友人曰く
夏休みの宿題のために汐ちゃんちに遊びに来たので、ちょっとした小休憩の間にトヅカさんについて聞いてみることにした。
「トヅカさんってなんのお店の人なの?」
問いかけると汐ちゃんは目をまん丸に見開いて両肩を掴んできた。
「ぶ、無事ですか?」
「え? なんで?」
どうして安否を心配されなきゃならないのだろうか?
ひょっとしてトヅカさんって危ない人なんだろうか。
「……なんともないなら、いいです。呪いの気配もないですし……十塚のおねーさんはうちの近所のお菓子屋さんの娘さんですよ。ちなみに高校生であなたのおにーさんとはタメのはずです」
「お菓子屋さんだったんだ……ってかお兄ちゃんと同い年なの!? 中学生かと思ってた……」
「そうですよ。今高一のはずです……まあ確かにあの人ちっさいですし、制服着てないとたまに小学生に間違えられることもあるそうで……」
「そ、そっかあ……」
というかお菓子屋さんだったのか。
全然そんな感じじゃなかったけど、そういえばあの時持っていたクーラーボックスの中身はアイスだったらしい、お店の商品か何かだったのかもしれない。
「それで、あなたどこで十塚さんに? あなたのおにーさんが話すとは思えませんし……」
「お兄ちゃんのマンションで、偶然」
「あー……なるほど、そーいう……」
「あの人って、どういう人なの?」
「私も詳しくは知りませんよ。お菓子屋さんの娘さんで昏夏オタクっていうことくらいだけです」
「昏夏オタク……そういえば昏夏語喋ってた」
「あー、あの人たまにうっかり昏夏語で話すことあるから……どっかの研究室からスカウトされて中卒でそっちに入らないかみたいな話もあったくらいの筋金入りですよ。ああいう人を多分天才というんでしょうね……まあ、私と一緒で自分がやりたいこと好き勝手やってるだけのような気もしますが……」
「あー……」
そういえばなんとなく汐ちゃんとあの人って雰囲気が似てるというかなんというか。
興味あること以外全部どうでも良さそうなところとか、ちょっと似ている気がする。
「……といっても、あなたが知りたいのは多分そういうことではないでしょう? 悪い人じゃあありませんよ、いい人かどうか問われると微妙ですが、まあ悪人ではありません」
「……そう」
「基本自分本位な人ですが……頼まれれば人の話は聞いてくれる人でもあります。実は去年手に入れた呪物が昏夏時代に作られたもので、術式が昏夏語だったせいでよくわからないところがあったのですが……頼み込んだら解析手伝ってくれたんですよね、しかも美味しいおやつ付きで」
「そ、そう……」
そういえば去年あたりにそんな感じの話を聞いたような気がする。
かなりやばい呪物だったみたいだけど、いろいろ大丈夫だったのだろうか。
「けど、汐ちゃんから見て悪い人じゃないなら、よかった」
「……悪い人じゃあありませんが、あなた達はあんまり関わらない方がいいかもですね。……知らないなら知らない方がよかったですし、遭遇しない方が良かった」
「なんで?」
「かなりえぐい呪物を付けられるので」
「……汐ちゃんが言うえぐいって、よく考えると結構……かなり、滅茶苦茶にやばいやつなんじゃ……」
そういえばこの子は呪物に慣れているせいで余波だけで数人死ぬような呪いでも大したことないとかいう子だった。
そんな子がえぐいとまで言う呪いってどんなの?
