キスにときめく
「……ねえ、キスしていい?」
放課後の廊下で私にそう言ったのは、部活に行くため一緒に歩いている同級生、白川楸。
ショートヘアで背が高くて目鼻立ちも整っている。イケメンな、女の子だ。
「えっ?」
言われたことを反芻しつつも、理解が追いつかず短く聞き返す。
「だから、キス。してもいい?」
きす。鱚。キス。……うん。どうやら聞き間違いではなかったらしい。
「えっと……」
答えに窮しつつも歩みを進めていると、急に楸ちゃんは距離を詰めてきた。
そして私の進路を、彼女の白い腕が塞いだ。思わず後退しようとすれば、もう片方の腕がそれも遮る。
何をするのか、と彼女の方を向くと両の視線が重なり合った。
「……っ!!」
――近い
綺麗な睫毛、その一本一本までよく見えるほどの距離。生暖かい吐息が触れ、爽やかな香りが鼻をくすぐった。
後退りをしてみれば、背中が壁に当たった。両側は彼女の細腕で塞がれたまま。
「……いい? するよ?」
綺麗な声で、耳元にそう囁かれた。思わず「うん」と頷きそうになる。でも。
「……ちょっと、ごめん。今は、ダメかも」
顔を逸らしながらそう答える。
……ファーストキスもまだなのだ。唇は守らなければ。
「そう。わかった」
「うん」
分かってくれた、と安堵したのも束の間。
――僅かに濡れた柔らかな感触が、頬に触れた。
「えっ」
「唇は我慢してあげる。でも、また気が変わったら、言って」
それだけ言うと楸さんは、先に行くねと部室の方へ走っていった。
私は一人、ただ呆然と立ち尽くして、その背中を見送る。
……早くなった鼓動は、暫く収まりそうになかった。