日帰り迷宮門番ミノタウロス 〜牛を育ててたら、俺が牛男になりました〜
「ヴゥォォォォォォ!!!!!!」
何だ何だ何だ何だ何だ!!!????
暗くて狭くて細長い空間に、雄叫びが轟きまくってる。
重低音の、唸る様な咆哮だ。
更にもう一つ。
「ヒャッ……ハハハハハハハァァ!!!!」
空間の隅々にまで響き渡る、威嚇、牽制、挑発の、狂った鳴き声だ。
「ウォォォォォォ!!!!」
かと思えば鈍重な轟音。大質量と大質量のぶつかり合いの激音。そして。
「テメェをブッ殺してェ…俺が奪い尽くしてやるヨォォォッ!!!!」
「適当な事…言ってんじゃねえーーーーッ!!!」
『鼻息』が、滅茶苦茶荒かった。
ーーーーーーーーーー
《ppp ppp ppp ppppppppp…》
「うぉっ………うるせぇ…なんだ今日の夢は……」
相変わらずの、等間隔にリズムを刻むのを諦めるのが早過ぎる、携帯のスヌーズを止めて、ムクリ。とは行かずに、のっそりと起き上がる。
カーテンを開ければ、外は漸く白んで来たかという様な、今の俺の頭ん中と同じくらいの、ぼやけ具合だ。
「…ジジイかよ」
何時もの起床用決まり文句を呟いてから、出窓に並べてある人型機動兵器のプラモの数々を見て満足気になると、漸く立ち上がった。
携帯のスヌーズ画面は、午前五時ピッタリを、表示している。
「はよー。相変わらず誰も居なーい俺んちー」
テレビと電気は点いているのに、無人のキッチンに降りて来る。
こんな超早起き健康優良児よりも早いのだから、恐ろしい大人達である。
とはいえ将来的には俺もそうなる…のを考えるのは先行き不安だから、とっとと顔だけ洗いに洗面所へ向かった。
「うーつべてー……まだお湯で良かったな…」
五月半ばの洗顔用水温は悩ましいよなと思いつつ、拭き終わった三白眼の間抜け面を一瞥したら、天然センター分けの前髪を整えて、とっとと着替えだ。
上下を水色のツナギに着替えて、足には長靴。腕にはゴム手。
最後にキャップを被ったら、漸くちゃんと昇って来た太陽と同じタイミングで、外に出た。
「もう鳴いてんな。まだ二歳なのに年寄りウシかよアイツらは……」
同時に、その鳴き声も聞こえて来て。
「おはよ」
「あーおはよ。ハイコレ朝の」
「あいよー」
玄関を出て十メートル程歩けば、飼料小屋。
そこに居る中年女性…この場合俺の母親だが、その人からドデカい牧草の四角いブロックを指さされる。
まあまあな重たさのそれを担いでは一輪車に乗せ、それを三つ、ピラミッド状に重ねたら、お次はそこから五メートル。
「おは【モォ〜〜〜!!!!】朝から元気が過ぎるんだよ…」
牛舎に入るや否や、横並びの牛達が、一斉に鳴き始めた。
牧草の匂いが近くなったのを察知して、我慢出来なくなったのであろう、食欲旺盛な牛達が。
「…ほい」
【モォ】
「ほれ」
【ンン〜】
「そら」
【ンモ…】
塊牧草ブロックを、四本爪の巨大クワ、牧草ホークで刺しては拾い、飼料箱へ突っ込む。
入れた瞬間貪り始める牛達だが、ちゃんと食わないと元気が出ないのは人間も牛も問わず一緒だ。
だから一頭一頭、食欲の具合もしっかり見とかなきゃならない。
「とりあえず全員ちゃんと食ってんな。ヨシ!」
某現場猫の如くビシッと指差した所で、追加のブロックからまた牧草を解して下ろす。
コレをあともう一回やって、朝のエサやりは終わりになる。
「ふぁ…」
一発、欠伸もかいといて。
「アレ、じいちゃんまだ?」
「そうねー。もう少ししたら帰って来るでしょ」
「ふーん」
「にしてもアンタ、牧草ロールそのまま運べる様になったのね」
「おん」
エサやりが終われば長靴消毒の後、ツナギをとっとと脱いで、今度は本職?の高校の制服に着替えである。
先に家に上がって朝メシを作っている母ちゃんに、ワイシャツのボタン留めながら訊ねた。更衣期間に入って上着着なくて良いのは楽だ。
「成長期に筋肉付けすぎると身長伸びないわよー」
「別に筋トレしてねーし。第一家業的に勝手に筋肉付くだろ。身長はこっからなの」
朝から世界情勢だのコウチャクだキンチョーだの流れてるテレビ傍目に、シャケとウインナー、目玉焼き交互に食いながらご飯掻っ込んで答える。
さっきはサラッと説明したが、牧草のブロックは大元があり、その通称牧草ロールは大体一つ350kg位。小分けにして一つ50kg程なので、特段重過ぎる…程でも無いのだが。
「てか丈一アンタ部活決めたの?」
「いや帰宅部っしょ。このままフツーに」
「なーに言ってんのよ放課後何か青春しなさいよー。プラモ部とか無いの?」
「無いわ。あったら入ってるっての。第一帰って干し草干さなきゃならんし、牛舎の掃除もあんじゃん」
味噌汁ゴトっと置いてそんな事言う母ちゃん。
中学の頃は部活は強制だったから、止むなく文化部やっていたが、高校は自由なのだから、わざわざ牛達の足を引っ張る必要は無い。
「あんた…あのね、ウチの事やってくれるのはありがたいけど、高校生は三年間しか無いんだから、もっと沢山友達と「帰ったぞー」ああおじいちゃん来た」
「じいちゃん遅かったじゃん」
玄関の方からしゃがれた声が聞こえれば、そのままステテコ一丁の、朝の木樵終わりのじいちゃんが入って来る。体型は大分細く、骨と皮なスリムじいちゃんだが、背筋はまだピンとしている、齢八十にしちゃ若く見える爺さんだ。
「何、年寄り共は朝早いからな。道草が増えんだわ」
「ソレじいちゃんが首突っ込んでんじゃね?」
「ハハハ。それもあるかぁ」
「つか…なんかじいちゃん、最近朝、やたら汗掻いてるけど」
「…近頃は、帰り道軽くジョギングしとるからな」
「ふーん」
「しかし丈一、またロール一纏めに運んだのか。成長したなぁ」
「成長なのか?」
よく分からないが、まぁじいちゃんも昔の写真は筋骨隆々だから、家系なんだろう。
「いいからおじいちゃんも早く食べちゃって」
「すまんすまん。うーむ。朝はやっぱり赤ダシからだな!」
そんな風に明るく笑いながら、食卓に座るじいちゃん。
ただ、一瞬だけ奥歯に何か挟まったみたいな顔したのが、少し気になった。
何にせよとりあえずコレが、大体このルーティーンで朝メシを囲むのが、ウチの習慣だ。
そんでもって。
「おはよーございまーす!」
「!桜子ちゃん来ちゃった!丈一早く出な!」
「そんな急がなくても「さっさとする」へいへい…」
玄関から次に聞こえるは、朝から元気な女子の声。
食器流しに持ってって、リュック担いで急かされながら、小走りで向かうと、そこに居るのは。
「ジョーおは!」
「おはじゃねぇ、一々ウチに寄るなよ」
焦茶のボブカットに、ピンク色のカーディガンを押し出すかの様な、胸部の主張が激しい女子が一人。
「だってまだ道分からんし〜」
「もうそろそろ覚えろ…」
そんなやり取りしつつスニーカー履いて玄関出る。
庭に停まってるは原付スクーター一台。黄色い丸っこいいかにも女子向けスクーターである。
「それに久美お母さんにもジョーの事見張っとけって仰せ使ってるもの!」
「俺が先導してやってんじゃねぇのかよ」
「なんでも良いから早く行こ!」
「なんでも良いのかよ…」
コレも相変わらずの朝のルーティーン。
俺も車庫から原付持ってきて、とっととエンジンに火を入れた。
「良いなージョーのバイクカッコ良いので〜」
「ただの牧用の原付オフロードバイクだろ。じいちゃんのお下がりだしよ」
「あんまスピード出さないでね。見失ったら迷子になるし」
「その時は一人で行ける様に練習だな」
「やーだよ」
「やれよ」
「ジョーと一緒に行かなきゃだし」
「…へいへい」
なんて事言いながら、ボブカット頭にジェットヘルメット被るこいつ。
俺もオフロードヘルメット被って、二人よっこらせと跨ったら出発だ。
T県倉田市。市街地はそれなりに栄えているが、大通りを一本外れると、田畑の広がる典型的な片田舎だ。
その街で、ウチは言っての通りの牧場で、後ろを走るコイツもその近所。
だからまあまあ山奥に住んでるのもあってか、小中と、学校って場所からは毎回遠かった。
高校ともなるといよいよそれは顕著で、片道15kmも掛かる手前、バイクも原付なら通学許可が出てる程である。
「ねぇジョー、最近息白く無くなってない?」
「だな。もうそろそろマスク無しでも良いかもな」
「寒いと喉やられて嫌だったもんね〜ふぁぁ……」
「おい、運転中寝んなよ……ふぁ……」
「ジョーも寝不足じゃん!」
「違う。寝覚めが悪いだけだ……行くぞ」
信号待ちで、妙な朝の共通項を話してたら、青に変わって発進する。
確かに喉痛めて、コイツのコロコロ鳴る鈴みたいな声の調子が悪くなると、俺も調子狂いそうだから、コレからは少しはラクそうだ。
ああ、言い忘れていた。
コイツは戸松桜子。俺の…一応幼馴染か。
んで俺が、斧田丈一。
ーーーーーーーーーー
「斧田、進路希望、コレだけか?」
「まぁ、そうっすね」
昼休み、担任の教師に職員室まで呼ばれた。
職員室…てか教室もだけど、ボロくて年季の入った高校だから、なんか暗い。
加えて未だに喫煙スペース付きな前時代職員室なので煙くて好きじゃない場所だ。担任は中年ながら非喫煙者だからまだマシだが。
「第一志望、家業を継いでの就職、第二志望、県内の農業大…」
「まぁ、一応酪農継ぐ気ではあるんで」
「いや、その気概はとても感心だし、今時一次産業も大変な時勢だから凄く偉いと思うが、もっとこう、したい事とか無いのか?」
「……もう少し牧場の設備改修したい…かな」
「そういう…まぁ、そうか。いや、一年でコレ聞くのもまだ早いとは思うが、斧田は成績も悪くは無いし。家業手伝いの賜物でもあるだろうが、身長はコレからだが体格も良い」
「そっすね。身長はコレから」
褒める時はちょっとだけスパイスも入れるのは教師生活長そうな中で覚えたテクだろうか。
「だから、別にそんなに直ぐ決めなくても良いんだぞ」
「まぁでも十年は考えてますからねぇ」
「そうか………ふぅ」
「あ、何か困らせる事言ってます?俺」
「あぁいや、最近寝不足でな。夢見心地が悪いんだ」
「あ、そこは先生に同意です。俺もめっちゃ眠いっす」
「中年と十代じゃ比較にならんぞ」
それもそうか。だが、何だろうかこの、今朝の通学途中の桜子といい、寧ろ同じ様な眠気、睡魔に襲われているかの様な、妙な感覚は。
「えっと…来月の文化祭での装飾担当、玉野君ともう一人、誰か名乗り出て貰えるとありがたいんだけど…」
眠気も相俟ってとっとと帰りたい中でのホームルーム。委員長と担当の男子生徒が一人、少し後ろめたそうに尋ねてるが、案の定こういうのは誰も手を挙げない。
ジリ貧コースが決まっている。
「俺大会ちけーよ」
「あたしも来週地区大ー」
「ウチも発表会あるわー」
「あーじゃあその、出来たら部活やってない人に担当してもらえるとこっちとしては助かるかな…」
部活勢はこういう時に断る理由を簡単に拵えられるからラクである。
学校に来るスタンスの主軸が校舎外だものな。
なんて考えてると。
「あの斧田君とか……どう?」
「俺は家の事があるから出来ないよ」
変な期待をさせて落胆させても申し訳ないから、スパッと断る。
しかしてそういう事を言うと「大した仕事でもねーだろ」とか「ホントは手伝って無いんじゃないの」とか、ボソボソ言ってきたりする。
生憎お前らの大半が朝練行く日より早起きなのだが、一々相手するだけ無駄なので何も言わないが。
「そっか……えっとじゃあ………」
委員長がその後も何人か誘ってみたが、誰も彼も反応は乏しく、結局この日も話は持ち越しとなって放課だった。
ーーーーーーーーーー
部活というのは、自主的にやるものなんだろうが、何故かそれを理由に物事を断る時は、受動的な体で、やらされてるからといった風体で使う。少なくとも能動的には見えない。
若者が夢を持てなくなった時代だなんて年寄り達は言うが、雁字搦めにされて生きる俺達には、光明を自発的に見つけるのも難しい気がする。
俺は、牛と牧場、酪農という道が拓かれているだけ、絡め取られるモノは少ないのだろうが。
「うぅ…何で教室棟のトイレ、大が全部使用中なんだよ…」
そんな事を考えながら、理科棟トイレから出れば、見える風景一つ。
「オイ玉野、一々足引っ張ってんじゃねーよ」
「あんさー、美術部なんだから一人で出来んしょ〜?」
「つかオタク絵描くの得意だろ?」
「あの…でもこの大きさは流石に一人だと…」
男二人、女一人、三人掛かりで空き教室で詰める。芸の無い連中である。
そもそも本当に部活で忙しいのならこんな所で他人に構ってる暇など無いのだが。
「うっせーよ。良いから一人でやるって言っとけオタク。クソダルくて眠ぃのにヨォ」
「佐野分かるわ〜マジ眠たみ〜。つか何の絵描いてんの〜?エロい女の子のヤツ〜?キモいんだけど〜」
「自分で描いてシコってんのか〜?ハハハハハハ!!ファ〜あ…」
「オイ酒谷寝てんじゃねー」
「いって!佐野もアクビかいてんじゃんよぉ〜」
「………」
よもやコイツらまで寝不足とは。
嫌な所で俺と共通項だらけだな今日は。
しかも桜子以外余り心象が良く無い。
「あの、僕は…今度の展覧会用の絵を描いてて「んなんどーでも良いからよ」あっ!」
引ったくられたスケッチブックが、何ページか捲れながら宙を舞い、俺の足下へ落ちた。
描かれたモノが、俺の眼に留まる。
「マジあんま手間掛けてっと……学校居辛くなっかんな?」
「ちょっと佐野コワ〜」
「玉野のタマ取れちまうぞー?」
「あ…………なら「綺麗な山だな。ウチの近くの山に似てる」!斧田くん…」
その絵は、青々とした山緑と、透き通った青空のコントラストが落ち着く、一目で心が穏やかになる絵だった。風景画…だろうか。
ウチの牛舎から見える景色に、少し似てた。
「オイ斧田ァ。牛乳野郎は帰って乳絞ってろよ?」
「手つきエロそ〜」
「むっつりスケベなんじゃね?」
「うるせぇよ貧乳とバカスケベ。帰って寝ろ」
「はぁ!?サイアク!」
「二つも言うなよ!!」
図星なんだな。でも自覚させてやるのは大事だと思うからな。自分を顧みるのはさ。
「あとお前……名前分かんない真ん中、恐喝してる時間を部活の練習に充てろよ」
「ッ…何が名前わかんな………っ!!??」
肩を押して来た、ボス猿っぽいの。
なんだが、俺の身体が押せないまま、反動で自分で後ろに吹っ飛んだ。
「…バックステップの練習?」
「〜〜〜うっせ!んだコイツ!!オイ行くぞ!!!」
「あっちょ!!」
「待てよぉ佐野ぉ〜!!」
トンズラした連中。文字通りのトンズラって感じにサーっと居なくなった。
ちゃんと部活中に体幹鍛える練習しといた方が良いよ。
とは言わないでおこう。
「ほいコレ」
「あっありがとう斧田くん。あの…」
「!だからって装飾係は無理だからさ。じゃっ」
「えっ、いやそうじゃなくて!」
玉野はまだ何か言いたそうだったが、これ以上学校に長居する理由は無い。
とっとと単車に乗って帰らねばだ。
「どったんジョー。いつにも増して仏頂面」
「お前みたくコロコロ表情変わる程顔面忙しくねーよ」
何時までも残ってられるかとそそくさと教室を出、駐輪場で桜子と落ち合う。
相変わらず帰りも先導が無いと帰れんらしい。
女は方向感覚弱いとか言われてる様なモンを超えている気がする。
「職員室呼び出されてたりしたんでしょ?わかった!バイクのふせーかいぞーだ」
「ちげーよ。色々だ。あ、そうだ。母ちゃんが帰りウチ寄って、余りのチーズとバター持ってけって」
「!マジ?やったー!久美お母さんの乳製品大好きー!」
「ちゃんと辿り着けたらな」
「あ、ちょっと!先行かんでよ!!道分からんし〜!なんか眠いし〜!」
「後者は俺も同じだからとっとと帰んぞー」
ブォンと一発エンジン吹かして、さっさと帰路に着く。
兎に角眠気が邪魔だが、渡すモン桜子に渡したら、とっとと明日のエサの、干し草の天日干しの準備、しなけりゃだからな。
なんて思っていたのも束の間。
「…あと少しで着……!!!」
下校路の交差点。
青に変わって発進する俺達の横から、思いっきり信号無視をして突っ込んで来ようとする車。
どうにか俺はフルブレーキで止まり、桜子にも思い切り左手を伸ばして合図を送り止まっていたが。
「……ご…ごめんなさい…!」
窓から顔出して謝る運転手。
文句言いたくなる俺の目に映る、そのクマだらけの寝不足の目に、底知れない恐怖を覚えた。
「ただいまー…」
「あー丈一おかえり。桜子ちゃんも寄り道させてごめんね」
「いえいえ!すいませんわざわざ!」
「こないだ紅葉から卵沢山貰っちゃったから良いのよ〜ちょっと足早いけど持ってって〜」
「ありがとうございます〜」
母ちゃんと話してる時はなんつーかちゃんとした喋りというか、女同士の会話みたいな事が出来る桜子。
ちなみに紅葉ってのは桜子の母さんだ。娘と反対にキリッとしている。
そんなやり取りを傍目に、ボーっとした俺の頭でも分かる、家の中の違和感を感じた。
「…アレ、じいちゃん、まだ帰って来てねぇの?」
「あぁ〜……そうね。遅いわよね」
「おじいちゃんって、今頃は確か…」
「古い牛舎の方だな。アッチで納屋仕事やってんだけど…何時もなら四時前には来てるよな」
ウチは牛舎を一度新築していて、古い方は母ちゃんも産まれて間も無く使い終わってるから、現役の姿は知らんらしい。
だから今は、じいちゃんだけのスペースで、昔…というか俺がガキの頃はイタズラ心で近付いたら、普段温厚なじいちゃんが血相変えて怒って、めっちゃおっかなかったから、近付かない様にしてた。
「ちっと見てくるわ。桜子、帰り道迷うなよ」
「こっからは分かるし〜。でも途中だから私も行く。最近おじいちゃん会って無かったしさ!挨拶する」
「勝手にな…そうだ母ちゃん」
「なに?」
「いや…母ちゃんは寝不足無さそうだな」
「そりゃもう何十年も朝早いからね」
「……(偶然か?)」
疑念の晴れぬまま、俺達は旧牛舎までやって来た。
依然として睡魔が鬱陶しい。
「じいちゃーん………?」
「おじいちゃん…ホントに……居る?」
「多分…」
だが実際桜子の言う通り、じいちゃん、というか人の気配は無い。
となると何処かへ出掛けたか?だが、そういう時はちゃんと母ちゃんに言っておくタイプのジジイだし…。
「つか…久しぶりに見ても、薄気味悪いんだよな……って桜子。寝んな」
「ゴメ……ン。でも…何かさっきよりも凄く眠くならない…?」
「それは……そうだ…な」
今使ってる方の牛舎と違って、奥の森に隣接してるのも相俟って、日が碌に入らなく、それ故に湿っぽさと少しのカビ臭さが嫌な質感だ。
奥の方なんて真っ暗で、両脇の牛一頭一頭を入れる仕切りの丸太も、あちこち腐食している。
何より、ココに来て睡魔がピークを迎えるかの様に、眠い。
「(納屋での作業って、何やってんだ?)」
そもそもこの建物、作業をする為に必要な物や道具らしい道具が一切見当たらない。
「まるで使って…な「あ、ジョー。扉がある」は?」
「ほら」
「いや見間違いだろ……!えぇ…」
桜子が一体何処を指差しているかと思えば、それは最奥の牛の居住スペース。その、地面だった。
まるで地下室への入り口かの様に、地に埋め込まれた様な扉。
しかし小さいそれではなく、しっかりと、あちらとこちらを隔てる様な、玄関の、ドアだった。
「なんだ…コレ」
「地下室かな?……!わっ…」
「どうした桜子」
「何か、いきなり目が冴えた」
「はぁ?……ッ!」
いつものアホ発言とも思えそうだが、明らか目がかっ開いて、丸っこいタレ目が良く分かる桜子。
そして俺も、ドアノブに触れた瞬間、エナジードリンクガブ飲みしたみたく、頭がハッキリした。
「何だこの扉……取り敢えず、じいちゃん中に居てら出て来れないとかならヤバいから、行ってみるわ」
「私も「俺まで帰って来なかったら警察とか消防の連絡どうすんだ」そっか…分かった」
コイツもじいちゃんには昔から世話になってるから気持ちは分かるが、完全なミイラ取りがミイラになるのは避けたい。
とりあえず何か有れば母ちゃんに言って、その後どうするか決め…。
『!!??』
突如、鳴り響く轟音。
地震、地鳴りと言っていい音。それが断続的に此方まで届き出した。
音の出所は、下。地下。
いや、正確に言えば。
「この…扉の向こうから…!」
「ジョー!先にお母さんに連絡しよ!」
「いや待ってらんねぇ行く!」
「あっちょっ!」
只事では無い事が下で起きてる。
桜子の制止を振り切り、俺は意を消して、ドアを開けた。
「真っ暗…ええいままよ!」
そのまま、深淵に飛び込んだ。
ーーーーーーーーーー
と、少しカッコ付けたはものの。
「いって!…尻餅…そこそこ高い所から落ちたのか」
地面が固い。この手触り…石か?レンガ…?
