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魔女の戦争  作者: 森戸玲有
第4章 魔女の看病
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第4章 ⑤

「では、セジ様……」


 痺れを切らして口を開いたのは、茶髪の男。シーファスだった。


「彼女達もお疲れでしょうし、ひとまず空き部屋にご案内致しましょう。明朝すぐにお帰り頂くということで、よろしいでしょうか?」

「そうしてくれ」


 にべもなく命令すると、セジは緩やかに立ち上がった。

 アリーシャとようやく目が合う。

 その時、アリーシャは初めてセジの顔を直視した。

 顔色は悪いと思う。

 だが、頬は微かに紅潮していて、目元が潤んでいた。


 ………………これは?


 いくら疎遠になっていたとはいえ、幼馴染みだ。

 セジの強がりくらいは、直ぐに見抜くことが出来る。

 アリーシャの中で、即座に確信めいたものが駆け巡った。


「…………セジ。君は」

「とにかく。アリーシャさんも、イリスも、わざわざ遠い都から来て頂けたのには、感謝しています。でも、今は戦時下です。早く安全な都に戻って下さい」

「ちょっと、それはないですよ。セジ様。ミザラ様もラティス公も、貴方が一方的に公の継承権を放棄したことを認めていないんですよ。ちゃんと、都に帰って話し合われるべきです」

