表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の戦争  作者: 森戸玲有
第4章 魔女の看病
20/29

第4章 ⑥

「ここには、寝床がないんですよ。俺の部屋は一つ下で、ここは執務室なんです」

「……部屋に戻れば?」

「さぼっている姿を部下には見られたくありませんからね。だから俺は、貴方の膝枕が良いんです」


 アリーシャは閉口した。

 めちゃくちゃな理屈だ。突っ込みどころが、満載である。


 ……が、熱っぽくなっているセジの目元を見やれば、薬が効く前に、セジの熱が上がっていることも察することが出来た。

 このままでは、いけない。


「き、君。わがままだぞ」

「病人の特権ですよ。目が覚めたら、きっと俺は後悔するんでしょうけど」


 後悔するようなことを、提案しないで欲しい。


 ……困った。


 だが、アリーシャが了承しない限り、この話題は終わらないだろうし、アリーシャも心配で自分の部屋には帰れない。


 暫時、無言で見つめ合ってから、アリーシャはようやく覚悟をした。

 ここは自分が譲歩するところだ。


「……私も、旅のせいで汚れている」


 アリーシャは、軽くドレスの汚れを払った。

 紫のドレスを着ていたおかげで、汚れは目立たなかったが、砂埃の被害は受けているはずだ。


「構いません」


 セジはあっさりと言った。

 仕方ないだろう?

 相手は病人なのだ。

 渋々、アリーシャがその場で座ってみせると、セジはすぐに外套を脱いで横になった。

 一瞬、こいつは楽しんでいるのではないかと、疑ったくらい自然な所作だった。

 思ったよりも熱を持った額の温度が布越しにアリーシャの膝に伝ってくる。


「これで良いんだね」

「ええ」


 簡単に肯定してのけた、セジの表情はアリーシャにも分からなかった。

 セジが横を向いているせいだ。

 黙っていると、どうしようもなくアリーシャは緊張した。


「まったく、こんな子供のようなことを。今日、再会した時は、一段と大人っぽくなったなって、感心したのに。いまどきの教院の生徒だって、こんな甘えたことはしないぞ」

「……だって、貴方が望んだことじゃないですか?」

「私が?」


 セジは振り向かなかった。

 けれど、言葉だけはちゃんと返ってきた。


「貴方は、大人の俺は嫌いなんでしょう?」

「嫌いって……?」


 何だか、また話の成り行きが怪しい。

 考えてみれば、いや考えるまでもなく、先ほどからのセジの言動、そして、この膝枕は不自然だ。


 何故、アリーシャに?


 舞踏会以前のセジに戻ったかのようにも感じられる。


 あの薬の副作用を受けていた頃に……。


「君が……。私のことが一因で、ここまで来たのは知っている。どうして教えてくれなかったのかと悔やんだくらいだ。だって、私たちは幼馴染だ。そう簡単に嫌いになれるわけがないじゃないか」

「では、多少は俺に愛情は持っていると考えても良いんですね?」


 ……ね?

 ――って、一体セジは、何を念押したのだろうか。

 無意識に、鼓動が高鳴っている自分が怖い。

 他のことを考えようと、視線を漂わせていると、机上に置かれている空になった薬の包み紙が目についた。


 ああ、そういえば……。


 アリーシャは、ぼんやりと思考を巡らせた。

 今更ながら、セジに手渡した薬の成分を脳裏に描き出していた。


 一年前に、セジに渡してしまった薬と、今飲ませた薬には共通して、「ニサラの葉」がある。

 よくよく考えてみれば、「ニサラの葉」は万能薬であるが、人によっては興奮作用を伴う場合がある。


 ……もしかしたら?

 更に熟考しようと、アリーシャが痺れ始めた足を崩した瞬間、セジが仰向けになって、こちらを向いた。

 澄みきった湖面のような色をした双眸は、艶めいた熱を孕んでアリーシャを離そうとしない。


「そう、確かに、俺がここに来るまでには、いろんなことがあった。だけど、あなたには関係のないことでしょう。魔女を差しだせと言われて、腹が立ったのは俺の私情です。死んだって、貴方を見知らぬ国の男なんかに渡してたまるか……と思った。だけど、しょせんは勝手な思いで、一方的な私怨です。他の誰にも言わないつもりだったし。まして貴方には……。封じ込めることなら出来たはずなんです。全部。……なのに」

「…………あっ」


 アリーシャの手を、セジは強引に自分の額に押し当てた。


「どうして、貴方はここに来てしまったんです? 貴方と再会した時の俺の気持ちなんて、貴方には分からないでしょう? 今だって、俺はただ貴方に虚勢を張っていたいだけなんだ。でも、貴方はそれすら許してくれない。俺は一体どうしたら良いんですか?」


 熱い……。

 セジの体温が。

 心が……。


「……セジ」


 セジは、目を閉じて自嘲気味に笑った。

 身じろぎすら出来ないアリーシャの心に染みこむように、セジは熱っぽく告げた。


「俺は貴方が好きなんですよ。……アリーシャさん」


 この告白が嘘だなんて、アリーシャには思えなかった。


 ――どうしてだろう。


 自分にも、理解不能な感情が激流のように胸の中に広がっていくのだ。


 ――苦しい。


 セジは頑張り続けるだろう。

 この争いの終わりが見える日まで。

 命を落としても、独りだって戦うはずだ。

 戦いが始まる前から、苦労を重ねてこの有様なのに、強情だから、弱音を吐こうともしない。

 幼い頃から、そういう性格だった。

 それは、彼の美徳だけれども……。


 このままでは、どうなるか分からないではないか……。


 セジも兄・リュークのようになってしまうかもしれないなんて、考えたこともないし、考えたくもなかった。


 ――セジを救いたい。


 この感情に何と名付けたら良いのか、アリーシャにはさっぱり分からないけれど、これが恋だというのならば、否定はしない。 


 ――どうにかしなくては……。


 一体、自分に何が出来るのか……。


 気を失ったセジを前にして、アリーシャは返そうとしていた首飾りをドレス越しに、震えながら握り締めた。



 …………もう、首飾りを返そうとは思わなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