つか真っ暗過ぎる。先ずは一旦…。
「電波…は無いか。最近は山奥でも5G入るんだけどな…ライトっと」
携帯のライトを点灯。兎に角ココがどんな地下空間なのか確かめねばならない。
じいちゃんはこんな秘密の地下室で何をーーーーー。
「…………は?」
照らされた明かりから覗く、周囲の空間。
それは、上下左右、全てを石畳の様に積まれたブロックで包まれ、遥か奥、更には左右に無数の分かれ道が点在する、終焉は一切見えない、巨大空間だった。
端的に言えば、『迷宮』である。
「いや、待てよ……この空間。今朝見た変な夢の…!」
こうまでの酷似が偶然であるとなど思う訳もなく、あの『夢』は、見るべくして見たモノな気がする、俺だった。
ーーーーーーーーーー
「ウソ!?開かないってまじ!?」
ジョーが相変わらず勝手に飛び込んでって、勝手に扉閉まって。
なんか落っこちたっぽいからまた開けようとしたら、まるでビクともしない。ナニコレ?
「力持ちのジョーだから開いた訳でも無いよね…ふーーんっ!…ダメだ…」
重さとかで開かない訳じゃ無い気がする。
力でどうこうなる訳じゃない気が。
だとしたらコレ…やっぱりちょっと、普通じゃない扉だよね…。
「ジョー…ホント心配事有ると直ぐ飛び込んでくんだからさ…少しはそれを心配する私の気持ち考えてよ…」
ちょっと弱気になる。でも、今は私にやれる事をやろう。
「とりあえず久美お母さんに…って、コレ、どう説明すれば良いんだろ…?」
とりあえず、やれる事が、よくわかんない…。
ーーーーーーーーーー
「めちゃくちゃ広いぞココ…」
少なくとも直線は五十メートル先でも暗いし、方々の脇道も奥は真っ暗だ。
何よりウチの小さい山奥の地下としては広大過ぎる。
「何だ…核シェルターか何か……っ!?」
呟くより早く、再びの轟音。
その音の下へ、明かりを向けて、走って行く。
右の脇道の一本。其処へ入り、先の曲がり角を左、直ぐに右。そのまま真っ直ぐ進んで、天井も高くなり、立方体的に構築された、レンガ壁の空間。
何より他と違う、壁に建て付けられた、松明で照らされた明るさ。
そして。
「この部屋…!!?うっ…うわぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「ガッ…ハァ………」
真正面から飛んで来、壁に激突した、巨体、とんでもないサイズの体躯。
ギリギリのトコで横っ飛びに跳んで回避出来た。
起き上がったら確認するその身体、悠に人間の三倍以上
六メートル程の大きさを持った、人の身体と。
「うっ…牛の…顔…?」
目を血走らせた、猛牛の面構えだった。
身体には見ただけで分かる重装甲の鎧を纏って、片手には巨大な斧。
「ヌゥゥゥ…」
「クッ…ガハハハ…いい加減お前の門番としての役割も終わりだナァ…」
「はっ?…今度は…山羊頭巨人…?」
ゆっくりと、しかし重い一歩を踏み締めながら、近付いて来る山羊頭の巨人。
目標を牛頭に定め、手にした槍を振り下ろそうとする。
その時、聞こえて来た声が一つ。
「そうは…させられんのだ…」
「!……この声聞き覚え…いや、このしゃがれた声は絶対…!」
「気概だけあってもなぁ…老いぼれにこのラビリンスの守護は不可能だろうよッ!!!」
「ッ!」
『!?』
思わず、身体が動いた。
松明一つ拾って、投げ付けてた。
まるで効いてはいないが、注意だけは、引き付けられたと思う。
「何だ…?この虫ケラは…?」
「やべっ…」
何やってんだと自分で思ったが、学校で玉野相手に起こした行動と、大して変わらないだろう。
何せ多分、いや確実に、この牛頭巨人は…。
「じいちゃん…やらせるかよ…」
「現界の…童か。悪ふざけにしては…つまらんなァァッ!!」
「!」
「丈一ィィっ!!!」
山羊頭が目標を俺に変えて、槍を振り下ろす。
クソデカい切先が真っ直ぐに向かって来て、俺なんか真っ二つにされるのを。
「ぐぉぉぉっ!!」
「!!」
飛び込んで、躱して、俺を手に乗せたら一気に走り出した牛巨人。
そのまま迷宮の道を走り続けて、入って来た所まで一目散に走って来た。
ゆっくり、俺の身体を下ろして。
その牛頭巨人が、身体を、縮めれば。
「ーーッ…ーーッ…無事か…丈一…」
「やっぱり…じいちゃんだったのかよ…」
「ココまで見られては…もう取り繕えんな…」
「喋んなじいちゃん…ボロボロじゃねーか…」
息も切れ切れで、何時ものしゃがれてるけど元気な声が、物凄く小さい。
このままじゃ不味い。兎に角、ココから脱出しなきゃならない。
「じいちゃん、出口は何処「ダメだ…それは」何でだよ!」
「ワシが…ココから立ち去る訳にはいかんのだ…ココは、奴等を食い止める、最後の砦なのだ…」
「食い止めるって…!」
あの、ドアの形を思い出す。中と外を分かつ様な扉。
つまり、アレによって、あの化け物みたいな奴等がコッチに来るのを…。
「じいちゃんが…倒して、塞いでたのかよ」
「すまんな丈一…小さい頃怒鳴ってな」
「んな…今そんな話してる場合じゃねぇし、最期に言っとこうみたいなテンションで言うな!」
勝手に走馬灯巡らしてんじゃねぇぞジジイ…。
「だが…コイツだけは…な」
「ちょ……!!」
「ハッ、それがこの迷宮の守護神…ミノタウロスの本来の姿か…矮小な現界の老いぼれジジイだったとはなァ…」
追い付いた、山羊頭。
比較になるじいちゃんが元のサイズだから、さっき以上に馬鹿デカく見える。
つーかサラッと今、ミノタウロスって…言ったな。
ミノタウロスって…悪い奴…じゃあ無かったっけ…?
「(なんて、じいちゃん見たら言える訳がねぇな…)」
「オイ現界の童…ヤケを起こす前にそのジジイを差し出せ。そうしたらお前を殺すのは後にしてやらァ」
「丈一…退け!退くんだ!!!」
焦りの顔を滲ませるじいちゃんに。
俺達の生殺与奪を握った気になっている山羊頭。
これから先が、決まってるみたいで、腹が立つ。
「今日は…」
「何だァ?」
「…今日は、朝も普通に牛達に餌やって、飯食って、桜子とバイクで学校行ったら、担任に斧田は物分かりが良いケドって言われたよ。そんで装飾係断ったツケか、アホなチンピラ共に因縁吹っ掛けられて、追っ払ってって面倒事もあったよ」
デカい相手だ。だけど、山羊顔だから縦長だからか、眼は良く見える。いや、目線だけは逸らさない事に決めた。
「だから何でも来いだ。良いと思うぜ。この状況も、割と素直に飲み込めてるし。何より、一番は、じいちゃんが…こうやってずっと…俺達の世界…守って来たんだなって…誰にも言わずに頑張ってたんだなって…今のテメーみたいなクソ野郎の話で把握出来たよ」
「うるせぇ童だ…フンッ!!!」
「奴め…炎を…!」
火を吐きやがった山羊頭。真っ暗な通路も勢いよく明るく、熱くなる。壁側に追い詰められた俺達は、逃げ場が無くなった。
「(逃げ場無いのは…元々か)お前の言う事は聞かねえ。先に来いよ」
「ハッ……ハハハハハハ!!!!虫ケラが口だけは達者だなァ!!!望み通り…真っ二つにした後にミンチにしてやーーー…「フンッッッ!!!!!」……っ!!!!????」
笑ってる、山羊頭のくるぶし、いや蹄と足首の境を、一発ブン殴ってみた。
約三秒後。ヤツはバランスを崩して、蹴躓いた様に、横転した。
ーーーーーーーーーーー
「と、とりあえずコッチです久美お母さん!!!」
「ちょっと桜子ちゃんなんなの!?そんなに慌てて!!」
結局口じゃなんとも説明出来なかったから、とにかく久美お母さんの腕引っ張って、古い牛舎の方に来てもらった。
実物を見てもらって、信じてもらうしかないよねもう。
「こ、コレですコレ!!」
「コレって…ナニコレ?」
「扉です!」
「見ればわかるわよ桜子ちゃん!コレがどうしたの!?」
「この中にジョーが入っちゃって!多分おじいちゃんも居ます!!で、開かなくて帰って来れないかもなんです!」
「よくわかんないけど状況は分かったわ!じゃあ開けましょう!」
「ハイ!せーのっ!!!……う〜〜〜〜ん!!!!!」
「ダメねコレガッチガチじゃない!?」
「そうなんですよぉ〜!!!」
二人がかりでも全く開こうとしない扉。
益々力でどうこうなる様なモノじゃない気がして来て、焦りが強くなる。
ジョー、大丈夫…だよね…!?
ーーーーーーーーーーー
「丈一お前…」
「あー…うん。何となく、そんな気がしたから、やってみた」
「そうだったのか……という事は…」
「うん。本当は牧草ロール、そのまま運べんだよ、350キロ」
薄々、勘付いてはいた。ただの力持ちなんて表現で、片付く様な怪力じゃない事は。
中学の時点でも、大体分かってて。
高校じゃ、それ以上になって、人でも怪我させたら仕方ないから、このまま、家の事だけやろうって決めてた。
趣味のプラモ作りは、微妙な力加減を覚える為の側面もあった。
牛達も、勿論好きだしさ。
けど。
「じいちゃんの姿見て…漸く答え合わせ出来たわ…ありがと。俺ってつまりは、ちゃんと、じいちゃんの、『孫』って事だな」
「すまんな丈い「ヌワァァァァァァァッ!!!!」っ!」
「何だ貴様は…現界の虫ケラ童風情が……バフォメットたる俺を…地に伏せさせる等とォォォ!!!」
「うるせぇ…密室だから反響がでけぇって山羊頭」
バフォメット……確か、悪夢を見させる悪魔か何かだよな。なるほど繋がって来たぜ。今朝からの睡魔騒動、その原因が。
「下等種如きが…とっとと明け渡せェェェェッ!!!!」
「ッ!」
山羊頭が体勢立て直して槍で一突き。
さっきみたく横っ飛びに飛んで回避。
だけど跳躍力はさっきの比じゃない。
悠に助走無いのに六メートル近く跳んでる。
「今度は足払い………っ!?」
「その矮小な身体でェ…調子に乗るなァァッ!!!!」
「がっ……グッ…」
水平蹴りでもう一度倒そうとした俺の脛に、奴の足の蹄がカチ合う。
しかし今度は迎撃充分の巨人の脚。容易く受け止められ、何より弾き飛ばされた。
如何ともし難い、そもそもの体重差、体積差。
「丈一っ!!!」
「大丈夫だよじいちゃん…頑丈な身体だわ…」
今んとこ骨が折れたりって負傷は無さげだ。
だけど、このままじゃ先ず勝てない。
必要になって来る、アイツと同等の体積…筋密度…表面積…いや、シンプルに、『体格』。
「口は減らん様だが、引き裂けば開けん様になるだろうなァ」
「……じいちゃん。俺も、なれんのか」
「分からん」
「なれるとしたら、どういう気持ち?やっぱり、世界を守る!みたいな?」
「虫ケラ同士…纏めて切り潰してやらァァァァッ!!!」
鉄骨みたいなバカでかい槍が、横薙ぎに襲い掛かって来る。
もう逃げ場は無い。アレに拳で迎え撃つのは、無理だろう。
なら…なら俺は。
「そんな大層なのは要らん…ただ、お前達家族を想う、気持ちだけだ。丈一」
「そっか(じいちゃん…母ちゃん…桜子……)オオオオオッッッッ!!!!!!」
粉塵が上がる。炎燃え盛る迷宮は、その明度を一瞬落とすが、炎は再び辺りを燃やしてーーーー。
「なっ……何ィィィッ!!!??」
「コレで…階級差は無いよな…」
槍を「掴み」、立ち上がる。
山羊頭と同等の体躯の、牛頭の巨人が。
さっきとは違い、鎧も無いが、斧も無いが、その有り余る力と、猛烈に荒い鼻息だけ携えて、牛頭の巨人はーーー、俺は。
「ッ!!!」
「がっ!!!……」
槍の柄を手繰って肉薄。驚いてる山羊頭の顔面を思いっきり殴り飛ばした。
通路の遥か奥で、重たく鈍いモノが落っこちた様な音になるまで、遠くに。
「ああ…デカいなコレ…身長伸ばしたいって言ったけど…そういう話じゃねぇやもう…」
後ろ見たら、じいちゃんが子猫みたく思える。
手が、明らかに大きい。腕が大木みたく太い。
何より顔を触ったら、髭ってレベルじゃなくモッサモサで、額の上には…。
「二本…ツノ。つまり」
「たった今ミノタウロスに変現した所でェェェェェェッ!!!!!」
「!」
走って来る。山羊頭。
槍はもう無く、その湾曲したツノで、俺を刺し殺そうと、炎を吐き、盾にしながら。
とはいえ俺も、まだ何も手持ちは無い。
なら、使えるのは一つだけだな。
「ジジイと孫ォ!!二人纏めて葬ってやるよォォォっ!!!」
「牛相手に……火を向けて来るのはなぁ…」
低く、低く構えて、先端を、真っ直ぐ敵に。
向かって来る炎は赤いが、そういう理屈でなく、ゆらゆらと動くから、飛び込んで行くのが、闘牛なんだという。
だから。
「マタドールだけだろうがあぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!!!!」
吶喊。炎を超え、爆進の風圧で掻き消す。
激突。ツノとツノがぶつかり合い、轟音が迷宮を震動させる。
パワーとパワーが真っ向から打ち合い、そしてーーー。
「ーーーーーッ…俺の…野望…が…」
「ウチの敷地内越える野望なんて…お断りだってんだよ。不法侵入ヤギ……!」
ミノタウロスの角が、バフォメットの角を砕き、その身体ごと、刺し貫いた。
「ぬッ…ヌァァァッ…」
「っ!」
青白い炎に包まれて、山羊頭、バフォメットは消滅、燃え尽きてしまった。
恐らく俺の力…ではない気がした。
「ああ…何かすげぇ疲れるな………!じいちゃん!!!」
一息吐いてる場合じゃない。
急いで走って元いた所へ向かう。
そもそもどうやって帰ったら良いかも分からないが、兎に角じいちゃんを病院に連れてかなきゃならない。
「じいちゃん!」
「おぉ…丈一…やったのか…」
「うん。なんかよくわかんな…!戻った…」
「エーテルが減ったからかの…「よくわかんねぇけど今は喋んなよじいちゃん!兎に角ココから出て」むぅ…だがこうなると…」
何かを懸念してるかの様な表情のじいちゃん。
出る方法が無いのか、それとも別の…?
「(それは後回しだ…)早く出るぞじいちゃん!肩貸し「あっ!!!開いたーーー!?あっ!!ジョー!!!おじいちゃーん!!」!?桜子ぉ!!!」
少なくとも今は、この僥倖と幼馴染に、最大の感謝だった。
ーーーーーーーーーーー
「ッ!!!」
「馬鹿力のミノタウロスとまともに組み合う訳ねぇだろうがァ!!!」
敵対するは、人面みたいなライオン巨人。
なんだっけなコレ…あーそうだ確かマンティコアだ。人喰いモンスター。
素走っこくて、捕らえ所が難しい。そんでもって。
「ヒャアッ!!」
「あっぶね!!!」
サソリみたくなってる尻尾からの毒針攻撃。
この狭所だと、滅茶苦茶厄介だ。
「お前の図体とスピードでいつまで避けられるかなァァ!!?」
「クッ…それにしたってこのラビリンス来るモンスター共…何で皆ヒャッハー系なんだよッ!!!」
〜〜〜〜〜〜
身体が痛ぇ。背中とかバキバキである。
オッサンになると毎日こんななのかなと思う位には、全身の痛みがあった。
「じいちゃーん、生きてる?」
「…死んだぞう」
「りょーかい」
向かい側に居る、なんとか一命取り留めた高齢者の生存確認をするや否や、入り口のドアをノックする音が響いた。
「入りまーす!」
「まだ許可出してねーよ」
「すまんのう、桜子ちゃん」
「んーん。おじいちゃん大丈夫そうで良かった。一応ジョーも」
「そうだな。年寄りは大事にしなきゃだもんな」
ビニール袋に何やらギッシリ詰め込んで、名目上はお見舞いに来たのであろう元気女子高生一人。
二人とも起き上がれずに返事だが。
「おじいちゃんはコレ、久美お母さんから色々持ってきました」
「ありがとうなぁ。置いといてくろや」
「ジョーはコッチ」
「?」
「唐揚げ!!」
「入院患者に食わすモンじゃね…《ぐ〜ぎゅるるるる》…サンキュー…」
惣菜用のプラパックにぎっしり、唐揚げが詰まっている。
そうだ、言い忘れていたが、桜子の家は俺の近所の養鶏場であり、名の通り新鮮な鶏肉が沢山あるので、小さい頃からウチの乳製品との物々交換が盛んであるのだ。
「ちなみにちゃんとお母さん製だよ」
「そりゃ本当にありがたい」
「ん!じゃあ私学校行くね!プリント貰っといてあげる!」
「おぉ、頼む」
「何から何までありがとうなぁ桜子ちゃん。丈一ちゃんとお礼せい」
「へいへ……ありがとな」
何時もなら適当にはぐらかす所だったが、流石に今回は桜子が居なかったら二人とも地下迷宮でくたばってただろうので、ちゃんと言っといた。
「…で、そろそろ説明出来んのか。じいちゃん」
「何処から…話すか?」
「どこでもいーよ。取り敢えず、システム含めて全体の構造が知りたい」
唐揚げもしゃりながら、じいちゃんに訊ねる。
じいちゃんも桜子から渡された、母ちゃん手製の塩分控えめ漬物を齧りながら。
「…まぁ見ての通りの巨大迷宮だ」
「で、そこを守るのが、じいちゃんだったと」
「うむ。古い牛舎…彼処が、あちら側と繋がる門でな。あの迷宮…ラビリンスを潜って来た者を迎え撃つのが、ワシの役目だったのだ」
「ラビリンス…80のジイさんから出て来るワードにしちゃ強いな…」
「ふぉっふぉっふぉ」
「体裁整える用の仙人笑い止めれ。つか、そもそもミノタウロスって、悪い魔獣かなんかだよな「そんな訳ないだろう!!!風評被害をやめろ!!!伝承なんぞアテにするなぁぁーー!」うわぁっ!」
いきなりキレたよこのジジイ。
つーかじいちゃんがキレたの久しぶりに見たな。年寄りが急にキレると心臓悪くなって急に逝っちまいそうだから、コッチの心臓にも悪い…。
「…すまんすまん。さしもの冗談だ」
「冗談にしちゃ気迫がガチだって。まぁでもそこら辺はいいや」
「気にならんのか?」
「だってどうあれミノタウロスじいちゃんが頑張ってモンスター食い止めてんの見たんだし、良いよ」
「最近の若いのは割り切りがいいのう」
そこは良い。そもそも戦う前にも呑み込んだ話だ。
ただ、ココからは、しっかり聞いときたい。
「エーテルって何?」
「銀河鉄道に乗る金髪美人のネーチャンじゃ」
「良く瀕死で軽々しくボケられんなジジイ……」
「あの迷宮に漂う異界の粒子だ」
「エネルギー源って事か」
魔力みたいなモンか。SFで言うとビームとか撃つのに必要なヤツ的な。
まるで目には見えないが、そういうモノが渦巻いていると聞くと、やはり異世界なんだなと再認識する。
「火を吐くにも、何か攻撃するにも、エーテルを使い、行う。全ての基だな」
「ミノタウロスの変身にも?」
「……」
沈黙は是か。確かにコッチの世界じゃそんな気配まるで無かったのに、急に牛大男の孫だから牛大男になれましたってのも、合点は行く。
「そしてこの世界…現界に於いては毒だ。通常の人間には高濃度の放射能だと思え」
「!!マジか……」
「だからこそその理を持つ奴等を此方へ来させる訳には行かんのだ。奴等の存在そのものが、此方の世界に異変を与える」
「っ…」
小さい頃、近付いた俺に激昂したじいちゃんの理由が把握出来た。
そんなモンを一人で守って来た重圧も。
「……分かった。で、次はいつ来んの」
「……」
「(やっぱり黙るか…)じいちゃん。流石に俺もどういうモンに巻き込まれちったかは、分かるよ」
「ならん。丈一には任せられん」
「そこは…ほら、こういう時は修行したりとかで相伝するヤツ「そういう事じゃないんだ」…」
顔を見れば分かる、酪農継ぐよって言ってる時の、母ちゃんと同じ顔してるじいちゃん。
そりゃそうなんだろう。モンスター共だけでなく、今のエーテルの話含めても、孫にあんな命懸けの仕事させらんないってのは、その孫の俺でも分かる。
だけど…。
「だけど昨日、街中の人間が、バフォメットの影響を受けて夢見心地悪かったってのは、じいちゃんの抑え込む力が、弱まってたからなんだろ」
「っ……それでも、させられんよ」
ココまで来ると、流石に頑固だ。
とはいえ、押してばかりではじいちゃんを首肯させるのは難しいだろうから。
「じゃあ、俺がやってみたいって言ったら?」
「!…丈一、遊びではないのだぞ」
今度はちょっと怒ってる様な顔になるじいちゃん。
顔の皺の動きが激しい。表情が読み易い。
「そりゃそうでしょ。でもさ、こんな使い様の難しい馬鹿力、漸く思いっきり…ていうか、使う為の場所があるなら、使いたい」
「…」
「じいちゃんから継いだもの、宝の持ち腐れにしたくねぇんだ。この力も、牧場も」
「無理を推すのは…変な所似てしまったの」
がっくり項垂れて数秒。頭上げたら、碌にに歯の残ってない口開けて、笑った。
「しょうがないだろ。孫だもん」
俺も、同じように。
歯は、ちゃんと全部あるけど。
ーーーーーーーーーー
「………?」
えっ…と。何?何の話してんだろう?ジョーとおじいちゃん。
あ、私は今、おじいちゃんに渡した袋の中に、うっかり原付の鍵入れっぱなしにしちゃって、玄関まで出たトコで気付いて急いでUターンして来た…んだけど。
「(ミノ…タウロス?まじゅう…?ラビリンス…?ゲーム?は、おじいちゃんやらないし…???)」
ジョーも、ゲームとかはあんまりやらないっていうか、人に何やったとか話すタイプじゃない。
じゃあ、なんだろうって言ったら、やっぱり…昨日の事、だよね。
「やっぱり、昨日あの扉の向こうで何かあったんだ」
ジョーを待ってる間にも、ドアの向こうは凄い振動と衝撃波?みたいな音が響きまくってた。
急がないとヤバいと思って、頑張って力の限り引っ張ってたら、ビクともしなかったドアが、唐突に、何でかいきなり開いた。
そしたら中には怪我だらけでボロボロのおじいちゃんと、すっごい具合悪そうなジョーが居て、大慌てで二人を引っ張り出したら、丁度久美お母さんが呼んでくれた救急車に乗っけて、ココまで来た。
ってのが、昨日の顛末。
「なんなんだろう…」
全然分かんない。
分かんないけど、言ってる通りの、ゲームみたいな、物語みたいな出来事が起こったのだとしたら。
「ほっとける…訳は、無いよね」
ーーーーーーーーーー
「お、おはよーございまーす…」
次の日。なんとか普通にしようと思いながら、ジョーの家まで来た。
昨日でジョーは退院出来たみたいだから、多分…。
「おー。待たせた」
「あっ!お、おはようジョー!元気?」
