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魔女の戦争  作者: 森戸玲有
第4章 魔女の看病
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第4章 ①


 クラシス=エリオール=サンゼは、両脇に女性を置いて優雅に酒を飲んでいた。

 軍服は着ていない。

 理由は単純で、軍服一枚では寒いからだ。

 光沢のある長衣を幾重にも纏い、足元にはサンゼ帝国の南端に放牧されているヤマという稀少な動物の純白の毛で織り込んだ敷物を置いていた。

 長ったらしい下穿きは穿いていなかった。

 敷物が足に触れる柔らかい感覚が気持ち良かったからだ。

 さらさらの銀髪は、女達に撫でられたせいで乱れていたが、どうでも良いことだった。

 どうせ、戦況は今日も変わらないだろうし、戦地でやることなど戦う以外に、女遊び以外他にない。

 冬になれば、戦闘不能で引き上げるつもりだったが、このまま何の行動も起こさずに帰還すれば、今度こそ父に殺されるような気もしないでもなかった。


「クラシス様。このままでよろしいのでしょうか?」


 おずおずと天幕の中に入ってきた白髭の軍人の名前は、アイオールというらしい。

 クラシスが最近覚えた名前だった。


「あちらが動かない。下手に動けばスティリア側と合流して、狙い撃ちにされるだろう。それだけ、我が軍は、最悪の場所に我々は軍を展開しているんだ」

「はあ」


 大きな体を小さくして、困惑しきった面持ちでいる。


 ……面白い。


 左目にかかる程、大きな傷を負っている生粋の軍人のこんな顔が見られるとは、愉快だった。

 本心は、愚かな第二皇子が戦場に飽きて、速やかに都に帰ってくれることを祈っているのだろう。

 そうすれば、軍人の独壇場だ。

 総指揮官として今回の戦いに大抜擢された、この男は勇んで攻撃をするに違いない。

 そんなことは、巧妙に隠そうとしても、クラシスには分かっている。

 クラシスがこの男の立場だったら、そう考えるに違いないからだ。


「貴公もどうだ?」


 陽気にクラシスが杯を差し出すと、左右に抱えている女性が愛想程度に笑ってくれた。

 自分でこの光景を見ることは叶わないが、きっと良く出来た馬鹿皇子の図と化していることだろう。

 予想通り、実直な軍人であるアイオールは大きく首を横に振って遠慮した。


「残念だな。アイオール」

「いつ敵が攻めてくるかもしれませんので」

「あちらもそう簡単には攻めてこないだろう。元は味方だったんだ。我々と同じでやりにくいことこの上ないはずだと思うが?」

「ユーディシアは、ずっと、我が国の味方であるはずでした」

「そうか?」

「我が国が無理難題を押し付けなければ、ラティス公は、血縁を重んじたことでしょう」


 アイオールは、瞳をそらしていたが、それはどう考えてもクラシスに対する皮肉だった。


「私は長い戦争で、疲れている兵士たちを慰安したいと考えただけだが? それが貴公には気に食わないことだったと?」

「いえ、私は別にそういうわけではなく、女ならサンゼにも沢山いて、何もユーディシアでなくても良いのではないかと……。口が過ぎました。申し訳ありません」

「貴公は、私が気に入らないというわけか?」

「め、滅相もございません!」


 赤ら顔に薄っすらと浮かぶ冷や汗をぬぐって、アイオールは叩頭した。

 サンゼ帝国において、最上級の謝罪の仕方である。

 クラシスは、どうしたものかと、少し思案してから、口を開いた。


「ユーディシアの女性は、北の大地に住んでいるので、透き通るほど色が白いらしい。貴公は見たことがあるか?」

「…………い、いえ」


 アイオールは、黒い目を大きく開いた。

 何をふざけたことを、コイツは言っているのだろうか?

 推測するに、そんな顔を一瞬だけした。

 しかし、クラシスは、この男を失望させるのが目的なので、計画がうまく運んでいて、上機嫌だった。


「サンゼの皇女を娶るのがユーディシア公国の常例なのに、サンゼはユーディシアの娘を娶らないというのは、おかしな話だと思わないか?」

「ユーディシアは、サンゼから分派したラティスの一族が支配しています。サンゼ帝国での位で、彼らは公爵なのですから、わざわざ身分の低い家柄から王族の妻を娶る必要はないというのが、皇帝のお考えなのではないでしょうか?」

「つまらないな」

「クラシス様!?」


 咳払いをして、それ以上の発言をさせまいとしているアイオールは面白いし、なるほど、この男はまだ帝国を見限ったわけではないのだなと、値踏みすることは出来るが、クラシスはここで真面目に政策談義に華を咲かせるつもりはなかった。


「ユーディシアの北に魔女(ディアナ)の森という樹海が広がっているらしい。いまだ未開であるその土地には、魔女が住み着いていて、魔女は今でも魔法を使って生活をしているらしい。しかも、どの女もこの世のものとは思えないほど美しいという話だ」

「ただのおとぎ話では?」

「いや、本当だ。噂によると、先々代のラティス公が森で発見した魔女を城下に連れて来たらしい」

「……そうですか」


 微笑しながら、頷いているアイオールは、一切興味がないのだろう。

 都の高級娼館から呼んだ女達の方が反応を示した。


「凄いですわ。魔女なんて」

「一度、見てみたい~」


 騒ぎながら、露出度の高い胸元をクラシスに押し付けてくる。

 わざとらしいが、悪い気はしない。

 クラシスは、女達を両手で力強く抱きかかえて、笑った。


「そうか。お前たちも見たいか? 魔女は男を(たぶら)かす金色の邪眼を持っているらしいが、お前たちには遠く及ばないだろうよ」


 暗紫色の瞳を細めて、我ながら、くだらない口説き文句を口に乗せてみる。

 女達の哄笑に紛れて、アイオールの溜息が聞こえてきた。

 それでいい。 さっさと、冬になってくれれば…………。

 だが、そう簡単には、現実は、クラシスの思惑通りには進んではくれないようだった。


「失礼します!」


 それは、唐突だった。

 呼吸を荒げて、男が天幕の中に転がり込んできた。


「何だ?」


 アイオールと、クラシスが同時に尋ねる。

 薄い灰色の軍服姿の男は、恐縮しながら帽子を取って答えた。


「伝令です! 三隊と、ユーディシア軍が交戦を開始しました。至急援軍を……」

「何だと!」


 アイオールが怒鳴り、女達が悲鳴を上げた。


 クラシスは、小さく息を吐いて、のろのろと立ち上がった。

  

    


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