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龍
去年の話だ。
水野さん(仮名)は、癌で入院していた。発見が早かったので抗癌剤の点滴で治療を進めようという話になったが、経過が思わしくない。
彼は四人部屋の病室にいたくなくなると、院内禁煙になり、もはや誰も使っていない元喫煙室へと向かい、そこの閉め切られた大きな窓から、街並みと日差しを眺めるのが日課になったそうだ。
そんなある日のことだった。夕焼け雲をぼんやり眺めていると、細長い先端にポッカリと大きく穴が空いた雲の、その穴に夕陽が入り込んで、まるで何か、巨大な眼光を光らせた生き物のように見えたそうだ。
とっさに彼は今年は辰年だったと思い出し、あれは龍じゃないかと祈りを捧げた。するとその夕焼け雲はチカチカと夕陽を光らせて答えてくれたようだったと水野さんは言っていた。
その後、がん細胞は小さくなり始め、今では彼は退院して、社会復帰している。
「病は気から。ってあると思いました。……もちろん必要な治療を受けた上で、治るって自分で本気で思うことも大事なんだなって」
彼は言葉を選びながら、自分にそう言っていた。