デート①
姉の着替えが終わると、僕らは街に出た。
「お昼まだでしょ、とりあえずランチしよっか」
姉のおごりで、人気のパスタ店に行くことになった。
オシャレとは無縁の僕は、当然、初めて来る店だ。なるほど、シャレたカップルで賑わっているじゃないか。
「そういえば、アンタ、彼女いないの?」
唐突な質問に、口に含んだばかりの水を噴き出しそうになる。
「いないよ」
一瞬、ハルカのことが頭によぎる。
ーーーーハルカーーーー
「ねぇ、ちょっと、聞いてる?」
「……えっ、何?」
「だからぁ、バイトの後輩でね、彼氏募集中の娘がいるんだけど、紹介してあげようかって言ってんの」
「いいよ、自分で何とかするから」
「何ともなってないから言ってるんじゃない」
「姉ちゃんこそ、先週彼氏と別れたばっかなんでしょ?」
「私のことはいいの!」
そう言いながら姉は、目の前のカルボナーラを口一杯に頬張ったので、負けじと僕も、ミートソースたっぷりのボロネーゼを頬張る。
「なかなかいいもんでしょ、女の子とオシャレなお店でランチって」
「相手が姉ちゃんだしねぇ……」
「何よ、文句あんのぉ!」
別に嫌なわけではない。照れ隠しのつもりで、言っただけだ。
昔から、少し気が強いところがあったけど、優しくて、面倒見が良くて、気弱で引っ込み思案な僕を、いつも助けてくれた。そんな姉のことが僕は、嫌いではない。だから、こうして二人で出かけたりする。
「あっ、あのさぁ……」
ハルカのことを言おうとして、言葉を飲み込んだ。
「どうしたの?」
「えっ、あっ、この店、気に入ったよ」
「じゃあ、また誘ってあげるね」
食後の紅茶を飲み干すと、僕らはパスタ店を後にして、ファッションビルに向かった。
日を追うごとに増していく、クリスマスの装飾。聖夜までは、あと一ヶ月と少しといったところか。
エスカレーターで三階まで上ると、姉は、お気に入りのブランドのショップに入っていった。僕は、ショップの外の、通路の中央に並べらた椅子に腰かけて、姉が出てくるのを待つ。
しばらくして、ショップから出てきた姉は、無言で僕の手を取り、再びショップに入る。
「これと、これ、どっちがいいと思う?」
膝丈ほどの赤いプリーツのスカートと、デニム地のロングスカートを両手に持って、満面の笑みで問いかけてきた。
特に興味はないが、適当なことを言うと機嫌を損ねかねない。
「赤い方が、クリスマスっぽくていいんじゃない」
「やっぱそうだよねぇ。じゃあ、こっちにしよっ」
デニムのスカートを戻すと、再び僕の手を取り、トップスのコーナーに移動する。
「ねぇ、これ、可愛くない?」
姉は先ほどの赤いスカートの上に、モコモコの白いタートルのニットを合わせて、また僕に問いかけてきた。
「いいんじゃない」
僕の素っ気ない言い方に、不満そうな表情を浮かべながらも、
「これで決まりっ」
あっさりと、レジに向かう。
こういうのを、デートというのだろうか? 少し退屈ではあるけれど、悪くは無いような気もするーー相手が姉でなければーー
それから、他の服屋、靴屋、雑貨屋、レコードショップなど、一通り店舗を回ったが、これといって買うようなものもなかったので、建物を出ることにした。
ファッションビルを出たところで、姉は自分の右腕を僕の左腕に絡め、大通りを挟んだ向かい側にあるカフェを左手で指差し、
「チョット休憩しよっか」
と、微笑む。腕を組んで楽しそうにカフェに向かう様は、第三者的に見ると、完全にカップルじゃないか。