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魔女の戦争  作者: 森戸玲有
プロローグ
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プロローグ

最近、幼馴染み話が再び書きたくなってきて、以前この話を書いていた自分を思い出しました。

幼馴染み年下×魔女(何もできないけれど)ヒロインの話です。

 アリーシャ=セレスは魔女である。

 魔女といっても、都市を灰燼に帰すような派手な魔法が使えるわけでもなく、空を飛べるわけでもない。頑張っても薬草を摘んで、治療薬を作るのが精々だ。


 けれども、魔女は魔女だ。


 亜麻色の髪は、広大なガルト大陸では珍しくはないものの、金色の瞳は大陸中捜しても、ユーディシア公国にしかいないらしい。


 セレス家はアリーシャの曾祖父の時代に、ユーディシア公国の北端、ディアナの森から国の最高権力者であるラティス公に保護され、キーファの都に暮らすことを許可された。

以来、家族はユーディシア公国の都キーファの外れで慎ましく生活をしていた。


 魔女といえば、セレス家以外にも存在は確認されているが、彼らは森の奥深くから人里に姿を現すことはまずないので、認知されている魔女の一族はセレス家だけだった。

 そのセレス家の……、今のところ唯一の血統を受け継ぐアリーシャは、しかし、昔のディアナの森での生活など知らない。

 父と母は従兄妹同士で同族同士の婚姻だったが、母の兄弟はユーディシア人と結婚をしているし、アリーシャ自身も、普通のユーディシア人と変わらない生活を送っている。自分が魔女だと自覚することも、そうはなかった。

 迫害されたことなど一度もなかったからだ。

 幼い頃、金色の瞳を揶揄されることはたまにあったが、セレス家の後ろ盾になっているのがラティス公だということを認識している住民たちは、アリーシャを平等に扱おうと努力してくれていたようだし、神聖視されるわけでもなければ、畏怖されるわけでもなかった。


 だから、セレス家にとって、この都の暮らしは楽なものだった。

 

 ーーー数年前、あの事件が起こるまでは。


「アリーシャさん」


 満開の花が開いたかのような華やかな微笑で、アリーシャの前に立ち塞がるのは、優しい面差しの青年だった。

 セジ=ディ=ラティス。

 ディというのは、尊称であり、この国で一番の権力を持つラティス家の長子の意味も持っていた。

 つまり、未来のラティス公がアリーシャの前で頭を下げているのだ。

 アリーシャは、いつものように一瞬だけ敬語で話すべきかどうか考えてから、普段の口調で答えた。


「やめてくれ。セジ。人目につくじゃないか」


 (はばか)ったところで、この青年の気分を害するだけだと、気を遣ったつもりだったが、セジはアリーシャの気持ちなど知る由もないようだった。


「いいじゃないですか。貴方は疑い深いから、誰かに聞いて証人になってもらった方がいいんですよ。俺の気持ちは嘘じゃないって」

「き、気持ちって……?」


 アリーシャは動揺のあまり、落ちかけていた丸眼鏡を何度も上に押し上げた。


「俺は、何度も貴方に告白しているのに、貴方はまだ聞きたいんですか? まあ、何度だって言いますけど。俺は貴方が……」

「言わなくて良い!」


 アリーシャは顔を真っ赤にして怒鳴った。

 セジの口調は、何処か甘えている。

 言葉遣いは、昔のようなぞんざいなものではなく、馬鹿がつくほど丁寧になったけれど、根本は変わっていない。

 セジの父・現ラティス公は、あまりにも彼を甘やかした。

 未来の最高権力者が庶民生活に介入しすぎだし、従者も連れずに学院に乗り込んで来る時点でどうかしている。

 アリーシャは教本を抱えなおして、咳払いした。

 こんなやりとりをしていたら、授業が始まってしまう。


「私は次の授業、実験棟に移らないといけないんだ」

「もちろん、そんなことは分かっていますよ。次の授業は薬学のようですね。貴方は昔から薬学の授業の成績だけは主席でした」

「褒められているのか、貶されているのかさっぱり分からない」

「褒めているんですよ。だって、貴方は僕の師匠ですから。弟子としては光栄の極みです」


 アリーシャは苦い顔をした。

 もう昔の話だ。

 十歳にも満たない子供が交わした師弟の契約。

 そんな昔の話を、今更持ち出してくるなんて……。

 アリーシャにはセジの意図がまったく読めない。

 セジは少しだけ伸びた黒髪を撫でながら、告げた。


「俺は西方月(エスプリ)で、学院を卒業します」

「知っている」


 去年、アリーシャも学院を卒業しているのだから、当然一つ年下のセジが公立学院を卒業することは分かっている。卒業が近いからこそ、学院の授業がほとんどないことも、気付いていた。