「元気……まぁ75パー位かな」
「そっか…」
「いや残り四分の一は筋肉痛とかだから気にすんな」
「なら…いっか!」
「ん」
うん。見た感じ大丈夫っぽい。
少なくとも身体は無理してる感じは無さそうで安心した。
「おじいちゃんはまだ病院?」
「おぉ。年寄りは念の為ってヤツだろ」
「そういうやつか」
「そういうやつだ」
『………』
しばらく、沈黙。
なんか、いつもの朝のやり取りがぎこちない。
なんか、思った様に言葉が出て来ない。
ジョーもジョーで、いつもの、一人で行けよとか、いい加減道覚えただろとか、何でか言わない。
言わないのが、心配。
「さっちゃん大丈夫?ボーっとしてて」
「あっ、ゴメン楓ちゃん」
お昼休み、何時も中庭でお弁当食べる私は、クラスメイトで友達の楓ちゃんと一緒なんだけど、考え過ぎて箸が止まってた。
「なんか朝から上の空だね」
「えっそう?」
「さっちゃん顔に出やすいから!」
「たはは……」
ニコニコ笑って言ってくれる楓ちゃん。
綺麗な黒くて長い髪を一つ縛りにして、赤いフレームの丸眼鏡が可愛い女の子。最初は大人しそうな子かなって思ってたけど、友達になったらほのぼのしてて明るい子だった。
「今日も唐揚げ美味しそうだね」
「ウチ鶏肉だけは新鮮だからね〜。一個あげるよ」
「ありがと。じゃ私はこのシャケあげ……きゃっ!!!」
「?…!楓ちゃん足上げな!」
「うっうん!」
急に悲鳴を上げたかと思えば、見たら足下に蛇が三匹も居た。
しかも見慣れない毒々しい色で、明らかに毒蛇だ。
「コッチ行こう!」
「うん!」
楓ちゃんの手を引いて、とにかく植え込みとかの蛇が潜んでそうな所から離れる。だけど。
「わっヘビ!?」
「やだぁマジキモい無理ィ!!」
「なんか、一杯出て来てる…?」
「ど、どうしよさっちゃん…」
中庭のあちこちに出て来た蛇が、お昼休みの皆を取り囲む様にジリジリ出始めて、何匹かは飛びかかってきた。
悲鳴を聞いて校舎からも覗く人が見て、混乱してる。
そんな中に。
「桜子退いてろ」
「へっ!?あっ!ジョー!」
「ひゃっ!」
ジョーの、ちょっと古くてうるさいバイクの音が響いて、中庭中駆けずり回り出した。
タイヤにふっ飛ばされて、動かなくなる毒蛇達。
皆が皆困惑した顔してたけど、ジョーだけは一人。
「……とりあえず今はこんなモンか」
なんでか、凄く落ち着いて、辺りを見渡してたんだ。
その後は、特に変わった様子は見せなかったジョー。
午後の選択授業で見かけた時は、相変わらず眠そーな顔して聞いてて、当てられるけどそれなりに答えられてるし。
クラスの子に話しかけられても、なんかテキトーに相槌打ててるし。
蛇の事以外は、いつも通りのジョーだった。
「うーんダメだ。ぜんっぜんわからない」
私の聞き間違いだったのか、わからないけど、でも…思い過ごしにはしたくない気がして。
しかもよりによってさっき。
『悪い。今日直ぐ家に帰って用があるから一人で帰れるか?桜子』
なんてあからさまな事、メールで送って来る、幼馴染なんだもんな。
そんなやつの言うことは聞かずに…。
「よし。ついてこ。帰るね!楓ちゃん!」
「あ、う、うん!じゃあねさっちゃん!」
尾ける事にした。
「って速い!もージョー!」
さっさとバイクのエンジン掛けたと思ったら、あっという間に学校の敷地から姿を消してたジョー。
やっぱり…何時もは大分ゆっくりだったんだな。
ホント…昼休みの事といい、ぶっきらぼうだけど、優しいんだからさ。
「えっと確かコッチ…あ」
ジョーの家に着いて、一昨日も来た古い牛舎の方に向かう。
草が生い茂ってるけど、少しだけ平べったい道があるから、そこを通ってくと…。
「あった。ジョーのバイクだ」
やっぱりココに来てた。絶対何かあるんだ。
ラビリンス…なんて言ってたけど、もしかしてそれが…この…。
「ドアの向こうに……!」
今度はすんなり開いた。
明らかに昨日とは違う開き方。
ううん。もしかしたら昨日も、最後はこんな風に開いたのかな…?
「よし…」
真っ暗でちょっと…ううん、大分怖いけど、頑張って入ってみ…。
「アレ…足届かない…何にも着かない…どうなってんのこ…ひゃっ…あぁ〜れぇぇ〜〜!!!!???」
ーーーーーーーーーー
「鎧…鎧…?」
『いいか丈一。奴等がいつ現れるか、それは肌で分かる』
『が、今はミノタウロスの防人としての力が弱まっている。恐らくこの世界で、副作用的に影響が見える筈だ』
『とはいえ、ラビリンス自体は早々に突破されるモノではない』
『だが生身のまま戦うのは至難だ。故に、お前の為だけの武具がラビリンスの中に現れる。それを先ず探すんだ』
『鎧と、斧。それが、ミノタウロスの全てだ。そして先ず、守るための、鎧を探し当てなさい』
じいちゃんがポツポツと教えてくれた事を思い出しながら、またやって来た迷宮。
今度は上手い事落っこちずに着地出来た。しかし…。
「何も点けて無いのに見える…!」
松明のある大広間みたいな空間じゃないのに目が効く。
コレは…俺がミノタウロスになったからなのか?
エーテルの流れなんてものは見えないが。その反射で照らされてでも居るのだろうか。
「取り敢えずは、鎧ってのを探さなきゃだよな…」
言ってる事は妙に途切れ途切れな気がするじいちゃん。
年寄り特有の、耳が遠くなって来たから言いたい事だけ言う、一方通行スタイルの話し方といえばそれまでだが、こう、いかんせん説明がザックリ過ぎる。
「宝箱とかにでも入ってんのか…?」
まるで分からん。いや満身創痍なじいちゃんに聞きまくるのは孫としてもどうにも憚られる手前、少なめヒントから導き出すしか無い……が。
「てか…それが俺に課された使命…みたいなモンなんだろうな」
自分で見つける事も、役目の一つなんだ。
じゃないと、俺の武具にはならない…。
「だろうか………ら」
「ム」
『…………』
「でっ…出たぁぁぁぁ!!!!」
「現界のガキだとォ?…丁度良いナア…ミノタウロスの居場所教えろやァァ!!!!」
「!ソイツは……ッ!!俺だよォォォ!!!!」
噛み殺しに飛んで来るライオンモンスターの鼻っ柱に、変身して先ず一撃、真正面から拳を叩き込んだ。
〜〜〜〜〜〜
長い回想も漸く終わり。時間軸はリアルタイムに戻る。
目下、人面ライオン、蛇の尻尾を持ったマンティコアとの戦闘中だ。
昼間の毒蛇の種明かしがされた訳だな。嬉しか無いけど。
「シャアッ!!!」
「うおっ!!?」
その尻尾から毒針撃ってきたと思えば、直ぐに飛び掛かってきて爪で切り裂いて来る。
それを避けたかと思えばまた距離を取って毒針だ。
「そうか…このフィールド…!」
事実上の密室だから、回避スペースがかなり限定される。
つまり遠距離攻撃、飛び道具が滅茶苦茶有用な空間な訳で。
「ヒョウッ!」
「ライオンなのにややこしい声出すなっ!クッ!」
回避しても、爪の一撃が襲って来る。つまり何処かしかにダメージを受ける訳だ。
だから、鎧が先ず必要な訳か。
「じいちゃん…こんな戦いばっかやってたのかよ…」
「ヒャアッ!!!防戦一方じゃぁ勝てねェゾォ!!」
「それを…誰にも言わないで…」
朝はケロッとした顔で、普通にメシ食ってた。
何十年にも渡る慣れもあったんだろうが、こんな命懸けの仕事した後に。
しかも昨日今日みたいな、現実世界の不安定さも表に出させない程の。
それを、全く悟らせずに。
「昭和の男…我慢が強過ぎるんだよ…グッッ!!!!」
「その太ェ腕でも深く刺さりゃァ効きそうだなァ………若僧」
「ッ!お前…」
「現界への道…その最後の砦としてラビリンスに立ち塞がるミノタウロスは鬼みてぇな強さだって噂だからなァ。拍子抜けした慣れねぇ動きィ……代替わりがとっくにバレてんだよなァァ!」
「しまっ!……カハッ……」
一瞬の気の緩みに、まんまと毒針の直撃を受ける。
腿に刺さったそれが、どんどんジワジワ、身体を痺れさせ始めた。
「即効性だな…」
「強がんのも…何処まで持つッ!!」
「……ッ!」
更に脛に三本。脚を止めて嬲り殺しにする算段だろう。
止まっていても、接近するのを狙えばカウンターで…。
「生憎近付きゃしねぇよォ。折角の勝機だ。わざわざミノタウロスの馬鹿力に飛び込むかってんだ」
「さすが盗掘屋だな…」
「フン。もう少し口減らすのに刺しと「へっ…?」…あぁん?まーた現界のガキか。今度はメスだなァ」
「なっ……!!?」
聴こえて来た、か細い声。
普段の元気さは大分形を潜めてはいるが、声色で分かる、聞き覚え…いや、聞き馴染みのあり過ぎる声。
幼馴染の、困惑した声だった。
「えっ何!?でっかい人面ライオンと…うわぁっ!でっかい牛人間だ!!!???」
「(桜子…アイツこっちまでついて来ちまったのかよ…!)」
「おいメス。お前は後で殺し……いや。ヒャァァ!!!」
「!…ひっ……」
「お前ェェっ!!!………がぁぁぁぁ!!!」
「ハハハハハ読み通りィィィ!!!!」
俺から狙いを桜子に変えて、爪で串刺しにしようとして来たこのクソライオン。
がむしゃらに身体を伸ばして、横っ跳びに覆い被さり、背中に思い切り爪が食い込む。
「オラァ!!!ヒャアッ!!!死ねやァ!!」
「っ!…ッてぇ……!おい…逃げろ…」
「えっ喋っ……!!!その声…ジョーでしょ?」
「!…状況証拠だらけ…か」
声でバレる。この間のじいちゃんの時と一緒だ。
そんでもって、じいちゃんの行動の理由も良くわかる。
昼間の毒蛇以上に、こんなデカいモンスター共に、大事なヤツ、傷付けさせる訳にはいかねぇって事…だよな。
普通サイズの人間が攻撃喰らうとこ想像しただけで、見るに耐えねぇ。
「じ、ジョー!私の事なんかいいから!」
「毒食らって動けないんだよ…良いから逃げろ」
「そんな…」
「大丈夫だァ逃がさねぇからヨォォォ!!!」
「ッ!」
散々いたぶってたコイツも、とうとうトドメを刺そうと飛び掛かって来た。
このままじゃ、俺も桜子も…。
「鎧…鎧をくれ…」
「ジョー……?」
「鎧を…守れる鎧を…くれよォォォッ!!!!」
「イイぜェ!俺が現界で全て手に入れてやらァ!!ヒュオォッ!!!……………?」
最後の、止めの一撃は、刺さらなかった。
背中に、何か触れた感触だけはあったが。
それは、もう纏われている、堅牢な装甲で、弾き返していたからだろう。
「もう、サンドバッグは飽きたんだよ…」
「よ…鎧ィィ!?いやだが…何故立ち上がれるゥゥ!?」
「鎧着けたら…元気になれたぞ。回復効果もあるんなだなぁ、このアーマー」
身体が軽い。変なモンだ。着ける前よりも軽く感じる。
エーテルで構成されているであろう、視覚的には無から生えた鎧。その剛健さは、要塞の如く。
それでいて、力も、迸る程溢れる……!
「ッ…鎧一つ手に入れた位でよォォ!!!」
後退り、毒針を何十本も打ち込んで来るマンティコア。
だが、俺に纏われた鉄壁は、その全てを弾き返し、肉薄。
意趣返しとばかりに、今度は俺が、壁に追い詰めた。
「なっ…なんなんだヨォォ!!??」
「いい加減…その語尾は聞きたくねぇぇんだよォォォッ!!!!!」
「ガッ!!!??………ヒ…」
腰だめに拳を構え、振り上げ、ボディブロゥ一閃。
天井に鈍い音で叩きつけられた化ライオンは、青い炎を上げ、燃え尽きた。
「……ハァ」
疲れた。今回もめちゃくちゃ疲れたが…ぶっ倒れる程じゃない。
二回目にして、身体がミノタウロスに慣れて来たのだろうか。
いや、ミノタウロスに慣れるって何だって話だけど。
「って……桜…こっ?」
「っ!っ!」
足下に、足首に、何かが触れてる感覚。
強いていうなら、猫に猫パンチ受けてるかの様な……幼馴染の、ドアノックみたいな足叩きだった。
「ちょ……いってぇ!」
「あっ!ゴメン!ちょっと元のジョーに戻るなら言ってよ!」
「……黙ってたのは、悪かっ…!!!(エーテルは人間には猛毒!)おい桜子お前身体大丈夫なのか!?」
丁度拳がクリーンヒットした頬を摩りながら謝るのも束の間、じいちゃんの話を思い出し、慌てて肩を掴んだ。
「?大丈夫だけど?」
「ホントか?具合悪いトコとか「ジョー、ちょっと痛い」!ゴメン…」
「本当に何処も悪くないよ?全然平気ってか、色々よくわかんないんだけど?」
嘘の無いケロッとした顔に、一先ずは安心する俺だが、反対に余計困惑顔の桜子。
まぁ、そうだよな。唐突で、ビックリしたに決まってる訳で。
いきなり化け物に命狙われて、そしたら化け物にいきなり庇われてで、挙句急に体調を心配される。意味がわからんよな。
「ていうか……私の事気にしてるなよジョー…!」
「いやに気にす!……とりあえず、出るか」
「うん…」
得体の知れない地下迷宮で口喧嘩してても仕方ない。何にせよ今回も撃破出来たのなら、一先ずは一安心だ。
ーーーーーーーーーー
「ココア置いとくね。桜子ちゃん」
「あ、ありがとうございます!」
久美お母さんがマグカップ二つをお盆に乗せて出してくれた。
久しぶりに玄関より先に、ジョーの部屋に入った気がする。
いつ以来だろ…小学校以来くらいかも。
「丈一、ちゃんと謝んなね」
「何で俺が悪いと最初から…」
「桜子ちゃんの顔見りゃわかる」
「えぇ…」
忠告っぽく久美お母さんが伝えて、部屋には私達二人きりになる。
ジョーは腕組んで、私とあんまり目を合わせようとしないから、何かきっかけを…あ。
「ロボットのおもちゃ飾ってるの?」
「ああ、プラモな。馬鹿力加減の調整練習に、細かい作業をさ」
「そうなんだ。かっこいいね!」
「最近のガソプラは出来が良いからな」
うーん話が盛り上がらない…ガソダムはよくわかんないしな…。
楓ちゃんはガソダムの男の子キャラクター同士が好きみたいだけど……仕方ない。本題に入ろ。
「…ゴメン。昨日病室でのジョーとおじいちゃんの会話、私扉の向こうから聞いてた」
「!そうだったのかよ……だから来たのか」
「うん。だって言ってることぶっ飛び過ぎてたし、昼休みのヘビだって…ジョー凄く落ち着いて追い払ってたから、確かめたくて」
「じゃあ確かめられたから、もう、来んなよな」
「それでジョーはまた行くの?」
私には来るなって言ってるだけで、自分は行かないって風には言ってないのは直ぐ分かった。
いつもの、ジョーが自分で勝手に決めて、自分で勝手に行動するやつの言い方だ。
「話聞いてたならわかんだろ。じいちゃんから継いじまったんだよ。俺がやるしかねーの」
「おじいちゃんの歳になるまで…?」
「そりゃ…そうなんじゃねぇの。じいちゃんも歳だから箇条書き的な説明しかされてないし」
「怖くないの?」
「まだ二回目でもそこそこ慣れた。つか、お前こそ牛になっちまった俺の事……っておい。何だよ」
「……元に戻るとただのジョーだね」
腕とか、脚とか触って、ツンツンしてみる。
頭…さっきツノが生えてた所も、普通に髪がある。
良かった。
「ツノ出てたトコ、ハゲてなくて良かったね!」
「近いしお前な「良かった。何処も傷痕無くて…」桜子……」
「ん!やっぱジョーはジョーだ!ヨシ!」
「…ありがとうな」
「えっ?」
「いや、あの鎧、多分お前のお陰で出たから」
「そうなんだ。へ〜」
まだまだ分かんない事だらけだけど、でも目の前に居るのは間違いなくジョーで。
なら、今はそれで良いや。
とりあえず、ジョーが元気なら、それで良いんだ。
「はー…今日はなんだか疲れちゃったな…」
家に帰ったらどっと疲れが出た。
ていうか、ちょっと手が震えてる。
やっぱり怖かったんだなって気付いた。
でも。
「ジョー……ジョーが守ってくれた。ジョー、ありがとう。ジョー…ジョー、大好き。やっぱりジョーは私のヒーロー。昔からずっとそう」
私が困った時には、何時だって助けてくれる。
そんなジョーが、ずっとずっと、ずーーーっと好き。
「ねぇジョー……昨日の唐揚げね、ホントは私が作ったんだよ。ママのだと思って美味しそうに食べてたけど、下味付けるのから、揚げるのまで、全部私が作ったんだよ。美味しそうにモグモグ食べてたの、ドアの隙間から見ちゃった。良かった。とっても美味しそうに食べてくれた。でも私が作ったって言ったら、多分ジョーは恥ずかしがるから、まだ言わないにしよ。楓ちゃんにもナイショ。明日も、明後日もこの先もずっと一緒に登校するから、朝は七時ピッタリに出て、ジョーのおうちに行かなきゃなんだ。本当は学校への行き方はもうとっくに知ってるけど、ジョーと一緒に学校に行きたいから、分からないフリをするんだ。そうしたら、ジョーはめんどくさそうな顔しながらも、一緒に行ってくれるもんね。ジョーがバイク乗ってる後ろ姿、何時もカッコいいって思いながら見てるんだよ。でもね本当はね、ジョーの後ろに乗ってみたいな。ジョーにギュッてくっついて、ジョーのあったかさを感じながら行きたいな。そういえばさっき身体触った時、凄いあったかくて、それで筋肉が凄い張っててドキドキしちゃった。ツノが生えてた所触った時に、おっぱい顔に近付けたの気付いたかな。今日は疲れてたから仕方ないけど、もしえっちな気分になったら、いつでも良いんだからね。牛さんになったジョーも良かったな。おっきくてムキムキで、それで一生懸命戦って、私の事守ってくれて、とってもカッコよかった。どんな姿になっても、大好きだよジョー。一生戦わなきゃならないなら…………私も一生、側にいるからね」
うん。今日のジョーへの好きな気持ちも、言っとけた。
ーーーーーーーーーー
「そうか…桜子ちゃんに気付かれたか」
「うん。巻き込んじまった」
翌日。朝イチでまだ入院中のじいちゃんの部屋へ、報告に行く。
一瞬険しい顔をしたが、直ぐに綻ぶと。
「だがあの子は丈一を怖がらんかっただろう?」
「!まぁ。そこら辺は天然入ってるし「それだけじゃないさな」なんだよ…」
「お前らいつからの幼馴染だと思ってるんだ。ワシはお前等が幼馴染になる前からお前らを知っとるんだぞ」
何だそのジジイマウントの取り方はと思いつつも、妙に嬉しそうな顔で笑うじいちゃん。そんな顔を見ると、深く聞く気も失せた。
ただ少しだけ、遠くを見た様な目をすれば。
「ちゃんと守らんとならんぞ」
「……おう」
重みの違う言葉が、胸を突く様に響いた。
多分、じいちゃんも通った道なんだろう。
それを、俺も引き継がなければならない。
「で、もう一つ、斧ってのは、どうすんだ?」
「ああ、それはな………」
「ジョー、今日も迷路行くの?」
「いや、まだそういう気配はねぇから大丈夫だ」
今日は幸い朝から自習が二限もある時間割の日だったから爆睡しておけば、身体の疲労や怪我はすっかり回復していた。本当に自然治癒力が強い。
もう俺のボディは完全にミノタウロス仕様なのだろうか。
「ちなみにさ、向こうからモンスター来なくても、行けるのかな?」
「確かに……って桜子お前来る気かよ?」
「だって予め迷路の中知っといた方が良くない?」
「だからってお前来なくても「おじいち'ゃんとジョー迎えに行けたのは誰のお陰かなー」……」
むう。上手い交換条件見つけやがって、桜子なのになぁ。
だが、実際昨日もある意味こいつが居たから鎧を顕現出来た可能性はある訳で。
借りは、作りっぱなしにしとくのも、痼が残る。
今の所、モンスター共の影響が、現界に現れている気配も無いしな。
「わかったよ。お前も取り敢えずあの迷宮の中、知っといた方が良いか」
「でっしょー?」
「つってもあんま意味なさそうだけどな。方向わかんねぇだろ」
「ジョーより先に覚えてやるもんねー!」
それならラビリンスより通学路を先に覚えてくれよと思いつつ、三度俺達は古い牛舎の異世界の扉から、地下迷宮へと足を踏み入れる事となった。
恐らく、桜子のエーテル侵食が無かったのが、鎧による回復力……もとい、俺の側に居たからである以上、逸れさす訳にもいかないからな。
「さて、マッピング開始か」
「?」
「地図作りだよ。とりあえず門番自身が間取り知っとかないと話にならんだろ」
「確かに!追っかけっこになるもんね!」
追われるだけならまだしも、抜け駆けして此方の世界に扉から出現される可能性も、あり得る話だ。
勿論俺の命を狙いに来る以上、門番たる俺を倒す事も、必要条件なのかもしれんが。
「とりあえずこの方眼紙に書き込んでく。レンガ一つで大マス1つ換算で合わせてくわ。大広間は四マス分換算で行く」
「じゃあ私数えよ!」
「おぉ。そこは実家でのニワトリカウントスキルで頼む」
「おっけー!」
この戸松桜子という女は、普段のノーテンキ具合と方向音痴ぶりからは中々想像出来ないが、勉強自体はそんなに苦手でも無い。
というか正直悔しいのだが、時々数学のテストだと俺より点が良い時もある、詰まる所ガワだけがアホなタイプなのだ。
「先ずはまっすぐ5マスすすむ!!」
「それは見りゃわかる」
してマッピングから三十分。いかんせん終わる気配は無い。
そもそも巨大モンスターと迎え撃つミノタウロス用のラビリンス。壁面のレンガもデカい。人間の歩幅に合わんのである。
「前3で右折ねー。そのまま6マス進んで今度T字路〜」
「ん。じゃあ先に…右からか」
「疲れたねー」
「だな。つっても休むにも、このゴツゴツなレンガの地べたじゃ「あーー!!ジョー!!!」なんだいきなり疲労を感じさせないデカい声でよ……」
「ココ!!」
正面のT字路、その左右どちらでもなく真正面の壁を指す桜子。
疲れて本当のアホになってしまったのか……と、思いきや。
「?……!これドアか?」
「あ!開くよジョー!入れる!」
「おいトラップかもしれないだ…ろぉ!!?」
レンガに見せかけて、良く見ると表面が石造りなドアだった。
しかも人間サイズ。そしてその中は…。
「すごーい!ソファにテーブルもある!!」
「休憩室……じいちゃんのか」
「冷蔵庫もあるよジョー!」
「いや電気通って…!動いてんのかよ」
入ってみたら、黒いソファーにガラステーブル。床は赤い絨毯で、まさしくなレンガ造りのレストルームといった風体の部屋だった。
しかも冷蔵庫は稼働中である。電気はなんだ。エーテルで賄ってるヤツなのか?
