ハルカ
当たり前のことが、当たり前のように過ぎていく。僕の思っている日常とは、そんなものだ。
季節は、秋から冬へと移り変わっていく。
僕の生活はというと、特に変わったこともなく、ただ規則正しく時が流れていくばかりだ。
休日の夕方、カップルたちで賑わう街を、僕はひとり目的もなく、ただ、ぶらぶらと徘徊している。
日が暮れるにつれ、明るさを増していくクリスマスのイルミネーション。
そう、十一月にもなると、だんだんクリスマスの装飾が、街を彩りはじめる。
しかしそれは、僕にとって虚しさを倍増させるだけだ。寂しさを紛らわせるために街にでてきたというのにーー
街の灯りは、夜空の星さえ隠してしまう。ただ、まっすぐに続く、街路樹のイルミネーションが星屑のようで、僕の心を少しは癒してくれる。
街路樹に沿って、歩道をまっすぐ歩いて行くと、駅が見えてくる。駅に近づくにつれ、さらに、賑わいが増してくる。
帰宅の途中、立ち寄った近所のコンビニで夕食の弁当を買い、ひとり寂しくテレビを見ながら食べていると、マナーモードに設定していた携帯が、机の上で震えだした。
ディスプレイを見ると、知らない番号が……いや、前にいちど……そうだ、あの時の! 慌てて通話ボタンを押すと、
「あっ……つながった……」
聞こえてきたのは、確かにあの時のあの声だ……今にも消えてしまいそうな、透き通ったあの声。
「君はいつも、知らない誰かにかけてるの?」
「えっ? だれ? 私を知ってるの?」
驚いた彼女の声を聞くと、何だか楽しくなってきた。
「二度目だよ、この携帯につながったの。覚えてない?」
「も、もしかして、あの時の……覚えてる。あの時は、ほんの少ししか話せなかったけど、覚えてるよ」
また、記憶を失くしたかと思ったけど、覚えててくれたみたいだ。
「名前、思いだした?」
「ううん、何も思いだせない。でも、前にあなたと話したことは、ちゃんと覚えてる。とても嬉しかったから」
さて、どうしたものか。聞きたいことは山ほどあるけど、おそらく、何ひとつ答えは返ってこないだろう。
「名前……教えて」
突然の彼女からの問いかけに、少し驚いてしまった。
「かっ、葛城蒼太、僕の名前だよ」
「ソウタ、素敵な名前ね。私にもあったのかな……素敵な名前」
何て答えればいいのか、言葉に詰まってしまう。
「そうだ、私に素敵な名前、つけてくれない?」
「僕が? 君の名前を?」
困ったぞ、予想外だ。急に名前をつけてくれと言われてもなぁ……
「名前かぁ、うーん……」
ダメだ。思いつかない。
「ゴメンなさいーー急に名前つけてって言われても、困るよね」
「……ハルカ」
突然、僕の頭の中にその名前は飛び込んできた。
「どこにいるのかわからない、手の届かないどこか遠くーーはるか遠くにいるような、そんな気がしたから。だから、ハルカ」
「ハルカ……それが私の、名前……ありがとう、とても素敵な名前」
よかった、気に入ってくれたみたいだ。