ハルカの空
ふと目を開けると、今まで見ていた番組とは違う番組をやっている。時計を見ると、夜中の二時を過ぎている。いつの間にか眠ってしまったみたいだ。
ベッドから起き上がると、僕はテレビを消し、電気を消してまたベッドに戻る。そして目を閉じた瞬間、突然、鳴り始めた携帯の着信音に驚き、半ばパニック状態で通話ボタンを押した。
「……ソウ……タ?」
それは、僕が待ち焦がれた、ハルカの声だ。
「ハルカ……やっとつながったんだね」
「よかった、やっぱり蒼太だ」
「ハルカ、ごめん。僕、何もできなかった」
「私の方こそ、遅くなってごめんなさい。通信機のこといろいろ調べてたら、どうも、蒼太にだけつながるみたいで……どうしてだか、よくわかんないんだけど……」
「じゃあ、これからは、いつでもつながるってこと?」
「それは、もう少し調べてみないとわからないけど……」
ハルカの声は、よりいっそうか細く、弱々しく聞こえる。もしかしたら、この一週間、ほとんど寝ずに調べてたんじゃ……僕は何をしてたんだ……ただ待ってただけじゃないか。
「ハルカ……本当にゴメンね。随分疲れてるみたいだけど、大丈夫?」
「私……大丈夫だよ。蒼太の声が聞きたくて、つい夢中になり過ぎちゃったけど……」
健気なハルカの姿を想うと、この腕でギュッと抱きしめたくなる。でも、それもできない。僕がハルカにしてあげられることは、ないのだろうか。運命っていったい……
「空、綺麗だね。星がたくさんあって……月があんなに大きくて……」
空……僕は慌てて窓を開け、空を見上げた。僕には、月がそれほど大きくは見えない。
ーーハルカの見てる空ってーー
「ハルカは今、どんな所にいるの?」
「森……かなぁ……」
「森にひとりでいるの⁉︎ 寝る所は? 変な動物とか、虫とかいるんじゃないの? 寒くない? 大丈夫なの?」
僕としたことが、つい取り乱してしまった。
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫、外にいるわけじゃないから。一応ね、小さいけど小屋の中にいるの。ちゃんとベッドだってあるんだよ」
イマイチ状況がつかめないけど、とにかく危険はなさそうだ。
ーーいや、記憶が無いこと自体かなり危険なんじゃないのか。
「ハルカ、全く何も憶えてないの? 前にいた場所のこととか、家族のこととか……」
「何も……思い出せない……でもね、空見てると、すごく気持ちが落ち着くの。好きだったのかな……空……」
遠く、空を見上げているハルカの寂しげな表情が、目に浮かんだようなーーそんな気がした。
ーーハルカに逢いたいーー
ハルカが今いる森は、どこにあるのだろうか。もしかしたら、どこか遠く、違う国かもしれない。見つける方法はないのか?
「小屋の外は寒いの?」
「そんなに寒くはないよ」
「周りには、樹しかないの? 何か、他にない?」
「うーん、小屋からあんまり動いてないから、わかんないけど、ここから見る限り、樹しかないみたい」
寒くないってことは、やっぱり日本じゃないのかなぁ。星空を見てるから、夜なんだろうけど、時間がわからない……月が大きいっていうのも気になるし……
「ハルカがどこにいるのか、捜したいんだけど、どうやって捜せばいいのかわからないんだ……」
「蒼太、ゴメンね。私……何でこんな所にいるんだろう……何で誰もいないんだろう……何も……思い出せない……」
「……ハルカ……」
何て無力なんだろう。僕は、女の子ひとり捜すこともできない。それどころか、手がかりひとつ見つけ出すことすらできない。
ただ、時間だけが、刻々と過ぎ去っていく。
「何だか私、眠くなってきちゃった」
眠くなるのも無理はない。時計を見ると、いつの間にか、一時間ほど経っている。確かに僕も、少し眠くなってきた。
「とりあえず今日は、このまま通信を切らずに、寝よう」
「ありがとう、蒼太」
「朝になったら、また話そうね」
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
僕は、バッテリーが切れないように、携帯を充電器につないで寝ることにした。
目が覚めたら、またハルカと話せるように……