リスタート
朝倉ケイ――幼少期
小さいころから、人の悪意が僕には事細かに読み取れた。感情の高ぶりや、誰が誰に好意を寄せているのかもなんとなくではあったが感じ取ることができた。僕は他の人よりもだいぶ早く人間の悪意に触れてしまった。彼らは理不尽な理由で一方的に誰かをねたむことがある。そして素知らぬ顔でウソをつくことも。
いつしか僕は周りの人と積極的にかかわることはしなくなり、人と距離を詰めるのが元からうまくなかった僕は、当たり前のように孤独となった。今では人並みに知り合いのいる僕も、この時ばかりは寂しい思いをしていたのだと思う。
デパートに来た僕は、服に雑貨、ありとあらゆるものがそろった施設を暇つぶしとして堪能していた。
歩くの疲れたな。どっか休む間場所探そうかな。あそこの広場とかベンチ空いてるし、一休みするか。そうして広場のほうに足を向けると、小さな女の子が広場でぬいぐるみを着たイベントキャラクターから風船を受け取っているのが見えた。
「あ~風船」
けれどその女の子は風船をつかみ損ねて、風船は今にもどこかに飛んでいきそうだった。僕は20を過ぎて少しの大学生だ。女の子じゃ届かない高さにまで浮かんでしまった風船をキャッチすることができた。
「すいません。ありがとうございます。ほらノンちゃんもお兄さんにお礼言って。」
その子のお母さんが愛想よく僕にお礼を言った。たまには人助けも悪くないな。素直にそう思えた。
「いえいえ、そんなたいしたことではないですよ。ノンちゃん、ハイ風船どうぞ」
僕は極めて愛想よく、彼女に風船を渡そうとした。彼女の顔を確認するまでは、それが一番この場に適した行動だと思っていた。
ただその子の反応は僕の予想と大きく異なる形のものだった。
「お母さん、この人なんかイヤだ・・・」
女の子は今にも泣きだしそうな目でこちらをまっすぐ見つめていた。本来は人当たりの良さそうな女の子が、僕に対してはあからさまな嫌悪感を向けている。
「のんちゃん・・・どうしたの。すいませんこの子体調悪いみたいで。風船、ありがとうございました。」
「なんかすいません。機嫌悪くさせちゃったみたいで。風船代わりに受け取ってもらえますか」
その子のお母さんは本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
「ごめんなさいね。普段こんな子じゃないんだけどほんとに体調が悪いのかも。風船ありがとうございました。失礼します。ノンちゃん病院行こうか。」
この後、すぐにその親子はこの場をそそくさと立ち去った。僕はひとまずベンチに腰を下ろして、今のことを回想していた。
ノンちゃんは、僕とお母さんが会話をしていた時もずっと僕におびえていたように見えた。彼女にはきっと何かが見えていたのだろう。ただ感受性が豊かなだけなのだ。人よりも少し場の空気を読むことが得意、とかそんなレベルの。
ーーもう死にたい--
それはいつかの僕が本気で思っていた言葉。誰かじゃなくて自分が人を不快にさせてしまうのなら本当にそうしたいと思っていた。
ーー誰も傷つかない、誰も傷つけない、他人に期待しないーー
ーーだって人間は自分本位でしかないのだからーー
そうして、僕はまたこの感情を思い出す。
そんなことがあった昨日ではあるが、僕の本文は勉強である。いつものように寝ぼけながら準備を整え、学校に登校する。辛いことがあっても存在意義を自分からどぶに捨てるようなことはできない。
この街には、高台の上に大きな桜の木がそびえたっている。
ーー春ーー
僕は、学校に行くために朝っぱらから歩いていた。寒空の中、桜は咲き誇り行きかう人々に一日の原動力を与えている。
「ピンクに染まった桜は春になると、待ち望んだかのように一斉に舞い上がり地面に舞い落ちます。世界は希望で満ち溢れていて、誰しもが新しい日々の訪れに希望のまなざしを向けています。」
サクラと女の子は驚くほどの相乗効果を生み出す。あれほど嫌いだと思っている人間でも、ヒロインの風格が出てしまうほどには、目の前の女の子を輝かせてしまう。
「そうあってほしいとは思うけどね。現実は日々の生活に悪態をつく好青年が桜の近くで黄昏ているだけだよ。現実はそううまくいかない」
僕はこの女の子のことが今でもよくわからない。夜野アカリ、彼女はいつも笑顔を顔に張り付けて抽象的な言葉で僕を翻弄する。
「ねえ、アカリさんはいつまでそうやって取り繕って生きてくの。」
僕はずっと思っていたことを口に出した。彼女はいつも笑い続けている。
「君が私を本当の意味で信頼してくれるまで、かな。でももし本当の感情が表に出てきたとしても、それは君にしか出せないよ。だってほかの人じゃ受け止めきれないから。私が背負ってきたものを理解できるのは君しかいないんだよ。」
僕はこの時、彼女と僕のつながりについて改めて理解させられた気がした。僕は彼女にとりついた思念体と会話ができる。彼女は自分の体に思念体を憑依させることができる。
そんないびつな繋がりでしか僕と彼女は、互いに関わることはできない。彼女と僕が共通して持っている人より敏感な感性。これが僕らが幽霊に対抗する唯一の武器であり、僕らが繋がらざるを得ない要因だった。そして僕は改めて理解させられた。僕は理不尽に人に嫌われて、恐怖の感情を抱かせてしまうそんな存在であることを。
ーーリスタートーー昨日起きたこと、最近のアカリさんとの関係性、目の前に立ちはだかる問題点をもう一回見直す。そして新たな一歩を今日も踏み出していくのだ。
聞こえはいいが前向きな選択ではない。そうやって自分に言い聞かせながら僕は新しい日々に向けて思いを馳せた。