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短編

拝啓 没落令嬢へとなった私へ

作者: 池田瑛

「こんにちは。

 貴女がこの手紙を見つけて、読んでいるということは、クレナッシュ王子に婚約を破棄され、貴族という身分を奪われ、他国に追放される前の日、ということだと思います。もし、貴女がそんな状況じゃないわ、と思うなら、この手紙はすぐさま暖炉に投げ込んでください。もし、違う状況の貴女がこの先の内容を読んだら、貴女が7才の時、お母様の大切なネックレスを勝手に持ち出して、無くしてしまったこと。その事実が明るみに出るという仕掛けになっています。あのネックレスは、お母様が先祖代々受け継いできたもの。結局、屋敷に忍び込んだ何者かがネックレスを盗んだのだろう、ということになっていると思いますが、貴女が無くした、という事実が明るみにでます。その事実がお父様に知られるような手筈になっています。

 クレナッシュ王子に婚約を破棄された、というような状況でない貴女であれば、早く暖炉に投げ捨ててください。ネックレスを盗んだのが自分であったと言うことが明るみにでる、ということを恐れるのであれば、早く捨ててください。続きが気になるとは思いますが、聡明で、そしてある意味でさっぱりした貴女は、この手紙を素早く暖炉に投げ込むことができるはずです。









 さて、ここから先を読んでいるということは、シナリオ通りになった貴女ということですね。シナリオと言われても意味がさっぱり分からないと思います。まずは、自己紹介をさせてください。私は、アンジェリー・フォン・ベラルーシ。そう。貴女です。この手紙を書いているのは、9才の時の貴女です。

 こんな手紙書いた記憶が無い、と思われると思います。そう思うのが自然です。まず、筆跡を見比べてください。貴女の筆跡だと思います。9才の私は、この筆跡が生涯変わらないように、私の右手が私の筆跡を覚えるように必死に書き取りの練習をしました。だから、筆跡から見て、この手紙を書いているのは自分自身だ、と貴女は思わずにはいられないと思います。しかし、想像を絶すると思いますが、正確に言えば、私は貴女ではありません。私は、別世界から来た人間です。輪廻転生、という言葉がありますが、きっと仏教という宗教とは縁もゆかりもない貴女には理解できないことだと思います。手紙を書きながらも、輪廻転生とか、仏教とか、そんな単語がこの世界にあるか不明です。意味が分からなかったら、読み飛ばしてください。

 つまり、私は、ある意味では貴女であって、本当の意味で貴女ではないということです。私、貴女でもありますが、私には、別の人生の記憶がありました。産まれてから、ずっと、到底ありえませんが、私には記憶があり、人格があり、個性がありました。信じられないことです。そして、その記憶の中には、貴女の人生についての記憶もありました。私であり、貴女でもある、アンジェリー・フォン・ベラルーシが、今後、どんな人生を歩むのか。その、未来であり、未知であるはずのことを、私は知っていました。なぜ私が知っているかと言うと、アンジェリー・フォン・ベラルーシが、乙女ゲームの悪役令嬢だからです。乙女ゲームというのが、貴女には分からないと思います。乙女ゲームというのは、恋愛の物語だと思ってください。貴女ではない私が、読んだ事のある物語で、貴女のことを知っているのです。


 たとえば、先ほどのあなたがお母様の大切なネックレスを無くしたということ。貴女はそのことに深く今も傷ついています。私がこの手紙を書いている時から4年後、今の貴女から見て3年前、お母様は既に病で亡くなっていると思います。お母様が息を引き取られる寸前に、ネックレスを無くし、貴女への形見と出来ないことを嘆いたと思います。そして、自分が無くしたということを言えなかったことを激しく後悔していると思います。お父様も、ネックレスが無くなった当時、屋敷の警備が手薄だったことを深く後悔し、お母様が亡くなってからは、屋敷の警備を強化させます。しかし、今の私にとっては未来のこと、4年後のことです。お母様が病気でなくなるというようなことを私が分かるはずはないのです。しかし、私は貴女の半生を、物語で読んで知っています。だから、アンジェリー・フォン・ベラルーシ、貴女の歩み人生を知っているのです。

 私の知っている物語では、貴女は、クレナッシュ王子に婚約を破棄され、貴族という身分を奪われ、他国に追放されます。この手紙を読んでいる貴女と同じ状況です。

 貴女が、この手紙を何故見つけることが出来たのか。それも同じ理由です。

 貴女はきっと、「シルフィアは、私が自ら編んだネックレスを喜んで受け取ってくれ、それをいつも身に着けていてくれている。しかし、アンジェ、君は、私が愛を込めながら編んだネックレスを、まるでゴミをみるかのような目で受け取り、そして身に着けてはくれなかった。君が求めていたのは、私ではなく、私の持って居る地位や財産だったと気付かされた。しかし、アンジェは違う。本当に私を愛してくれているのだ。私の編んだ、市場で売れば、少しも値打ちがないであろうネックレスを、喜んで付けていてくれる!」と言われ、婚約破棄されたばかりでしょう。そして、クレナッシュ王子からもらったネックレスとは、どんなものであっただろうかと思い出すために、物置の奧にしまったネックレスをやっと探し当てたところでしょう。そして、そのネックレスに手紙が巻き付けられており、その手紙を読み始めた、というのが今の貴女の状況でしょう。