「開けても良い?」
「おぉ」
こういう時じいちゃんのかと思ったら、勝手に開けない様な分別は付くのが桜子である。
「ん〜……お酒ばっかり!」
「呑んだくれ爺さん…」
通りでこの山奥の田舎で、滅多に軽トラ乗らない訳か。
にしても、あの血生臭い仕事を何十年も一人、ココで時々休憩する様なやり方で、こなして来たのか。
知れば知るほど、頭が下がる。呑兵衛ではあるが。
「あ、でも水もあるから飲も」
「水割り用か」
「だね」
とりあえずペットボトルを二本、というか二本しかないノンアルコールを取り出して、開け…!
「あ!ちょ、ジョー」
「悪い…普通に開けたつもりだったんだが」
「いーよいーよ。まだ慣れないもんね」
「すまん…」
右手でキャップ回そうとしたから、左手でボトル本体を掴めば、少し力を加えただけで、握り潰してしまった。
破裂して滴る水に一瞬呆然としているのを傍目に、桜子がリュックからタオルを出して拭いてくれた。
俺も直ぐ我にかえり、リュックからタオル出して拭く。
「(こんな簡単な動作でも……昔よりセーブが効きにくくなってる。ミノタウロス化の影響か)」
「ジョー、ペットボトルで手ぇ切ってない?」
「大丈夫だ。あんま触んなよ」
「だって私になら加減効くでしょ?」
「!」
俺の手を取りながら、こういう時に的を得た事を言う。
桜子がついて来てくれていなければ、恐らくこのラビリンスで一人、諦観していただろう。
そこまで見透かして…いや、桜子だぞ。
「まーいーや。じゃあコレ半分ずっこだ」
「ん」
コップ…というかグラスだけはあるから、半分ずつ注いでミネラルウォーターを飲む。
ガラスコップを握るのも、ある程度慎重にだ。
「…はぁ。しかしあとどんくらいあんだろうな」
「おじいちゃんは何て?」
「あの世とこの世のボーダーラインだからかなり複雑で広いとよ」
「そっか。じゃあ今日一日で終わんないかもね」
「だな。とりあえずも少しやったら帰る……!」
肌が震える。攻めて来たヤツがいるのが分かる。
三日連続、一日一体は必ず…か。
「コレは……牛達の世話のスケジュール、もう少し見直さなきゃならないかもな」
「ジョー」
「桜子、ドアの直ぐ側にいてくれ。緊急退避する時、勘付かれずに瞬時に入れる様に開けて欲しい」
「わかった!」
「近い…いや遠いか?」
昨日のマンティコアみたくスピード攻略狙おうとする接近の感覚ではない。
波がある。近付いたり、遠去かったり。
コッチの位置を把握出来ていない…?
「ともかく、倒さないと、帰れないからな」
ミノタウロスへと変身し、休憩室の壁沿いから200メートル程離れた場所で背を付け、待ち構える。今回は最初から鎧付きだ。
少なくとも左右への警戒に絞ったこの配置ならば、鎧の頑強性で初撃は…。
「イタダキマスーーーーッ!!!!」
「があっ!!!??」
まさかの、下。地下からの強襲によるアッパーカットで脳天揺さぶられる。
出て来たのは白くて大きい、それでいてブクブクと丸っこいヘビ。
口がデカい。地面の土食いながら掘り進んで来たのか?
「ニーズヘグですぅ……ミノタウロスはん以下お見知りおきをーーーッ!」
「魔獣が関西弁喋んなぁァァ!!!」
「まともにカチ合う訳あらへんがなーー!」
「ッ!」
突撃して来たかと思いきや、身体うずくまらせて再び地下に突入。
迎撃の右ストレートを避け、視界から消えた後……。
「後ろと見せかけて前でっせーーーーーっ!!!」
「おわっ!!」
一瞬後ろ振り向いたタイミング狙って体当たり。
足下崩して昏倒されられた後、更に上からヘビープレス。
「どっせーーーーい!!!」
「があっ!!!!」
「重い…や……ろい!!!と見せかけてまたサイならァァ!!!」
「のやろッ…!」
連撃はせず、三度地下へ。
というか簡単に、容易く床に突入出来てる辺り、コイツ下準備を入念に、地下は薄皮一枚レベルまで多数箇所穴掘って来やがったな。
プラス、このラビリンス。天井はマンティコアを思いっ切り叩きつけても崩れない程の頑強だが、地面は比較的容易く掘れるんだな。エーテル操作による効果か?
「こういう時は……俺もォ!!!」
ならばと地面を思い切り踏み込む。ミノタウロスの超重量による振動が、地下を、ニーズヘグごと揺さぶらせる。
「のののの!!!??たぁっ!!!埋まってまうやろがいーー!!」
「じゃあそのまま埋まれェ!!!」
「ゴッ!!!……なーんて」
「!……ブヨブヨ肥満体がっ!」
出て来た所へ強襲の打ち下ろしの拳を合わせるも、ヤツの弾性の強過ぎる身体がそれを受け流した。
というか、ほぼゲル状だなコイツの身体……。
「生憎馬鹿力のミノタウロスはん対策はしっかりしてきてまんねんなァ!!!」
「ッ………」
「ちょいヤァ!!」
「チッ!」
一撃の威力は大した事は無い。
無いが、掴み所は無く、攻撃の通りも鈍い。
無駄に、ひたすら無駄に体力だけが消耗されていく。
「ーーっ…(そういえば、変身ってどんくらい持つんだ…?)」
流石に戦闘開始から三分以上は経っている手前、有名な光の巨人程では無いだろうが、息が荒くなっているのが分かる。
身体が、重い。ミノタウロスボディが、自分のモノでは無く、着込んでいる鉄塊の様にも感じて来る。
「ボサっとしてへんねんなぁ!!!!」
「ごぁっ………」
一瞬の棒立ちの隙を突かれ、後方の穴から出現したニーズヘグに、膝裏を強襲される。
膝カックン状態のまま、慣性と重量で吹っ飛んだ俺は、三回ほど前転で転がり、青天井で倒れ………。
「!ヨシ……戻るッ!!」
る前に、回転しながらも見えた、目前の小さなドアが開いたのを確かめて、変身を解き、飛び込んだ。
「ほれ!!水!!!」
「サンキュ………ハァっ…」
「あとコッチ氷!!」
「ウイスキーロック用のか…」
だがそれでも今は助かる。ソファにどっかり腰を落とせば、ビニール袋に桜子が詰めてくれた氷嚢を首の裏に当てて、溜まった疲労の熱を排出する。
「とりあえず大丈夫だ……マジで助かった」
「ん!」
余りに想定通りの緊急退避とインターバルだが、それを迅速にやってくれた桜子に本当に感謝だ。
着いて来ると言って、ノリと勢いだけでは決して自分を済まさない、いざって時に腹を括れる覚悟があるんだよな。こいつは。
「長く戦ってるとめちゃ暑くなるんだね」
「出てってからどんくらいだ?」
「えっと…十分は経ってる!」
「光の巨人三倍強…か」
原村だがバイク乗ってるし、仮面のライダー的な変身時間か?良く知らんけど、エーテル融合の耐久力なのかもな。
ただそれはそうとして、あの関西弁ブヨブヨ蛇も良いスタミナしてやがる。
「さて…」
打撃は非効率的だ。
てなるとツノで串刺し……アレは逃げ回るアイツに当てるのはかなり厳しい。
詰まる所、『斬る』が、最も有効な訳だが。
「(それには……もう一つのミノタウロスの神器である、斧が必要な訳だ)」
〜〜〜〜〜
「斧って、どうやって発現すんだ?アレもエーテル?」
「丈一、鎧はどう出た」
「それは……「恥ずかしいならじいちゃん言おうかのう」わーったよ。桜子…守ろうとしてだよ」
誘導尋問が露骨なじじいである。
だけど言われるよか自分で言った方がダサくは無い気がしたから言う。
そう、あの肩、胴、腰、脛、そして兜の真紅の鎧は、絶対に桜子を守らねばならない。傷つけさせてなるものかという強い想いから発現した装甲だ。
「つまり斧も想いに、気持ちに準ずるのだ」
「っていうのは…」
〜〜〜〜〜
「よし。行く」
「ジョー、もう「とりあえず次来る時は、もちっと高校生向けの飲み食い出来るモン、持って来ようぜ」……うん!ポットとかも!」
「地下カップ麺食う気だな…美味そうだな!」
直ぐ近くに、地鳴り。
肌で分かる、ニーズヘグの土喰いによる接近。
だから、ドアを開ける。と、同時に変身。
「見ィつけたァァーーーッ!!!!」
現れるは。再び後方から大声で現れる敵。
それに。
「守る気持ちが鎧に繋がるのなら……斧…断つ。断ち切る。つまり…!!」
「ドッセェェェーーーーーー!!!!」
「(何が何でも………ココでお前を倒す…仕留めるという気持ちで…!)圧し斬るッッッ!!!!」
何かを、握った素振りの如く、右拳で輪を作り、後方から急襲する土大蛇に、振り向き様に振り下ろした。
ただの、握らない腕の振り。
しかし、その拳の延長線上に、奴の頭が重なった時。
「いッ」
「ーーーっ…刺身こんにゃくみたいに斬れやがって」
粒子が結晶化し、『現れた』斧が、その身を音すら立てずに両断し、青い炎の灰に変えた。
「今日も疲れたな」
「でも、皆が大変な事になる前に、やっつけられて良かったね」
「ん」
ラビリンスから出れば、既に日が沈む手前だった。こういう異空間は時間が現実とズレてるみたいなセオリーがありそうなモノだが、生憎無いらしい。
「じゃあ帰るね。またねジョー」
「真っ暗ん中帰ったらお前事故んだろ。送る」
「でもジョー疲れてて「あっ桜子ちゃんもココいたの!」久美さん」
「そういや母ちゃんに帰ったっつって無かったな…」
完全に牛の事すっぽかしてフラついてた体だよなこりゃ。まぁ説教なら桜子帰してからたっぷり喰らうか。
「丈一も不良になったわねヨシヨシ」
「喜ぶ所じゃないだろ…」
「まぁ良いわよ二人共大丈夫そうで。さっき国道沿いの交差点で地盤沈下だってから。怪我人は幸い無いって言ってたケド、あんた達通学路だから気になっててさ」
『!』
やはり、ニーズベグの影響自体は、出てた訳か。
ただバフォメットやマンティコアの様に直接的な効果でなく、遅効性のモノ故の、時間差急襲って事だな。
「(もっと…奴等からのエーテル干渉を、抑え込めるミノタウロスに、ならなきゃだ)」
ーーーーーーーーーー
「prrrrrrrr」
「よっと」
パッと起きれた。昨日の今日だが戦闘疲労が何故か無い。
ニーズヘグを倒して、帰って来た時は、まだしっかり?疲れていたが、今となっては疲労もすっかり取れている。
「俺の若さか……はたまたミノタウロスパワーか」
じいちゃんが朝、消耗した姿を滅多に見せなかったのは、やはりミノタウロスの回復力の賜物…と、その圧倒的強さによる、スタミナの無駄な消費の無さだったんだなと気付く。
「ま、朝仕事に支障が無いのは良い事だ」
「はよー。持ってくー」
「はーい……って丈一アンタ大丈夫ソレ!!?」
「へっ?……あぁ。大丈夫大丈夫。最近成長期だし」
なんて冷静を装って母ちゃんに振る舞うが、気の緩みか、容易く牧草ロール350kgを持ち上げてしまった。
身体の疲労は無いが精神的な疲労が緩みになってんな…。
【モォ〜〜】
「……」
モシャモシャ美味そうに牧草を食う牛達に、『お前らって、すげえパワーに重さなんだな』なんて、共感するかの様に思ってみる。
ただ、穏やかでつぶらな瞳してる乳牛のコイツらと違って、血の気の多い、闘牛…ともまた違う、血走った眼の牛人間だから、共感出来る所も全然違いそうだが。
【ンンン〜〜】
「何時もより美味そうに食ってんな」
まぁでも、彼処の扉一枚で、コイツらがのんびり暮らせるこの牛舎を守れるなら、俺が……守らねぇとだよな。
「(そういう気持ちで、じいちゃんもやってたんだろうし)」
ーーーーーーーーーー
「コレ、ワシを殺すな」
「何となく故人を偲ぶ風にモノローグ入れていみたわ」
「ジョーさいてー」
「なぁ〜桜子ちゃん」
二人合わせてウンウンと頷いている。
今日からは、桜子も一緒にじいちゃんの見舞い…もとい、色々と説明を聞かねばだ。
「とりあえず鎧と斧は手に入れたよ。こっからは、兎に角来るモンスター一つ一つ、返り討ちにしてきゃ良いって事か?」
「丈一がそうしたいのならそうすりゃあええ」
「何だソレ。そんなにテキトーでやるもんじゃないだろ。俺がまだ未熟だから現界にも余波が来てんだしさ」
「テキトーでええんじゃ」
「………」
自分のじいちゃんの事だから、言いたい事は分かる。
無理にやるなと言ってる顔だし、俺がやらないなら、多分このジジイは引き続きワシがやるとか、そう思ってる顔だ。
変わらないんだ。俺が能動的にやろうと決めた事なのに、何故か遠ざけようと、遠ざかろうとするのは、家でも、学校でも、迷宮の中でも、変わらないままだ。
「じゃあ好き勝手やってやるよ」
「そうしろい」
今日の会話はそれで終わりにして、とっとと病院を出た。
ーーーーーーーーーー
そう、やる事に決めた俺の、ミノタウロス門番生活が始まる。
或る日は。
「このラビリンスはあっし、バジリスクがぁ〜征服してェ!現界を蹂躙してやr「フンッ!!!!」……」
「牛の嗅覚…嘗め過ぎなんだよ」
隠密行動を得意とするヤツは、エーテルの流れを鼻で感じ取り、見つけて、斧でぶった斬り。
=======
また或る日は。
「どっちが肉にされっかァ!!!このオークが白黒付けてやんよォォォ!!!」
「踏み込みが……弱いッ!」
「なっ!?…ガッ…」
「せめて豚じゃなくて、猪位には牙生やしとけ」
豚の魔獣の突貫は鎧で弾き返しツノで串刺しにし。
======
こんな日は。
「いくら守護神なんて言われたミノタウロスもよォ!集団で来られちゃあどうかなァァ!?」
「ヒィーー!!!フォォォォォウ!!!!」
「現界の女共を犯し尽くしてやろうぜェェェェ!!!!」
「ーーっ…」
コッチの世界も向こうも変わらねぇ、脳味噌にもチンコ付いてる様な、くっだらねぇゴブリン共の集団相手ならば。
「(地面は柔らかいなら…エーテルを一点に溜めて…)ハッッッッッ!!!!!!」
『!!!???』
拳を、真下に打ち下ろし、地面を割り、砕き、地割れの土塊の狭間に、足場を失った奴等を全て、呑み込ませ。
「ヒッヒッヒッ……ヒッ!!!」
「や……やめてく…………」
今度は思い切り両平手で地面を叩けば、元に戻る様に平されていく土が、下衆な小鬼共を土屑の一部にする様に、圧し潰し、閉じた。
「複数体も……侵入可能。か」
情報だけあれば、種族なんてどうでも良いしな。
「桜子んちの唐揚げ、ラーメンに入れるとうめぇんだよな」
「そうなの?」
「ん。カップラーメンの醤油スープと合う」
「へ〜」
此処の所、戦闘終了後、変身後の体力消耗も相当落ち着いており、一度休憩室でクールダウンしてから、何なら間食でも摂ってからの帰還になる事も多かった。
マッピングも相当量埋まって来ているし、安定してラビリンス防衛に当たれている。
「案外慣れは早いのかもな」
「すっかりココも秘密基地だね」
「食い物と飲料水、毛布も用意してあるからな、泊まり込み監視も出来るだろ」
「じゃあそうするー?」
「良いけどトイレねーぞ?」
「あそっか!それだけちょっと不便だな〜」
なんて、今まで通りみたいな桜子との他愛も無いやり取りも、この地下迷宮で言える様になっていた、俺だった。
ーーーーーーーーーー
「ふふふ……ふふ…えへへへ…」
今日も、今日もジョーは私の唐揚げをママのだと思って、美味しそうに食べてた。
でも、戦った後のジョーは凄くお腹減ってそうだから、とっても美味しそうに食べてくれるんだ。
ニコニコカップラーメンに乗せてさ。食いしん坊の男の子まんまみたいにさぁ。
でも……でもそれ以上にね。
「泊まり込みで…居たいなんて、普通に言ってくれた。あんな、あんな暗くて誰にも見つかんないトコでさ。仄暗くて、二人きりの部屋に……夜通し一緒で良いって、サラッと言ったんだよね。ジョー。お泊まりなんて、幼稚園までだったのに、高校生になって、また一緒でも良いって思ってくれたんだよね。私が夜一緒だと、安心して眠れるからかな?ううん。別にそんなんじゃなくて良いの。ジョーの事だから、夜も怪物達が来た時に、誰か居た方が融通が効く。とかそんなんかもしれないし。でも、でもね、その中でも私と一緒に居たいって思ってくれてるなら、凄く嬉しいな。だって、自分が寝てる顔、見せても良いって事だもんね。私も、ジョーの寝顔みたいな…………ていうか、ホントにそういう事したい気分でも良いんだよジョー。私ジョーの事大好きだから、良いんだよ。今日もゴブリン?ってのやっつけた後、凄い熱っぽい目で私の事見てたものね。何か思う所あったんだよね。大丈夫だから。大丈夫…私はいつでも大丈夫だよ。ジョー……」
うん。今日もジョーへの言葉は終わり。
明日もまた、沢山言うんだ。
「こないだまで、色々変な事あったけど、最近は落ち着いて来たね」
「!そ、そだね!」
「?何で慌ててるのさっちゃん」
もう蛇も出ないからって、中庭も使用OKになったから、久しぶりに楓ちゃんとお弁当食べてるお昼休み。
「やっぱり、落ち着いて来たよね?」
「うん。前と変わらないと思う。良かったぁ、平和が一番だよ〜」
「だよね…」
楓ちゃんの何気ない気持ちに、何だか凄く安心した気がする。
こっちの世界へのモンスターの影響が無くなって来たってのは、それだけ、ジョーがおじいちゃんと変わらない位、強くなって、守れる力が、大きくなって来たって事だもん。
「でもさっちゃんには斧田くんっていうボディーガードがいるから安全だね」
「あはははもー何言ってんの〜」
「だってちょっとぶっきらぼうだけど頼り甲斐はあるでしょ?」
「それは……どうだろね」
少し恥ずかしくて、楓ちゃんには素直な気持ちを言えなかった。
だけど、本当はまだ、ボディーガードなんて言い方じゃ収まんない位に、ジョーに任せっきりで、守って貰ってばっかりなんだ。
「(私にも……できる事、ちゃんと見つけたいな)」
そんな事考えてた、放課後のこと。
「えっ!?ジョー、文化祭の装飾係、引き受けちゃったの?」
「おう。どーせ誰もやんねーし、先にやっとけば他の面倒事突っぱねられんだろ」
「大丈夫?その……」
「ラビリンスの防衛はどうにか折り合いつけてやるよ。牛舎の方は、母ちゃんは寧ろこういう学校行事推進派だしな」
ジョー、頑張り過ぎだよ?
