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ーーーーーードタンッ!ーーーーーー


「イテテ……」


……何だ?……ここは? ……僕の部屋だ。

 ベッドから落ちたのか。……え? っていうことは……夢……だったのか? それにしてもリアルな……! そうだ、携帯!

 良かった、充電器につないだままだ。だったら、まだハルカにつながっているはず。


「もしもし、ハルカ……ハルカ……」


 ダメだ、切れてる。どうして……

 あれは本当に夢だったのかなぁ……全身をすり抜けていく心地の良い風の感触、爽やかな森の香り、これほどまでに夢での出来事が、はっきり五感に残っていたことがあっただろうか。


 閉め切ったカーテンの隙間から、朝日が漏れている。

ーーそうか、もう朝かーー


……ハルカ、ごめん。やっぱり僕は何もできない……

持っていた携帯を強く握りしめ、無力な自分に僕は、憤りを覚えた。



 リアルな森の感触が消えないまま、深夜のコンビニでアルバイトをしていると、ズボンの右ポケットの中で携帯が震えだした。

 週刊誌の陳列の手を止め、僕はそっとポケットから携帯を取りだし、ディスプレイを見ると……ハルカだ!


「ハルカ」


 レジで接客をしている、先輩の河野さんに見つからないように、棚の陰に隠れて電話にでた。


「……蒼太……」

「ハルカ、ごめん。今、バイト中なんだ。本当にごめん。あと三時間で終わるから、このまま切らずに待っててほしいんだけど……」

「……もう……切れないかな?」

「三十分おきに、声かけるよ」

「うん、わかった……私、待ってるね」



 僕は、約束どおり三十分おきに、ハルカとの通信が切れていないか確認した。



「七時なんで、先に上がらせてもらいます」

「おう、おつかれ」

「おつかれさまです」


 三時間が過ぎ、いつものように河野さんにひとこと挨拶をしてから、店をあとにした。


「ハルカ、ハルカ」


 ようやく解放された僕は、電話の向こうのハルカに呼びかける。


「蒼太」

「バイト、終わったよ。せっかくつながったのに、随分待たせちゃったね」

「ううん、大丈夫だよ。蒼太、ときどき声かけてくれたし、待ってるあいだも結構楽しかったよ」


 そんなハルカの言葉に、僕はほっと胸をなでおろす。もしかして、怒ってるんじゃないかって、ちょっと心配してたりもした。


「朝起きたら、通信が切れちゃってて……せっかく蒼太が、携帯切らずにそのままにしてくれてたのに……」

「ハルカ……僕、夢を見たんだ。森の中にいる夢ーー大きな月が見える森ーーもしかして、ハルカがいる森なんじゃないかと思って探したんだけど、見つけられなくてーーで、目が覚めたら自分の部屋にいて、携帯見たら切れてたんだ。あれは本当に夢だったのかなぁ……」


 僕は、昨夜見た夢の話をハルカにしてみた。


「私には、それが夢かどうかは、わからない。だけど、蒼太と私の距離がだんだん縮まってるような気がして……たまたまかもしれないけど、今回の通信だって、つながるの早かったし……」


 僕とハルカの距離が縮まってる……僕をあの森に導いたのは……運命? それとも、ただの夢?


「そういえば、ハルカのいる小屋の近くに、川なんてある?」

「わからないけど、風のない静かな夜は、確かに遠くで水の流れる音が聞こえる。もしかしたら、それが川なのかな?」

「実は僕、夢の中で川沿いを歩いてたんだ。そこで……」

「そこで、どうしたの?」

「そこで……恐ろしい怪物に出くわしたんだ。熊のように大きくて、狼のような姿で、全身を真っ黒な毛で覆われた、すごく恐ろしい怪物に……」


 何で僕は、ハルカを不安にさせることを言ってるんだ。もし本当に、あの森がハルカのいる森だったらーーハルカは夢の中にいるんじゃないーーハルカは今、実際に森の中にひとりでいるんだ。なのに僕はーー僕は何でハルカを不安にさせるんだ。


「ごめん、ハルカ。ハルカを怖がらせるつもりで言ったんじゃないんだ」

「大丈夫だよ。ここにそんな怪物はいないから。今までそんな怪物、見たことないから」


 もしかしたらハルカは、僕なんかよりずっと強い人間なのかもしれない。

 もういちど、あの夢を見れるだろうか……あの森に行けるだろうか……もし行けるとすれば、今度こそハルカを見つけよう。そして、いっしょに、ここに戻って来るんだ。



 家に着くと、まず充電器を取りだした。そろそろ充電しないと、さすがにマズいだろう。


「チョット待ってね、充電器挿し込むから」


……えっ……バッテリー、全然減ってないじゃないか……ハルカとつながってる間は、バッテリー消耗しないのか? ……そんなわけないじゃないか……でも、実際……


「蒼太……蒼太……」


 携帯の向こうから、ハルカの呼ぶ声が聞こえる。


「ごめん、ごめん」

「大丈夫? 何かあったの?」

「いや、何でもないんだ」


 そして、僕はゆっくりベッドに横たわり、そのまましばらくハルカと会話を続けた。

 ハルカの声は子守唄のように、僕の耳に優しく入ってくる。夜勤明けの僕を、眠りに誘うかのように……

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