 クレナッシュ王子の手作りのネックレスにどうして価値を見出せなかったのか、と後悔する必要はありません。高価な物を贈られることこそが、愛されているという証明である、という価値観を貴女は教え込まれたはずなので、そのネックレスに価値を見いだせないのは、仕方が無いことです。


 貴女ではない私が、貴女の人生を知っているのであれば、どうして貰ったネックレスをぞんざいに扱ったのか、そして、貴女の愛するクレナッシュ王子に婚約破棄されることを防げなかったのか、という疑問がでると思います。

 その理由は、これは私の仮説ですが、人間の体には、二つの魂を入れる容量、器が無いということです。貴女が成長し、この世界のことを知り、魂が成長するに従って、アンジェリー・フォン・ベラルーシという器には、私の魂の居場所が無くなってしまったのです。貴女ではない私の記憶、そして魂は薄れていくばかりです。また、はっきりと言わなければならないのは、貴女ではない私にとって、アンジェリー・フォン・ベラルーシとは、単なる乙女ゲーム、つまり恋愛物語でしかないのです。大切な記憶というのは、長く心に残ります。貴女が、お母様の笑顔、声、温もり、そして最後の涙、それらは、4年経った今でもすぐさま思い出すことができると思います。しかし、1週間前の夕飯に何を食べたかを貴女は思い出せますか? おそらく思い出せないと思います。それと同じです。貴女ではない私にとって、貴女、つまり、アンジェリー・フォン・ベラルーシは、単なる物語の一つでしかありません。貴女ではない私にとって大切な記憶とは、愛する夫や子供達、そして友人達です。貴女が登場した物語は、貴女ではない私の人生を楽しませた物語の一つでしかありません。だから、貴女ではない私は、アンジェリー・フォン・ベラルーシの物語をすっかり忘れてしまうでしょう。この手紙を書いたということを貴女がすっかり忘れてしまっているのと同じように。

 もしかしたら、貴女は、夢で、実際には会ったこともない、しかし何処か懐かしい、黒髪で、貴女の世界の男達からすれば容姿に劣るような男に出会っているかもしれません。それは、きっと、貴女ではない私が愛した男です。そして、子供を産んだことのない貴女が、夢で子供を持っている夢を見たなら、それはきっと私が産んだ、そして愛した私の子供でしょう。貴女の体に、私の魂と記憶が少しでも残っているとしたら、それは、夫や子供達のことだと思います。

 酷いことを書いています。貴女にとっては、掛け替えのない一度きりの人生なのに、私にとっては、すぐに忘れてしまうような事なのです。きっと、私は忘れてしまう。だから、手紙という形で、貴女ではない私は、貴女に手紙を書いているのです。

 もっと、早くに手紙を書いていればよかったと私は後悔しています。婚約破棄される前の貴女に、手紙を書いておけばと。しかし、後の祭りです。貴女が、婚約破棄され、クレナッシュ王子はシルフィアと結ばれる、というクライマックスとその後、というこの物語で印象深いところしか、もう憶えていないのです。それだけ、私ではない貴女の魂が成長し、貴女ではない私の魂が居場所を失ったということでしょう。このタイミングでしか、貴女ではない私は、貴女へのメッセージを残す手段がないのです。遅くなってしまい、申し訳ありません。遅いと分かっていても、私は手紙を書かずにはいられません。

 それは、貴女が幸せになる未来があるよ、と私ではない貴女に伝えたかったからです。今は辛いかもしれませんが、きっと幸せは来ます。泣きながら夜を迎える人にも、喜びの歌と共に朝は来ます。それを伝えたかったのです。私の知っている物語であれば、貴女は、毒薬を今、持って居るはずです。貴女は、ネックレスを確認した後、それを飲むつもりだったと思います。ですが、繰り返しになりますが、書かせて貰います。貴女が幸せになる未来があります。

 また、貴女には分からない話にはなると思いますが、物語には、IFストーリーというものがあるのです。一つの物語にも、別の結末があるのです。二次創作では、貴女は追放された異国の地で、幸せになるというIFストーリーが多いのです。つまり、貴女の可能性は無限で、今は、絶望感しかなく、毒杯を飲むことしか方法がないと思っているかもしれませんが、実は、貴女が幸せになる未来というのは、貴女の想像以上にあるのです。だから、生きてください。貴女には幸せが待っています。





追伸:ほとんど失いかけている私の魂と記憶の中に、クレナッシュ王子の新たな婚約者であるシルフィアと貴女が、百合展開になるという二次創作もあったような気がします。しかし、それは、私の好みの展開では無いので、その未来は避けてくださると嬉しいです。まぁ、百合、という言葉の意味が貴女には分からないと思いますので、特に心配はしておりませんが。


 また、手紙の冒頭に書いた、お母様のネックレスを貴女が無くしたという事実が明るみに出るというのは、真っ赤な嘘です。貴女を知り尽くした私だからこそできる心理作戦とでもいうのでしょうか。ご安心ください。でも、出来るなら、お母様のネックレスを無くしたのは自分だったということは、いつか、お父様に打ち明けてくださいね。


 それでは、貴女の幸せを願っています。


 貴女であって、貴女ではない、アンジェリー・フォン・ベラルーシより、私であって、私ではないアンジェリー・フォン・ベラルーシに愛を込めて。

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― 新着の感想 ―
[一言] 大変面白かったのですが、ひとつだけ気になったこと。 何も知らない人物に対して何かを伝える手紙を書く際、何がなんでも全部書くのは正しい方法ではないと思います。特に前世という概念もなく、もしか…
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