でも、こういう時に全部纏めて背負い込んじゃうのが、ジョーだもんね。
じゃあ私は……それを手伝わないとだ。
「そっか、わかった!(とりあえず、やれる事、一つだ)」
ーーーーーーーーーー
桜子に報告するより一時間程前の、俺の教室。
今日は良い加減、装飾担当を決める日だが、案の定誰もやる気は無く、加えてあのチンピラ三人も、一層苛立っていた。
「えーっと、じゃあ立候補者が居ないので「俺やるよ」!あ、斧田くんやってくれるの…?」
「うん。やるわ」
おっかなびっくりリアクションの委員長に、簡潔に伝える。
予想通りクラス中、やれやれさっさと手ェ上げとけよみたいな空気になるが、ならお前らでその空気を作れとは思う。
「……っ」
「(何も言うな今は、ややこしいから)」
この間の今日だから、玉野も結構面食らった表情だが、良いから今は穏便に済ませとけと、視線を送っといた。
いや、玉野が嫌だったら元も子も無いんだがな。
「オイ斧田お前さァ、ちょっと調子こ…………おい聞けよォ!」
「忙しいから帰るんだようるせぇ」
何故か階段踊り場で呼び止めるチンピラリーダー格。
もうコイツに用はまるで無い筈なのだが、絡んで来やがる。
シカトして肩を掴んで来るが、当然の様に自分の方には引き寄せられず、逆に俺に引っ張られる形になってもだ。
「ッ…オタクと一緒に目立とうとしてんじゃねぇぞコラ。陰キャが調子乗んな」
「忠告してる暇があったら部活早く行って練習しろよ。レギュラー落ちして大会出れなくなんぞ?」
「んな事どうでも「お前にはやんなきゃなんねぇ事、ねぇの?」!…」
人に構ってる暇が、そんなにあるのだろうか。
どうしてもっと、自分の為に時間を使ってやれねぇんだ。
自分で決めた事を、自分で行う。
それが誰の為なのかもハッキリしない。
でもそれだけで、俺は一杯一杯なのだが。
「貧乳とバカとばっか吊るんでねぇで、限られた時間、大事にしろよ」
「っ……うるせぇ…」
「……」
「…うるせぇよ!お前如きが説教してんじゃねぇよ斧田ァ!どうせ実家継げっからテキトーにやっててもラクな人生なんだろテメェ!あの何時も一緒に居るバカなデカ乳女と乳繰り合ってりゃ良いだけだもんなァァ!!!」
キレて俺の胸ぐらを掴み、踊り場の壁に押し付けるコイツ……佐野。だったか。
コイツ自体は俺より身長は高いってか、普通に高身長の部類だが、何故か目は、見上げている様な目付きで。
別に適当で、楽なのは、否定しない。
説明する必要も無いし、意味も無いから。
こんな奴が生きてる世界守る為にだなんて、ありきたりな諦観をしても、心が腐るし。
だけど、ただ一つ。
「他人を貶してぇならさ……」
「ッ!……お、お前っ……」
胸ぐらに掛かる手を取る。
握り過ぎて折れない様に。
そのまま、持ち上げて。
「ソイツだけにしといた方が、身の為だと思うわ」
「!?…やっ…止めろ…止めろよぉ!!!」
階段まで、宙に浮いたまま、運んでやる。
この高校の階段は長い。一ブロックで高さ4メートル近く。ある。
「貶したい相手以外巻き込むのは、地雷だよな。普通」
「ま、待てよ…ふざけんなよ!つーか何なんだよテメェの馬鹿力!!!おかしいだろ!?人間じゃねぇよバケモンがよぉ!!!」
「!………」
その言葉で、不意に力が抜けた。
地下迷宮で襲ってくるモンスター。
奴等の常識外れた凶悪で醜悪な言動行動と、同じに思えた自分に、嫌悪感が渦巻いて。
「…だな。バケモンだわ。だからほっといてくれよ」
一段だけ下に、降ろした。
尻餅ついて、コッチ見上げる佐野。
俺は一瞥もくれずに、とっとと立ち去って。
外に出ると、やけに静かだった。
まるで、嵐の前のーーー。
ーーーーーーーーーー
「…来ないね」
「だな」
色々とあった学校から直行でラビリンス。
休憩室で宿題をしつつ待つも、今日は来訪者の感覚はナシ。
ミノタウロスの役目を負ってからは初めての、異様な静寂に包まれていた。
「こういう日もあるのかな?」
「だろうな」
「あ、ジョーがむっちゃ強いのが向こうでも知れ渡っちゃってるんじゃない?それでおっかなくて来ないみたいな?最近怪奇現象が少ないのもそうだよ!」
「さぁな………そこら辺も、相変わらずじいちゃんは細かい説明は省略してやがるし」
「説明する事が沢山あるんじゃない?モンスター達の事……とか?」
「……」
桜子はこういう時に気を遣って間を取り持つ事を言ってくれるタイプ。
俺は俺でそういう事を桜子に言わせてる自分の無神経さに、やらかしたと自己嫌悪するタイプだ。
つまり、今は気不味い。
ので、一つ案を出してみる。
「(クラスでの事持ち込んでも仕方ねぇよな)そういやあの怪物共、どっから来んだろうな」
「どっから?ってそれは向こうの地面の上……あ!」
「ん。何時までもモグラ生活してても良くないし、向こうの世界で光合成してみるか」
「うん!そうだよココ異世界?なんだもんね!行ってみよ!向こうの地面の上!」
待ち100%は流石にいい加減飽きた。
この広大過ぎる巨大迷宮での複雑戦闘を行う位なら、俺自身が赴いて、不届き者共への抑止力……『顔の幅を効かせる』方が、一層得策だろう。
「マッピングしながら進もー!」
「だな」
という訳で新規マッピングを行いつつ、今まで進んだ事の無い方向へ出発だ。
まだ見ぬ異界の地へ想いを馳せると、幾分か気が紛て、精神衛生上も大分ラクだった。
のだが。
「ココも何もないっぽいよね。コレ」
「あぁ……」
歩き始めて既に一時間近く。
しかし俺たちの視界に入るのは、見飽きる程に見慣れた壁。壁。壁と、大広間ゾーンの松明に、あと床と天井。
出口も無ければ、休憩室の様な小さな変化のある扉も、全く見当たらなかった。
「やっぱりめちゃくちゃ広いのかな?」
「それもあるだろうな。第一、やってくる奴は概ね一種族ずつだ。早々に攻略出来るラビリンスでも無いんだろう……し」
「?どったのジョー」
「いや…コレは…」
ふと、手元の方眼紙に目をやる。
既に8ページをほぼ埋め尽くしている大迷宮の暫定マップ。
多種多様に入り組んだその経路だが、俺はある推測から、1ページ目を千切り、8ページ目に合わせた。
「……ハッ…そういう事か」
「ジョー……?」
「いや何…迷宮にブチ込まれてんのは、俺たちも同じなんだな」
「どういう……えっ、もしかして…」
横目で俺の手元を確認した桜子。
そこに見えた、8ページ目と1ページ目が上下逆で対照になっている状態に、意味を直ぐに察してくれたのだろう。
「ああ…出口なんて、ありゃしねぇんだ」
「そんな…」
「理屈はわからねぇけど、ココは地下迷宮に見せかけた、巨大で複雑な、『コロシアム』なんだろうな。化け物共と俺…ミノタウロス、どちらかが勝つまで出られない。さ」
「じゃああの時、初めての時ドアが急に開いたのも」
「羊頭…バフォメットが死んだからだろうな」
どちらかが死ぬまで出られない、デスマッチスタジアムが、このラビリンスの正体。
それが、じいちゃんが何十年と続けてきた、誰にも言わずに守って来たモノの、実情だった訳だ
「こうやって気付かせて、俺からやる気を失くさせて、自分が死ぬまで後は継がせない算段だなあのジジイ」
「おじいちゃんらしいね……」
「回りくどいのは「違くて、ジョーの事考えてあげるの、大事な人の事しっかり考えるジョーによく似てる」っ……」
「おじいちゃんに良く似たね。ジョーは」
しょうがねぇだろ。ジジイと孫なんだから。
そもそも、物心ついた時には父親というモノが居なかった俺には、ずっと親父代わりだ。
平気そーな顔して、面倒ごと一手に引き受けてるのも、勝手に継いじまってる。
「……まぁいいや。もう今日は上がろうぜ。
ひょっとしたらエーテルの影響で変化もあるかもしれな……!桜子!!!」
「えっちょっ、ジョー!?」
振り返った先の、桜子のその奥に見える、人影。
何の気配も無く、唐突に出現したそれに緊張感を走らせた俺は、桜子の肩を掴み後ろにやる。
距離で言えばおよそ20メートル程だろうか、だがハッキリと、その存在だけを知らしめるかの様な、異様な雰囲気が、遠くからでも伝わって来た。
「(何だ…?何時もの肌の震えが無い。だけど…コレは……)脚が…動か…………ッ…………」
刹那、俺の顔面に、何かが触れた感覚。
それは余りの速さに、瞬時に遥か後方に『吹き飛ばされる』まで、痛みと理解するのに数秒を要した。
「ジョーーーーーー!!!!!」
「下がってろ桜子ォォ!!!!」
脳の整理に使う時間すら惜しい。
少なくとも俺は目の前の人型に20メートルの距離を瞬間的に詰められて、強力無比な拳で殴られ吹き飛んだ。
コレだけ把握して、コレが出来る敵だと認識出来ればそれで良い。
「コイ………ツッ!!!」
「ハッ!!!!」
もう一度瞬速の拳打を放って来る人型。
どうにかガードの体勢で受け止めるが、身体自体は押され、拳の勢いそのもので仰け反らせられる。
そんな中でも、外見的特徴ーーー浅黒い肌、長髪の黒髪。筋骨隆々の体。
しかし身長がニメートルはあるであろう体格を加味しても…。
「人…間…?」
余りに、余りに今まで対峙してきた怪物共とは違う、大きさ、容姿。
それでいて、少なくともミノタウロスパワーを内包した俺に、膂力で圧倒する程の力を持つ存在。
「さぁ!!!討ち取りに来たぞ!!!化け物め!!!!」
「!?」
そして、俺という存在そのものへの、対応の違いが。
「我が名はヘラクレス!!!十と二つの試練の内が一つ!クレタの牡牛よ!!!我に討ち取らえられよ!!!!!」
「ヘラクレス………とうとうお出ましかよ」
成程。モンスター共から打って変わって、神話の英雄が相手だって訳か。
ミノタウロスは、本来ならそういう役回りだもんな。
「(いや待て。コイツが神話通りに俺を討ち取るのが目的なら、俺達の世界…現界には用は無いのだとすれば…)おいアンタ。話は出来るか?」
「生憎、化物も交わす言葉は、持ち合わせてはいないッッ!!!」
「チッ………なら……フンッッ!!!」
此方の事などまるで気にも留めず、確実に俺を殺すつもりのパンチを打って来るヘラクレス。
ならばと変身し、六メートルの巨体で応戦する俺。拳と拳のぶつかり合いだが、三分の一の大きさの英雄は、いとも容易く均衡させる。
「それが正体かミノタウロスよ!!!醜い人牛の浅ましい姿よ!」
「浅ましくて結構……だけど醜くても素直にやられる道理は無ぇ!!!」
「ぬんっ!!!」
「!?」
「ハッッッ!」
「ガァぁぁ!!……」
格好としては足払いだが、奴の側頭部を狙う蹴りを放つも、しかし左腕一本で防がれれば、空いた右手で手刀を俺の脛へ打ち込むヘラクレス。
鎧である脛当てを貫通するかの様なその威力に、思わず腰砕けになる。さらに。
「兜割りだぁぁッ!!!」
「なら…カウンターで串刺しに「ジョーダメ!!!!」!…グッ!」
「良く避けた!!妖モノにしてはやる!」
「……!」
兜割りならチョップだろと言いたくなる踵落としをかろうじて避ければ、直撃した床に、俺の身体と同等以上の大穴。
しかも何だ、穴の周りにまるでカミナリみたいな閃光が迸っている。
ヤツの技…いや違うコレは…。
「エーテルの奔流か?」
「ジョー…」
「桜子っ」
ヤツに後ろを取られる訳にいかん手前、ポジショニングは常に桜子の前に居なければならない。
恐らく桜子にまで手は出さんだろうという希望的観測はあるが。
「大丈夫だ気にするな化物よ!そのメスからは悪意のエーテルは感じぬ!貴様一匹討ち取れば俺が英雄に近付くだけだ!」
「だってよ。桜子逃げとけ」
「何言ってんだジョー!「そうだ!」えっ」
「ッ!桜子ッ!!!」
気風の良い事言ったと思った束の間、目の前の英雄野郎はまた視界から消えたと思えば、その行き先を俺より後ろに変えた。
まるで何処を通ったかも分からぬ程に。
「ゴハッ……テメェ…!」
「反応が良くなっているな!!褒めてやろう!」
「要らねぇッッッ!!!!!」
「ジョー!」
後ろっ飛び。ギリギリで桜子の眼前に立ち塞がり、胸部に強烈な一撃。
心肺が一瞬止まった感覚に鞭を入れ、右腕を大きく振りかぶり、即座に下ろす。
形成された戦斧が、袈裟斬りに奴の右上半身を切り落とした。
「肉を切らせまくって……どうにか骨を断……っ!?」
「ウソ…」
だが、その身体の断面は、さっきの閃光を纏うと瞬時に再生し、元の筋骨隆々の大男を成した。成してしまった。
「…フム!!物の怪にしては見事な太刀筋!一つの試練に納めるにはちと勿体なさがあるな!!!」
「うるせぇよ……何が英雄だ大嘘こきがよ」
「ウソは吐いておらんぞ!!!貴様を殺す為に利用したに過ぎんのだ!!!分かるだろう!」
「……」
今までのヒャッハー系のモンスター共とは違う、ただただ俺の抹殺の為だけの思考回路。
そして、会話こそまともに答える故に厄介な、俺達を碌な生き物として認識していない感覚。
「さて!ではそろそろ一段速度を上げようか!!」
「ッ!」
全神経を集中する。奴の速度を捕らえるならば、先刻の様に攻撃のタイミングを狙ったカウンター、アレしか無ーーーーー。
「ーーーーガッ………」
「じょーーーーっ!!!!!」
桜子の声しか認識できねぇ程の、ただの痛みが鳩尾にある。
構える、集中する。その意識を働かせるよりも速く、ヤツは俺に、貫手と言える程の拳の一撃を喰らわせていた。
「…うむ!!!この位ならば倒せるか!!!程良い歯応えだった!!!」
「ーーーっ……(鎧が消えてる…エーテルが形状を維持出来なくなったのか…))
目に映るは天井。今ので青天向かされたのか。
何だコレ…今までと格が違い過ぎるだろ。
質が、おかしい。ココまでの怪物連中が、前座にもならない。
何より。
「(大見得切ってやってやるよって言って……俺はバケモノだよなんてクサい台詞言って……俺にはやる事があるんだなんて思うのが…)」
「では………死ねいッッッ!!!!」
最高にダサいと、後悔しながら。
せめて側の幼馴染だけは逃したいと。
「ヌッ!」
「…?」
思う俺の身体を、誰かに抱えられた。
六メートルの巨体の大牛男を、別の大牛男が抱えているのが、うっすらと分かった。
「桜子ちゃんも行くぞ!」
「えっ!?」
「二匹の牡牛、逃しはッ!!!…………ほう」
途轍も無い速度で、ヘラクレスから距離を取って行くのが、茫然とした意識の中、肌の感覚に現れていた。
「……このパターンで目が覚めるの、三回目か。今度は…あ、ウチだなコレ」
目が覚めれば、自室ではなく茶の間。
恐らく直ぐに起き上がれるだろうと高を括った俺の身体に。
「ってぇ……」
激痛が走る。全身がそこら中痛ぇ。
ミノタウロスの超回復すら、ヤツの攻撃は圧倒したという事か。
「ほれ飲め丈一」
「骨はイって無さそうだからカルシウムは………筋肉切れてるからタンパク質は取るか」
「……うむ。久しぶりのウチの一番搾りの牛乳美味いのう!」
牛乳瓶渡したら、自分の分を腰に手を当て一気飲みし、そんな事をあっけらかんと話すじいちゃん。
入院着じゃない姿も大分久しぶりに見る気がするな。
「……ふぅ。じゃあ、説明するぞ」
「漸くだな」
声色が変わったのが分かる。滅多に聞かない、真面目なトーンのじいちゃんの言葉。
本当に大事な時特有の、能天気さの無い音だ。
「アレがミノタウロスが堰き止めるべき本懐だ」
「ヘラクレスとクレタの牡牛ってのはセットだしな」
「最近の若いのはそういうのテレビ漫画とかテレビゲームで覚えるんか?」
「いいよ続き言って(テレビ漫画ってアニメの事か?)」
「……ラビリンスとは、あちらの世とこちらの世の狭間の迷宮。つまりどちらからも隔絶された地だ」
そうして、じいちゃんは一つ一つ、ラビリンスの詳細を、漸く語り出した。
おおよそは、俺と桜子が想像した事は正解で、どちらかというと答え合わせの様な物だった。
「地下が柔らかく、天井が頑強なのはまさしくあの空間を体現している。天上からの光が灯らぬ、深淵の迷宮闘技場よ」
「入ったらどちらかが勝つまで、二度と出られないコロシアムか……!初めて入った時、桜子が急に開けられたのって」
「うむ。バフォメットが死に、ミノタウロスがお前だけになった故だ」
「やっぱりか……待てよじいちゃん。さっきは何で出られた?」
ただの逃走。決着も着かず、向こうのヘラクレスは勿論、俺も辛うじて生きてはいた故、あの中には両方がまだ生存していた筈だ。
「何、簡単な事よ。あの中に居る怪物はお前とワシ、ミノタウロス一種故だ」
「!……ヘラクレスは本当に向こうの人間なのか」
「厳密には英雄というカテゴリーだのう。だが、ラビリンスに於ける厄災……台風の様なモノだ」
「あんなのが、毎年来るのか?」
「来る年もあれば、来ない年もある。それは両界のエーテルで決まる」
「両界って…?」
確かエーテルはこの世界では放射能並の猛毒だから、それを越させない為のラビリンスと守護のミノタウロスの筈……!