「効果は大したことないですし、やろうと思えば解呪は容易いのですが……死人も余程のことがない限り出ないでしょうし……ただまあなんと言うかその、非常にタチが悪い……解呪はできるでしょうけど、あそこまで解呪したくないと思った呪いはあんまりないです、現代人も結構やるなって思いましたもん」
「そ、そんなに……どんな呪いなのそれ? なんかあの人に触ったらそこそこ強い電流が流れるってらしいってあの人は言ってたけど……」
「それはほぼおまけですねー……多分それに関しては他人からじゃなくてあの人が自分から他人に触らないようにって狙いの呪いっぽいですし……本当なんというか……ああいう人っているんだなあ……」
「それだけで結構な効果な気がするけど、それでもおまけなの?」
「ええ」
「じゃあおまけじゃない方の呪いってどんな?」
「よくいえばオートの防衛機能。悪くいうとあの人に『悪意』を向けた人間を自動的に呪うヤベェ呪いです」
「は、はあ……」
「ここでいう『悪意』ってのは呪いをかけた本人が悪意だと定義したものですね。殺意や敵意はもちろん、そのほか不届きな感情をあの人に向けた人は大体呪われるかと」
「そうなんだ……でもあの人と会った時特になにもなかったけど」
「あなたに悪意がなかったからでは?」
「うーん……実は」
私は汐ちゃんにトヅカさんと会った時に何があったのかをざっくりと説明した。
汐ちゃんは話を聞いた後、しばらく難しそうな顔で考えたあと、口を開いた。
「おそらくですが、敵意よりも不信感が強かったのと、あなたたちだったからこそかろうじて呪いを避けられた……のではないかと。多分あの人、あんなであなたたちには結構甘いみたいなので……意図的なのか無意識なのかはわかりませんが……うーん、実は深くはちゃんと見てないんで推測でしかないですけど」
「そ、そうなんだ……それでその……呪いってどんな……?」
「あの人に向けた『悪意』の強さと比例して強い呪いが掛かるっぽいです。……ちょっとした『悪意』だけなら「なんとなく関わりたくないから離れたくなる」程度で済むのですが、強い『悪意』だと結構えぐめの幻覚見せられたり、悪寒やら呼吸困難やらが起こったり、死んだ方がマシな激痛を感じさせられたりするみたいです、それでもあの人から離れないようなら……身体の部位が引きちぎれたり骨が折れたり……しかもだいぶ巧妙に呪いを隠蔽してるので、普通の人どころか呪いのことを少し知ってる程度の人だと意味も原因もわからず恐慌状態になるかと。初見殺しもいいところです」
「う、うわあ……」
「とはいえ、この程度の呪いなら実はそこそこ見かけたりもします……それでも私があの呪いをえぐいと思ったのは……術者の殺意と執着があまりにも露骨だったからなんですよね。あそこまで術者の我が強い呪いは久しぶりに見ました」
「さ、殺意と執着……?」
「あの人に『悪意』を向ける存在すべてへの殺意と、あの人本人に向けた執着。呪い自体はそこまで複雑じゃあないのでアレを解呪出来る人は私以外にもいるでしょう。ただ……それが出来る人は絶対にあの呪いを解こうとは思わないでしょうね、そんなことすれば殺されるのが目に見えてるので。そこまで含めてえぐくて面倒なんです」
「殺すって……そんな大袈裟な」
「全然大袈裟じゃないですよ。というかこれでも控えめに言った方です。……より正確にいうと、長時間拷問された上で殺される、ですから」
「そんな馬鹿な」
「馬鹿でも冗談でもありません。大真面目ですよ」
汐ちゃんは真顔でそう言い切るけど、ちょっと信じられない。
あのお兄ちゃんがそこまでするとは、どうしても思えないのだ。
「あー……あなたたちおにーさんに結構甘やかされてるっぽいですもんね……というかあの人猫被りの天才っぽいので、普通じゃわからないか……」
「猫被りの天才って」
随分と不名誉な天才だった、お兄ちゃんは確かに天才だけど、そういうところを天才と言われるのはなんか違う気がする。
「じゃあ、この呪いを掛けた人があなたのおにーさんじゃなかったら、その術者はどんな人だと思います?」
「え? ……攻撃的というか過保護というか、大袈裟というか……怖い人?」
「その怖い人が、あの呪いについて指摘して解けるとまでいった私に、殺しておいた方が本人としては安全な敵を見逃した時にどんな顔をしていたか覚えていますか? 笑っていたんですよ、あの人。あんなあからさまな殺意をむけておいて、その直後にはその殺意を完全に隠し切って笑ってたんです。……これを猫被りの天才と言わずして、何を天才って言えばいいんですか?」