 ちなみに、西方月(エスプリ)とは、ユーディシア公国にとって落葉の季節である。


「それで?」


 いつの間にか周囲に群がっていた衆人がいないと思ったら、授業の始まりを告げる鐘の音が聞こえてきた。

 アリーシャは純粋に焦っていた。

 別棟の実験教室までは、走っても距離がある。


「卒業を記念して、舞踏会があるのは、貴方もご存知でしょう?」

「……そうだったかな?」


 わざとらしくアリーシャはとぼけた。

 目聡いセジはそんなアリーシャを見逃さない。

 青色の瞳を細めて、怪しく微笑した。


「ご存知ない? ……そうでした。俺としたことがすっかり失念していた。貴方は、昨年は急病で参加されなかったんでしたね」

「……うん。そうだ。去年は具合が悪くて」


 アリーシャは曖昧に頷く。

 本当は、こっそり参加していたとは言えない。

 しかも、踊る相手がいなかったから、苦肉の策で急病にかかったと嘘をついて途中退場したことも、告白できなかった。

 何しろ、そのせいでセジがおかしくなってしまったのだから……。


「舞踏会まではあと七日。まったくもって遅い申し出になってしまって大変申し訳ないのですが、貴方に俺の相手になって頂こうと思ったのです」

「何の?」

「面白いとぼけ方をしますね? 俺に舞踏会を一人で踊れと言うのですか?」

「ちょっ、ちょっと待て!」


 アリーシャは身を乗り出した。目まぐるしく当たり障りのない断り方を思考するが、頭が破裂しそうで、鼓動が早くなる一方だった。


「嫌……ですか?」


 いつの間にか、セジはアリーシャとの距離を縮めていた。

 痛々しいほどに、憂いを秘めた端正な顔がアリーシャの眼前にある。


「違うんだ。君は、とんでもない勘違いをしているんだ」

「勘違い?」


 そうして小首を傾げる仕草は、幼い頃と変わらない。

 けれど、アリーシャは覚えている。

 セジと自分の距離が随分前から広がってしまったこと。

 急に、セジがアリーシャとの関係を復活させたのは、理由があること。

 …………だから。


「そうだ。君は自分の気持ちが操られていると考えたことはないか? その気持ちは本物なのか? きちんと確かめた方が良い。君のためなんだ」


 懺悔することは出来ずに、けれども端的に説明したつもりになって、アリーシャは軽く頭を下げる。


「舞踏会には、ご両親もいらっしゃるだろう? そこで君は特定の女性と踊るんだよ。いいかい? 生半可な気持ちで相手を選ぶと大変なことになる」

「貴方は、俺の気持ちを疑っているんですか?」

「いや、そういうわけじゃ……って」


 ……というより、既に話の方向性がおかしい。


「…………俺は、貴方が好きです」

「……………………セジ」


 アリーシャは絶望的な気持ちで、その告白を受け止めた。

 ――毎回の如く。


「貴方がその証が欲しいと言うのなら、いくらだってお見せするつもりですけど? でも、ここじゃ、確かに人目につくし、貴方を停学処分にさせるわけにはいかないから……」

「さっぱり意味が分からない。一体、君は何を言っているんだい?」

「貴方こそ、舞踏会から逃げ出したりして、俺に恥をかかせないで下さいね。ラティス公の息子に踊る相手がいないなんて知れたら、それこそ醜聞じゃないですか?」

「君は、私を脅しているのかい?」

「俺は、愛を告白しているんです」


 きっと、それは傍迷惑な愛に違いない。

 しかも、その原因を作ったのは、紛れもなくアリーシャ自身なのだから、始末におえなかった。

 一体、どうやったらセジを元に戻せるのだろう。アリーシャはこの一年あらゆる手を尽くしてきた。

 けれども、いまだにセジに変化はない。


「授業開始から、少し時間が経ってしまいましたね。先生もそろそろ姿を見せる頃でしょうから、今日のところは俺もお暇します」

「…………あ」


 アリーシャは、はっとした。

 すっかり、授業のことを忘れてしまっていた。今日は、小試験の範囲告知もあるはずだ。

 アリーシャは漆黒の制服の長い裾を持ち上げて、猛烈な速さで、セジを追い抜かす。

 今は授業のことを考えなければならない。

 奨学金でアリーシャは学院の一つ上の学校「聖院」に入学することが出来たのだ。

 背後で、朗らかに手を振っている紺色の学生服姿のセジを一瞥してから、アリーシャは久々に全力疾走をした。


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