「まさか…」
「そうだ。放射能がエーテルにもなりうる。いや正確には、世に蔓延る悪意の感情が、エーテルとして形を為し、奴等化け物の持つエーテル体と干渉を起こし、侵略が始まるのだ」
「俺達が呼び寄せてるのかよ…!?」
問いには答えなかったじいちゃん。
自分自身でも何度も繰り返して来た問答であろうからか。
それでも、続ける他、道が無かったからか。
「……そして、こちらの世界の平和の均衡が、向こうからの侵略の総量に比肩し、特に此方側が危うくなる時、それを阻止せんと英雄、ヘラクレスが来る。こちらの、『魑魅魍魎が跋扈し、エーテルが乱用される世界』にな」
「だけどアイツにとっちゃ「たかだか試練の一つだ」ッ…」
「試練一つで世界を…向こうの世界を守り、此方の世界を滅ぼすのが、英雄なんだろうよ」
コレもまた、良く知ってる物言い。幾度となく、戦って来たんだろう。
若い頃からやってるなら、確かにそうだ。じいちゃんの若い頃なら、多分こっちの世界が……核だなんだで一番騒がしかった頃だろうし。
「とはいえ、ココ30年近くは出てこなかったんだがな。世相はこんな山奥の田舎にも影響を及ぼすもんだ」
「その影響は世界の命運の中心なんじゃねぇのかよ…」
「ああ、だから丈一、お前はワシの代行をしっかり果たしてくれたよ。ありがとうな」
「?」
代行…どういう事だよ。
好きにやれって言ったのはじいちゃんだし、鎧や斧の発現方法も説明したのはじいちゃんじゃんか。
「どうにか回復する目処は立った。ヘラクレスはワシがやる」
「!んなっ…じゃあ俺はじいちゃんが治るまでの繋っ…………ぎ」
「……」
見た事の無い目。テキトーでノーテンキな何時ものじいちゃんからは想像もつかない、此処から先はお前が出る場所ではないという目。
決して、共に戦おう等と思うなという、宣告の意が籠った。
「最初に説明したら、俺の事だからヘラクレスと戦えるまで鍛えて、無理に共闘してじいちゃんの足引っ張って……死ぬって。思ってたからの、説明不足か」
「丈一は、何時も察しが良くて助かるぞ」
「鎧と斧は、それ以外の奴の露払い用か」
「お前ならそこ迄は必ず届くと信じとったからな」
「ッ!………あぁ」
信じてるのも、嘘じゃない顔だ。
だけどそれ以上は無理なのも、確定している顔だ。
「丈一、お前はまだ若い。運命を受け入れても、囚われてはならん。今は無理でも、必ずヤツを倒せる時が来る」
「何だよ珍しくまともな説教とか…じいちゃんに似合わないだろ。つか……それを思うなら桜子をもう少し引き止めてやりゃ良かったじゃねぇか」
「それは…な」
「?」
俺の事とは逆に、何故か口澱む目の前の白髪の年寄り。
諭す様な眼差しから、悲哀染みたモノに変わるのを、俺は見過ごさなかった。
ーーーーーーーーーー
「ママ……何?」
ジョーの事が心配なのに、何でかママにリビングのソファに座らされてる。
それでもって、ママは私に何も言わずにだんまり。
なんなんだろう…こんな事してる場合じゃないのに。
「!…入って」
「紅葉……桜子ちゃん」
「えっ、久美お母さん…?何で?」
小さなノックの音が聞こえたら、入って来たのはジョーのお母さんの久美さん。
だけどその表情は、何時もの久美お母さんの朗らかな感じとは別で、凄く眉間に皺が寄ってる様な感じで。
「桜子ちゃん。早速ゴメンね……あら、とても綺麗なおっぱい…」
「えっ、ひゃっ!……あっ…あの…」
「久美。どう?」
「そうね紅葉……もう少し…」
「えっ…んっ…」
素早く、無駄の無い動きだけど、あっという間にワイシャツを脱がされて、少し嬉しい事言われたと思ったら、ブラの下…左胸の下の方に手をあてがわれちゃう私。
まさかジョーじゃなくてジョーのお母さんに先におっぱい触られちゃうなんて…じゃなくて。
「あんたも赤ん坊の頃久美の母乳うっかり吸ってた事もあるんだから我慢しな」
「ちょ、何でそんな情報今!じゃなくて。コレ何「あった」えっ!?」
おっぱい触って色々確認って、マンモグラフィーってやつかな。どうしよ。この歳で乳がんとかはやだな……病気のある身体じゃジョーがお嫁さんにもらってくれないよ…。
「紅葉……桜子ちゃん。目覚めてるわ」
「そっか…桜子。良く話すから聴きなさい」
「?」
色々説明してもらったけど、とりあえずママも、そして久美さんも、ジョーがミノタウロスになってた事を良く知ってた。
知らないフリをしてたのか、知ってて言わなかったのかはわからないけど、おじいちゃんの今日までの考えも含めて、説明してくれてた。
「ごめんね桜子ちゃん。初めてラビリンスに潜った日も、本当はおばさん分かってたの。でも、目覚めたのは丈一だけで、桜子ちゃんはまだだと思ったから……」
「そうだったんですね。目覚めるっていうのが…」
「守護を司る大牛人ミノタウロス……その大牛人を守護で在らせ続けるのが、鴉巫女。ハーピィよ」
「ハーピ…えっと、それって私も、変身するの?」
「若い子は想像力が逞しいわね桜子ちゃん。でも鴉巫女に変身は無いから安心して。ただ、鴉巫女にあるは一つ、治癒の羽根」
「治癒って……!もしかして…」
「桜子。アンタが初めて丈一君の変身を見て帰って来た時に、丈一君は鎧を発現した。その時に丈一君の身体を治癒したのが、覚醒したアンタの力よ」
あの、ジョーが必死に私を庇ってくれた時。その時は鎧の力で傷を治したのかなって思ったケド、そっか…私が…ジョーを…。
「(ジョーの…力になれたんだ。良かった
)あ、なら、もっと力になりたいもん!久美さん。ママ、教えてよ力の使い方!」
『………』
だけど、二人は何でか、口をつぐんだままだった。
「……」
ジョーへの、言葉を、いつも見たく、たくさん呟こっかなって、ベッドに寝転んでるのに、出てこない。
さっきの、ママと久美さんの話が、頭から離れなくて。
《桜子ちゃん。鴉巫女はね……大牛人を戦わせ続ける存在なの。それはつまり、貴女もずっと、ジョーの側で、大迷宮と共に居なきゃならないの》
それは大丈夫だよ。久美お母さん。私はジョーとずっと一緒に居られるならそれで良いから。
《そして、遥か昔から続いて来たこの御役目を、次代に継ぐ必要もあるのよ》
それも大丈夫です。私、ジョーの赤ちゃんならいっぱい産めます。原付のシートいっぱいに座れる位、お尻おっきいから安産体型です。
《斧田家と戸松家は代々そういう家系だからね。久美もウチの遠縁なんだ。アンタらにはもう少し後で教えたかったけど》
それもわかってるよママ。だから久美お母さんはジョーに、今のうちに沢山青春しなさいって、妙に促してたんだものね。
ここまでは、大丈夫。
ここまでは、ちゃんと受け入れられる。
だけど…。
《それでも桜子、アンタには、どうしても辛い事が、一つ、有るよ》
《心して聴いてね》
それは…。
《鴉巫女は、大牛人を『大迷宮の守護で在らせ続ける存在』その意味はね………例え大牛人が死の淵に立とうとも、治癒の羽根で回復し続けて、戦わせる必要があるの》
その言い方は、ただ治すって訳じゃなくて。
《例え勝てぬ戦になろうとも、例え死が見えていようとも、敗北だけは決して許されないのが、大牛人…ミノタウロス。そしてそれを立ち塞がらせ続ける役目の鴉巫女…ハーピィなの。つまり…》
「傷付くジョーを……何度も何度も治して、立ち向かわせるのが………私なん………だ」
ジョーは、治りが早いねなんて。
ジョーは、元々力持ちでもっと凄くなったねなんて。
ジョーは…ジョーは私をちゃんと守ってくれるんだね………なんて、勝手に思ってたけど…違くて。
「私が……無意識に守らせてた…だけなんだね………っ……っ……うっ…うぅぅ……」
枕に顔を付けて、鼻水と涙が、沢山出て来た。
顔がどんどんぐしゃぐしゃに濡れてくのが分かったけど、どうでもいい位に、沢山声を漏らした。
ーーーーーーーーーー
「斧田君、そこ……赤じゃなくて青なんだよね」
「!あ…わり…ボーッとしてたゴメン…」
文化祭まであと五日。装飾を担当する入場門のペンキ塗りを、休み時間の合間を縫って、玉野と二人、少しずつ進めてく。
今の俺にとっちゃ、コレが最もやるべき事だしな。
「やっぱり、おうちの事忙しいんじゃ?」
「大丈夫だよ気にすんな。寧ろ暇になって気が抜けてたんだ。ゴメンな。乾いたら白塗って、その上から青塗ればリカバリー効くか?」
「うん……」
せっかく自分から立候補して、それで足引っ張ってたら不審がられるよな。
まぁ正直色塗りってのは得意作業じゃないんだが、やれる事はやらねばだ。
「(やれる事…か)」
「斧田君は、何で立候補してくれたの?」
「ん?あぁ……出来そうな目処がついたからさ」
目線は合さず、手を動かしながら、言葉だけ交わす俺達。
玉野からしたら、訝しさは抜けないだろう。
「そっか。斧田君は、器用だね。やりくりが上手いっていうか。実家で酪農の仕事してると、そういう要領とか感覚を覚えられ……て喋りすぎたよね!オタクがキモいやつでゴメン!」
「勝手に人をキモがらせるなよ」
「あっ…確かに」
「まぁでも、そう…思ってはいただろうな。要領良く生きてかないと、コレから先、家業継ぐにしたって回らないから、何事も、上手くやろうとはしてたよ」
「斧田君…?」
「だけど…だけどさ。そういうのって、大人にはなんだかんだで皆バレてんだよな。結局ガキってのは、いつまでもガキで、どういう道を行こうとしてるのか、おおよその道筋は決められてて、それを、自分で選んだ気になってる……だけなんだよな」
何を愚痴ってんだろうなとは思う。
だけどこの高校でも碌に友達の居ない俺からすると、家族でも、幼馴染でもない、何でもない間柄の玉野には、楽に話せてる気がした。
口が、滑ってるんだろうか。
「……僕には難しい事はちょっと良くわかんないかな」
「悪い。今から手だけを動か「だけど…」?」
「道。は決められてたとしても、実際に歩き出したのは、斧田君の意思…ってのは、変わらないんじゃない……かな?」
「っ………」
思わずそっちを見る。玉野はペンキ塗りに集中したままだ。
大事な、大事な巨大な一枚絵を、しっかりと完成させる為に。
その目は、今の俺なんかより、強い意志が篭ってて。
「僕もホラ、色々揶揄われたり、オタクって馬鹿にされるけどさ。それでも、絵を描くのは辞めたくなくて。なんか、人に言われて辞めるのって、後悔しそうじゃない?………ってまた語り出したオタクでゴメン!」
「良いよ。語ってくれよ。つか、俺もガソプラとか作るからまあまあヲタクかもしれんぞ」
「そうなんだ!……ゴメン!僕あのシリーズ、アニメだけ見るタイプで、ガソプラは作らないんだよね!…」
お、おうそうか……ちょっと勇気出して言ってみたんだが、一重にヲタクといえど、中々混じり合わないものよな。
「良いよ。俺も同じだ。周りに人が居なくても、趣味で続けてる。てか玉野、意外と頑固だったんだな」
「意固地な所無いとオタクはやれないよ」
初めて見るようなドヤ顔だった。
だから、佐野達に絡まれてた時も、最後まで首肯はしなかったのか。
心が、強いな。
「でも、斧田君も戸松さんと必ず毎回帰ってあげてて、頑固だよね」
「っ……何で知ってんだ」
「結構有名だけど…?」
「マジか…」
この間佐野も言ってたけど、俺と桜子の関係は大体知れ渡っているのか。
まぁ訳を述べた所で、状況証拠だらけで何も反論出来んしな。
「絶対に戸松さんが来るまで待ってるし、一人で帰らないよね。そういえばこの間も、撒いてる風で後を追わせてたね」
「!オイ、それを知ってるのはこえーよ」
「あっゴメン!実は美術室からだと…駐輪場から坂の下までの動き、良く見えるんだ。斧田君のバイクの音特徴的だから、結構目に入って」
マンティコア戦。鎧が発現した時、俺は桜子の原付が後ろに居たのは勘付いてたが故、撒きつつも帰り道だけは誘導する。という高難度クエストを行っていたが、やはり何処かで見られているものらしい。
「小っ恥ずかしいにも程がある…」
「だけど斧田君も、僕の絵をちゃんと見てくれたじゃないか」
「良い絵だろ。お前の風景画」
「ありがとう……そういう感じなんじゃない?やりたい事って、多かれ少なかれ、誰かしらに決められてて、見られてるけど、実際にやるのは本人しかいないんだから………ってめっちゃ語ったオタク過ぎてホントに気持ち悪過ぎるよねゴメン!!!!」
とうとうこっち見て謝った玉野。
慌てて拭ったペンキが鼻に着いてる。
だけどなんとも晴れやかな表情で、目の前のやりたい事に向き合ってる顔だった。
「あ、ジョー……あのさ」
「帰ろうぜ」
「うん…」
七割方終わったペンキ塗りを後にして、今日も駐輪場に。
桜子も自分のクラスの文化祭の準備が終わって、今来た所みたいだが、その顔は浮かなくて。
「いや、ちょい寄り道してくか」
「えっ?」
「何の為のバイク通学なんだっつーな。家と学校の往復だけとか勿体なさ過ぎる」
「チョコバナナクリームと、ミルククリームブリュレ一つずつで」
「はぁいかしこまりました〜」
若いバイトのお姉さん……では無く、田舎のパートのおばちゃんが、声高らかに答える。
学校から、バイク走らせて十分弱。
市街地に出て、昔からある、そこそこの大きさのショッピングモールに来た俺達。
フードコートのクレープ屋で、好みの物を注文する。
「ジョーお金」
「今日は小遣いあるからいいって」
「……ありがと」
「にしても久しぶりに来たけどココ、学生多いな」
「みんな暇潰しに寄ってるもん」
「そうか…」
放課後の買い食いなんて久しぶりにも程があるから、そういう事情も初耳だらけだ。
まぁ、コレが普通の高校生なんだろうな。
「息苦しくて仕方ねぇな。上行くか」
「わー…ココまだ開いてんだね」
「それな」
屋上の休憩スペース。
昔はミニ遊園地みたいな物があったそこも、今はベンチが数箇所のみだ。
とはいえ座れるし、人も居ないから、それが良い。
「いただきまーす!……うんおいし!」
「ん……思ってたよりミルクが美味い」
「お、乳牛屋さんも認めるクオリティーだ」
「チープさが最近のクレープはあんま無いんだな」
「ていうかジョー、私の好きなやつ覚えててくれたんだね」
「まーな。どーせ昔のまんまだろ」
「あー、ジョーだって一緒のクセに〜」
「へっ」
少し沈んで来た夕日を見ながら、初夏に食うには中々適したアイスクレープ。
とりあえず二人、アイスがデロデロになる前にそこだけ黙々と食べ切る。
そのタイミングで、桜子が声を出した。
「……あのさ、ジョー、ごめ「ありがとうな」えっ…」
「ありがとな。桜子。ケガ、治してくれて」
「違っ……そうだけど、そうじゃなくて…」
「大丈夫だ。昨日じいちゃんから聞いてる。その、鴉巫女?ってのの事も」
「じゃあ!」
勢いよくコッチ振り向いた桜子。
眼に浮かんだ滴が、夕日で照らされてるのがわかった。
「そういうモンなんだから、桜子が気に病む事じゃねぇよ」
「でも…でもさ、ジョーは…」
「俺なんかじいちゃんからしたら、まだ仔牛扱いだし。そんな直ぐにどうこうって訳でも無いしよ」
「だって…私の……役目からしたら…」
気に負ってる顔。
いつもの明るさは何処へやらだ。
ふと、思い出す。こんな顔の桜子を見るのは、いつ以来だったかと。
確か…そう。
「丁度、ココで迷子になった時以来みたいな泣きベソかくなよ」
「ジョー……覚えてるの?」
「まぁな。ていうか、来た時にはっきり思い出した」
〜〜〜〜〜
「えっ?さくら子いないの?」
「そうなのよー。ゴメンねじょうくん。あの子おっちょこちょいだから〜」
小学校入って直ぐ位か。桜子の母さんにココに連れて行って貰った時、メダルゲームのコーナーで両替か何かしてたら、モノの見事に方向音痴を炸裂させて、迷子になった桜子だったんだよな。
「ぼくさがしてくるよ」
「大丈夫よ。じょうくんまではぐれちゃったらおばちゃん心配だから」
「…でもさくら子、ふあんだと思うし」
「あら…ありがとうね」
とっとと駆け出した俺。桜子の母さんが、平気なフリして物凄く心配してたのが、この頃からなんとなく分かってたんだろう。
だからさっさと見つけてやりたいって。
何せ、俺自身も不安だったから。
「うっ…うっ…」
「見つけた」
「あっ!じょー…」
「なんでお札のりょうがえしてたらおく上に行くんだよ」
「まどの外に、かわいいパンダちゃんが見えて。でもメダルじゃうごかなくて…」
「すぐかわいいモノにつられるな、お前」
動くパンダの乗り物に乗れなくて、帰り道も忘れて隅っこで泣いてた桜子。
そんな悪態ついて、呆れる様な素振りをしてた俺。
だけど、その時、その桜子の姿を見て俺は。
「だって…じょーといっしょにのったらたのしそうだから…」
「………わかったよ。おばちゃんにたのんで乗せてもらおうぜ」
「うん!」
コイツの側に、いてやらなきゃならないなって、子供心に、強く思ったんだ。
〜〜〜〜〜
「だから…使命とか、ミノタウロスだとかハーピィだとか関係無く…お前が居る所に居るって、昔から決めてんだよ。俺は」
「だって……ずっと…なんだよ?」
「桜子は嫌なのか?」
「!……その言い方は……ズルいよ。ジョー……」
浮かんでた滴が、滝みたいに溢れ出して、何滴かクレープに掛かった。
塩味になっちまうぞなんて思いつつ、落っことしそうになるクレープを支える俺。
「ズルくて良い。お前の前で、幾らでも戦ってやるよ。一番に、お前を守れるからな」
「ッ………ばか……ばかじょーー……!」
俺の胸に凭れ掛かって、ヘロヘロなパンチで肩を叩く。
小刻みに震える背中に、そっと手を回して、ゆっくり摩った。
「大好きだよ……ばか」
「ああ。俺もだよ」
「どんくらい好きか、わかってないでしょ?」
「いや、そりゃ…」
返答に戸惑う俺。思わず手に力が篭って、残りのクレープが圧縮され過ぎて固まる。
そんな俺の眼を、顔を上げて真っ直ぐ見て一回大きく息を吸うと、桜子は。
「ジョー……ぶっきらぼうに見えて優しい所が好き。人の気持ちを大事に考えてあげる所が好き。何でもかんでも背追い込んじゃうとこが心配だけど好き。ちゃんと毎日一緒に帰ってくれる所が好き。とっても力持ちで沢山色んな人手伝ってあげるのが好き。カップラーメンに唐揚げ入れちゃうのが好き。朝ご飯にシャケとウインナーと目玉焼き全部食べちゃうのも好き。ちょっと伸び悩んでる身長気にしてるのが好き。でもそんなのどうでも良いくらいおっきい心のジョーが好き。そんなジョーの事毎日考えてるの私。ジョーがいつでも私の事大事にしてくれるから、私もジョーの事大事にしてあげたいって。だけどこんなお役目っての知ったら、大事に出来ないかもしれないのに……それなのに……一緒にずっと居てくれるって言ってくれるジョーが………大好きなの……ジョー…大好き…」
「………」
「ごめん……私ホントはこんくらい沢山色々想ってるの、毎日。いつもジョーの事考えてるの……なんか重いよね。ゴメン「一人で言いたい事だけ言うなよ」えっ…」
それだけの事を、言ってくれた桜子。
だから俺も、昔から思って来た事を、この際だ。ちゃんと伝えようと思う。
「桜子。笑った顔が好きだ。誰にでも隔てなく優しい所が好きだ。ノーテンキなフリして、ちゃんと人の気持ち考えてる心が好きだ。時々テストの点負けてるのは悔しいけど、勉強頑張れてる所が好きだ。正直、その大きい胸も好きだ……ってのは置いとくにしても、何よりずっと、俺の事を見てくれてるのが好きだ。身体にケガ無いかとか、疲れてないかとか、いつでも心配してくれてる所が好きだ。それでも毎日笑顔を絶やさないけど、それが俺の生きる力になってる。それが無理してんじゃねぇかとか思うけど、悟らせない様にしてるのが、健気で好きなんだ。ありがとうな桜子。俺の為に、何時も桜子で居てくれるお前が、俺は大好きだよ」
「!…ジョー……」
俺も、勢いに任せて言ってみた。
だけど、幾らでも言葉は、沢山出て来た。
まだ伝え切れてない程に、止め処なく。
そりゃそうだ。十数年の想いが、そう簡単に止まる訳は無いのだから。
「俺も…こんくらい想ってるよ。桜子」
「そうなんだ……えっち」
「お前も筋肉だ身長だ言うじゃねぇか」
「えへへ……でも良いよ。私にだけならどれだけえっちても」
その胸に手を当てて、そんな事を言う。
揶揄ってる様に見えて、まるっきり冗談にも聞こえないのが、コッチの鼓動をやたらと早める。
ただ、その前にもう一つ。
「あと……唐揚げ、何時も美味いの、ありがとうな」
「えっジョー、それって「流石にお前の手料理な事位、知ってるよ」………そっか。バレてたんだ」
「味付けが俺向け過ぎる」
「そりゃだって、ジョーの為のだもん」
「だから…そういう所も、好きだよ」
「んっ…」
夕焼けが、丁度ショッピングモールの影に隠れる。
そのおかげで、俺たちの重なる影は、誰にも知られる事は無くて。
ただ、お互いが触れた唇だけが、重なっていた。
ーーーーーーーーーー
《2国間での緊張は一層高まりを見せており…》
翌朝。いつも通り早く起きると、朝のニュースが今日も世界情勢を伝えている。
こういう世の中の不安定さが、あの恐ろしく強い英雄野郎を呼び寄せてる原因なのか、俺には良く分からんが、手の届かない所の話に、首を突っ込んでる暇は無い。