「そんなことは、どうでもいい」

「セジ様!」


 セジは有無をも言わさなかった。


「今夜は疲れたでしょうし、イリス、貴方はとても服が汚れている。湯を沸かすように伝えますから、体を綺麗にして休みなさい」

「げっ!」


 声を上げたイリスは、自分のドレスを見下ろしている。

 あの大立回りだ。いくら汚れを叩いて落としたとは言え、砂塵は、しつこく彼女の黒のドレスにこびりついていた。


「ご案内致します。どうぞ」


 シーファスは、さっさと扉を開けて廊下に出ようとしている。

 イリスも、セジの指摘に耐えられないのか、(きびす)を返していた。


 ……しかし。


 アリーシャだけは、微動だにしなかった。

 戦いを挑むように、セジを睨みつけて、対峙する。


「…………アリーシャさん」


 セジが困惑を隠さずに、こみかみを押さえたが、アリーシャは強い口調で告げた。


「私は少しセジ様と話があるので、イリスさんを先に連れて行って下さい」

「はあ……」


 辟易した様子で、シーファスはセジに目を向けた。

 セジはシーファスを睨んでいる。


「シーファス。俺の命令がきけないのか?」

「しかし、あくまでも私の主はラティス公ですから……」

「また屁理屈を……」


 埒が明かない。

 アリーシャは声を荒げて、二人の間に入った。


「ただ二人で話しがしたいと言っているだけだろう。セジ……。 そんなに時間は取らせない。何を君は怯える必要があるんだ?」

「俺は、怯えてなんかいませんよ。むしろ」


 セジの動きが止まり、書類の擦れる音もやんだ。


「部屋の場所はセジ様に聞く。とにかく、先生……いや、イリスさんを連れて行って下さい」

「…………て、どうします。セジ様?」

「セジではないだろう。指令と呼べ。シーファス」


 セジは、再び豪華な皮椅子に乱暴に腰を下ろした。

 深い溜息が机の上に落ちる。


「分かりましたよ。アリーシャさん。――シーファス。アリーシャさんの言う通りに」

「……承知しました」


 シーファスは少しだけ口角を上げて、頭を下げた。

 イリスを伴い、退出する。

 無愛想そのもののシーファスだが、一応、笑うことも出来るようだ。

 アリーシャがシーファスの新たな一面を確認していると、


「あの男は、楽しんでいるんですよ」


 セジがアリーシャの心中を読んだかのように、断言した。


「…………そうなのか?」

「俺が困るのが楽しいんです」

「良い趣味を持った側近だな」


 適当に相槌を打つと、セジは頭を抱えて机上からアリーシャを見上げた。


「……それで、貴方は俺に何の用なんですか?」

「用も何も……」


 アリーシャは、ずかずかとセジに近づくと問答無用でセジの額に手をやった。


「な、何?」


 目を丸くしているセジには、取り合おうともせずにアリーシャは掌から伝わってくる熱の温度を調べた。


「ほら、やっぱり、そうだ。隠そうとしたって無駄だぞ。セジ。君は発熱している」


 高熱ではない。

 微熱ではあったが、下手に動ける分、無理をして悪化させてしまいそうだった。


「部下の手前、強がらなければならないのかもしれないけどな、私の前だ。具合が悪いのなら、そう言えばいい」


 アリーシャはすぐさま、鞄の中から、煎じた薬を紙に包んだものをセジに差し出した。


「これは、私が調合した風邪薬だ。私が飲んで効いたんだから、きっと君にも効くはずだ。これを飲んで安静にするんだ。いいね?」

「…………休んでなんか、いられませんよ」

「今、休まなければ、更に長く病床に臥せることになるだろう」

「貴方だって、見たでしょう?」


 セジはアリーシャが押し付けた掌の中の薬を見下ろして、独り言のように呟いた。


「俺はここでは、実戦経験のないただの子供です。義勇兵さえ、俺を舐めきっている。そんな有様なのに、ここでまた病に倒れたなんて評判になったら、とんでもないでしょう」

「そんなこと関係ない」


 アリーシャは一向に薬を飲もうとしないセジのために、部屋の隅の丸机に置かれていた水差しの水を一杯煽った。

 毒は入っていないようだから、大丈夫だ。

 もう一杯コップに注いで、セジの前に置く。

 セジは薬を飲んだわけではないのに、渋い顔をした。


「俺は……、病人じゃありません」

「何をどう言われようと、飲んでもらうぞ。見たところ他に飲んでいる薬もないようだし」

「……昔、俺の仮病も見抜けなかった貴方に、俺の病状が分かるんですか?」


 セジは意地の悪い笑みを浮かべた。

 答えない限り、飲んでもらえそうもない。

 仕方なく、アリーシャは口を開いた。


「……分かっていたよ」

「えっ?」

「あの時、君が病気になったのは、私から周囲の怒りの矛先をそらすためだ。だって、そうだろう。私は大砲を城から持ち出して、挙句の果てに壊してしまったんだ。洒落にならない。自分だけが怒られるならまだしも、私の場合は刑罰も科せられるかもしれない。そうなってはいけないと、君は咄嗟に風邪をひいたふりをしたんだ」

「…………知っていたんですか?」

「後で、悟った」

「そうですか」

「舞踏会の時のあれは、ただ君をからかいたかっただけだったんだ。すまない」

「からかわれていたわけか。……俺は」


 セジは、手の中で弄んでいた薬の包みを開けて、アリーシャが注いだ水で一気に飲んだ。


 アリーシャは、ほっと胸を撫で下ろした。


 今のところ、セジの病状は風邪に似ている。長引いているのは、過酷な環境のせいだろう。

 とりあえず、薬を飲めば少しは良くなるはずだ。

 病気の根本的な原因を、アリーシャは取り除くことは出来ないけれど、それは、仕方のないことだ。


「何で、母上は貴方をここに寄越したんでしょうね?」


 嚥下してから、セジは独り言の延長のようにぽつりと尋ねた。


「お妃様は君のことを心配しているらしいけど、別に私は君を取り戻して来いだなんて、お妃様に、命令されたわけじゃない」

「では、どうして貴方はここに来たんです?」

「私は……」


 アリーシャは、咄嗟に首筋に手を置いた。

 セジに返そうと思った首飾りがそこにある。

 しかし、たったそれだけだ。

 それだけのために、自分はわざわざセジに会いに来たのか、それすらアリーシャはいまだに答えが出せないままだった。


「どうして? 昔、俺がついていた嘘を見抜くことが出来るくらい、貴方は聡明なのに、今まで俺が必死についていた嘘に気がつかないふりをしているんですか?」

「セジ?」


 セジの青色の瞳がアリーシャを包み込んでいた。

 狂おしいほど、真摯にアリーシャを見上げている。

 アリーシャは、自分の顔がセジ以上に赤くなっていることを自覚した。


「とっ、とにかく寝るんだ。セジ! 休まなければ治るものも治らないぞ」

「…………ちゃんと後で寝ますよ」


 気勢がそがれたのか、セジは無理やり変えた話題に適当に答えた。

 だが、アリーシャにしてみれば、それこそが重要な話だった。

 自分が来たからには、セジには絶対元気になってもらわなければいけない。


「そんな言葉信じられるか。いいかい。セジ。今すぐに眠るんだ」

「アリーシャさん、それは無理ですよ。今日の襲撃で怪我人が発生したんです。その怪我人の手当てに使う部屋の割り振りとか、都に返す人間の名簿を、俺は今から作ってしまわなければなりません。イリスが戻るときに、一緒にそれらを託して、ラティス公に裁可してもらわなければ……」

「そんなこと、君のやる仕事ではないだろう?」

「だからこそ、俺がやらないといけないんです」


 セジは、絶対眠るつもりはないだろう。

 アリーシャの記憶が間違いでなければ、意外に負けず嫌いなのだ。

 セジが今挙げた仕事は、戦争のことではない。

 頭の固い軍人の中で、セジは、軍功はおろか戦いについても何一つ知らない素人だ。

 小さなことでも出来ることを積み上げていって、軍部の信頼を得るくらいしか、自分の存在を示す手段がないのだろう。

 アリーシャが考えるよりも、ずっと、セジは肩身の狭い思いをしているのだ。

 それは、分かる。

 その原因の一端が自分にあるかもしれないということも、アリーシャは理解しているつもりだ。


「……何度も言わせるな、セジ。イリス先生も言っていただろう。これで無理がたたって君が倒れてしまっては、本も子もないんだ」

「貴方の薬が効いてくれれば、俺は倒れないはずでしょう」

「いい加減にしろ!」


 一喝すると、セジは目を大きく見開いた。

 アリーシャも狼狽している。

 こんなに大きな声を、セジの前であげるなんて、子供の時以来だ。

 しかし、セジはしばらくすると、小さく頭を振って、穏やかな面差しに戻った。


「膝枕……」

「はっ?」


 それは思いがけない、唐突な一言だった。


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