犬とお散歩
遅くなってすみません。
名前は、蜜柑。種族は人狼。
「桃太郎様の『犬』になるべく、この町に滞在しておりました!」
元気いっぱいに自己紹介をする蜜柑。尻尾を千切れんばかりに振っている。
「えっと、僕は、鳳梨です。あー……できれば、その、桃太郎じゃなくて名前で呼んでください。これから、よろしく、お願いします」
蜜柑に気圧され、激しく吃りながらも自己紹介をする。
「はい、よろしくお願いします桃太郎様!」
「あっ、あの、桃太郎じゃなくて鳳梨で…………」
元々、口数の多くない鳳梨にとって、蜜柑は苦手なタイプであった。その上話も聞かない。最悪だ、と悪態をつきたくなるがぐっと堪える。仲間として共に行動する以上そんなことは言っていられない。諦めるか、順応するしかないのだ、と腹を括る。
それでも、名前で呼ぶとこは譲れない。そこだけは粘り強くお願いしていくことにした。
「では、無事合流できましたし! 猿を迎えに行きましょう!」
今夜は文化的な食事と寝床にありつける。そう思っていた鳳梨は耳を疑った。
「……え、今すぐ出発……ですか……?」
鳳梨の質問を聞いた蜜柑は、きょとんとした顔をし、答える。
「当たり前じゃないですか、早く鬼退治しなきゃいけないんですよ?」
あ、でも、当面の食料等は買わないとなので一回町に入りましょう。と、提案する蜜柑を不満そうな目で見つめる鳳梨。ほとんど食料のないなか、このくそ長い道を━━途中から蜘蛛に乗ってきたとはいえ━━歩いてきたのだ。一回、しっかりと休みたい。
「……できれば、ここで一泊……せめて一食くらい食事を取ってからにしませんか……?」
鳳梨はおずおずと提案する。ちょっと疲れてしまって……と、アピールもしっかりと。
「 あぁ、そうですよね。桃太郎様もお疲れですよね。気が回らず申し訳ございません」
(伝わった……!)
鳳梨は文化的な食事を取れる喜びに顔を綻ばせると同時に、期待を抱き、ついてきてください、と先導する蜜柑にわくわくしながらついていった。
◇◇◇
「あのー……」
「はい、なんでしょうか」
「なんで、森にいるんですか?」
わくわくしながら蜜柑の背を追うと、何故かどんどん街を出ていき、最終的にたどり着いたのは森であった。一人ではない上に、強いと聞く蜜柑が一緒なので昨夜感じていた恐怖に比べれば幾分かはましだが、やはり鬱蒼としていて薄暗い場所に恐怖を覚える。それに街で食事が取れると思った矢先に森に連れてこられたのだ。鳳梨は酷く落胆していた。
「ここらへんは美味しい鳥系のモンスターが多いので、捕まえて桃太郎様に食べていただこうかと思いまして」
曇りのない眼が鳳梨を捉える。
「あぁ、そうでしたか……」
確かに、こことは言ったがこの街とは言っていない。この街周辺で食事をしたいと、解釈されていた。
(伝わってなかった)
鳳梨は日本語って難しいなぁ……と実感する。
「食事を終えたら街に買い出しに行きましょうね」
「……はい」
悲しみに暮れながら暫く森を散策すると、突然目の前に二つの影が躍り出た。
「うわぁああぁああ!?」
いつぞやのゲル状のものと、鳥の様な姿をしていながら嘴から鋭い牙を覗かせる何か。
それらを目撃した鳳梨はすっとんきょうな声を上げる。ついでに、10cmくらい跳ねた。
「あっ、あいつです! あいつが美味しいんです!」
一方、蜜柑は嬉々として鳥状の何かを指差す。尻尾も振っている。鳳梨にしてみれば何喜んでんだこいつ、状態である。
「桃太郎様はお下がりください。ここは僕が仕留めますので!」
「あ、はい、頼みました」
スライム相手に逃げ出した程度の鳳梨は全てを蜜柑に託した。桃太郎といえど所詮は元モブなのだ。戦う気などない。
「見ててくださいね」
蜜柑はそう言うと、素早く鳥状の何かに肉薄し、その首をわしづかみにする。鳥の方も避けるか、反撃するかしようとしたが蜜柑の方が一歩速かった。
『くえっ』
ボキッ、というなんとも不快な音が鳴る。バサバサと暴れていた鳥はそのまま動かなくなった。
「よーし」
蜜柑はそのまま、鳥の解体にかかった。肉を切る音が鳳梨の耳に入ってくる。蜜柑の背後に陣取っているため直接的にその現場を目撃はしていないが、たまに蜜柑体の脇に赤い何かが飛ぶ。
「……」
鳳梨はそっと目を反らした。
「終わりましたよ」
くるりと振り返った蜜柑の手には腹の開いた鶏肉がぶら下がっていた。顔には赤い液体。
(あえて、何の液体かは問うまい)
木いちごの汁だ、きっとそうだ。と鳳梨は自分に言い聞かせる。
「そういえば、スライムは放っといていいんですか?」
先程から、こちらに襲いかかってくることもなければ蜜柑が攻撃する様子もない。飛び出して来たとなれば戦闘に移るのが定石だと思っていた鳳梨としては些か不審なようだ。
「スライムは、こっちから何もしなければ何もしてきません。無駄に強いので放っとくのが一番です」
「そうだったんですか」
(それなら俺でも逃げ切れる訳だ)
一人納得し、スライムを見る。見れば見るほどぷよよんとしているただのゲル。強そうには見えない。ここで大したことないだろうと高を括り、つついてしまう、なんて御約束の展開もありそうだが鳳梨にそんなことをする勇気はない。
「少し開けた所に行きましょう。これを調理したいので」
ぼんやりと考え事をしていると、蜜柑に声をかけられる。
「分かりました」
はっと我を取り戻し、了承して歩き出した蜜柑についていく。少し野性的ではあるが、美味しいご飯にはありつけそうだと、再び期待に胸を膨らませた。
どうしても美味しいご飯を食べたい鳳梨くんの話になってきましたね。異世界とは。