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魔女の戦争  作者: 森戸玲有
第6章 魔女の告白
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第6章 ④


「何か勘違いしているんじゃないのか? お嬢さん」


 ミゲルは、のろのろと大砲を押している部下を冷めた目で眺めながら、大きな欠伸をした。

 全軍の後方部隊にいるとはいえ、総力戦の最中に有りえない光景であることは間違いない。

 アリーシャはイリスと共に、自分で作った沢山の葉を括りつけた砲弾を荷車に載せて、やっとの思いで押していた。


「いや、無理ということはないがな。所詮、大砲の弾っていうのは、火薬を使って、重石を投げているだけのようなものだからな。あんたが使って欲しいって言うその弾だって、使えないことはないんだ」

「ならば、出来るだろう? 砲弾自体はイリスさんに備蓄庫から取ってきてもらったものだから、正真正銘、大砲の弾だよ。私はそれに、少し細工をしただけだ」

「草を巻いてか?」

「薬草だ」

「何だ、そりゃあ。敵さんを治そうとでもいうのか? それに、草なんて……。撃ったことねえから分からんが、燃えて、危険なだけだぜ」

「どんな薬草だって、表向きな使い方と、裏向きな使い方はあるし、幸い、この草はよく燃えない。煙は出るけどね……」

「ふん」


 ミゲルは腕を組んで立ち止まった。

 深緑色の制服は、アリーシャよりもよれよれになっていて、都合の良いように、袖が捲られ半袖になっている。

 兵士生活が長いのだろうと、その時初めてアリーシャは気がついた。

 少なくとも、今回の戦争のために、自ら志願した兵士ではないようだ。


「あんたのやろうとしていることは、思いつきにしては、面白いのかもしれない」

「じゃあ……」

「だが、無理と言ったら無理だ。考えても見ろ。開戦時に大砲隊が出ないっていうことは、そのまま、ほとんど、出番がないっていうことだ。この大砲はな。的確に敵さんを見つけ出して、撃ってくれるような優れ物じゃねぇんだよ。無闇にこれを使えば、味方も殺すことになるんだ」

「し、しかし……」

「お前、馬鹿だな……」


 大砲内の掃除用具でもある細長い(さく)(じょう)を揺らしながら、振り返ったのは、先ほどミゲルに捕まえられていたエスカルという少年兵だった。


「この風向きで、大砲なんか撃ってみろ。こちらに砲弾が転がってきて、俺達が被害を受ける。天気も悪くて、この砂煙。大砲を使うような条件が何一つ揃ってねえよ」


 特徴的な黒髪は、セジと同じだったが、瞳の色は薄い緑色をしていて、やんちゃな子供のようにぎらぎらしている。


「そんな……」


 エスカルとは目も合わせずに、アリーシャは、落胆した。

 少し考えれば、その程度のことは分かったはずである。

 しかし、自分の考えていることばかりに気を取られて、まったく考えが及ばなかった。


 もしかしたら、セジも知っていたのかもしれない。


 知っていて、アリーシャが彼らについていくことを許可したのだろうか。


 ……やられた。


 そして、アリーシャがこうしている間にも、セジは最前線で戦っているのだ。


「アリーシャさん。こいつらはアリーシャさんを苛めているだけですから。めげないで下さいね」

「イリス……さん」


 見も蓋もない慰め方だ。


 一応、イリスも男物の服装を用意していようで、ふと荷車の後ろに目をやると、黒のシャツと、下穿き姿のイリスの姿が飛び込んできた。ドレス姿でないイリスが新鮮に感じる。

 小さな背中には、備蓄庫からくすねてきた沢山の弓矢を背負っていて、あんなに派手な立ち回りを見せておいて、体術よりも、弓術の方が得意だと無邪気に笑っているのだから、この人の底が知れなかった。


「じゃあ、貴方たちは、ただ大砲を押して行くだけというのですか?」

「仕方ないだろ。命令だ。軍隊で一番大切なのは、命令だからな。逆らってどうするんだ。大体、今日は指令御自らの総力戦だ。出世願望にとりつかれた貴族の倅達が先を争って、戦ってくれてるんだ。俺たちが楽しないでどうするよ」


