ハルカの通信機
「そういえば、ハルカから着信があったとき、変わった番号が表示されてたけど、携帯じゃないよね。固定電話なの?」
「通信機。気がついたら、この通信機を持って、この場所に倒れてたの。だから、この通信機で誰かと連絡がとれないかと思って……」
「それで、僕の携帯にたまたま、つながったって訳か。僕以外に、誰かとつながらなかったの?」
「蒼太だけ。二回つながって、二回とも蒼太だったの」
偶然……なのかな。っていうか、通信機って何だよ。携帯につながるのか? いや、実際つながってるし。ダメだ、僕の頭では理解できない。彼女はーーハルカはいったい何者なんだ。そもそも、何で僕なんだよ。
「……蒼太……迷惑だった?」
「いや、違うんだ。ただ、僕の頭の中でいろいろ処理しきれなくて……全然、迷惑なんかじゃないんだ」
「よかった。私には蒼太しかいないから、蒼太としか話せないから、蒼太と……つながってたいから……」
ハルカには僕しかいない……そうか、僕しかいないんだ。僕が何とかハルカを……まてよ、この電話、切ったらどうなるんだ……
「ハルカ、この電話、切ったらどうなるの? また、僕の携帯につながるの?」
「わからない。どうやってつながったのか、わからないの。だから、また、つながるかどうか……」
最初にハルカとつながったのは、一ヶ月以上も前だ。今、通信を切るとまた一ヶ月……いや、もしかしたらもう二度とつながらないかもしれない。
「僕の携帯から発信してもダメかな?」
「わからない。でも、もしつながらなかったら……」
いつまでもこのままってわけにもいかない。一か八か……
「ハルカ……僕らを結びつけたのは、運命だと思うんだ。ハルカの持ってる通信機が、僕の携帯にしかつながらないっていうのも、偶然とは思えないし。だから、きっとまた、つながると思うんだ」
「蒼太……ありがとう。私も、運命を信じる」
そして僕たちは、いったん通信を切り、携帯の着信履歴からすぐに、ハルカの通信機の番号にかけてみた。
……ダメだ。何度やってもつながらない。少し待ってみたが、ハルカの方からもかかってこない。
次の日も、その次の日も、僕は、待ち続けたーーしかし、ハルカからの連絡はいっこうにこない。
ーーあれからちょうど一週間ーーハルカからの連絡がないまま、今日も朝を迎える。
深夜のバイトを終え、家に帰ってシャワーを浴び、トーストとカフェ・オ・レで軽めの朝食をとる。
ーー今日は、バイト休みだし、ゆっくり寝るとしよう。
そんなことを考えながら、僕は、カフェ・オ・レをひとくち、口に含んだ。すると突然、静寂を切り裂いて、携帯の着信音が部屋中に鳴り響く。
「あっ、蒼太」
電話の向こうの声は、ハルカではない。
「姉ちゃん……何なの?」
二つ年上の姉だ。
「何なのってことは、ないでしょ。あんた今日、バイト休みだよね。チョット、買い物つき合ってくれない?」
「今から寝ようと思ってたんだけど……」
「昼からだったら?」
「しょうがないなぁーーじゃあ、一時くらいにそっちに行くよ」
「サンキュ! じゃあ、待ってるね」
電話を切ると、さっさと食事を済ませ、ベッドに潜り込んだ。
ーー携帯が鳴ってるーーはっ、ハルカ!
慌てて携帯をつかんだ僕は、それが、十二時にセットしたアラームの音だと気づいた。
寝ぼけていたのか、あるいは、ハルカの夢を見ていたのかもしれない。
三時間ほどしか眠っていないが、それほど気怠さは感じない。
姉の住むアパートは、電車で二駅ーー街までの途中の駅ということになる。
僕は、車やバイクなどの運転免許証は持っておらず、移動手段といえば、電車か自転車になる。
駅から歩くこと十分、二階建ての真新しいアパートに到着した。二階の角部屋、そこが姉の部屋だ。
インターホンを押すと、間も無く少しだけ玄関のドアが開いた。内側からかけられたチェーンが、ピンと張っている。僕の姿を確認すると、姉は、待っていましたと言わんばかりに、満面の笑みを浮かべる。そして、僕を部屋の中に招き入れ、そそくさとメーク道具を片づけたかとおもうと、あろうことか、弟の前で着替えはじめたではないか。
「ゴメンね、チョット寝ちゃってて。すぐ着替えるから」
「いいよ、別に」
とりあえず僕は、目を逸らして素っ気なく応えてみた。姉とはいえ、女性が目の前で着替えるというのは、いささか抵抗がある。そういう所が、彼女ができない原因なのかも知れない。