理想を守護する者
次回からがスタート地点
かつて、不条理と理不尽に抗った一人の男がいた。
彼は神を信じながらも、心の底では神を信じながら信念を貫く自身こそを信じていた。
しかし彼は理不尽と不条理に飲まれ、その理想は遂げられぬまま命は時に尽きて、身は道程に果てた。
神の御許に辿り着いた彼は、神の力を奪り、その力をもって新たに世界を創りだす。
男はあらゆる不条理と理不尽に立ち向かった者達のための世界を創造した。
そこは理想を叶えられぬまま果てた人々が、もう一度その理想を叶える機会を得られる場所。
理想を叶える為の、理想の姿を得た理想人が、理想の成就のため戦う。
その名は理想の世界、ネクストワールド。
しかし人が神の力を手にするなど、その手で世界を創造するなどという行いを、別世界の神々は良く思わなかった。
男はいずれ来る戦いの時のため、より強く、大いなる理想を抱く者を選定するための戦争を起こした。
戦争の中で数々の勇者と英雄が生まれた。生き残るために理想を育て、勝利するために理想を磨き、理想を高めた者達。
そして戦乱の世は終わりを告げ、守護者は誕生した。
会議室の扉が開かれると、そこには
全身を漆黒の衣装で固めた一組の若い男女。
青年はケイオス・エル・ハザード・アブソルート。乙女はシン・クロウデル・ダークロード。
中二病と邪気眼の理想を抱く理想人。まだ本来の理想を果たしたわけではないが、その理想は神の眷属に対してある程度の効果を発揮するため、この会合に参加するよう頼まれている。
二人が名乗る<神魔ヲ降ス闇黒ノ徒>という名称こそが、その理想の在り方を物語っていた。
クロードは頼もしい仲間に微笑でもって迎える。
「おはよう、ケイオス、クロウデル」
「ククク……きっつい」
「えっ」
キャラ作りのされていない素のような反応に、クロードは少し驚いた。
クロウデルに視線を送ると、溜息混じりに答えてくれた。
「……夜明けは混沌の濃度が薄まるため、ケイオスの力は著しく低下する。が、それでもお前たちでは足元にも及ばない」
「つまり、朝に弱いんだね」
「弱いのではない、苦手なだけだ」
「ははっ、それはご愁傷様」
このアルカディアという国で、自らの理想を叶えた者。その中でも神に対抗するための代表的主戦力は、未だこれしかいない。
それでも安全無欠には、勇者、魔女、エルフ、アマゾネスと多くの種族の代表が集い、結成された一団だ。
安全無欠の勇者。それはクロードだけではなく、クロードたちの理想の在り方だ。
「よし、全員揃ったようだね。では椿君、進行をよろしく」
「はっ」
アルカのとなりに現れたスーツ姿の眼鏡をかけた女性は、山城椿。
現在、絶賛婚活中の美人役人である。最近また相手を逃したという噂が広まっている。
ブラウンの髪を後ろで束ね、銀縁の細い眼鏡を光らせる。
外見は鋭く隙の無い女性ではあるが、決して狂暴というわけではなく、むしろ仕事も家事も高水準でこなすスーパーウーマンなのだが、そのやたらと高い異性への要求水準は、彼女を更なる孤高へと押し上げるだろう。
椿はパソコンを操り、円卓の中央に立体映像を出現させる。
「ユートピアと回線を繋げます……こちらアルカディア、聞こえますか」
「アッアー、こちらユートピアのドクだ! 聞こえているよアルカディアの諸君っ!」
映し出されたのはぼさぼさの白髪白衣の女性。
彼女こそ、この理想世界に存在する理想郷の一つを治める管理者。
ここから遥か西方に栄える理想郷<ユートピアⅡ>の主にしてマッドサイエンティスト。本名は分からず、人は彼女を博士と呼ばれている。
中世風のアルカディアと異なり、西方にあるユートピアは近未来都市といった感じの場所で、はるか昔にドクが自ら建造した。
この世界には他にも多くの理想郷が存在し、また増え続けている。
ドクが創ったもう一つの理想郷、海上移動要塞型都市アトランティス。メイヴが管理している夢の国。北方にあるといわれる桃源郷。
そして僕達が戦う宿敵、神の信徒たちが住まう天上の理想郷・エルサレム。
「こっちのメンバーは朝から出払っていてねぇ。今回は私のみの参加だ。とはいえ、何か話すことあった?」
「特に無いな。エルサレム……神の国は大した動きを見せていない。不気味なほどに静かだ。クロードはどう思う?」
「僕は……特に心配する必要はないと思います。この世界の法理を乱す神は消えました。あとは僕らが……この世界の住人たちが、彼らに負けない理想を持ち続ける。それしかない」
この世界は理想を抱く意思の強さで全てが決まる世界。それはこの世界の法理であり、創造主が定めた法理。
違う世界の創造主、つまり異世界の神と戦う際は、この世界と異世界の法理が食い違い、正しく働かない場合はあるが、基本的に侵略者側がこちらの世界に合わせるほか無い。
「それは確かに言うとおりだ」
ケイオスが同意する。彼は誇り高い中二病らしいので、きっとどんな敵であろうと勝利する自信があるのだろう。
「となれば、我々がやるべきことは、今までと変わらない」
理想比較。互いに理想をぶつけ合い、意志の強さを競い合うこの世界での闘争法。
理想への自信が強ければ強いほどに理想は力を増し、理想への執念が深いほど、いかに不利な理想でも死ぬことは無い。
この世界はまさに理想が全てだ。
かつての戦争で、神は既に打ち倒されている。違う神が侵攻してくるでもない限りは、この世界の法理が乱されることは無い。
本当に?
