犬と野蛮な狼
何ヵ月ぶりでしょうか。
「……店を出た所を狙うぞ」
「「了解」」
二人は三つの大きな登山リュックの様な鞄とその内二つがパンパンになる程の物を買い、買い物を終えた。
その重い方の二つを蜜柑が、何も入っていない一つを鳳梨が持ち、店を出る。鳳梨も荷物の入ったものを持とうとしたが、脆弱な鳳梨には持てる重さではなかった。持ち上げることすら叶わなかったため、両方蜜柑が持っている。一つは背に、一つは手に。
「両方持っていただいてすみません……」
「大丈夫ですよ、桃太郎様が身動きを取れない方が困りますから」
軽々と二つの鞄を持つ蜜柑。その顔には先程と同じ柔らかい笑みが浮かんでいる。重さに顔を歪めることもない蜜柑の筋力を、鳳梨は羨む。
「……帰りもあの道ですか?」
あの肉屋の通りに差し掛かる頃、鳳梨は強くなる鉄の臭いに顔をしかめた。
「少し遠回りになりますが、別の道もありますよ」
蜜柑は足を止め、通りの脇にある小道を指差す。そこは人通りはそれなりにあるが、薄暗い。両脇の高い建物が光を遮っているようだ。
「そっちに行きたいです」
蜜柑がよければですけど……。と、重い荷物を持った蜜柑を気にしながらも別の道を希望する。忠犬の蜜柑は当然ながら承諾し、薄暗い道を二人で歩き出した。
「……」
暫く歩くと、蜜柑の様子が変わる。チラチラと辺りを見回し、足を早めた。
「どうかしたんですか?」
その蜜柑の様子を不思議に思った鳳梨は尋ねた。蜜柑はそれに、小声で返事をする。
「……誰かに付けられています」
ぼそりと囁かれたその言葉に、鳳梨の顔色が一変する。
「誰かって誰ですか……?」
「分かりませんが、人狼であることに間違いありません。それも三人です。」
二人だけが聞き取れる声で会話する。
否、そう思っているのは鳳梨だけで、耳の良い人狼には関係ない。
付けている人狼にも丸聞こえだ。
「……!」
三人のうち、一人が指示を出す。
「気付かれた」「逃げられる前に」
「捕らえろ!!」
三人の人狼が、鳳梨と蜜柑に接近する。二人は、建物の上から、一人は背後から。
「逃げますよ!」
接近を察知した蜜柑は、鳳梨の手をとり走り出す。しかし、大量の荷物を持った蜜柑の動きは普段より遅い。
その足では、同族から逃げ切ることは出来ない。何より、人間である鳳梨もいるのだ。普段通りの装備であるならば鳳梨を抱えて走り、逃げ切ることもできる。だが今はそれができない。
「くそっ、ミスった!!」
蜜柑が悪態をつくのと、その体が吹き飛ぶのはほぼ同時だった。
「ぐっ…!」
吹き飛んだ━━人狼の一人に蹴り飛ばされた蜜柑は、建物の壁に体を強打する。そしてそのまま地面へ崩れ落ちた。
「蜜柑さん! っ、うわぁっ!!」
蜜柑に駆け寄ろうとする鳳梨。
そして、建物の上を駆けていた二人も鳳梨を囲む様に地面に降り立つ。行く手を阻まれ、更に逃げ道を失った鳳梨は悲鳴を上げ、尻餅をつく。
「ったく、四番手の癖に逃げ切れるわけねぇだろ」
「まぁ、向こうも必死だったのよ。彼にも目的があるのだからしょうがないわ」
「……」
蜜柑を警戒しつつも、言葉を交わす三人。声の質でいうのなら一人は男、一人は女。もう一人の性別は不明。不明な人狼は他の二人に比べると随分と小柄だ。そして、三人とも黒いマントを羽織り、フードを目元まで深く被っていた。
「さぁ、こちらへおいでください。えっと……桃太郎殿……?」
脅え、恐怖に体を震わせる鳳梨に男とおぼしき人物が手を差し出す。
「い……嫌だ……」
手を胸元に押さえつけ、鳳梨は小さく首を横に振る。目には涙も浮かんでいた。
「大丈夫ですよ。彼と居るより我々といた方が遥かに安全だ」
その人狼が、一歩鳳梨に近づく。
「やだっ……食べないで……」
震えていた体も、もはや止まりただ拒絶の言葉を並べる。まさに蛇に睨まれた蛙だ。
「あれに何か吹き込まれてる様ね」
その様を見た女の人狼がため息混じりに呟く。
「チッ……説得する時間もねぇのに…。仕方ない、連れてくぞ」
更に一歩、鳳梨に近づいた人狼は鳳梨り抱き抱えようと手を伸ばす。
「あ、ぁ……蜜柑……!」
鳳梨の涙腺は限界を迎え、涙を溢す。口は蹴り飛ばされ、動けなくなった蜜柑に助けを求める言葉を吐き出す。
「あいつはもう少し動けないと━━」
「……スー、頭」
「えっ」
ドカッッッ!という、強烈な音と共に今度は人狼の体が吹き飛ぶ。
人狼は先程の蜜柑と同じ様に、壁に激突した。
「ヒュッ…!!」
口から、無理矢理空気を絞り出した様な音が出る。
「……遅かった」
小柄な人狼は体格に見合う、あどけない声でぼそぼそと喋る。
他の二人が気絶したであろう蜜柑から、鳳梨に意識を向ける中、この小柄な人狼は蜜柑を見つめていた。おかげで、鳳梨の名を呼ぶ声に反応し、起き上がり、走りだし、拳を振りかぶった蜜柑に気付いた。
警告は間に合わなかったが。
「桃太郎様に……触るな!」
三人に向かい、吠える蜜柑。
その額からは血が滲んでいる。蹴られたときの傷だろう。
「少しは強くなったみたいね。スーに一撃入れるだなんて」
今度は、女の人物が拳を振り上げ蜜柑に肉薄する。
その間に、小柄な人狼は回収のため、鳳梨に接近する。
「させないってば!」
蜜柑は拳をかわし、小柄な人狼に蹴りを入れる。が、小柄な人狼に足をつかまれ阻止された。
「OK、そのまま持ってて」
女の人狼は動きの止まった蜜柑に、容赦なく鉄拳を打ち込む。
「あ、ぅ……っ!」
鳩尾を抉る様に入ったアッパーに、蜜柑が喘ぐ。そして一息つく間もなく、更なる攻撃が蜜柑に浴びせられる。
(今のうちに……!)
蜜柑に二人が集中している事を好機とした鳳梨は立ち上がり、走り出した。
「……くそ……、っ、待て桃太郎……!」
蜜柑に殴られた人狼は、打ち所が悪かったのか体を動かせずただ声をかけることしかできない。
「何処に行くのよ!」
女の人狼が殴ることをやめ、鳳梨を追いかける。しかし、それは蜜柑に阻まれる。
「行かせない……!」
小柄な人狼を振り払い、女の人狼のまえに躍り出たのだ。
「……蜜柑は、倒さないとダメみたいだね」
振り上う際に殴られた頬を擦りながら、小柄な人狼はマントを脱ぎ捨てた。
「俺だって強くなったんだ……!」
蜜柑はその姿にたじろぎかけたが、持ち直し、対峙する。
鳳梨は振り返る事なく、細く薄暗い道を駆けた。
スピード感のたりない戦闘シーン。