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ep.4 休日の取引き

 体力測定が終わった次の日、高校生活初めての休日が来た。

 やっぱり、休日というものはいいものだ。

 ここ二日間はいろんなことが起きているせいか、かなり疲れている。

 それもあってか、いつもより一人で過ごす時間が心地よく感じる。

 やっぱり、一人でゆったり過ごす時間が自分にとっては一番、性に合う。


 今は朝の八時半……、そろそろ朝ごはんでも食べるか。


 俺はいつも食べている食パンにジャムを塗って口に運ぶ。

 ジャムと言えばやはりイチゴジャムが一番だ。

 ジャムの種類はいろいろあるが、今まで一番おいしかったのは、と言われればイチゴジャムが真っ先に思いつく。


「疲れたー」


 運動するのは別に嫌いではないが、疲れが出るのは嫌いだ。特に昨日の体力測定は地味に体に負担がかかって、普通に運動するよりも疲れが数倍溜まる。

 親がいない生活にはもう慣れており、一人暮らしすること八年の月日が経過していた。

 そしてそんな一人暮らしをする中で見つけた唯一と言ってもいい趣味、それが銭湯だ。

 銭湯は全ての疲れがとれる憩いの場であり、休日は必ずと言っていいほど通っているのだ。


 そして今日もこれから銭湯に行く予定だ。

 朝食を済ませた俺は寝間着を脱ぎ、適当に棚から服を取りだして着替えた。

 バスタオルとスマホを手提げバックの中に入れ、俺は家を出ていった。


 銭湯は家から徒歩十分くらいのところにあり、丁度いいくらいの距離だ。

 もっとも俺は家を引っ越す時は必ず銭湯が近いかどうかを確認しているので銭湯が近いのは当たり前のことなのだが。


 シャワーを浴びた俺はそのまま入浴した。


「はぁー。生き返るー」


 銭湯に入れば、体も心も何もかもが楽になるような、そんな気分を味わえる。まさにここは俺だけの居場所だ。


「よぉ、昨日ぶりだな!」


 聞き覚えのある声が聞こえてきた。これは気のせいなのだろう、俺はそう思い込み、ゆったりと湯に浸かって何も聞こえていないふりをする。


「無視するのはひどくないか……」


 どうやら聞き間違えではなかったらしい。俺の唯一の楽しみが今この瞬間、奈島によって潰された。

 そもそも、どうやって俺のことを見つけたのかが気にならなくもないが、もうここにいるのだからしょうがない。


「はぁー。なんで、お前がここにいるんだ?」


「そんなに嫌がらなくてもいいだろ」


 俺は誰かに自分の行先を伝えたり、尾行された記憶は一回もない。なんなら、俺は人とあまり関わらない。

 そして、まだ出会って一日も経っていないのにも関わらず、偶然クラスメイトと会う確率は言うまでもなく低い。

 それが、こうして奈島に会うということは、つまり……


「お前、俺にスキルを使ったな?」


「流石にバレるか」


 不可解な現象があれば、大抵はスキルの影響だ。まるで俺がここにいることを知っていたかのような態度だったから、記憶を覗かれたか、未来を見たかの二択だろう。


「逆になんでバレないとでも思った? それで、俺の何を見たんだ?」


「俺との取引きに協力してくれたら、教えてやらないこともないぜ」


 相手にどれだけ、少ない情報で利益を提示することが出来るか、これが交渉を成功させるための基本の一つ。相手が得をしなければ、交渉を応じよとする人もいないに等しいからだ。

 ここまでの流れの持ってき方が奈島は上手い。交渉上手だな。


「分かった。取引きをする前に必要以上に僕の一人の時間を潰さないで欲しい。それが最低条件だ」


 取引きに応じる前に相手に自分の要求を伝えることで、その内容がどの程度のリスクかが分かる。

 相手がそれで引き下がれば、こちら側の要求以上のリスクはなく、逆にそのまま交渉に乗ってくれば、こちら側の要求以上のリスクがあるということになる。


「分かったよ。別にそのくらいの要求は呑むよ。それじゃあ、取引きを始めよう」


 取り敢えず、こちらの要求以上のリスクはあるということか。

 まあ、一人の時間を確保できるのは金を貰うよりも嬉しい。


「団体試験で俺とチームを組んでもらいたい」


「なんで、また僕なんかをチームに……。それに他に優秀な奴はたくさんいるだろ」


 実際、俺はE組の中でも入学時成績はかなり低めの方だ。奈島なら、クラスの上位勢と組むことが出来るし、確実に色は上がる。


「俺の勘が言っている。お前、実力を隠してるだろ? それもかなり強い。A組と同等、もしくはそれ以上か」


「……」


「表情が全く分かんねぇな。それじゃあ、肯定してるのか、否定してるのかも分からねぇな」


 ここで余計なことを喋れば、今後面倒なことが起きる可能性が高くなってしまう。

 そうなれば、俺の平穏な人生が終わってしまう。


「まあいいや。お前以外にも欲しい奴がいるからな。お前の前の席にいる水野杏香だ」


 水野か。特段、目立った強さはなく、成績も優秀かと言えばそこそこだ。

 他の生徒とそう大差はないというのに。


「あいつは、どっかの金持ちのお嬢さんだ。それにお前と同じで多分実力を隠している。あの性格から考えれば、あまり目立つのが好きではないのか、もしくは何か制約があるのか」


「その根拠は?」


「勘だよ」


 もし本当に、勘だけでチームを組もうとしているのなら飛んだ大バカ者。

 逆に完全に見極めているのなら、想像を遥かに超える天才だ。

 もう少し様子を見なければ、そこらへんの判断はあまり出来ないな。


「それで、この取引きと水野に何の関係が?」


「あいつは多分、真っ先にお前とチームを組もうとするはずさ。そうすれば、もう仲間に引き込めたも同然さ」


「何でそう思うんだ?」


「勘だよ」


 何かあれば、すぐに勘を言い訳にしてくる辺り、何か隠しているのは確定だな。

 しかし、水野が俺とチームを組みたがることなんてあるのだろうか。


「それに、あいつは強さだけじゃない。金持ちなら人脈もある、学校の外のな。いわば、保険としても使えるってことだ」


 しっかりと未来を見据えている。今後のことに対策しているあたり、この学校には何かリスク的なものがあるな。


「もし、チームを組めなかったらどうする?」


「それはないな。それにこっちにはとっておきの手札があるしね」


 どんな状況になってもそれを打開できる手段を備えているあたり、よほど何か成し遂げたいことがあるのだろうな。


「そうか、分かった。その話乗ってあげるよ」


「取引き成立だな」


 事前準備、ありとあらゆる状況を想定した対応、優れた洞察力、それに加え巧に話をする能力、まさに交渉上手のそれだ。


「で、どんなスキルなんだ?」


「俺は未来を見ることだ出来る。ただ、それだけだよ。もっと詳しく聞きたいなら、水野杏香を仲間に引き入れたあとだね」


 段階的に報酬を出すことによって、裏切りを未然に防ぐ。

 もしかしたら、俺はとんでもない奴と関わってしまったのかもしれない。


 奈島はそのままこの場を去っていった。


「はぁー。流石に疲れるな……」

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