クロードは念のために質問してみた。
「神が復活するって可能性はないんですか?」
「クケカカ! さすが安全無欠。良いところに目を着けたねぇ。でもその心配は要らない。神本体は既にアルカの理想が食って封印しているからね」
彼の博士は笑い方が不気味だと評判である。マッドサイエンティストの性だと彼女は言う。
しかしクロードはいささかの不安を覚えた。
「封印……ってことは」
「アルカが死なない限りは神は外に出られない。ただ、懸念材料はある。神はどうやら神に近い存在を創造したらしいんだよねぇ」
「産み落とした?」
「そうだ。それが何なのかは分からない。偵察を出そうとも思ったが、悪戯に藪を突くことも無い」
となれば、心配するべきは理想のほうだ。
ケイオスの言うとおり、なすべきは自分の理想をより強く抱き続けることなのかもしれない。
「というわけで、そのための合同練習だ。ドク、会合はこの辺りでいいだろう」
「そだねぇ」
さて、ここからが本番。この世界の住人、理想人たる営みの時間。
「ではコロシアムに向かってくれ。君達の健闘を祈る」
「アルカ王は?」
「私は王だ。そう簡単にこの私と刃を交わせると?」
「ククク……神を降ろしたという王も、理想を遂げた勇者と我が混沌暗黒の力を前にすれば、玉座が惜しくなるか」
「ふむ、なるほどよく吼える……だがケイオスよ、お前は玉座と言うものを理解していないな。玉座というのは常に一つだ。群れて戦う者に、この座は決して得られない。故に」
アルカは立ち上がり、会議室の扉に辿り着く。
「私は玉座からは離れない。王を越えた証が欲しくば、お前がこちらに来い」
それは国を統治する王の顔ではない。全ての頂点に座する王の顔だった。
彼の王威に、ケイオスは否が応にも黙らされてしまった。
アルカディアの北方には、ブルジョアが築いた大きなコロシアムがある。
それはブルジョアたちの娯楽のため、強さを追い求めた理想人たちのための、理想を遂げる場所となっており、今も大きな大会が開かれたりしている。
そして僕らが実戦訓練を行う場所としても使われている。
「次のユートピアとの合同演習まで間もない。僕ら安全無欠の理想の力、磨き上げよう」
「応さ」
「了解」
「ええ」
リューテ、メイヴ、魔耶の三人と共に、布陣を築く。
クロードが彼女たちを守り、彼女たちがクロードを守る。
誰も失わない、失わせない。安全にして無欠の布陣。
それぞれが得物を抜く中、クロードは聖剣その手に顕現する。
太陽の光を浴び、煌びやかな白刃を伝う。
「さあ、いつでも……あれ?」
正面に立ちはだかる闇黒の徒の二人。ケイオスとクロウデルの他にもう一人居る。
「メンバー増やしたの?」
「ククク。我が闇黒の徒の三人目となるに相応しいか否か、ここで見定めよう」
漆黒の鎧に身を固め、顔すら見えない禍々しいその姿。
その身に宿る奈落の気。それは見るからに闇黒騎士。
「なるほど……どんな理想なのか気になるな」
「初めまして、安全無欠の勇者。その偉業は聞き及んでいる。我が理想は黒士夢想、孤高無双の暗黒騎士、我が名はラグナ。ラグナロク・セイヴ・ジ・アース」
「僕はクロード。よろしくね」
ラグナロク・セイヴ・ジ・アース。
神の戦争の名と、世界を救うという言葉。その名に秘められた理想が一体どんなものなのか、とても興味を惹かれるけど。
「交われば分かる、よね」
重厚な漆黒の鎧が動き、肉厚な黒剣が向けられる。
「ではラグナ、俺とクロウデルは援護に回る。その力を示してみせろ」
「承知」
「じゃあ僕らも……」
「準備はよろしいですね。ルールはいつも通り、どちらか一人が脱落した時点で終了です。では……」
椿が中央に立ち、僕とラグナが向かい合う。
「試合開始」
静かな声と、剣戟の音で始まった試合。
ラグナの動きは騎士というにはあまりに機敏すぎた。刹那の間に距離を詰められ、、聖剣と黒剣が交わる。
