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遭遇

ーー気のせいじゃなかった。休憩場所からはかなり歩いたけど、星空が見えるようになってきた。月明かりも十分差し込んでいる。


……が、小屋らしきものは見当たらない。やはり空が見えるというだけでは、手がかりとしてはあまりにも乏しい。

 この森がどれほどの大きさかはわからないけど、同じように空が見える所は、いくつもあるに違いない。


ーー諦めるものかーー


 ハルカを見つけるまでは、絶対に諦めない。諦めたところで、帰ることもできない。

 ならば、とことん歩いてやろうじゃないか。


 僕は、歩き続けた。空を見ながらーーきっとハルカが見ているであろう、あの空をーー


 それにしても、大きな月だ。僕は今、どこにいるんだろう? ここに来てからかなり時間が経っているはずなのに、月の位置が変わっていないような気がする。


ーー朝は来るのだろうかーー


 少し立ち止まって、瞳を閉じてみる。全身を流れていく風が、今の僕にとって心地良く感じられる。

 ゆっくり、そして大きく息を吸い込んだ。

 大自然というものを、身体いっぱいに感じている。

 今の状況はともかく、初めて感じるそんな自然の空気を、僕は楽しんでいるのだ。


 耳を澄ますと、微かに水の流れる音が聞こえる。近くに川でもあるのだろうか。

 僕は、音の聞こえる方角を確かめながら、ゆっくりと歩き出した。

 徐々にその音は、はっきりと聞こえてくる。


ーーあった! 川だーー


 川底が、月明かりの下でも見えるぐらいに、水が透き通っている。

 流れは緩やかだけど、川幅はかなりありそうだ。ここから見る限り、深さは僕の太ももあたりといったところか。

 さすがに向こう岸まで渡る勇気は、僕にはない。


 右だ、右の方向に、川に沿って歩こう。何の手がかりもない以上、直感を信じるしかない……とはいうものの、やはり不安は拭いきれないけど……


 対岸では、水を飲みにやって来た動物の姿が、ちらほら見える。陰影からすると、鹿のように見える。

 こちら側で水を飲む動物の姿は、まだ見ていない。何か、縄張り的なものでもあるのだろうか。だとすれば、こちら側の縄張りが、肉食動物のものでなければいいのだが……

 僕はまだ、この森で危険な目に遭っていないが、安全である保証はどこにもない。むしろ、ここまで何も起こらなかったこと自体が、奇跡なのかもしれない。


ーー疲れた。ここに来てから、何時間経ったのだろうか。歩くペースもかなり落ちている。ーー足が痛いーー

 体力の限界を感じつつも、僕は歩き続ける。


ーーーーーー! 月が、左手の方向に傾いている。ーーと、いうことは、僕は今、北に向かって歩いているということか。

 疲れているせいか、いつの間にか僕は、地面ばかりを見て歩いていたのだろう。月が傾いているのも、そして、川幅が狭まっているのにも気づかなかった。しかも、浅くなっている。


ーー渡れるーー


 思い切って向こう岸まで渡ってみるべきか、それとも、このまま川沿いを、北に向かって進むべきか。

 考えながらゆっくり歩いていると、突然、動物が目の前を横切って、川を渡っていった。

 川沿いを歩き出してからよく見かけた、鹿のような動物だ。

 突然飛び出して来たので、尻もちをついてしまった。

ーーと、次の瞬間、目の前が真っ暗になった。ーーいや、真っ黒の物体が飛び出して来たのだ。そのあまりの大きさに、僕は声も出ない。

 大きさはまるで熊だが、姿はオオカミのそれと、よく似ている。

 しかし、その巨大な動物は僕に気づくことなく、先ほどの鹿のような動物を追って、川を渡っていった。


 完全に腰を抜かしてしまったのか、僕は立ち上がることもできない。

 奴に見つかっていたら、今頃僕は……考えるだけで、ゾッとする。

 あんな怪物が、この森で一匹だけとは考えにくい。きっと、そこら中にウヨウヨいるに違いない。こんな所で、腰を抜かしている場合ではない。

 よろめきながらも、どうにか立ち上がった僕は、このまま北を目指すことにした。

 わざわざ、あの怪物の後を追って川を渡ることなど、できるわけがない。



ーーーーーー運命か、それとも進むべき方向を間違えたのか。

 二十メートル前方。奴の目は、間違いなく僕を捉えている。鋭い眼光、開かれた大きな口から覗く鋭い牙、そして、滴り落ちるヨダレは、おびただしい。

 さっき僕の前を横切っていった奴か、別の奴なのかはわからないけど、この際そんなことはどうでもいい。このままだと、確実に殺られる。


ーーどうするーー逃げ出したところで、逃げきれないだろう。ーー闘う?ーー喧嘩すらしたこたがないのに? 仮に武器を持っていたとしても、勝てる気がしない。

ーーそもそも、身体が動かないーー

 心拍数が、自分でも信じられないくらい、上がっている。


 ゼーゼーと、荒々しく呼吸をしながら、時折ヨダレを拭うかのように舌舐めずりをする。

 僕を獲物と認識しているのか。

 しかし奴はまだ、こちらの様子を伺っているみたいだ。人間というものを初めて見たのだろう。


 ファンタジーの世界では、突然異世界にやって来た主人公が、剣や魔法を駆使して狂暴なモンスターを次々と倒していくというのは、よくある話しだけど、いま僕の置かれている状況は、どうやらそれとは違うらしい。

 確かに僕はいま、巨大なオオカミのような怪物と対峙している。けれど、剣もなければ、当然魔法が使えるわけでもない。


 奴は、その巨体をゆっくり左右に振りはじめたかと思うと、一歩、二歩と低い姿勢で近づいて来た。

 あと十メートルというところで立ち止まり、さらに姿勢を低くする。猫が獲物を狙っているような格好だ。

 その獲物というのが僕なのだが、相変わらず身体が固まって動くことができない。


 人は死に直面したとき、それまでの記憶が走馬灯のように脳裏を駆け巡るというが、何ひとつ浮かんでこない。ただ、目前の恐怖に怯えるだけだ。いま、僕の脳裏に焼きついているのは、奴の鋭い眼光ーーーーーー

 その眼光が、さらに強い光を放ったかに見えた瞬間ーー奴は、僕めがけて勢いよく飛んできた。

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