 遠くの方で、爆音が聞こえる。

 進軍の命令は出ているが、義勇兵は総軍の後ろの後ろだ。

 アリーシャのいる大砲隊は、義勇兵の中でも後方。末尾に近い。戦いに参加しているというよりは、完全に補欠のような扱いで、すぐ後ろにいる救護兵と合流したほうが良いような雰囲気だったりする。


「確かに……」


 セジ自らが出るというのは、正規兵の独断場となるということにも等しい。それは、セジの意思では、どうにもならない問題だ。

 庶民中心の義勇兵に手柄を取られてしまっては、貴族の立場がないのだ。


 アリーシャはうつむいた。

 眼鏡が鼻からずれて、居心地の悪さを発揮したが、アリーシャにはそれを直す余裕がなかった。


 ミゲルは、アリーシャに気を取られて、立ち止まってしまったエスカルの尻を足蹴りした。


「ほら。分かったら、とっとと帰りな。本営に戻るか、どっかで隠れてろ。魔女っていうのは貴重なんだろ? 俺にしてみれば、目の色が違うだけで、何というわけでもないがな」

「……それは、無理だ」


 アリーシャは、きっぱりと断言した。

 それだけは譲れなかった。


「幼馴染みが戦っているんだ。私がここで逃げるわけにはいかないんだ」

「頑固な女だな……」


 ミゲルは苛立ちを隠そうとはせず、その場で地団駄を踏んだ。

 アリーシャは破顔した。それは、背後でイリスが笑っているせいではなかった。


 ……ミゲルという男。

 強面で、口調からすると軽薄な印象を持っていたが、意外に、良心的のようだ。


「私の兄は、自ら義勇兵に志願して、スティリア王国と戦って死んだ。この軍服は、兄のものだ」

「何だ? いきなり」

「貴方が私の軍服姿を見て驚かないことと、意外なほど魔女について知識があることがおかしいと思っていた。一般人は魔女について知っていたとしても、魔女の森については知らないものだよ」


 少しだけ道が下り坂になったので、重い砲弾を引いているアリーシャは、追いやすくなった。ミゲルはアリーシャに背を向けていたが、一応、耳は傾けているらしい。


「貴方、私の兄を知っているんじゃないのか?」

「…………えっ」


 すぐさま、反応を示したのは、エスカルやその他のミゲルの部下達だった。

 しかし、ミゲルは何も言わない。

 アリーシャは思ったことを、更に続けた。


「最初に会った時、私に何か言いかけていたじゃないか。あれは、私の兄、リュークのことじゃないのか? ミゲル隊長?」

「けっ」


 ミゲルは吐き捨てた。

 クセのように、頭をかきむしるが、ぼさぼさの頭は、そのせいではないらしい。

 元々、不精して伸びきってしまったのを、面倒だから一つに束ねているだけなのだろう。

 イリスは、度々汚いと言っていたるし、今も良い顔をしていないが、アリーシャはこういう男が嫌いではない。


 いや、嫌いになれるはずがなかった。


 ここに、リュークがいたからかもしれないのだ。


 注意深く、アリーシャが待っていると、やがて面倒そうに、ミゲルが口を開いた。


「知らねえよ」

「知らない?」

「俺はな」

「それは……?」

「俺の同僚が知っていた。あんたの兄は奴の部下だった。魔女の一族が自分の部下にいたが、死なせてしまった。自分は稀少な魔女の一族を殺してしまったんだって、責めてやがった。もっとも、そう言ってた、そいつも、結局死んじまったわけだが……」