「よぅしおはよう!」
【ンモォ〜!】
【ンン〜】
「ちょっと待ってろー。トイレ掃除しちゃうからなー」
顔洗って水色のツナギに着替え、長靴履いて、牛舎に迎えば、ちょっと牛達のトイレがクる匂いだから、さっさと排水溝を開けて掃除から始める朝である。
そんな中でも牛達はお構いなしに蓋に脚を乗っけて来たりするから。
「よっと」
【モォ……?】
500kgの巨体の脚を、ちょっと持ち上げて退かさせてもらった。
「悪い。今週は朝ちょっと忙しいからな!」
「ちょっと丈一アンタ!「しゃーない。出来るならやんねーと!」……」
「今牧草持ってくっから待ってろ〜!」
堂々と母ちゃんに目撃されたが。もう取り繕う必要は無い。
元から知ってるからとかでなく、別に一々隠さなくたって良いんだ。
俺に出来る事を、俺の意思でやろう。
それを決められるのは、俺だけなのだから。
「で、ジョー、どうするの…?」
「ん……とりあえず、毎日体調を万全にしておく」
朝飯もたっぷり食べて、桜子と共に登校途中の信号待ち。
心なしか前までより近い位置で、俺のバイクの隣に止まる桜子に少女気恥ずかしくなりつつも、俺は、一つの考えを、頭の中で纏めていた。
じいちゃんから聞いた、ヘラクレスという英雄についての、四箇条。
①先ず、ヤツが現れると、他のモンスター達は気配に慄いて、ラビリンスに侵入する事は無くなる。つまり次の襲来も絶対にヘラクレスであるという事だ。
②一方で、ヤツの襲来は今までのモンスターの様に、現界への影響で分かることは無い。だから今はじいちゃんが、歴戦の肌感覚で、あれからずっと、ドアの向こうで二度目の襲来を張っている。
③ヤツの狙いは十二の試練が一つ、クレタの牡牛、俺達ミノタウロスの討伐であるが故、気紛れに直ぐに来る事もあれば、最後の試練に回す事もあるという。コレはつまり、絶対的な自負の現れ。
④そして、奴は『モンスター』ではない。つまり、ラビリンスの軛に囚われず、ミノタウロスを討つ為がだけに、現界に現れる危険性がある。
「……また、あのめちゃくちゃ強いのと戦うの…?」
「ん」
学校に着いて、駐輪場から玄関までの道すがら、不安な声色になる桜子。
この間のアレは、見てる方が痛々しかっただろうし、再戦を望む俺は、ただリベンジマッチがしたいだけにしか見えないだろう。
「で、でも、ジョーが頑張るなら私も「じいちゃん、多分差し違えて死ぬつもりみたいだからさ」!えっ…」
「正直、初めて俺が変身した時も、ただのモンスターにさえ一杯一杯だったんだ。それがヘラクレスなんて、普通ならまともにやったら死ぬ。それでもあの時アレだけ動けてたのは、生命削ってんだと思う」
「そんなに……なら私が!私がやるよ!ジョーのおじいちゃんの回復が出来れ……あ、そうだ…」
「あぁ。桜子も母ちゃんと紅葉おばさんから聞いたろ」
大牛人と鴉巫女は、番同士でしか力を与えられん。なんて厳かにじいちゃんは俺に教えてくれた。
今思えば、桜子と二人、じいちゃんの見舞いに行った時の、あの何かを悟った様な顔はこの事だったんだろう。
「じゃあ………どうすれば良いのかな?」
「ん。それは、もう決めた。ーーーーっ」
悩む桜子に、耳打ちする。
その俺の一つの案に、桜子は。
「…ふぇっ!?」
漸くいつもらしいアホなリアクションで、驚いてくれた。
後はただ。
「文化祭の準備、きっちり熟しとかないとだな」
ーーーーーーーーーー
「よ、よーし!私も頑張ろ!」
「どうしたのさっちゃん?」
「あ、あははゴメンね楓ちゃんなんでもない…」
自分のクラスで一人勝手に奮起したら、楓ちゃんに心配されちゃった。
言い忘れてたけど、私のクラスはフライドチキンの屋台で、私は揚げる係。今日は最後の試食の時間なんだ。
ちなみに唐揚げとフライドチキンの違いは、お肉に味を付けるか、衣に味を付けるかだよ〜。
「…なんか、今日のさっちゃん元気だね。斧田君となんかあった?」
「ふぇっ?な、なんでジョーなの」
「うーん、友達の勘?」
「そうなんだ……えっと…ね、実は…ジョーと、恋人同士に…なれたんだ」
「!」
驚いた顔の楓ちゃん。あんまり恋バナとかしないから、ちょっといきなりだったかな。
なんて思った私の想像とは違って。
「まだ…付き合って無かったんだ!?」
「えっそう見えてたの!?」
「そりゃそうだよ〜毎日一緒に帰るしさ〜!」
「あっそっか……」
普通はそういう風に見える関係なのかな。
でも漸く、誤解でもややこしく見えるわけでもなくて。堂々と付き合ってるって、ずっと一緒の仲だって言える様になれたのは、大きく一つ、前進だよね。
「幼馴染から恋人になるってどんな感じ?」
「そ、それは…」
「すっごい気になる…!」
楓ちゃん恋バナだとグイグイ来るタイプだったんだね…うーん、ちょっと一旦ここは退散。
「キッチンペーパー足らないから家庭科室から取ってくんね〜!」
「あっ!」
「そっか楓ちゃんは恋バナ好きだけど抑えてるタイプだったんだ…!」
ふーって一息吐いて、家庭科準備室の近くまで小走りで来た私。
すると、前から女の子が一人、歩いて来る。
スラッとしたスタイルで、私と真逆だなぁなんてちょっと羨ましく見惚れてたら。
「……アンタ、斧田の幼馴染だよね」
「?…あ、確かジョーのクラスの子…?」
「ねぇ、斧田、佐野に何したん?最近全然アタシ等とも話さないしでずっと一人でさー……」
「私に言われても…?」
困るけど、なんだか不安そうな感じ。
でもジョーの事だから、何か考えがあって、行動に移したのかも。
「アイツ他人の事に首突っ込み過ぎなんだよ。ウザいわ……ボッチはコレだから呑気だよな…」
「呑気……でも無いよ」
思わず言い返しちゃった。
目線がかなり高いけど、でも逸らしたくはなくて。
「何、幼馴染だから庇うんだ」
「うん。幼馴染だし、大切な人だから。でも、ジョーは、首突っ込みたくない事でも、突っ込む人だから、呑気に見てるだけってのは、絶対にしないよ」
「っ……あーウッザ。もういいや、アンタ等とアタシ等じゃ生きてるトコ違うみたいだわ」
そう言って、去っていったその女の子。
多分、言ってる男の子の事が好きなんだろうな。
好きな男の子の事が心配になる気持ちは、私も凄く分かるから。
だって、私の好きな男の子は、自分以外の皆を心配してるのだもの。
「〜〜!出た!ママ、コレ!?」
「そうよ。それが鴉巫女の治癒の羽根。そのエーテル結晶体」
放課後は、ジョーのおじいちゃんに頼んで、ラビリンスのドアの直ぐ向こうで、ハーピィの力の使い方の練習。
ミノタウロスの気配が無ければ、ヘラクレスは来ないらしいから、今のうちにママから徹底的に羽根の結晶の仕方を教えて貰う。
ジョーのおじいちゃんには、まだそんなに焦らなくて良いって言われてるけど…。
「(ジョーの目的の為にも…早く使える様にならなくちゃ…!)えいっ!……アレッ?」
「大き過ぎよ……そんなの維持出来ないでしょう」
「あはは…ゴメン…」
ーーーーーーーーーー
「フッ…はっ!!……何が正解か、よくわかんねぇな」
牛舎から離れ、山を降りての住宅地近くの公園。
というのも名ばかりで、特に遊具も無く芝生が広がっているそこで、俺は明け方に一人、木樵の『斧』を振っていた。
とにかく速く、斬撃を加えられる様に。
「軽々しく振れるとはいえ…当たらなきゃ意味が無い。何よりヤツの超スピードだ…」
再生能力と、速度の化け物というヘラクレス。攻撃を当てるのは容易では無いだろう。
恐らく、完全に追い付く事は直ぐには無理だ。ならばやはり、ヒットするその瞬間の、瞬発的な速度だけでも合わせられる様にならなければ、勝機は無い。
「瞬発…ダッシュ……ん」
「ッ………ッ…」
「あれは……佐野?」
だだっ広い公園の反対側に、ランニングする人間の影が、うっすらと登って来た朝日に伸びる。
上背と少しチンピラ染みた外見が、奴だと知らせた。
「ーーッ!………ハァ…」
「練習…してんのか」
ランニングから短距離ダッシュの繰り返しに切り替えた佐野。
少なくとも、この間迄の、やる事もなんも無さそうな奴には見えなかった。
と思ってたら、コッチにダッシュして来て。
「ッ……?…!うわぁっ!な、やべ…!」
「あーちょっと待て佐野!通報すんな!」
「!?…斧田…?」
薄暗がりの中佇む俺を注視してたら、恐らく斧持ってるヤバい奴だと思ったのだろう。
慌てて走り去ろうとした佐野を引き止める。
交番でも行かれたら、堪ったもんじゃない。
「キコリの練習ってなんだよ?家でやれよ」
「家は…斧禁止なんだよ。牛に当たったら大変だろ?」
「はぁ……」
我ながら無理のある釈明だが、取り敢えず冷静になってくれた様で何よりだ。
それにビビリっぱなしじゃ、陽キャの沽券に関わるだろうしな。
「つか、お前も早いのな」
「っ…うるせぇ。遅れ取り戻すならこうするしかねぇんだ」
「成程。大体一緒か」
「何が「ん?俺はバケモノパワーの勘」!……この間は、その……言い過ぎた」
「それは良い、お前の悲鳴聴いてトントンだわ」
「お前な…」
「トントンなんだよ。俺もお前とは別方向でイキってただけだし」
まぁ他所に迷惑掛けてないから、正直俺の方がマシなイキりの気もするが、視野狭窄に陥って行きがちなのは、調子乗ってる奴の共通項だ。
そしてこうやって、一人で身体動かしてるのも、それを振り切ろうとしてる奴の、共通項だ。
「フン…調子乗らねぇと、下がった時上がる気にならねぇだろ」
「…おぉ、考え方が調子乗ってんな」
「てめぇ…」
「いや、素直に感心してる」
「お前、本当に掴み所ねぇヤツだな」
「掴む方で忙しいからな」
しがみついてでも、倒さなきゃならない相手が居る今なら、尚更だ。
そう、しがみついて、喰らい付いて、守るだけでなく、攻勢に転じなきゃならない。
その為に必要なのは…初速。
「何の話「佐野、トントン次いでにスタートダッシュ教えてくれ」はぁ!?何でお前が……ッ……わーったよ」
「助かる」
悠長な事言ってる時間は無い。
今の俺は、備えられるモノは全て備える必要がある。
それから四日経ち、その間ヘラクレスの出現気配は無く、文化祭当日を迎えた。
俺は今日だけは朝の餌やりを休み、玉野達装飾委員の手伝いに赴いていた。
文化祭というのは朝から誰もが何処かしかソワソワしている。そんな空気感が学校中に漂う、数少ない日だと思う。
「出来たな、玉野」
「うん!斧田君が手伝ってくれたお陰だよ」
「俺はあの隅っこ少しだけやっただけ………いや、どういたしましてだな」
「ふふっ」
隅っこ一つやっただけでも、やったからこそ完成したという、結果に繋がっている。
小さなピースが大きな一枚に、途轍もない影響を与える……のは、全てに共通するのだろう。
「よーし釣り上げるぞーーー!!」
『オーーー!!』
掛け声がかかり、巨大看板にロープが括られ、屋上から引っ張り上げられる。
人力で上げるのが何とも学生らしいといえばそうだが、作ったモノが大きく掲げられる瞬間は、中々満足度が高………!!
「?…なんか軽くね……あぁッ!!??」
「やべ切れたぞ!!!落っこちっから皆逃げろーーー!!!!」
「わぁっ!!!」
「キャーーーッ!!!」
既に校舎の4階近く、12メートルはある高さから、4メートル四方の巨大看板が落下してくる。
まだ人が居るし、巻き添えが出る。となれば、もう。
「斧田君逃げ…………!!」
「…大丈夫か玉野」
「えっ…と…?」
手を伸ばして受け止めるより、他なかった。
まぁタッパが余りない俺だから、屈んでる生徒からしたら空間に然程余白は無いんだが、それでも当たるよりマシだろう。
「マジかよ……」
「あの巨大看板100キロ以上あんだろ……」
「斧田がとんでもねー馬鹿力なの、マジなんだな…」
「(ま、遅かれ早かれだしな)
学校で取り繕うのもそろそろ限界か。
果たしてこういった小さな不安の積み重ねを、奴が嗅ぎ付けて来るのか。
ヤツが来る様になると、世の中不安定になるのかは分からないが、兎に角バランスが崩れ出したと思った。
「!…………」
その矢先、肌に、強烈な『感覚』。
この間の嫌な気分を思い出させる直感。
モンスター共なんて比較にならねぇ、重圧みたいなヒリつき具合。
つまり、ヤツが、来た。
「よっと。玉野、あとよろしく」
「へっ?斧田くん!?」
「ちょっと忘れもん取りに帰るわーー!」
「あっ!」
取り敢えず看板だけ地べたに寝かせて、後は振り返らずに走り出した。
玉野にフランクフルトと焼きそば買っておいてもらおうか悩んだが、戻って来られない可能性も考えて、止めておいた。
勿論あくまで、時間内という意味での話だ。
「良くわかんないけど、ありがとう……斧田くん」
「楓ちゃん!私少しトイレね!少しだけどめっちゃ長いからゴメンね!」
「あっ!うん!えっどっち!?」
「じゃあねー!」
学校から家までの道を、原付2台でぶっ飛ばす俺達。
朝登校してから全然時間経ってなくて、暖気運転し直さなくて良かった、なんて呑気に思う。
其処に、ハンドルにセットされたスマホへ一件着信。じいちゃんだった。
『…丈一、分かってるとは思うが「行くよ」
バカモン!!!』
「運転中でも分かる位の大声出すなよ……だってじいちゃん、どうせ差し違えるつもりなんだろ」
『それでいいんだ。ココでヘラクレスを打倒すれば、向こう五年は安寧だ。その間にお前は桜子ちゃんと力を付けろ』
「じいちゃん死んじまったら安寧もクソもねーよ」
『………お前の父親はそう息巻いて命を落としたんだ……!!』
「!」
一瞬前の赤信号で止まりかけ忘れ、つんのめり気味にブレーキを掛けた。
よもや電話越しで父親の死の真相を明かされるとはという話だが、案外と素直に飲み込めていた。
『丈一、ヘラクレスはミノタウロスに覚醒して間もない者に打倒出来る存在ではない……とにかく今は耐えて、力を付けろ』
「……じいちゃん」
『なんだ』
「俺は別に、じいちゃんと一緒に戦わないぞ?」
『む……?』
「じいちゃん、俺に美味しい所だけくれよ」
『………はぁ?』
耳の遠い年寄りの、テンプレみたいなリアクションだった。
ーーーーーーーーーー
「だから、じいちゃん多分ヘラクレスを道連れにする系の技使うんだろ?」
「むぅ……そういうのやっぱりテレビ漫画やゲームで覚えるんか」
「まぁそうだよ。今覚え易いんだ。てのはほっといて、それで後を託されても困るっつー話だよ」
旧牛舎まで着いて、じいちゃんと落ち合う。
一人で行かず、待ってくれてるのはありがたかった。
少なくとも、孫の話を聞いてくれるだけの猶予はあるらしい。
だから、年寄り相手にはあんまり笑えない言い草の、作戦を一つ提案する。
「それでお前はどうするという」
「俺一人じゃヘラクレスにはまだ勝てないし、共闘しても変身時間で脚引っ張る。でもじいちゃん一人じゃヘラクレスと痛み分けだ。なら、じいちゃん、死ぬギリギリまでヘラクレスを削ってくれ。そしたら最後の一撃を俺が決める」
所謂の、ラストアタックボーナス泥棒作戦。
しかし現状、俺もじいちゃんも死なない為の戦略は、コレしかない。
「………」
「おじいちゃんお願いします。ママから聞いて、番じゃない大牛人にも、ある程度の治癒は働くって聞きました。凄く難しいとは思うんですけど、でも……私もジョーもおじいちゃんも死んでほしくないから…」
「頼む。じいちゃん」
二人して頭下げた。
番になって、いつか俺達の晴れ姿を見せられるとするなら、絶対その時はじいちゃんも居た方が良いに決まってんだから。
「…まったく、年寄りをコキ使いおってからに」
「!じいちゃん…」
「少しは鴉巫女を…桜子ちゃんの前に立てるだけの面構えになったな丈一」
「ん。その為の、止めの一撃、入れる為だけの練習は、積んできたよ」
「そうか。では………やるか!」
『うん!』
気持ちが纏まる。
決戦を迎える俺達。
ココを乗り越えて、全てが終わる訳ではない。
だけど、乗り越えなければならない大きな山を越えなければ、明日から先は、来ないんだ。
「……居たか!!クレタの牡牛よ!……む、前回若牛を横取りして現れた老牛だな!!前回は良くも邪魔してくれた!!!!早速殺そう!!今度は直ぐに殺せる姿、貴様と同じ体躯でしっかりと殺してやろう!ケダモノよ!」
「朗らかに……殺意を向けるな小童ァァァァ!!!!」
「ッ!!!!」
「すげぇ気迫だ…ヘラクレスまで巨大化…それでスピードはそのままかよ」
「うん。良く見えてる!」
ドアの直ぐ向こうから、二体のエーテル奔流を情報化して感じ取る桜子。そして隣の俺がその手を繋ぎ、同調する。
大牛人と鴉巫女にはこういうリンク能力もあるらしい。
そんな遠隔からでも分かる程の気迫とエーテル量が、脳内を圧倒していた。
「凄まじいパワー!凄まじいスピード!!!素晴らしく楽しいなぁ獣よぉ!!!」
「しゃらくさいィィィ!!!」
「ぬうん!…ハッ!!!」
「グッ…せぁぁっ!!!!」
ミノタウロスと同じく巨大な、ヘラクレスの拳打の応酬をガードし、攻撃の一瞬の間を捉え、脚を掴み、地面に叩きつけるじいちゃん。
しかし直ぐに起き上がるヘラクレスは、跳び回し蹴りでミノタウロスの脇腹へミドルキック。
そのヘラクレスの顔面に打ち下ろしのエルボーを叩き込み、撃墜すると、地面に掌底を落とし、俺が以前ゴブリンにした時と同じ、地割れからの地中牢獄に封じ込めた。
無論、その速度は俺の数倍は速くだ。
「ぬうぅんっ!!!!」
「セェェーーーイッ!!!」
「!」
その封印を更に速く破壊し、脱出するヘラクレス。
しかし出た所をじいちゃんが斧で一刀両断。更に横薙ぎにし十字に切り裂く。
だが。
「ぬぬぬぬぬぬぬ…………ムムムム……フフフハハハ!!!!!!」
「この…相変わらずのバケモノが…!」
「化け物は貴様であり!!俺は英雄であるッッ!!!」
四分割しようと、直ぐに結合し再生。
更に速度を上げ、ミサイルの様な飛び蹴りを打ち込んで来るヘラクレス。
「シェアァァ!!!」
「ぐうぅッ!!」
「ああっ!おじいちゃんが!」
「……」
==========
「じいちゃん、ヘラクレスのあの再生能力、どうすんだ」
桜子の鴉巫女の話を聞いた後、俺はヤツを倒す際の最大の障害となるであろう、再生、不死の様な能力への対処方法が疑問になっていた。
「うむ。それはな……」
「再生不可能にまでバラバラにするとか、跡形もなく蒸発させるとか、そういう系か?」
「先に言うな。本当にテレビ漫画やゲームで知識ばかり仕入れおって」
「やっぱりそうか」
「まぁ、そんな所だ」
「?……」
少しだけ、何かを言い淀んだ気がしたじいちゃん。
恐らくはその攻撃に、自分の命を引き換えに出す必殺の威力があるのだろうと、その時の俺は思っていたのだが。
==========
「………フッ!」
「むう!?」
蹴りの勢いで後退られた反動から、そのまま反転。ヘラクレスを背にして走り出すじいちゃんのミノタウロス。
「持っておれよ……ワシの体力ッ!!」
「小癪!下劣!!!敵に背を向けるか醜き老牛よ!!!!」
「何とでも言えい!!!!」
猛牛の如く、ラビリンス内を爆走するじいちゃん。
何十年という使命をこなして来た、自分の庭の様な大迷宮を、ひたすらに、縦横無尽に走り回る。
まるで一人ロデオである。
「ハァッ!!!ほぉッ!!!!」
「…………」
直線こそ、ヘラクレスのトップスピードが速い。
だがじいちゃんは、その巨体で、一切の無駄なくコーナーというコーナーを俊敏に曲がり切り、大広間に抜ければ直ぐに右左折し、惑わせ、距離を引き離し続けていた。
その微かなイニシアチブが、確実に蓄積された時。
「ッ!!!!」
「凄いおじいちゃん!!ヘラクレスの視界から居なくなった!!!振り切ってるよ!」
「…そろそろだな」
「!ジョー」
「ああ。頼んだぞ。桜子」
メットを被る。バイクのエンジンを入れる。
ギアを一速に入れて、クラッチを離したら、ウィリーしながら、其処へ、桜子がタイミング良く開けた、異界の大迷宮へと、爆走して、飛び込んだ。
「うん!……頑張れ。ジョー」
「この………たかが一、些末事の野良牛風情が良くやる!!!!!!」
言葉は尊大なままだが、何処か苛立ちを見せるヘラクレス。更に速度を上げ。じいちゃんを轢き殺さんとするスピードで狂走する。
それでもじいちゃんは、曲がり、曲がり、走り続け、ヘラクレスを『追わせ続けた』。
「……ココだ」
「年寄りがァ……手間を取らせるッ!!!!」
漸く捉えたヘラクレス。音の壁、ソニックムーブを発生させるかの如き、エーテルの膜をも出現させ、槍の様に研ぎ澄まされた貫手で、じいちゃんの心臓を貫かんとーーーーー。
「年寄りの知恵袋、ハマったのがお前だろ」
「!」
するより速く、感知の外から、俺はバイクで飛び込み、変身し、鎧を、斧を、持てる全力を最速で現出させ、最速の振り下ろしで、一刀両断に切り裂いた。
だけでは、終わらず。
「ーーーーッ……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッッッ!!!!!!!」
「ようやったァ丈一ィィィ!!!!ぬうぅうぅゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーっ!!!!!」