肉厚幅広の黒い刃が、羽根の如く軽やかに振るわれる。
「くぅっ!」
そして見た目以上に一撃が重過ぎる。
斬り上げられては僅かに体を浮かせられ、振り下ろされては地面に足がめりこみ、横薙ぎに剣を弾かれ、袈裟懸けに後ずさる。
「つ、強いッ!?」
「安全無欠にそう言ってもらえるとは、光栄だ」
一旦後ろに退き、間合いを取る。
「こんなに強い理想人がまだ居たなんて……いや、違う。こんなに強い人、噂の一つ流れてもいいはず。もしかして新人さんなのか?」
「この世界に来たのは一月前になる」
あまりの膂力に、クロードはただ感嘆する。激しさと鋭さに、懐かしささえ覚える。
ああ、凄いな。いや、それでも僕は、僕の理想は決して負けない。
今の自分の理想に迫る敵影。劣りたくないという理想への誇りが蘇る。
「そうだ、これが理想の滾り……」
どれほど究めたと思っても、新たな強者が現れる。これまでにも見たことがあるはずだった。
神の軍勢と戦って、もうこれ以上はないだろうと思っていた。
それでも、こうして目の前に更なる強さを誇る理想人が現れた。
「それじゃあ、僕も」
負けるはずが無い、負けたくない。勝ちたい。勝って、仲間と、皆と絆の力を分かち合いたい。
神威の勇者と戦って、自分の理想を叶えて、神と戦う役目を担った。
理想を叶えたあとは、この世界を守護し、神の手から守り抜くことを理想としなければならないと思っていた。
そうじゃなかった。守るべきは、守りたいのは、僕らの理想だ。
意志は闘志となって、クロードたちの心を滾らせる。
「僕も見せつけよう。僕らの理想の力を掲げて示そうッ!」
僕らの理想は決して屈しない。この世界の住人は神威や神罰に臆したりはしない。そうであって欲しいと願う。理想の世界に住まうは、不屈の理想を抱きし者達。
決して全員が強いわけではないけれども、決して諦めることをしない者達。
今度はクロードからラグナに斬り込む。
「来るかッ!」
「発技」
正面からはいかない。横に受け流し、脇に踏み込む。
技は威力だけが全てではない。技巧は相手を出し抜くもの。
「風水流、飛沫隼」
すれ違いざまにラグナの脇腹に一太刀、反転して背中に一太刀。
反応したラグナが振り返りざまに繰り出す横振りを伏せ、そこから渾身の力で斬り上げる。
「継技、間欠泉」
切っ先が兜を吹き飛ばし、ラグナの素顔が露になる。
驚きに目を見開く黒の眼。しかしその戦意は未だ衰えず、口元には笑みすら浮かんでいる。
なら更に踏み込むしかない。
振り上げた剣を逆手に持ち替え、体ごと突っ込む。
「反技」
「くっ!?」
ペルフェルクトの刃がラグナの顔を前に静止する。
ラグナの反撃は、剣の間合いより内側に踏み込んだことで無効化した。
だが、それでもクロードの刃は届かない。後ろに跳び退り、首元に突きつけられていた短剣から逃れる。
「すごいな。僕の連撃に反応するなんて」
「……攻撃を実際に当てられていたなら、こうはならなかったろう」
「思った以上に鎧が堅かったんだよ」
僕がラグナに当てた斬撃は、どれもが鎧で食い止められていた。理想の顕現たるペルフェルクトの刃を受け止める鎧。
それは間違いなく理想の産物。
「まだやれる?」
「問題ない」
するとラグナは剣を構え、一切動かなくなった。
受けるタイプか。ここは慎重に攻めて……
瞬間、声が響く。
「クロード! 回避だ!」
メイヴの声に、咄嗟に盾を具現化して後ろに跳躍する。
八本の黒い線が歪曲しながら迫るのを、白銀の盾で弾いてかわす。
「驚いた、孤高で有名な二人が本当に連携するなんて」
「ククク……孤高であるからといって、孤独である必要は無い。孤高ゆえに通じ合うものがある」
「なるほど」
とはいえ、クロードにも仲間は居る。
満を持して、クロードは彼らを呼んだ。
「魔耶、メイヴ!」
「やっと出番ねぇ」
