領地案内
華陽領に到着した翌日。私は朝餉を食べる前に昨日のような打掛を着付けをしてもらい、珀さんと向かい合って食事をする。
「昨夜はよく眠れましたか?」
私は頷いて【お布団がふわふわで気持ちよかったです】と横に置いていた紙にかいた。
昨日は片言だけど話していたが、今は珀さんや椿さんたちばかりじゃなくて食事を運んで下さる方がいてどう思われるか分からないから筆談にした。
「それはよかった。その着物とても似合ってる」
【珀さんが素敵なものを選んでくださったおかげです。甕覗の色も綺麗です。この着物、単よりもとても動きやすいです】
「気に入ってもらえてよかった。甕覗を知ってるんだね、これは華陽出身の染色家が染めたものだ。皇都で十年ほど帝御用達の染色家の元で修行した者が染めたものなんだよ。そいつも喜ぶよ」
【帝公認御用達の方ですか?すごいですね。この色、好きです】
「よかった。この薄い藍染の色には更紗が綺麗に刺繍できるらしくてね見た時、咲良にとても似合うんじゃないかって思ってたんだ。髪も可愛らしい」
【ありがとうございます。簪も素敵なものばかりで幸さんに結ってもらいました。こんな素敵に結ってもらったの初めてです】
髪は島田髷と呼ばれる髪型で大きなつまみ細工と珀さんにいただいた花簪、組紐を使って結ってもらった。
髪を上げているから首が出ていて少し恥ずかしいけれどとても素敵だったから気に入っている。
「その組紐も着物に合うね。これは咲良が作ったものかな?」
私は頷いて【更衣の時に作ったものはほとんど組紐は置いてきたんですが、帝と皇后様に頂けたものです。気に入っていたのを皇后様はご存知だったらしくて、これだけは持っていっていいって言ってくださいました。更衣になったばかりの時に作ったものです】と書いてみせた。
「そうなんだ。とてもいい組紐だ」
褒めてもらえたのが嬉しくて思わず微笑む。すると、何かを彼は呟いたが口の動きが分からなくて何を言っていたのか理解ができない。
【もう一度、言ってもらっていいでしょうか?】
「あー、うん。いや……」
戸惑う表情をしたが椿さんが珀さんの後ろに立ち「当主様、そこははっきりと言った方がよろしいかと思いますよ」と私に聞こえるようにゆっくり言えば、少し口を動かしてからこちらに向き直した。
「咲良の笑った顔見たの初めて見て可愛いなって思って。触れたくなる」
【触れたくなるとは、どういうことでしょうか?】
「君を愛でることがしたいと思っただけ、です。そ、そうだ。咲良さえよかったら今日、領地を案内しようと思っているのだが……どうだろうか?」
【珀さんが案内してくださるんですか?】
「そうだ。ダメかな?」
領民の方々に受け入れられるのか不安だったけど、知りたいという気持ちの方が大きくて私は頷いた。
あれからお部屋に戻ると、椿さんによって外出用だという着物に着替えをした。
白綸子地の牡丹唐草の刺繍が施されている小袖で柳色の雪輪花模様の帯だ。どれも高級品だと分かる品で、皇都からきた元更衣として相応しい格好ということだろう。
「とてもお似合いですよ。今日の髪は玉結びにしました。咲良様の組紐も使わせていただきました」
鏡で髪を見ると下げ髪の先端をくるっと丸めた髪型になっている。確かに玉結びのようだし、朝のように私の組紐も上手に使ってくださっていた。
「あ、り……がとぅ」
「いえ、咲良様を着飾るのはとてもやりがいがありますので。そろそろ当主様が迎えに来る頃かと思います」
椿さんがそう言うと襖が開いて珀さんと後ろには部屋の外にいた玄さんが入ってきた。
「咲良は何を着ても似合うな。うん、とてもいい」
「あり、がとぅ……ござぃます」
途切れ途切れのカタコトだったのに珀さんは「可愛いね」と言いながら私の頭に触れて撫でた。
「珀様、女性に馴れ馴れしく触れるのはどうかと思いますよ。まだ婚姻前なのですよ」
「あ、あぁ……そうだな。つい、触れたくなったんだ。すまない」
珀さんに大丈夫と首をブンブン振って彼を見つめれば顔を真っ赤にさせていてそっぽを向かれてしまったが、一瞬で表情は戻り「じゃあ、行こうか」と言った。
私は頷くと、昨日と同じく横抱きにされる。
「玄が先に降りるが、降りるときは怖いだろうから下を見ない方がいい」
そう言われて珀さんの衣に顔を伏せると部屋から出てゆっくりと歩き、階段で下に降りた。
***
「――随分と賑わっているな」
住居を出て珀さんに手を引かれながら神門から出る。神道へ出ると、出店と共に領民がたくさんいて昨日より賑わっている。
それになぜかこちらを見ているような……視線を感じた。
「今日は咲良様がいらっしゃった翌日ですので、いろめきたっているのですよ。まぁ、ご当主様と咲良様が二人並んでいるところを見たいという興味本位の者もいますが……ですが歓迎しているので安心してください」
そう言ったのは後ろに控えていた殿方だ。
今、護衛についているのは玄さんではなくて新しく私付きの護衛官となった朔太郎という皇都出身で皆からは『朔』と呼ばれているらしい。
ずっとニコニコしていて爽やかな殿方という印象だ。
そんな彼は、珀さんに引き抜かれた実力がある武官らしく華陽領の軍部所属になって数ヶ月で立場ある役職をもらった出世株だと玄さんは言っていた。
珀さんに手を引かれるまま、私は出店を回った。
「何か欲しいものがあれば遠慮はせずに言って欲しい」
出店は結構たくさんあり、中でも小間物屋さんが多い気がする。一軒一軒巡っていくとその中で硝子の置き細工を見つけた。それは動物を模したもので何種類かある。
可愛い……
「それが気に入ったの?」
「か、わ、いいなぁ、って、思った、だけです」
可愛いと言っただけなのに彼はすぐに店主様に声をかけた。
「そっか。じゃあ、店主。これをください」
「はいよーって……御当主様! それに、更衣さままでいらっしゃってくださるなんて」
そう言って彼女は私たちに礼を取る。
「店主、今は彼女を案内しているだけなんだ。畏まらなくていい。彼女もそれを望んでいるし、いや彼女が望んでいるのはこの硝子細工なんだ」
「あっ、ありがとうございます!」
珀さんはそれを指差すと、店主様は手慣れたように包んでくださった。なので、私もお礼を紙に書いて見せて微笑んだ。
その後も沢山のお店を回りきって神殿へと戻った。