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梅雨咲の桜は笑わない  作者: ブラック
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カフェから始まる青春ストーリー(2)

「どうして君がここに?」

「私がカフェに来るのってそんなに珍しいことかな?」

 顔にうっすらと笑みをたたえた彼女は、耳にかかった髪をかき上げる。初対面から思っていたが、この人は常に周りを偽って生きている。

 普段あまり人と話さない僕は、少し困った。彼女とどう話せばいいのか。きっかけのトークはどうしようか。そんな僕の不安を見透かしたように、彼女が続けた。

「ごめんなさい。本当はわかってるの。そんなことはどうでもいいよね。早速本題に入ろうか。君の聞きたいこと聞いていいよ」

 

「うん。わかった。そうさせてもらうよ。」

 僕は彼女のことが本当に理解できなかった。だから初めに一番疑問に思ったことを聞いた。

「君はどうして、そんなにいろんなものを抱え込んで平気でいられるの?」

 僕は彼女の抱えているものの重さがわかる。この質問は素直な疑問だった。他人のためにどうしてそこまでの犠牲を払えるのか。そしてそれをすることに何の意味があるのか。世の中をさまよっている後悔の塊を背負うことは何一つ意味のないものだとそう思っていたからだ。

「君にはわかるんだよね・・・最初から見えていたのかな?」

 僕はこくりとうなずく。

「そっか。君もどんなものか正体について理解してるんだね。」

「ああ。そしてそれを救うことができないこともなんとなくわかる。だって彼らはもう、人生の結末を迎えている。要するに彼らにはもう未来がない。」

 僕は自分の思っていることを告げた。そう彼らはすでに死んだ人間なのだ。地震で急に亡くなった人が自分の子を育て上げられなかった後悔、通り魔に刺されていきなり殺された人の無念、そういった人間の断末魔が形となってこの世の中に浮遊している、そういうものなのだ。世間では悪霊や幽霊といった呼び名で呼ばれているが、実際は違う。ただ自分の死に方、生い立ちを思い出そうと、それを探している過去の偶像でしかないのだ。彼らは空っぽだ。自分が生きていた時のことを全く覚えていない。自分がどうして存在しているのか、そういったことまで全く知らないのだ。


「うん。そうだね。だから私が彼女の依り代になっているのも本当は意味がないことなんだってわかっている。」

「じゃあどうして。」

 僕はそれが知りたかった。救えない存在だと分かっていて、なぜそれを彼女は憑依させているのか。彼らはずっとこの世に居座り続けるわけではない。20年から30年で大体の思念体は消滅する。ただそれにも例外があって、依り代となる人がいると彼らは消滅することができない期間が大きく伸びる。僕はそのことが分かったうえで、彼女が思念体の女性を憑依させている理由を聞きたいと思ったのだ。


「私はその人がどういう結末をたどったのか体験できる。そして君にも、この人に真実を伝える手伝いをしてほしいと思っている。」

 彼女は自分の顔に張り付けていた笑顔の仮面をとった。そして曇りのないあの日の目で、僕を見つめて語りだす。

「私の家計は何代も前から、この人を憑依させ続けてきている。その目的がなんなのか。彼女は私たちとどういう関わりがあるのか。もう誰にも分らないのにずーっと。」

 それを聞いて僕は純粋な恐怖を覚えた。世襲しているのか。いったいこれはいつの時代の人間なんだ。彼女は実体があるものの、まったく口を開く気配のない、いわば人形のようなものだ。


 僕らはしばらくの間、沈黙が続いた。彼女はきっと僕の言葉を待ってくれているんだ。けど僕はそんな気遣いとは関係なく、目の前のこの人にどうしようもないイヤな感情があふれ出しそうだった。

ーー僕は、頭にきたのかもしれない。こんなことは僕らしくない。人がずっと抱えてきたものを否定したらきっと彼女は傷つくだろう。けど、けど、、、いつまで苦しめれば気が済むんだーー


 感情をダムのようにせき止めていた僕の中の理性が崩壊した瞬間だった。

「君らはひどい人間だ。虫唾が走るよ。この人がどんな死に方をしたのかもわからない。生い立ちも、どんな人だったのかも、何の情報もない。それなのに世襲して、この人の思念体だけを受け継いできたことに何の意味があるの。これは偽善よりもたちが悪い。そんな最低な君は僕に何を求めるの?」

 僕は声を荒げることもなく、淡々と非難の言葉を並べたてた。

 それを聞いた彼女は少し悲しい顔をしたが、僕には関係ない。

 この言葉は彼女に刺さったのが表情からもわかる。じゃあこれを聞いた僕はどうすることが正解だったのか、僕にはわからなかった。今、目の前にいる彼女が悲しんでいるこの状況で僕は、何もフォローする言葉が出てこなかった。


 またしばらくの沈黙、彼女はその間も僕の目を見据え、瞳の中は動揺しながらも何かを伝えようと必死にあがいていた。そして口を開く瞬間が訪れる。僕たちが今後、関わるにことになるこの一言が。

「私は過去に起きたことを体験できる。彼女がどういう人生を歩んできて、どんな死に方をしたのか。何度でも、何度でも彼女の人生の軌跡をたどることができる。だから君にも協力してほしい。」


 それは思いがけない提案だった。僕が状況の理解が追いつかない中、彼女は続ける。


「私と協力してこの人に自分が死んだ理由を教えてあげて欲しい。今までこうして苦しめてきた分、私たち一族はその責任をしっかりと果さなきゃいけないと思うんだ。それには君の協力を取り付けることがどうしても必要なんだ。」

 それはこの場での2度目の宣言、一度聞いたことのあるセリフを、今度は説明を含めて僕に伝えてきた。ただ僕はこれを聞いてもまだ、彼女の言っていることがすぐには理解できなかった。彼女が抱えているものは本当に重すぎる。

 



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