第1章(改)~新学期~
9月1日(月)。土浦市立ひかり中学校では2学期の始業式が行われた。約6週間に及ぶ夏休みが終わり、生徒たちは「おはよう!」「久しぶり~」と、挨拶を交わしていた。
その中で「アーテー」の事件解決の立役者であるサンガンピュールは焦っていた。新たな事件についてではない。学校生活についてである。1学期は「塩崎ゆうこ」という偽名を名乗り、クラスメイトのみんなと打ち解けるのに精一杯だった。
「でも2学期になったら、もっといろんなことをしよう!」
彼女はそう考えていた。彼女は登校直後、1年1組教室に入って自分の座席に座るなり、突っ伏した。9月という新しい月に入って、初日から朝早く登校なんて、かったるい以外の何物でもなかった。だから座った途端、すごくリラックスできた気がした。それから数分後、その背後から
「だ~れだ?」
と言いながら、一人の少女が両手で、サンガンピュールの両目を隠した。すると、
「うるさいわね!!」
サンガンピュールは思わず怒鳴り散らしてしまった。だが、背後を見ると我に返った。
「あ・・・あずみ・・・?」
思わず絶句した。彼女をからかったのは、入学直後に友達になった岩本あずみだった。
「ちょっと、ゆうこちゃんのこと、友達だと思ってたのに、開口一番、『うるさいわね』はショックだなぁ~」
そう言いながらもあずみは笑顔を崩さない。
「あずみ、ごめん」
とんでもないことをしたと思ったサンガンピュールは、とっさに謝った。
「うん、でも他に言うことがあるでしょ」
あずみは考えさせた。
「え、何だっけ・・・」
「フフッ、ゆうこちゃんは難しく考えすぎ。『おはよう』だよね」
「あっ・・・、おはよう」
「うん、おはよう」
他愛もない会話だったが、学校が再び始まったという実感が湧いてきた。そうだ、岩本あずみは「幸せの王子」みたいな女の子だ。
それからしばらくして、
「あずみーーーーっ、おはよ~~う!」
「あっ、ゆうこちゃん、おはよう」
「あずみん、会いたかったよ~~~」
と、クラスメイトが続々とあいさつにきた。
サンガンピュールは1学期の期間中、岩本あずみの他に、初台春、長谷川美嘉、今田愛美、この4人と友達になった。実際、9月になっても他のクラスメイトからは、サンガンピュールはこの5人組の一員という印象を持たれていた。
朝のホームルームが終わった後は、全校生徒が体育館に移動し、始業式が行われた。校長先生の10分ほどの訓示が終わった。サンガンピュールは心の中で、
「おっ、これで終わりかな?」
と思った。確かに始業式はすぐに終わった。でも続いて、全校集会が始まった。
「え~~~、まだ続くの~~~?つまんない・・・」
彼女はかったるい気持ちをまだ我慢しなければならないのかと思うと、少し苛立ってきた。講堂を兼ねた体育館には冷房どころか扇風機もなく、うだるような暑さだ。誰かが熱中症で倒れても不思議ではない。全校集会では、夏休み期間中の大会で入賞した部活動への表彰状の授与、生徒指導主事の話などがあった。その他諸々で、トータルで30分ほど時間がかかった。
程なく全校集会が終わり、やっと1年1組教室に帰ってきた。
「ふぅううううう、涼しいいいいいっ!!」
美嘉が教室に入室した途端、大きな声を出した。教室では冷房がガンガンに効いていた。職員室からの集中管理システムだ。
「体育館にいる時、汗だくでだったよね」
春が彼女の感想をフォローする。
「ねえ、あずみん、体育館にもクーラーつけてって先生に言ってよ~~」
美嘉があずみに要望した。頼まれたあずみは、
「うん、いいよ。言っておくよ。でも美嘉ちゃんも自分から言った方がいいと思うよ」
頼み事を承諾しつつ、美嘉にもアドバイスを送った。そんな中、
「ひゃぁあああ・・・、やっと涼むことができる」
サンガンピュールは再び座席に突っ伏した。
「ゆうこ、シャツ、汗びっしょりじゃん」
美嘉が半分驚いた様子で彼女の姿を見ていた。
始業式が終わった後は、クラス内で再びホームルーム。担任の森先生から今後の予定についての話があった。その内容に生徒のほとんどは
「え~~~~」
と、またしんどいことがあるかのような返事だった。それはそうであろう。本日のこの後は、夏休みの宿題の提出。部活動は全て休止。翌日は実力テスト。その後は部活動再開。翌々日から通常授業開始。1学期と違い、怒涛のように授業および部活動が再開されるのだ。
午前11時をもって下校時刻となり、ほとんどの生徒は校舎を出て、帰路についたのだった。ひかり中学校から千束町の自宅まで距離はあまり遠くない。でも猛暑の中での登下校はサンガンピュールのみならず、子どもたちのほぼ全員が辛いと感じた。距離以上に、目的地が遠く感じるのだ。
サンガンピュールが県道24号線と国道125号線の交差点に出ようとしていた。あと少しで土浦ニューウェイの高架橋が見えてくる。だがその付近で歩いている途中、彼女は不思議な少年に出くわした。
「ん・・・・・・?!」
彼女が目線を向けた少年は、半袖短パンで黒いランドセルを背負っていて、信号が青に変わるのを待っていた。どうやら帰り道は同じ方向らしい。だが露出している右腕を見てみると、妙なキズがあった。視線も下を向いている。落ち込んでいるかのようだった。サンガンピュールは一瞬、声をかけようかとも思った。だが、少年が事件に巻き込まれたという確証はない。そして、自分より年下とはいえ、同年代の異性に声をかけるのはすごい勇気が必要だと感じた。結局、サンガンピュールは声をかけなかった。
信号が変わり、サンガンピュールと少年は共に横断歩道を渡った。
「まあ、何事もなければいいけど」
サンガンピュールは自分に言い聞かせるように独り言を言った。