夏の終わりに
夕暮れにかけて川のほとりは涼しくなり蝉の声と川のせせらぎ、いくつもの要素が重なって、人は夏の風情を感じる。今、この場所には僕を含めこの集落一帯の大人たちが集まってきている。今日は、この場所で毎年の恒例行事が行われるのだ。
『灯篭流し』
なくなった大切な人に向けて、火をつけた灯篭を流すと、その思いが、死後の世界に伝わるという昔からの行事である。
「ケイくん、ちゃんと気持ちは伝えられたかな?」
ああ、今、君にだけは会いたくないと思っていた。僕はしゃがんだまま、後ろを振り返る。
「君のほうはどうだったのかな。君が思いを伝えられたのならそれが一つの供養になるかもしれない。
最後の瞬間、納得していなかった彼女のあの表情も、納得の表情に変わってるかもしれない。」
「うん。やっぱりケイ君はずるいね・・・」
そうだね。君はそうとらえる。自分たちがしでかしたことで他人が不幸になった時、君は後悔して辛い顔をする。それが世間的に見て正しいことだとしても、その当人が悲しんでいるのなら君も一緒になって彼らの悲しみを受け止める。僕はそんな君を見てると、いつも胸が痛むんだ。きっとこの役目は君が背負うべきものじゃない。君は誰も救われない場所で生きていくには優しすぎる。僕らがやっていることでは、安らかな安息も、幸せそうに逝く姿も見ることはない。ただ、後悔や自責の念で押しつぶされそうな彼らを看取ることしかできないのだ。
ーーこの夏、僕たちは自分たちの手で、その人が抱えていた後悔を踏みにじったーー
「見たでしょ。最後の表情。あれが納得や踏ん切りがついた表情だとしたら、この世に自責や後悔の念は存在しないと思う。だから私は、灯篭に思いを乗せてもう一度伝えたよ。」
知ってる。この後のことは想像がつく。そして僕はこの後の彼女の意見を聞きたくないと思っている。
どうしたって彼女と僕じゃ分かり合えないのだから。
「あなたは幸せな最期じゃなかったんだよって。理解はできても受け入れられないかもしれない。でも、あなたが守ったものは後世に形として残っているんだって。」
うん。いやというほど知っている。君はそういうやつだ。何が最善なのかは関係ない。真実を伝え
る権化、相手が何者でもその姿勢は変わらない。
「けど、それはきっと最善の選択じゃないのかもしれないね。誰しもが傷つかないあなたの理想とはかけ離れている。」
彼女もその点については、毎度のように理解させられているのかもしれない。真実を暴かないほうが幸せなこともあるということに。けれど彼女はここからが危うい。
「でもね、ケイくん。。君は嫌でも私は彼女にいうよ。そこに未来はないんだって。彼女たちみたいな
時が止まった人たちを放置したままにはしておけない。」
どんなにもろく崩れそうな心でも彼女は立ち上がり、自分の是とする行動を最後まで遂げようとする。自分の精神状態も、周りの人たちの心配をも置き去りにしてきっとこういうんだ。
「あなたはやさしいから言えない。だからあなたが集めたピースを私がはめていって最後に突きつけ
るの。あなたの旅路は終わりなんだって」
君は彼らに現実を突きつける。それが受け入れられないと分かっていても、どんなに悲しい結末でも
君は伝えることを躊躇しない。
「僕は君が嫌いだよ。アカリさん」
「うん。私も君が嫌い」
そんな会話をしているうちに、その時を迎えた。火をつけた灯篭を川に流していく。僕は流す直前伝えた。僕が大切だと思い、思いを伝えようとした存在のない女の子に。
後悔していること、記憶の大半があいまいなこと。そして何より、君が大切であったということ。
僕はこの思いを乗せて灯篭を、川へ浮かべた。
遠いどこかへ旅立った人、今年も僕は火をともす。
ーーねぇ君は幸せだったのかなーー
答えはきっとわからない。君は答える前にいなくなったから。