修羅場は時として大量発生する
「どうしてよ!!」
王宮主催の夜会。会場の大広間に突如として上がった大声。
聞き覚えしかないその声にまたか、と誰もが思ったに違いない。
この騒ぎ、今日だけですでに三件発生している。その三件とも騒ぎの主は一緒である。
王族の権力を象徴するかのような豪奢なドレスに身を包み、キラキラと眩しいばかりのゴッテゴテな宝石で身を固めた、この国唯一の王女が、一組の男女と揉めていた。あ、ちなみに王子は三人いる。まともである。
まぁ、王女の一方的なものだけど。
この王女、容姿は美しい。見た目だけなら完璧な美女である。
ただ、中身が性悪で手癖が悪くて性欲も抑えられない理性の欠片もない事故物件なだけだ。
え、王族に対する不敬じゃないのか?
だって皆知ってるし。だから国外に嫁がせられないんだって。いやー、そんな事言われてもこっちだって迷惑だよね。
そんなわけで、適齢期である王女にロックオンされては堪らんと、適齢期の子息と親達は立ち上がったのさ。
元々の婚約が成立していた家は、早々に婚姻届を提出。式は卒業を待ってから、と既成事実を公表。
婚約者がいなかった子息達は、勇気を出して好きな女性に告白。白昼堂々と学園でのそれに、待ったをかける者フラれる者成功する者と、悲喜交々。
誰もが王女と婚約なんてゴメンなので、鬼気迫るものがあったとかなかったとか。
わずか半年で、国内有力貴族家の子息達の婚約が整った時は、流石に国王も唖然としたらしい。
そこまでか、と。
当たり前やろお前んとこの不良債権なんぞ誰が引き取りたいと思うか! と皆が思ったかどうかは定かではないが、国王が厳選した家からは軒並みお断りされてしまったので、まぁ、そういう事だろ。
これには当の王女が激怒した。この王女である自分が嫁いでやると言ってるのに断るなんて! と。
相手を顔だけで選んで、嫁ぎ先に口出ししたくせになに言ってんのこの人。
それに、あの王女だからこそ断るんだがな? 気づいてないのは本人だけって、ホントもう、アレだよね。
かくして、夜会の度にあちこちで騒ぎが起きるようになったのさ。
美形の高位貴族子息達は軒並み売約済。隣に寄り添う婚約者やら配偶者は美しく気高い雰囲気の持ち主ばかり。淑女って素敵だよね。
勝ち目ないって、ホント。
しかも、本日の夜会で突撃カマした相手は、一回目が侯爵子息。二回目が辺境伯子息。で三回目に筆頭公爵家の嫡男。どの子息も容姿も中身も超がつくほどの優良物件。
婚約者の少女達も、侯爵令嬢やら伯爵家の出。筆頭公爵家子息の婚約者は、叙爵されたばかりの伯爵家だが、学院では常に上位の成績を誇る才女である。
だから勝ち目ないってば。
「このわたくしが降嫁してさしあげると言ってるのよ!? なにが不満なの!!」
キャンキャンうるさく噛み付く王女なんぞいらんがな。と苦々しい表情で、公爵子息が口を開いた。
「全てが不満だ」
ホントそれな!! と会場がひとつになった瞬間だった。いやー、一体感って清々しいね!
「っ!? な、なんですってぇ!!」
その癇癪を抑えるのが王族としての当たり前なんだが、教育を受けてこれか、いや、教育受けたよね? え、受けてこれ? 王族どうなってんの?
