糸が届いた。それが三年経っても続いている。
私は次に文がきたらお願いをしようと筆を取るが、誰かが訪ねて来たのが御簾が揺れる。すると、そこには帝の女房が木箱と文を持ってきた。
木箱には頼もうと思っていた生糸が入っていて、文にはいつもの挨拶文に、明日に内裏にある清涼殿に来るようにと書かれていた。
その翌日、普段は淑景舎から出ることのない私が帝の女房に案内を受け外に出て清涼殿へと移動していると耳の聞こえない私でも雰囲気で私の噂話をしているのが分かる。清涼殿までは高貴な身分の妃の部屋を通るためそれは仕方ないことだった。
結構な距離を歩き、清涼殿へと到着する。帝がいるであろう御簾の前で座り礼をした。礼儀作法だが、礼をしていたら周りが見えない。ずっと、頭を下げていると帝の女房が見かねて肩を軽く叩く。それで顔を上げれば、御簾の奥にいらっしゃる帝がうっすら見えた。
「呼び出してすまないな、咲良。今日は更衣に話があってな……暁月」
帝の呼んだのは帝が一身に寵愛されている皇后・暁月様だ。暁月様は私の側によると、文を私に差し出した。
暁月様は「お読みください」と告げたので私はそれを開く。そこには、私の下賜が決まったことと下賜先の殿方の名が書かれていた。
「咲良。咲良には皇国一の守護神であり西の領主に下賜が決まった。下賜の日は十日後だ」
十日後……とても急なお話なのね。だけど、ずっと死ぬまで鳥籠の中だと思っていたから下賜でも外の世界が見られるのなら嬉しい。
私は了承したと伝えるために礼をした。
***
夜が明けて朝日が昇り始めた頃、私は目を覚ました。
今日は下賜の日だから女房らが来てくださって裳唐衣を着せられる。五枚重ねの衣を着て、食事が終われば下賜前の挨拶に帝の元に行くことになっていた。
御簾の前、礼をする。いつものように頭を上げない私の肩をトントンと女房にされ頭を上げた。するとそこには御簾の奥にいるはずの帝だった。
「……っ……ぁ」
驚いて声とは言えないものが漏れた。
「……不本意だが、咲良の声は初めて聞いたな。可愛らしい鈴の音色のようだ」
それにどう反応するべきか分からず固まっていると、帝にくっつく白いモフモフに気づいた。
「まぁ、いい。あぁ、こいつは咲良の下賜先の当主……の」
帝は何かを言いかけたが、白いモフモフちゃんに戯れられていて話ができないみたいだ。
「まぁ、西の領地にいる白虎の中の一匹だ。仲良くしたほうがいいだろうから抱っこしてみるか?」
私は帝の言葉に頷くと、横から見たことのない殿方がやってきた。なんだか、見たことのない装束だ。殿方が着るような、束帯や直衣ではなくて異国風な感じだった。
「玄か……当主はどうした」
「申し訳ございません。急用ができまして、こちらまで来ることが叶いませんでした。なので当主代理として私がお迎えに参りました」
「そうか。急用か、ならば仕方あるまい。だが、大事な朕の妃だ。なのに当主代理が迎えとは相変わらず失礼な男だ」
「申し訳ございません。ですが、代わりとしてそちらの白虎様をお連れいたしましたのでご容赦くださいませ」
玄様は帝に礼をした後、私を見て微笑んだ。
「お初にお目にかかります。同じ目線からのご挨拶、申し訳ありません。咲良様、私は皇国の西・華陽当主代理をしている玄と申します」
そう私に告げると、今度は帝と何やら話を始めた。
「咲良様、すぐに出立しますのでお支度をお願いできますか」
私が頷くと女房たちに連れられて清涼殿を出た。再び淑景舎に戻ると、女房に外出する際に着る壺装束に着替えた。
歩きやすい丈の短い切り袴を履いて裾の長い装束を紐を使って裾を上げ、市女笠と虫の垂れ衣をつけた。
そうして私は住み慣れた淑景舎を出て七殿五舎から外に出た。