空腹
ーーーーあれから何時間くらい経っただろうか
「エド、遅いね」
僕の呟いたひと言に、姉が小さくうなずく。
「まさか、ひとりであの怪物と戦ってたりしないよねーーーーやっぱり僕、一緒に行った方がよかったのかな?」
「仮に、怪物と遭遇してたとして、あんたが一緒にいたんじゃ、彼、余計な作戦考えなきゃいけないでしょ。ひとりの方が身軽に動けるんじゃない……って、自分でも言ってたじゃない」
「ひどいなぁ。さっきはカッコいいって言ってたじゃない」
「ゴメン、ゴメンーーーーまぁ、今は待つ事しかできないんだから、おとなしく待ってましょ。エドさんならきっと大丈夫よ」
そうだ、エドは大丈夫。そんなの、僕の方がわかってるじゃないか。
……でも、やっぱり心配だ。
ーーーー窓を叩きつける雨は、衰える事なく、むしろその勢いを増している様だ。
「ここって…何処なんだろうね」
「何だよ、改まっちゃって」
「だってさぁ、空気的に日本って感じじゃないじゃない。だとしたら、何処か別の国ってわけでしょ。何なら、私たちの知らない全然違う世界ってことも…無くはないわよね」
「まぁ、あんな大きな月が見える場所って、地球上にあるとも思えないし…」
そうか、ハルカの事や黒い怪物の事で頭がいっぱいで、ここが実際何処かなんて深く考えてなかったな。
そういえば、長いこと元の世界に帰ってなかったっけ。行方不明とかで、大事になってなきゃいいけど…
まてよ、元の世界って…帰れるのか? 毎回ここに来るたび考えちゃうけど…今度こそ、あの怪物にやられたら、本当に死んじゃうんじゃないかって…
それに、僕だけが帰れて、姉ちゃんはこの世界に残っちゃうってパターンも考えられるし……
そもそも、あの怪物にやられる以外、帰る方法は無いのか? いや、きっと何かあるはずだ! イチカバチカじゃない確実な方法が。
……! 何を考えてるんだ、僕は…今は、帰る事を考えてる時じゃないじゃないか! この世界には、ハルカがいるんじゃないか。帰る事を考えるのは、ハルカを見つけてからだ。
「ボーっとしちゃって…あんた、また何か変なこと考えてたでしょ」
「そんなんじゃないよ……ただ…ちょっとね……もし、僕が元の世界に戻れて、姉ちゃんだけがこの世界に残っちゃったらって考えちゃって…」
「いいんじゃない。私、けっこう好きだよ、この世界ーーーーってか、心配してくれてるんだーーお姉ちゃんのこと」
確かに…悪くはないな…ここ…………でも、エドがいなかったら……食べ物が…ない。
やっぱり、エドがいなきゃ、この森では生きていけないんじゃないか。
ーーーーエドーー遅いなーーーー
ーーーーどれくらいの時が過ぎたのか、窓の外を見ても、昼なのか夜なのかさえわからない。
「お腹すいたねぇ」
しばらく続いた沈黙は、姉のそんなひと言で破られた。
「エドが置いていった袋の中に、食材が入ってるんじゃない? 姉ちゃん、何か作ってよ」
「あんた、私の手料理に期待してるわけ?」
そうだ! 姉には料理という能力がなかったのだ。食材はそろっている……エドなら、この食材を絶品の料理に生まれ変わらせる事が出来るというのに……
「何で頭かかえ込んじゃってるのよ」
「なんでもない」
明らかにテンションの下がった僕を見て、何かを悟ったのか、姉は言葉を発しなくなった。
「あっ、そうだ!」
しばらくの沈黙の後、突然、姉は何かをひらめいたらしく、湯を沸かし始めた。
「どうしたの、姉ちゃん? もしかして、何か料理、思い出した?」
「いや、料理じゃなくて、ハーブティー…思い出したの…ゴメンね」
「別に、謝んなくていいよ」
まぁ、ハーブティーでも飲んで、気持ちを落ち着かせるのも悪くないか。さすがに、お湯くらいは沸かせる……よな……
ーーーーしばらくすると、僕の心配をよそに、湯気の立ったポットが運ばれて来た。そして、カップをふたつテーブルの上に置くと、姉はまたキッチンの方へ戻って行った。
「これなら、調理しなくても食べれるわね」
姉がキッチンから持ってきたのは、そう、あのビスケットのようなパンだ。
よかった。これで、少しは空腹を凌げる。




