呪い
ある男性の友人から聞いた話だ。
その友人には長年付き合っていた彼女がいたらしい。そして振られた。
ラインも電話もメールもSNSもブラックリストに入れられて切られて、彼女は友人の前から消えた。
だが、諦めきれない友人はブラックリストに入れられたと分かった上であるSNSで彼女のアカウント宛にメッセージを送り続けた。
当然、一方的に送られるだけで彼女には届かない。
内容は「俺が悪かった」や「もう一回やり直そう」と言ったものから「今日はいい天気だな」「そっちはどう?」といった日常的なものまで多種多様に無数だったそうである。
それを数年続けた。
彼に話を聞いていた自分(作者)が
「異常だな」
とつい言ってしまうと、苦笑いしながら
「だろうな。でもあいつ以外の女、どうでもよかったんだ、その時は」
そう切ない表情で吐露していた。そして
「ブラックリスト機能でどうせあいつは読んでないし別に迷惑にもならんだろうと思ってた。あの時までは……」
そう言って彼は語り始めた。
彼はあるとき、仕事やプライベートでとても良いことがあったらしい。
そして当然のように、彼女に"報告"した。いつものように。
さらに幸運は続いた。仕事での成果は上がり続けそしてプライベートでも、彼女の思い出を払拭できるほどの相手を見つけ
付き合う直前まで持ち込んだ。
それらも当然のようにすべて"報告"していた。
いつものごとく、どうせシャットアウトされているのは分かっていたが、その行為はもう生活の一部だった。
それが起こったのは、あるメッセージを送った翌日だった。
「ありがとう。新しい子と付き合うよ。今までごめんな」
直後に彼は交通事故に遭って、全治2か月の入院をする羽目になった。
信号無視して横から運転席めがけて突っ込んできた軽自動車に追突されたのだ。
数日後に意識が戻り、体がある程度治ってからも彼は延々と頭のおかしな加害者と電話口で言い争いさらに保険金を渋る保険会社と一人で交渉した。
相手が任意保険に入っていなかったので、
弁護士を雇い裁判所を通して損害賠償請求すらしなければならなかった。
今は元気な彼は言う。
「地獄だった。なんかな、たぶん何らかの呪いをかけてたんだと思う」
「呪い?」
自分が思わず聞き返すと、彼は自嘲気味に
「ああ、俺が架空の相手に向けて何年も語り掛け続けてた言葉はきっと、自分への呪いのようなものになってそれらを忘れ、見離そうとした俺に襲い掛かったんだ」
「……」
何も言えずに黙っていると彼は笑いながら
「でもな、収穫もあったんだよ。同情してくれた今の彼女とより深い仲になれた」
「のろけてんじゃねぇよ……」
笑った彼の頬には、未だに交通事故で出来た傷が微かに残っている。