第1章 ⑤
「飲み物なんかを取りに表に出たら、いろんな人間に見つかってしまうじゃないですか。しかも、従者が毒見をするとか言い出しそうだし。俺は従者を撒いてここに来るだけでも大変だったんです」
「じゃあ、私が取って来て」
「貴方のことだ。俺をここに一人残して帰るなんて真似を平気でしそうですからね。絶対に嫌です」
「頑固だな。君は」
「そういう点に関しては、貴方は信用できません」
「な、何を子供のようなことを言っているんだ。ほら、式典には、その……、盛り上がりというものが必要じゃないか。それに、こんな暗がりですることなんて他に何があるっていうんだ?」
アリーシャ自身、自分でも何を言っているのか分からなかった。
とにかく、セジに粉薬を飲ませたい。
一年間、セジの従者に注意されながらも、アリーシャは調合した薬をさりげなくセジの前でまいてみたり、ふりかけてみたり、努力を積み重ねてきたはずだ。
しかし、無理だった。
今回こそは粉薬を飲ませる好機に恵まれたと意気込んでいたが、当の本人に拒絶されては手の出しようがない。
しかも……。
「何だ。貴方は盛り上がりを期待していたんですか? だったら、とっておきのがありますよ。こんな暗がりで男女がすることなんて一つしかないじゃないですか?」
またセジは何かを誤解している。
まずい……。
何だか、この展開は、いつもの成り行きによく似ている。
いつもと違うのは、この場に二人しかいないということだ。
セジの日頃の言動を、行動に移すきっかけをアリーシャは与えてしまったのではないか。
そう、アリーシャが考え至った時には、手遅れだった。
「あっ……」
いきなり強い力で抱き寄せられた。
身構える暇もなく、セジの胸の中に収まってしまったアリーシャは、片足が不自然に浮いたまま、不安定な体勢になっていた。
「ま、待て。セジ」
今更なことを口にしてから、セジの早い心音に気付いたアリーシャは、顔を真っ赤に染めて、硬直した。
これは、一体どういうことだ?
セジも緊張しているということなのだろうか。
訳が分からない。
恥ずかしさと共に、アリーシャの中で昔のセジの印象が揺らいでいた。
いつの間に、こんなにセジは大きくなったんだろう。
昔は、アリーシャの後ろをくっついて歩くひ弱な子供だった。
こんなに泣き虫で、弱虫で、将来一国を背負っていけるのかと、アリーシャが不安に感じたほどだった。
それが今は……。
しっかりと、アリーシャを包み込んでいる。
大きな手だ。
適度に筋肉がついた腕は、アリーシャと離れてから剣術に打ち込んでいた証だろう。
遠い昔、無理やり剣術を学ばされて嫌だと拗ねていた少年がアリーシャの知らないうちに、体を鍛えていたらしい。
それに比べて、アリーシャには何があるんだろう。
セジの言う通り、何も変わらない。
今もこうして、自分が作り出した薬の後始末に追われていて、昔と同じことで悩んでいる。
セジがアリーシャになど、興味を持つわけがないではないか……。
そう思い至ると、心臓に鈍い痛みがあって、アリーシャの体から力が抜けた。
それを良いことに、セジはアリーシャの背中に回している腕の力を一層強める。
「ちょ、ちょっと。セジ」
このまま流されてはいけない。
アリーシャは、目を閉じた。
こんな所、誰かに見られてしまったら、セジが後々苦労するだろう。
これ以上、セジを苦しめるのは良くないと、慌てて、アリーシャはもがいた。