「任せろ!」
魔耶が魔法で俊敏さ、頑丈さ、力強さを上昇させる。
「よく我が深淵蠢くシャドウゲイトの魔の手を凌いだな」
ケイオスの言う技名のどこからがどこまでが名前なのか全然分からず、クロードは苦笑で誤魔化す。
「闇払う聖剣を振るう勇者が、暗黒に捕まるわけにはいかないからね」
「だが二度目は無い」
「じゃあ今度は、真正面から打ち払うよ!」
僕が駆け出すと共に、メイヴも駆け、魔耶は箒で飛ぶ。
「ククク……ならば、かかって来いッ」
ケイオスの体に纏わりつく暗黒が生み出す巨大な影は、再び黒の線を描いて襲い掛かる。
迫る黒線を僅かに体を逸らして避け、二撃目を聖剣で切り裂き滅す。
「……ッチ」
三撃目の先端が突如開き、八つの細い線となって襲い掛かるが、盾で枝分かれした部分に突進して消失させる。
「クロウデル」
「分かった。魔眼……解放」
「クロード!」
「頼むメイヴ!」
進路上に現れた緑色の光を踏み切りに跳躍する。
「だぁッ!!」
高圧の空気が炸裂する音と共に、一気に体は加速する。
「なっ、速っ!?」
「クロウデル! 退け!」
「えっ? うぐっ! あー! 目にゴミが入った!」
魔眼でクロード追いかけようとするクロウデルに斬りかかるのはメイヴ。黒線を氷結魔法で氷漬けにする魔耶。
そしてクロードはラグナの元へと着地する。
「行くよ、ラグナ」
「迎え撃つ」
深く踏み込み、相手の構える剣を弾く。
しかし、即座に弾いた感触の奇妙さに気付いた。
「っ!?」
まるで力の流れを支配されたかのような、奇妙すぎる違和感。
次の瞬間、黒い刃は跳ねるようにこちらに返って来る。
「うあっ!?」
間一髪で間合いの外まで回避し、もう一度斬り込む。
ラグナが受け止めたかと思うと、その身が駒のように回転し、黒い刃が迫る。
「これは……」
「迂闊め」
刃の交わる音が耳を劈く。
寸でのところ、ラグナの刃を遮ったのは、いつの間にか接近していたリューテだった。
「しかし見事なカウンターだ。これほど鮮やかな技……純粋な技術であったらどれほど価値があったか」
リューテの片刃剣とラグナの黒剣が互いを弾き、間合いを作る。
「無事かクロード。油断もほどほどにせいよ」
「ありがとうリューテ。それにしても、あのカウンターは……」
「あれはただのカウンターではない。儂が見るに、暗黒剣の力。正確にはあの小僧が顕現した剣の能力といったところだろうよ」
「なるほど、将来有望だね」
たまには軽口を叩いてみる。
しかしなるほど、確かにケイオスが見込んだだけあって、その力は本物だ。磨けばきっと輝かしい漆黒か、深みのある暗黒になってくれるのだろう。
「それでも、勝ちを譲る気は無いけどね」
「当たり前よ。儂と儂の選んだ本妻が負けるなど許されん」
「前から思ってたけど、僕が妻なの?」
「腹立たしいが、本夫とは言うまい? さてしかし、無効は鉄壁のカウンター使い。どう攻めたものか」
鉄壁といえば、クロードの完全武装が成すのは完全なる防護。理想を完全に解放すればカウンターすら通さない。さすがに新人相手にそこまでするのも情け無いというか、主人公らしくない。
ああ、もしかしてこれが強者特有の、どうやって料理してやろうかっていう思考なのか。慢心してるのかもしれない。
己の慢心に危機感を抱きながら、リューテの戒めを心に刻む。
「一対一にこだわることもあるまい。連携して攻めるが良かろう」
「それしかないかな。僕もカウンター練習しようかな」
「よしよし、良い向上心だ。偉いぞクロード。さて、あまり待たせるのも難だ。行くぞ」
メリハリの無い会話から即座にリューテが動き出すのは、闘争が彼女たちアマゾネスにとっての日常だからだろう。
リューテの突進に僕も続く。
リューテがナイフを投擲すると、ラグナはそれを弾く。
「如何なカウンターといえど、捉えられねば無意味よなぁ!」