「…………そうか」

「肉親や同朋が死んでいる。……なのに。今回は今まで敵だったスティリアを後ろにつけて戦うんだ。尋常じゃねえよ。上のままごとに付き合ってられるかっていうんだ」

「隊長……」


 再び、立ち止まったエスカルの頭を、ミゲルがこつんと叩いた。


「それが貴方の本心か……」


 アリーシャに絡んできたり、セジに暴言を吐いたり……。

 ミゲルが何処か自棄になっていたのは、そういう気持ちを抱いていたからだろう。

 アリーシャは、今度こそ眼鏡をかけなおして、真っ直ぐミゲルを見上げた。


「でも、貴方だって分かっているはずだ。もう、どうにもならないことを」

「分かってるさ。帝国の横暴は、間近で見てきたんだ」

「私の兄はスティリアと戦って死んだのかもしれないけど、でも、セジが戦っているのは過去のためではなく、未来のためだと思うんだ」

「うっせえな。分かっているって言っただろ? 帝国がふざけたことを抜かしてるのもな。だからってな。それで、俺にどうしろっていうんだ? 大体、戦争がなくなったら、俺たちは商売上がったりだろうが?」

「新たな商売方法を考えてくれ」

「くそったれ」

「……私は、セジまで失いたくはないんだ」


 ミゲルは押し黙った。しかし、その沈黙は拒否感からではない。何か考えているようだった。


「あんた、アリーシャといったか」

「そうだが?」

「そんなに指令が大切か?」

「大切だ。あんた達には、彼が傲慢に見えたかもしれないが、私にとっては大事な……、幼馴染みなんだ」

「ふん。幼馴染みね」


 その言い草に、含みを感じる。


 幼馴染みでは、甘ったるい響きだっただろうか。しかし、恋人というには、気恥ずかしさが先行するし、まだ、そんな付き合い方はしていない。


「まあ、いいか」


 アリーシャが一人悩んでいると、ミゲルは軽く鼻をならした。


「じゃあ、あんたの大切な幼馴染みは、あんたの言うことをきいてくれるのかな?」

「はっ?」


 アリーシャは立ち止まろうとして、後ろから荷台を押しているイリスに突き飛ばされる格好となった。


「大丈夫ですか。アリーシャさん?」

「平気……です」


 答えたものの、手摺りが腰に当たって痛い。その様を見守っていたミゲルが豪快に笑い飛ばした。

 何が楽しいのか分からないが、そんなことはどうでも良かった。


「それは、どういう……?」

「エスカル。………………どうだ?」

「はっ、隊長。風は正午には南よりに変わるはずです」

「やはり、そうか」

「ミゲル……隊長?」

「エスカルは馬鹿だが、砲手としては、良い腕をしている。こいつは、風の流れを読むことも出来るんだ」

「そうか」


 いきなり、豹変したミゲルと、その部下達の表情に、アリーシャは呆然となった。

 急に、歩みが速くなった。

 ついていけなくなったアリーシャの手を止めたのは、ミゲルの部下達だった。


「俺たちが引こう」

「な、何?」


 あっという間に、アリーシャは荷車から遠ざけられた。


「ひかせてやれ。ヤツらも手持ち無沙汰だったんだ」

「ミゲル隊長。これ一体?」

「指令に使いを出す。悪いが指令には囮になってもらうぞ。もっとも、今も囮のようなもんだろうが……」

「セジに何をさせるつもりなんだ?」

「……思いっきり敵さんをひきつけてもらうんだ。幸い今日は視界も悪く天候もあまり良くないようだ。うんと接近しない限り、俺達の存在は認識されんだろう。あちらさんも、風向きは分かっているはずだ。まさか今日大砲隊が前面に出て来るとは思ってもいないはずだ」

「…………協力してくれるのか?」

「別に。俺達も手柄が欲しいだけだ」

「有難う」


 アリーシャが言うと、ミゲルはまだらな顎鬚を得意げに撫でた。


「礼を言うのはまだ早い。指令がこちらの要請にのってくれなければ、何の意味もないんだからな」


 しかし、アリーシャはそれについては、あまり心配していなかった。


 ――セジは応じてくれる。


 自分でも驚くほど、根拠がないのに、何故か不思議なほど自信だけはあった。


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