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梅雨咲の桜は笑わない  作者: ブラック
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雨の日の一幕

 夕焼けがきれいな街角を歩いて、大学から帰宅する。家に帰るとロングヘアの綺麗な同級生が、家で帰りを待ってくれている。

「お帰りなさい。スイマセン。勝手に上がり込んでしまいました。夕ご飯作ってるんですけど、もう少し後のほうがいいですか?」

「え、ほんとに!手伝うよ。一人で用意するの大変でしょ。」

急な女子の来訪からの、この夢みたいな状況。これは夢ではないだろうか。ホントに幸せだ・・・


 そんな夢を見た。

 午後2時、大学生の何も予定がない日の朝は遅い。起きたところで何もすることがないからだ。起きたら薄暗い光が漏れている窓に向かい、カーテンを開ける。あー今日も退屈な一日だ。


 現実は夢のようにうまくいくことはなく、薄暗い部屋の中で、今も一人で雨が降り続く外を眺めている。いつになったら降りやむかわからない6月中旬の雨。梅雨前線は停滞を続け、この一週間は雨が降り続ける見通しだ。気分は下り坂の一方で、特にやることもない大学生は、読んだことのある文庫本を読み漁っては外を眺める。そんな何の生産性もない日常を過ごしていた。


 4階窓からアパートの下を眺める。ちょうどそこには同年代の女の子が一人で歩いていた。彼女は何かこの後予定でも入っているのだろうか。イヤリングや大人っぽいナチュラルメイク、男性の目を引く要素にあふれた魅力的な女性だった。

 同年代だろうか。この近くは僕と同じ大学に通っている人の家が多いはずだ。彼女は手に水色の傘を持ち、、、んっ、あれ、なんで傘さしてないんだ。外は土砂降りとは言わないまでも雨脚は強い。傘を持っている彼女が、傘を差していない理由がわからないのだ。


 僕はいてもたってもいられなかった。何かが起きる。出会いイベント、人付き合いを得意としない僕にとっては数少ないチャンスだ。急いでアパートの階段を駆け下り、彼女のもとへ走った。

「あの。大丈夫ですか。傘差したほうがいいですよ。外、雨降ってるから。それとも何か理由でもあるのかな?」

 僕が追いついた頃にはずぶ濡れになっていた彼女は、そう声をかけられて振り向いた。何の曇りもない眼、こちらをまっすぐ見つめてくる彼女の目には強さがにじみ出ている反面、目の奥からは今にも崩れだしそうな脆さが垣間見えた。

「ねえ、君、私がどんな問題抱えているのか。それがどれだけ大きな問題なのか、リスクは考えて話しかけたのかな。」

僕はそれを聞いて混乱した。こういうときってリスクを考えて話しかけるものなのか。そもそも、傘を差していないことを指摘しただけなのに、こいつヤな奴だ。何か気に入らない。今更ながら、しゃべりかけたことを後悔した。

「いや。ごめんね。知らない子からしゃべりかけられたら引くよね。でも、君が傘を持っているのに差していない理由が気になっただけなんだ。」


僕はこういった場面で何度も使われたであろう。ありふれた言い訳で返せたと思う。言い訳も用意せず、ナンパまがいのことをした僕が恥ずかしい。でも、よかった。ある程度まともな返しができた。


「うーん。私が言いたいのはそこじゃないんだけどな・・・だって普通の人にはさっきの私は見えないはずなんだよ。だから、君、面白いね。でもよくないよ。ナンパに近いし。きっと理由も用意しないで走ってきたんだね。」

 ぐうの音も出なかった。ここまで鋭く分析されると、反論のしようがない。

ここは仕方ない強硬手段だ。

「お名前きいてもいいですか。って駄目ですよね。こんな状況で名前聞いちゃう当たり、普通に怖いですし。あのそれじゃあ。僕いきますね。」

 彼女と接触する時間を短くする。そして僕と出会ったことすら記憶からなくなるように、できるだけ印象が薄くなるように心がける。それがこの場での最善の手だ。

 もう二度と彼女には関わらない。僕は心の中で、そう思っていた。


 彼女は何も声をかけなかった。彼はきっと私と関わりたくないと感じたからだ。でも心のどこかで、彼と出会った以上、どんな選択をしたとしてもきっと彼は私の抱えている問題に巻き込まれるだろうと確信していた。


 僕は何か、イヤな感情を抱いていた。初めて会う人、外見は申し分ないほどに綺麗な女性、でも彼女からは僕が受け入れられない何かを感じた。そしてそのイヤなものを僕も持っている。これが事実だとしたらと思うと僕はたまらなく嫌だった。


 彼女との出会いイベント、それは本当に短い間の出来事だった。けど僕はこれから、一年にわたって彼女と関わることになる。この時はそんなこと知る由もなかった。梅雨の雨は激しさを増すばかり、これから夏に向かってさらに芽吹いていく生命のうねりは加速する。

 








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