リューテの左腕に装着された鉤爪が伸びる。
獣のような速度の攻撃だが、ラグナは見事反応した。かに見えた。
「なっ……」
鉤爪は刃と交わる直前に止まり、リューテの身は跳ねてラグナを跳び越える。
「はぁっ!」
「カァッ!!」
クロードが刺突を放つと同時、ラグナの背後で着地と同時にリューテが片刃剣を振り下ろす。
「シィッ!!」
「ぬっ……ほう」
カウンターを放たれることは無かった。
しかし、クロードとリューテの攻撃は正面と背面からの同時攻撃に関わらず、ラグナに受け止められた。
「お前の能力はそれが真髄のようだな」
「剣が、増えた」
片手が空いていたはずのラグナは今や、両手に剣をもって二つの刃を受け止めていた。
「強いね」
「光栄だ」
ただ正直な感想だった。技巧や小細工ではなく、単純に理想への意志の強さに対する感想。
それを察してくれたのか、ラグナもただ一言の礼で応えてくれた。
「確かに。だがまだまだ」
二つの斬撃を受け止めたが、攻撃はもう一つあった。
リューテの振り下ろした剣と同時、鉤爪も突き出され、それはラグナの首を掻き切る様に突きつけられていた。
「猟技・鍔牙。手数が足りなかったな。若人よ」
今も尚、野生的な体格と若々しい肉付きの狩猟民族の元女王が牙を剥きながらラグナを労った。
未だに幼い元女王も、こんな凶暴な笑みを浮かべるようになるのだろうかと、クロードはアマゾネスの未来に思い馳せる。
「……参った」
安全無欠、この世界ある限り、その名は決して地に落ちたりはしない。
帰り道、リューテだけがご機嫌だった。
「くかか! やはり決着をつけるのは儂とクロードだったな!」
リューテは勝ち誇った眼をメイヴと魔耶に向ける。
引き締まった体躯でありながら、むっちりとした胸を押し付けて。
「うん? どうしたクロードよ。よもや、儂に褒美をくれるのが嫌か?」
「あはは。そりゃ嫌ではないけど、いい加減そういうのは控えて欲しいかなとは思う」
「カッカッカ! まあそう言うな。女尊男卑の社会を志す者としては、ライバルたる同じ女性に勝ち誇るのは生き甲斐として嗜むべきことなのだ」
アマゾネスは女尊男卑社会。リューテの理想は、それを世に広めて自分の逆ハーレムを作ることだった。
今では女尊男卑を世に広める理想は娘のレイアへと任せ、ハーレムもそのあとに築くことにしたらしい。
「まあ、今はハーレムよりお前を本妻に迎えるのが最優先だがな?」
「お盛んねぇ。しかし誠実だわ」
「誠実、と言ったか。魔性よ」
魔耶の言葉にリューテが鋭い眼光を向ける。
「ええ、いかに肉欲に溺れようと、本命を尊ぶ心は野生より遠く、知性を感じさせる」
「相変わらず鼻に付くな。お前の匂いは」
「ふふっ。さて、次はお互い頑張りましょうね、メイヴ?」
「なっ、私は別にそんな……」
今でこそ冗談を言い合っている彼女等だが、昔は種族ごとで諍いの絶えることがない日々だった。
ここから東方にある魔窟の森と呼ばれる場所があり、彼女たちは全員がその地の出身だ。
「って、どうしたクロード。私の顔に何か付いているか?」
「ううん。本当に、あの頃と比べると夢みたいな光景だなと思って」
「お前が言うか。お前がここまで変えてみせたというのに」
「でも、あの戦争が無かったらここまで絆を深めることなんて出来なかったんじゃないかな」
あの戦争。神の国との戦争よりも前にあった理想郷同士のぶつかり合い。アルカディアとユートピアの戦争は理想戦争と名づけられ、今でも話題に出るほど。
あれがなければ、この光景はありえなかっただろう。
クロードは確信していた。
「クロード、儂は腹が減ったぞ」
「はいはい。それじゃあせっかくだから、どこかに美味しいものでも食べに行こう」
「妻と言うよりはお母さんのように見えるな」
「ふふ、本当ね」
「黙れ木っ端女」
威嚇と挑発の絶えない三人を宥めながら、昼前の街道を歩く。