パイナップルの旅立ち
「こちらが『桃太郎』の防具でございます」
村長が恭しく差し出したのは、桃色の布。手にとって広げて見ても桃色の布。
「……ごめんなさい、ただの布ですよね?」
(これをどう装備しろと? あれか、どっかの民俗衣装みたいに体に巻けと?)
村長は、ただの布ではございませんよ! と自慢気な顔で答えた。そうは言ってもやはり、モブとして生きてきた鳳梨と同じく平凡な布である。鳳梨は訝しげな顔をして、それを眺める。着れる様に加工されている訳でもなく、本当にただただ1枚の布。
(これが伝説の装備だと……そんな馬鹿な……)
「少々装備の仕方が分かりにくいのが難点でございまして……うちの娘に手伝わせましょう」
「あ、はい、お願いします」
有難い申し出に、一も二もなく了承する。それを聞いた村長は「杏」と、部屋の隅でお行儀よく座っている件の美女に声をかける。
「はぁい」
朝、鳳梨に声をかけた時と同じく澄んだ声が彼の元に届いた。そして立ち上がり、鳳梨の元に寄ってくる。
「よ、よろしくお願いします」
「はい、お任せください」
鳳梨から布を受けとると、ふわりと笑いかけた。たったそれだけでも、鳳梨の胸はどきどきと高鳴る。杏は、そんな鳳梨にお構い無しでてきぱきと布を体に巻いていく。
(明らかにこれどっかの国の民俗衣装だよね。しかも女性が着るやつだよね)
装備が完了した『桃太郎』には伝説と称される程の威厳がない、と鳳梨は感じた。しかし、村長と杏の視線には期待のようなものが籠っている。偽物なのでは? と疑ってもややこしいだけと判断した鳳梨はおとなしく桃色の布を纏うことにした。
「素敵ですわ桃太郎様!」
何より、想いを寄せている相手にそんなことを言われれば受け入れる外ない。
「そしてこちらが、武器と附属品でございます」
次に村長が手にしたのは、何かが入った袋と刀。袋にはでかでかと桃の刺繍が入っている。刀は、素人である鳳梨にはどんなものか判別はできないものの、素直に格好いいとおもえる物であった。
「この袋には『きびだんご』が入っております。邪気を払うもので、それを食べると鬼共が迂闊に近寄れなくなります」
村長はそう説明しながら、鳳梨に袋を渡す。鳳梨が袋を開けて確認すると、確かにきびだんごが四つ入っていた。袋を閉め、元々着ているパーカーのポケットに仕舞う。
「こちらの刀は、『茨木童子』を切ることのできる唯一の刀でございます」
受け取ると、鳳梨は手にずっしりとした重みを感じる。それと同時に拒絶されるような何かを感じた。が、気のせいだろうと解釈し刀についたヒモを肩にかけ背負う。
これで、『桃太郎』のフル装備が完成した。
なんともまぬけな出で立ちである。
「それでは桃太郎殿、行きましょう」
「……はい」
村長と杏に誘導され、鳳梨は村長の家を出る。行くというのは、もちろん鬼退治に『行く』ということだ。鳳梨の足取りは重く、どこからか『ドナドナド~ナ』という物悲しいBGMが流れて来そうである。反面、村長と杏の足取りは軽やかで、一層鳳梨のどんよりとした空気を際立たせた。
村の門の側には、すでに数多くの村人が鳳梨を見送るために集合していた。その全員が期待と希望の籠った視線を鳳梨に投げ掛ける。
「我々はここまでです、後は桃太郎殿お一人で……」
「ご武運をお祈りいたします」
村長と杏は門を出るまで後一歩の所で足を止めた。
(もう逃げられない……)
鳳梨はため息を一つつくと、門の外へと歩を進める。
が、門を出る寸での所で動きを止め、村長の方に体を向けた。そして村長に近づき、そっと耳打ちをする。杏や、他の村人に聞こえない様に、村長にだけ届く声で。
(……もしも僕が鬼を退治して生きて帰ったら、杏さんを、その、嫁としていただきたいのですが……)
報酬として何でも用意する。鳳梨はそれに杏を選んだ。旅の間に他の男に取られてしまわない様に、先におねがいしておくことにしたのだ。
「……娘に聞いてみます」
そう言うと、村長は杏に近づきこそこそと言葉を交わす。鳳梨は、二人を不安げに見つめる。
少しの間会話をしたあと、村長が鳳梨の方を向き指で丸をを作った。顔には笑顔を浮かべている。杏の方は、顔を赤らめながらも微かに微笑んでいる。
承諾して貰えたことを悟った鳳梨も顔を綻ばせる。そして、改めて門の方に、村の外に目を向けた 。
(少しだけ、やる気出たな)
生きて帰ってこれるかは分からない、退治できるかも分からない。でも、大好きなあの子が望むなら、精一杯頑張ろう。
そう心に決め、一歩踏み出した。
「では、いってきます」
いってらっしゃいませ! と村人達の声が聞こえる。そのなかに混ざった、モンスターが出ます故お気をつけて! という声が鳳梨に届くのと、茂みからぷよよんとしたゼリー状の何かが飛び出してくるのはほぼ同時だった。
「モンスター出るとか聞いてないんですけどぉ!?!?」
村を出て10秒で、鳳梨の人生初の戦闘が始まった。
次回からやっと異世界っぽくなります。