「うぅん……そう言われると……」
確かにあの時のお兄ちゃん、ものすごく怖かった……
あそこまで怖いと思ったのは、というかお兄ちゃんを怖いと思ったのは初めてだった。
「言っても信じられないかもしれませんが、あなたたちのおにーさんは筋金入りのヤンデレです。しかもかなりタチが悪くて独占欲の塊みたいなひと。それでいてそんな激重感情を易々と隠し通す人でもあります。あの人、一見爽やかな好青年っぽいですけど中身は真っ黒のドロドロですよ」
「ヤンデレで……ドロドロ……」
いくら汐ちゃんが言うことでもさすがに信じられない。
と、言いたいけど、汐ちゃんのその手の勘っていうか呪いから呪いを掛けた本人の性格診断、結構な確率で当たるんだよね……
「……だから、あなたたちはあの人に……十塚のおねーさんには近付かないほうがいい。何がきっかけで逆鱗に触れるかわかったものではないですから。あなたたちのおにーさんはあなたたちには甘いのでしょうけど、それでもきっと本当に怒らせたら容赦なんて一切してくれないでしょうから。友達が死んだなんていう連絡は受け取りたくないので、どうか気をつけて。とはいえ、あなたはそこまでやらかさないでしょう……そーくんのほうがやらかしそうなので、ちゃんと言い聞かせてください」
「そーちゃんが?」
「ええ。なんというかそーくんっておにーさんのこと崇拝してるってか大好きでしょう? まああそこまで出来のいい兄ですから、そうなるのは当然ですが……ただなんというか、あなたとは違って面倒なオタク感があるんですよね、彼。あと結構攻撃的ですし……双子なのになんでこうも性格が違うのやら……」
「二卵性だからかな……うん、でも確かにやらかしそうだからちゃんと言っておくね」
そんな会話をした後は、二人で頑張って宿題を進めた。
共同でやってる自由研究……というかレポートも結構埋まってきた。
そーちゃんも一緒にやればよかったのに、変な見栄はっちゃって男の子ってやーね。
と思っていたら玄関の方が賑やかに。
「ただいまー」
「お邪魔します!!」
そんな元気のいい声が聞こえてきた、汐ちゃんがペンをテーブルに置いて玄関のある方を向く。
「おや、兄さん……それと、た組の皆さんもおそろいのようですね」
「た組……?」
「あだ名が全員た行で始まるからそう自称してるんですよ」
「なるほど……?」
そんな話をしていたら汐ちゃんのお兄さんが同い年くらいのお兄さんを四人ほど引き連れてリビングにやってきた。
「お帰りなさい」
「ええとあの、こんにちは、お邪魔してます」
ぺこりとお辞儀をすると汐ちゃんのお兄さんはにかっと笑った。
「お、友達ちゃんも来てたのか」
「はい。宿題やってる最中です。兄さん達にはなるべく静かにお願いしたいところですが……」
「あー、善処はする。っと、お前に渡しとくものがあったんだった。ほいこれ、十塚さんちの割引券」
「割引券? ってこれ年一のやつじゃないですか。お店行ってきたんです? 私の分は??」
「いや、悪い。店には行ってないから土産はそれだけだ……さっき八つ時公園で姐さん……じゃなくて十塚さんちのおねーさんに会って、その時お前にってもらった。ちゃんとお礼言っとけよ」
「わかりました……ええとその、いたのは十塚のおねーさんだけでした?」
ちょっぴり不満そうな、それでも少し嬉しそうな表情を消した汐ちゃんはお兄さんの問いかけた。
「いや、アニキもいたぜ?」
「よく無事でしたね……」
あっけらかんと答えたお兄さんに汐ちゃんは安堵と呆れが混ざったような顔をした。
「あー、めっちゃ睨まれたけどそれだけで済んだ」
「…………なら、いいです」
「あ、あの……アニキ、っていうのは?」
「あ? ああ……よく駄弁ってる公園に十塚っていう菓子屋のねーちゃんとその彼氏のにーちゃんがよくいるんだけど、そのにーちゃんがそりゃあもうめっちゃ強くてさ、ある日ここにいる五人で喧嘩売ったら一瞬で返り討ちにされて……それでめっちゃ強え、かっけえ、ってなってその日から勝手にアニキって呼んでる。舎弟にしてくださいって現在交渉中」
「お、おおう……なんで喧嘩を?」
「それがさあ、あの二人結構前からいちゃついてたんだけど、春くらいからそのいちゃつきっぷりがエスカレートしていってさ……もうチラ見しただけで砂糖吐きそうな勢いだったからある時我慢の限界を超えて……それでリア充撲滅、とか言いながら殴り込みに……」
「ひえ……」
汐ちゃんのお兄さんが言っているアニキって多分うちのお兄ちゃんのことだと思うんだけど、本当に何やってんの?