「そもそも、婚約者を連れた者に対する態度なのか、それが? あきらかなマナー違反だろう。そちらからの打診は断ったし、彼女以外を妻にするつもりもない」
つまり、お呼びでない。
ですよねー。
「な、な、な!?」
怒りと羞恥とで言語がどっか飛んだ王女に、追い討ちをかけるべく口を開こうとした公爵子息。しかし、彼の腕に手を添えた婚約者の少女が口を開いた。
「スウェルさま。仮にも王女殿下ですわ。もう少し穏やかにお話しくださいませ」
「しかしロシェ。好みでもない最低女から求婚された身としては、ここできれいさっぱり火の粉を払い落として踏みにじって火消ししとかないと。そもそもロシェ以外からの求婚なぞ嬉しくもないし」
散々な言いようである。気持ちは分かるが。
「ええ。わたくしもスウェルさま以外の方など考えられませんわ」
穏やかに、ロシェは微笑む。
「けれど、仮にも王女でいらっしゃる方ですわ。婚約者がいないのに、パートナーもつけずに夜会に出席しなくてはいけないなんて、お可哀想に……そんな方に正論と真実で心の臓を抉るだなんて流石にどうかとも思いますのよ。確かに誰もパートナーにすらなりたくはないなんて、そんな現実受け入れられないし、お認めになりたくない気持ちも理解して差し上げたいわ。王女殿下は愛し愛される喜びをしらないのですもの」
別の悦びはガッツリ知ってるがな。
その微笑みに魅入って内容が頭に入ってこなかった者ばかりだが、内容は中々エグいぞ。
上げて落として上げて下げて落とす。いや、上げてたか? ん?
学がちょっとばかり? 疎かだった王女だが、バカにされたのはわかった。反論は思いつかないが。
「な、なっ、な!?」
語彙力どこ行った。
「わたくしに言えるのは、誰の子を孕むか分からない女性は、王族も貴族も迎え入れることはないということですわ」
今は顔だけ近衛隊のどなたとお付き合いされてますの?
本来なら近衛は、容姿も含むの実力主義だが、王女付きの近衛は彼女の好みで揃えたため、アッチはお上手だが、剣の腕はからきしな奴らばかりである。
当然、当直はベッドの中で、という爛れた性活。避妊薬は飲んでいるが、いつだれの子を孕むか分からない状態であることは間違いない。
王女に甘い国王が許してきた弊害である。甘すぎたのだ。今更だが。
「わたくしの産む子ならそれだけで価値があるわ!」
「王族はお家乗っ取りを推奨しておりますの?」
「おい? 乗っ取り?」
「それとも、托卵ですの?」
「たくらん?」
なにそれな王女に、周囲の失望はますます広がる。
「本当に、殿下は母君にそっくりですこと」
なにもかも。そう、なにもかもか似ている。容姿も、中身も。
王女の母は側妃であった。その容姿で国王を虜にし、生まれたのが王女。
しかし、側妃には恋人がいた。国王より前からの、身体も繋がっていた男が。
側妃は王族への不敬罪と姦通罪に問われ、幽閉されている。最初の頃は国王も気遣い訪れていたらしいが、最近はない。
目に見えて衰えた美貌と、癇癪に耐えられなくなったのだろうとの噂だが、事実だろう。
だからこそ、手元に置いた王女を甘やかした。代わりにしたのだ。国内に嫁がせたいのはそれも理由だろう。
血の繋がらないかもしれない王女。
一応、国王はちゃんと娘として愛している。一応。
しかし、そんな面倒を抱えるのはゴメンだと思う貴族がほとんどだ。男にだらしのない嫁などいらん。
「そこまでだ」
威厳のある、若々しい声が響き、皆は王族への敬意を示すため頭をさげる。
王太子である第一王子が壇上にいた。
「今日は皆に報告がある。父である国王が病のため譲位されることが決まった。早々に療養のため離宮に移る。娘である王女と共に」
その言葉に、ざっ、と皆が膝をつく。新しい国王の誕生に最敬礼をとった。
「な、お兄さまどうしてわたくしも!?」
キャンキャン吠えたのは、案の定王女だった。
「それはもちろん、父上のお心を慰めるためだ。父が退位したら、誰もそなたの面倒を見る者はいないからな」
それな! と皆が心で頷く。
「今まで様子を見たが、そなたをもらってくれる奇特な男はいなかった。国外には出せん恥晒しだし、父上の介護は丁度いいだろう。父も喜ぶ」
ほんとそれな! と以下同文。
いやぁ、さすが王妃の子。これなら国も安泰だな、と胸を撫でおろしたところで、夜会は終わった。
吠え続ける王女を残して。
その後、異例の速さで即位した新国王は、高い塀に囲まれた離宮に前国王と王女を移したという。
貴族の子息たちは、心穏やかに婚約者との婚姻を迎えられたことに安堵し、これからの生活に思いを馳せた。
修羅場はもういらない、と。