その肉体を、切り裂き、切り裂き、切り裂き、切り裂き、切り裂き続けた。
前後から、俺とじいちゃん。二体のミノタウロスの全てを以って、戦斧の刃を、降り続けた。
その肢体、骨、肉、臓物、一切の形を消滅させんと、斬り、斬り、ひたすらにただ、斬り続けた。
そして。
『たかが牛を…嘗めるなぁぁぁぁぁーーーーーーーッ!!!!!』
目の前から、英雄を自称する侵略者はその姿を、跡形も無く消滅させた。
「はぁ…じいちゃん…なんであんなに走った後でもそのスピードで斧振り回せんだよ……」
「そういう所はテレビ漫画やゲームじゃ分からんだろう」
「うるせぇ……!えっじいちゃん?」
ドヤ顔してたかと思いきや、一変。
じいちゃんは鎧と斧を解除し、合掌。
そのまま周辺に、エーテルの奔流が溢れ始める。
その量たるや、ラビリンス全域を流れる程の。
「むぅぅ………ウゥゥゥっ!!!」
「何だコレじいちゃん!?」
「コレが、ヘラクレスという災禍の最後の始末だ…莫大なエーテル量を、ミノタウロスの体内に収斂させ、自己エーテル体へと昇華させる。それが、ヘラクレスという偶像結晶体を、終わらせる方法なんだ……丈一…助かった…ありがとうな……もうコレ以上は良い…後はワシが……ぐうぅッ……!」
やっぱり、ただ倒して終わりじゃない…エーテルの純粋な化物、その反則染みた再生不可への本当の止めは、そういう事か…。
「そんなん……一人でやんなよ!!!」
「ダメだ!お前のエーテル構築量はまだ少な過ぎる!!!お前自身を持ってかれ「私がジョーを回復させ続けるよ!!!おじいちゃん!!」桜子ちゃん…」
「もっと…もっと沢山ジョーの事見てあげてて下さい!!!!それで………その!ひ孫とかも、見てよ!!おじいちゃん!」
「!……」
ったく中々小っ恥ずかしい事を言ってくれるぜ桜子はさ。
だけど、そうだよな。
それくらいまでは、生きてもらってなきゃ、困るってモンだ。
「だから………生きろよジジイ!!!」
「全く……近頃の若いのは……好き勝手ばかり言いおる…」
「それでも俺らは…聞き分け良い方の孫だぞ!じいちゃん!」
「ふっ…ふはははははは!!!」
こんな時に笑ってる。
相変わらずエーテルの流れは大瀑布状態だが、それでも、二人で受け止められ続けていた。
俺は勿論桜子に支えられてだが、このじいさんが桜子の世話になる日だって、そう遠くは無い気もするから、丁度良いなんて。
状況と裏腹に、思えていたんだ。
ーーーーーーーーーー
「………生きてるかじいちゃん」
「………」
「ッ!じいちゃ「死んどるぞい」……良かったわ。元気に死んでて」
「あははは」
桜子が笑ったのを端に、俺達も思わず笑った。
少なくともコレで、暫くの平穏が訪れる事に、今は安堵しようと……。
『!?』
思う俺達の身体を、尋常じゃない地鳴りが襲った。
ーーーーーーーーーー
「じいちゃん!このラビリンスって自然の地震あんのかよ!?」
「無いわ!此処は世界と世界の狭間だ!此方の音がお前達大牛人と鴉巫女に聞こえる事こそあれど、地球の地盤など此方に干渉するか!」
「じゃあこれ何……桜子、今は取り敢えず出るぞ」
「う、うん!」
この大迷宮に入って初めての、全てを揺さぶるかの様な揺れ。
だけど俺はその発生源が、『上』からである事に、恐ろしくも気付いた。
【モォォォォ〜!!!!】
【ンンンン…!!!】
「牛達が一斉に鳴いてる……!!外も揺れて「丈一!桜子ちゃん!おじいさん!!」母ちゃん…コレは…うぉぉぉっ!!??」
地震とは、轟き方の違う響き。
下からじゃない。上から、揺さぶられているかの様な…。
「何……!!!!!」
「ウソ…何アレ…」
「コレは…何十年という中で…ワシも知らんぞ……」
地鳴りの元の方向へ、視線を向ける。
何時も目にする、里山の数々。
その、山頂の間から現れた、浅黒い肌の、筋骨隆々の、超人の、《超巨大》な体躯に、俺達の眼は、暫く固まって動けなかった。
「フゥゥゥゥゥゥ………さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!一勝一敗ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!決着を着けるぞミノタウロスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!」
『!!!』
「桜子!!!母ちゃん!!!」
「しゃがめいッ!」
激昂し、隣の山をラリアットで破壊し、その山だった超巨大な土塊を、火山弾の如く四方八方に吹き飛ばす、イカれたデカさのヘラクレス。
その余波は、俺の家の直ぐ脇をも掠めた。
「(アレだけの巨体…しかも俺達の世界での現出……全てが想定外過ぎる…が)」
もし、今日までの期間を、ヤツがエーテル蓄積の為に、少しずつでもコッチに送り込んで、溜めていた。
いや、斬られた時もだ。もっと言えば、ドアが開いた瞬間に常に大放出し続けていたとすれば、ただでさえエーテルの化物だ。限界で具象化出来るのも、辻褄が合う。
何が些末事のケダモノ退治だ。
姑息なバックアップ用意しやがって。
その為の、デカくなる為の身体は、俺達の世界のエーテル頼みじゃねぇか。
なら、コッチもコッチだ。
「…こうなれば、やはりワシが人注になり「うるせぇジジイ。せっかく命拾いしたんだから捨てんな」オイ祖父に向かってなんて言い草だ!!」
「桜子、頼みがある」
「!……何をする気だ丈一」
「ジョー…?」
ーーーーーーーーーー
「ハァァァァァァァ!!!!!!…………フフフフフフ……ヌハハハハっ!!!!悪しきエーテルで満ち溢れた世界を破壊し!安寧を取り戻す!!!コレが英雄!!!コレが俺ゾォ!!!」
山々を、拳で砕き、脚で踏み潰し、丘に立つ住宅街の家屋を、雪崩の様に葬り去る、120メートルもの体躯を持ったヘラクレス。
その、最早英雄とは名すら見えぬ程の悪逆非道ぶりを、惜しげも無く見せ付け、暴れ回り、闊歩するーーー。
「自分語りがうるせえーーーーーーーーッ!!!!!!」
「!?……ゴォっ…」
ーーーその顎を、真下から現れた、最初は小さく、しかし確実に、二乗、三乗、四乗と巨大化する、大牛人のアッパーカットが、打ち抜き、昏倒させた。
旋風の様に、鼻息が舞う。
超巨体が地に伏し、土が舞い上がる。
最終決戦の、狼煙の如く。
「……ハハハハハハ!!!!!気付いたは見事ッ!!!」
「ああそうだよ……吸収したお前のエーテル、全部解放して、俺の身体として構築し直したぜ。バカみたいにクソ重い大質量エーテルだからなぁ。出力すれば、ココまで来られるってな……!!!」
「ならばッ!!!死合おうかっ!!!!」
「お前だけやれェェ!!」
その超巨体からは想像すらつかない速度で、拳打を放つヘラクレス。
しかし丈一、若きミノタウロスもまた、その有り余る膂力を、いつ如何なる時も瞬時に使いこなす、『準備』をして来た。故に。
「ッ!」
「(ヒットするタイミングで合わせれば……)止められるッ!!!おおぉッ!!!」
鳩尾への一撃を両掌で受け止め、瞬時に腰を落とし、懐へ潜り込み、肩口を掴めば、前へ投げ飛ばす一本背負い。
再び青天を向かせ、追撃のエルボーを打ち込む。
「グフォぁあっ!!!」
「もう一丁ォ!!!」
「は、食らわん」
「っ!」
「セイィッ!!!」
しかし肘鉄より先に、ミノタウロスの首を両脚で挟み、起き上がり様に後方へ投げるヘラクレス。所謂のフランケンシュタイナーで、丈一の頭部を大地に叩き付けた。
「ーーッ」
「ホォォォォウッ!!!」
「……」
立ち上がるミノタウロスへ、追撃の掌底を喰らわさんとするヘラクレス。
丈一は、ガード……ではなく、敵の足下を見た。
「(初速のダッシュは…足首の方向に、荷重が掛かる。それを止めるなら、敵の垂直方向に、ベクトルの狂い無く……)飛び込むッ!!!」
「ぬぅッ!?」
重心をずらし、敵の攻撃を痛打の位置から外し、横っ腹へ、渾身の拳を打ち下ろすミノタウロス。
再び昏倒し、足下の河川の水を溢れさす。
「漸くクリティカルヒットだな…」
「それだけだなぁッ!!!」
「ゴはッ……」
「一つのみでは足らんよケダモノよぉ!!俺は十と二つもの試練を課した英雄であるからしてェ!!!」
即座に立ち上がれば、瞬速の上段蹴りで、丈一の脳を揺らすヘラクレス。
辛うじて片腕で防御するも、巨体をよろめかせた。
「(ダメだ…やっぱりとんでもなく速ぇ…!)」
「さぁぁぁぁぁそろそろ殺すかァァ!!!」
「?……!」
立ち続けるミノタウロスへ、ヘラクレスは合掌の構えを取る。しかし微かに開いた掌の隙間から、眩く輝く光の筋が煌めくと、それは長大な光の刃を形成し、大上段に振り下ろした。
「させるかよぉっ!!!!」
「切り刻んで食してやろうッ!!!」
「〜〜〜ッ!!」
光波ながら、とてつもない重力で押し潰されるかの様な斬撃を、巨大戦斧で受け止めるミノタウロス。
躱せば、絶大な被害が、周囲に広がる。
自分の生まれ育った穏やかな故郷が、火の海に変わる。
それだけでなく、自分の知らない場所の、知らない誰かが傷付く。
それが、何時も誰かの為に頑張る、斧田丈一には、耐えられないが故に。
「うぅっ………(せっかく大きな羽根の使い道、出来たんだから…!)」
遥か上に見上げる巨大大牛人へ、膝を突き、手を組み、祈りながら、治癒の羽根を送り続ける桜子。
丈一の超巨大エーテル結晶体を霧散せぬ様維持する為、常に力を籠め続けていた。
「桜子ちゃん!無理しないで!」
「大丈夫です久美さん!ジョーが…ジョーが頑張ってるから!私も……頑張ります!!!(頼まれたんだ……戦わせ続けてくれって!)」
「桜子ちゃん……ワシの中のヘラクレスから吸収したエーテルも送りなさい…」
「でも、そんな事したらおじいちゃんが…!」
「大丈夫だ……それ位で、死にはせんよ。早く!」
「……はい!」
桜子の左肩に手を置く祖父。
すると、久美もまた、右肩に左手を置き、右手で祈りの構えを取った。
「私も鴉巫女の成り損ないだから…手伝うね!」
「ありがとうございます……!(ジョー……お願い…!!!)」
「ヤベーってアレ!!!」
「死ぬだろ!ぜってぇ死ぬよ!」
「意味わかんないもうヤダぁ〜!!」
文化祭の喧騒は、阿鼻叫喚の悲鳴に変わり、火山弾の様に降り注いだ岩塊が、校舎、そして看板を含めた装飾を破壊し尽くしていた。
「……あの、おっきい牛の人…!」
自身も土埃に塗れながらも、必死に巨人からの攻撃を受け止める大牛人に、何かを重ねながら見る、玉野。
まるでその、この学校を含め、皆を守ろうとする姿に、何か既視感を感じて。
「うぁぁっ!」
「?…!あ……」
声が聞こえる。そこには、瓦礫に挟まれて身動きの取れない男子が一人。佐野だった。
取り巻きの男女二人が、必死に声を上げながら退かそうとするのを、周りは構う余裕も無く。
そこへ、玉野は迷いも無く。
「三人で…せーのでやろう…!」
「ッ玉野お前「僕が助けるって決めたんだ!」っ……頼む……!」
『せーーのっ!!!』
自分自身が、何気なく『彼』へ言った言葉を、今度はあの牛男から返される様に受け取り、鼓舞する様に発した。
三人がかりで遂に瓦礫は持ち上がり、佐野は命を拾った。
「…ありがとう…な」
「ゴメン…この間は」
「見直し「そんな事より」ちょ、遮らんで…」
再び視線を、ミノタウロスへと向ける玉野。
隣に佐野が立つと、同じ様な眼差しを向けた。
「玉野……あの牛巨人知ってんのか?」
「ううん。始めて見るよ。でも、何か知ってる気がするんだ」
「だな……さっきのステップ、教え覚えがある」
必ず、勝つと信じる、眼差しを。
「いい加減切り刻まれて食肉となれい!!!!!」
「ならねぇ!!!!」
しかし光刃は更に戦斧を押し込む。
既に片膝は突き、鼻先三寸まで迫る、極大のエネルギー刃。
全力を腕力に注ぐも、その距離は無常にも、無くなり出す。
「ケダモノよぉ!そうまでして守るべくモノも無かろうよ!!大人しく迷宮に囚われ続けていれば良いのである!!!」
「ッ……」
不意の、逡巡。
そう、言われれば、それは、そうなのかもしれないと、丈一は思う。
何故、何を、守るのか。
使命だからか。
血脈だからか。
祖父の体力も限界だからなのか。
恋人になった幼馴染を、守りたいからなのか。
或いは、そこまで愛着も無い学校が、案外と大事だったりするからなのか。
どれも、正しく。
どれも、決められている様で。
それでいて、選ぶのは、自分自身で。
自分で、決める事だけは出来て。
ずっと、巨大な迷路で、迷い続けている気がする。
だけど。
「決……」
「むぅ?」
「決断も……決定も……意思表示は確かに大事だけどさ…」
「そうか!!!大人しく殺される決断を下した「だから!!!そういうの、別に……要らねぇぇぇぇぇッッッ!!!!!!」!…何…」
光刃の、その圧力が止まる。
否、戦斧が、押し返していた。
「そのままで…頭で決めるんじゃなくて……道順通りじゃ無くたって………心の赴くまま歩いてったって良いよなぁぁ!!!俺ぇえ!!!!!」
「自分に…発破を掛けるかケダモノがァァ!!!」
立ち上がり切る程に押し返す。
しかし、光刃は斧ごとミノタウロスを、丈一を両断した。
【モォォォォォォォ〜〜!】
【ンォオオォォォーーー!!!】
「!…牛さん達が……ジョーの所へ…!」
牛舎からも、エーテルが迸る。
牧草からも、家屋からも、部屋からも、丈一のバイクからも、牧場全てから、青く優しい燐光が、大牛人へと降り注ぐ。
「なんだろう……すごくあったかい…!」
校舎からも、溢れる燐光。
教室から、廊下から、その想いの足跡全てから、真っ直ぐに、大牛人へと向かって。
「学校から何か出てる…?」
「おぉい玉野大丈夫かよコレェ!?」
「知らないよ」
「えぇー!?」
「知らないけど……大丈夫だよ」
「………さぁァァ!これにて十二の試練が一つは終わりィィィ!!!俺は再び英雄への道…………ヲッ!!!!????」
再び起こるは、真下からのアッパーカット。
盛大に真上に吹き飛ぶヘラクレス。
しかしその剛腕、生身に非ず。
頑強なる、鋼の拳。
『ろ…ロボットになった!!??』
離れた場所から、桜子と玉野のリアクションが被った。
「スピードに追い付けないなら……追い付かなくても良い。攻撃がつえぇなら……効かなくすりゃ良い。そもそもブッ飛んだ大牛男……全身フルメタルだって、1/1スケールミノプラだって、良いッ!!!」
現れた、その姿。最早ミノタウロス型の超巨大人型機動兵器。
しかしてそれで、ミノタウロスでなくなった理由は、無い。
更に頑強になった超重装甲の鎧は、丈一の血潮の如き、真紅のままなのだから。
「ぬぅゥゥゥゥ……妖しモノの畜生よォォォォォォ!!!!!」
「生憎両方ハズレだぁぁぁぁぁぁーーーッ!!!!」
神速。その超巨体で巻き起こす、ソニックムーブを伴うヘラクレスの飛び蹴りり
しかしフルメタルミノタウロス。装甲には傷一つ付かず。
そこからカウンターの鉄槌により、四度ヘラクレスを撃墜させる。
ヘラクレスは距離を取り、光刃を放つが、それをも消散させる超重装甲。
肉薄して突き刺すも、効かず。
頭部を挟み、再びフランケンシュタイナーの構えを取るも、特大質量に、持ち上がらず。
逆襲のミノタウロス、その体躯を持ち上げ、脳天から、地面に突き刺す、ツームストンパイルドライバーを炸裂。
人工地震が、大地を揺らす。
地中から首を抜き、後退し、光刃を両手に携え、投げるヘラクレス。
だがやはり効かず、ならばと飛び上がり、制空権を得て光弾を撒くが、決定打にならず。
しかしその閃光を隠れ蓑に、フルメタルボディの装甲の隙間へと、光刃を突き刺そうとするも。
「?……何故効かんのよう…?」
「だから、鎧じゃねぇって。全身全部、マシーンだよ。神話世界でも知っとけ」
「のぉぉぉぉぉぉォォォォォォーーーーーーッ!!!!!!」
刃の連撃を、幾度も浴びせ続けるヘラクレス。
その破れ被れな応酬の、振りの一瞬の隙を見逃さず、丈一はフルメタルミノタウロスでの戦斧を出現。
「フンッッッ!!」
「!?」
切っ先が、実体剣と、エーテル結晶体により燐光を放つエネルギー刃、両方を兼ね備えたそれで、一撃で跳ね返した。
「試練とかなぁっ!!!」
「ぐっ!?」
「ヒトに決められたモンばっか満たして、満足してねぇでさぁ!!!!」
剣戟、乱舞。刃と刃のぶつかり合い。
轟音と衝撃波に山々の木々は揺れ、風が吹き荒ぶ。
しかしミノタウロス、その頑強なる身体は、自身への返し刃の心配、一切なく。
思うがままに、巨大戦斧の太刀筋を、大空に煌めかせた。
「ちったぁ自分自信で科せた方がよォ!!達成感ッ!!!」
「くぅぅゥゥゥゥっ!!!!」
「あるって………モンだあぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!!」
「ワタシハ………エイユっ…………」
袈裟に振ったその斧が、英雄の巨体を、真っ二つに切り裂いた。
責務と欲望が綯交ぜになったその身を、分離させる様に。
爆散するかの様に、弾ける高密度エーテル。
しかし、尚も結合せんとする、英雄を象っていたエーテル結晶体。
そこへ、丈一は脇目も振らず、吶喊し。
「いい加減……帰れッ!!!」
そのフルメタルボディの超合金角で、両方を串刺しにした。
「…へっ!?ちょっと待ってジョー!?なんでこっち来んのぉぉ〜!!?」
「桜子ぉぉ!!!ドア開けとけーーーーっ!」
「あーもう!!!わかったーー!!」
そのまま、異界への扉へと、押し返す様に、飛び込んだ。
ーーーーーーーーーー
エピローグ
「えー、四ヶ月前の災禍から立ち直り、今こうして再び、文化祭の折となった事を、心より嬉しく思う次第でありますーーー」
文化祭ってあんまり教師がしゃしゃり出て来るイベントでは無い気がするが、今回は事情も事情だろう、全校集会からのスタートであった。
「…なぁ玉野、良くアレ残ってたな」
「うん。何でかあの看板は、傷が殆ど付かなかったからね」
「そうか……って、俺らがやった所だけは、ボコボコだったじゃねぇか」
「あははは……まぁそれは、あそこだけで済んだ…済ませられたんだよ」
「何だそりゃ。結局また塗り直しだったのにさ」
意外と真面目に全校生徒、佐野達含め、校長の話を聞いている中、看板の方に視線を向ける俺達。
その少しだけチグハグなコントラストに、思わず笑う。
だけど、新しい出発の日には、ちょうど良い真新しさだった。
「お弁当……よし!水筒……よし!おやつ…よし!カップラーメンよし!レジャーシートよし!」
「遠足じゃないんだよ」
ラビリンス。休憩室で、荷物の確認をする俺達。
とはいっても桜子のそれは、ピクニックに出発する為の用意にしか見えないのだが。
「だ、だってー!コンビニとかスーパー無いかもよ!」
「それもそうか」
「そう!食べ物は大事!……唐揚げも入ってるしね!」
「じゃあ、安心だわ。お前の唐揚げあれば大抵どうにかなるよ」
俺も実際のところ桜子と大して変わらない、ハイキング装備みたいな手元の荷物を、最後に確認する。
使うのかも、使わないのかもわからない装備。それよか、唐揚げの方が大事な気がした。
「どうにかするよ。ジョー。ジョーが踏ん張れる様に」
「…ん。じゃ、前には俺が、ずっと居ないとだな」
「うん!後ろには私が居ないとだ!」
目を合わせて、一緒に頷く。
大牛人と、鴉巫女が、一連托生なら、それは何処でも、どんな世界でも同じな訳で。
ヤツが、俺達の世界に来られたなら、俺達が、奴等の世界に行けない道理は、もう何処にも無くーーー。
========
「さーてどうすっか…!」
串刺しにしたエーテル結晶体モドキ状態のヘラクレスを、どう始末付けるか、頭捏ねくり回す。
もう一度俺が吸収…は、桜子居ない手前、多分死ぬな。
放ったら、またココでヘラクレスの形に戻る…。
「帰れよお前ぇ……エーテルの無い所から、どうにか送り返してぇが、そんな所……!」
ふと、頭に過ぎる、その場所。
モンスター達にも、果ては終ぞこの大英雄様にも目を付けられなかった、このラビリンスの安全地帯。
「もう…賭けるしか無い…ッ!」
迷宮中駆け回り、桜子と二人歩き回ったその道を、覚えてる限りなぞり、辿り着いたT字路。
その変色したレンガに、変身を解除しながら、ヤツのエーテルごと飛び込んだ。
「!!?……お、おぉ〜………」
刹那、まるでその場に留まる事を拒まれるかの様に、エーテルは、天井に吸い込まれ、あの、モンスター共を倒す時の青い炎、それよりも薄く白い炎の様に燃えて、消滅した。
===========
ーーーなら、恐らくこの部屋が、奴等に感知されない場所こそが、寧ろ大迷宮の道理から、最も遠く、離れた場所であろうから。
「…何時までも待ってるだけだと……思うなよモンスター共ォォ!!!!」
「えいえい!!」
「ウォォォォォォォォォーーーーーーッ!!!!!!」
変身。ミノタウロス。
待ち構えるは、ラビリンス………の天井を、ブチ破る程巨大化して今、異世界という見知らぬ巨大迷宮に、俺達は、放たれた。
完