ファースト コネクト
あの時、彼女が見ていた空は、僕が見ていた空と同じ空だったのだろうかーー
十五年前の不思議な体験……彼女は今、どうしているだろうか?
妻が眠る病室の窓の外を眺めていると、不謹慎にも、永らく遠ざかっていた過去の記憶が、ふと甦ってきた。
当時二十歳だった僕は、深夜のコンビニでアルバイトをしていた。
ある日の朝、いつものようにアルバイトを終え、ワンルームの自宅アパートに帰ってくると、突然、携帯電話の着信音が鳴り響いた。これが、僕と彼女の奇妙な通信の始まりだった。
バイブレーションの振動を感じながら、開いた二つ折りの携帯電話のディスプレイには、見慣れない番号が表示されている。無意識という表現が、正しいかどうかはわからないけど、右手の親指は、すでに通話ボタンを押している。
「あっ……つながった……」
電話の向こうから聞こえてきたのは、今にも消えてしまいそうな、透き通った女の子の声だ。
「誰? イタズラ電話?」
「ご、ごめんなさいーー切らないで」
僕の言葉にあせったのか、彼女の声は少し慌てた様子だ。
「やっと、つながったの。だから切らないで」
あせっていても、変わらず透明感のある声だ。
「誰なの? 名前は?」
「名前……何だっけ……忘れちゃった」
「……えっ? 今、どこにいるの?」
「わからない」
「歳は?」
「憶えてないの」
記憶喪失なのだろうか。
このまま電話を切るべきか、それともーー
「ごめん、僕、夜勤明けなんだ。もう寝ないと、また夜になったら、バイト行かなきゃいけないし」
「そっか……ごめんね」
「僕の方こそ、ごめん。せっかく、つながったのに役に立てなくて……また誰かにつながるといいね」
「ありがとう。少しでも話せてよかった。じゃあ……切るね……サヨナラ」
「……サヨナラ……」
切ってよかったんだよなーーほんの数分間話しただけなのに、なんだろう、この切ない気持ちは……
彼女の声が耳から離れないままシャワーを浴び、そしてベッドにもぐり込んだ。
携帯のアラームで目を覚ました僕は、数時間前のあの出来事が、夢であったかのような錯覚に陥っている。
いや、夢ではない。だとしたら、あれはいったい……
とにかく、友人との約束があるので、ベッドから起き上がると、さっそく身支度に取りかかる。
ハンバーガーショップの店内の席で、僕と向かい合って座っている村田広樹は、高校時代の同級生で、僕の唯一の友人だ。
広樹は、最近彼女ができたにもかかわらず、こうして僕とランチにつき合ってくれたりもする。
「蒼太は、彼女つくんないの?」
「なかなか出会いがなくて……こんな性格だし……」
僕は、自分から女の子に声をかけられるような性格ではないのだ。結婚どころか、いっしょう、女の子とつき合うことすら、できないんじゃないかって思ったりもする。
フライドポテトをつまみながら、しばらく広樹の惚気話を聞かされたあと、店を出た僕らは、行きつけのゲームセンターに足を運んだ。
僕の住んでいる街はそれほど大きくはないが、電車に揺られて十五分もすれば、そこそこ大きな街が現れる。僕らはいつも、こうしてこの街の風景に溶け込んでいるのだ。
秋も深まり、陽が落ちて肌寒くなってくると、温かいものが食べたくなるものだ。そこで僕らは、ラーメン屋に立ち寄り、勢いよく麺をすすり、スープまで飲み干すと、広樹とはそこで別れた。
そして僕はまた、この街にあるコンビニで、朝までアルバイトをする。