ずっこけ加藤くん
僕は聞いてしまったんだ。七海が彼女の友だちと、ここでは仮にA子としよう、僕のことをうわさするのを!
ラーメン屋で、七海はA子と、ラーメンをすすっていた。ズルズルーーっとすごい勢いで。男の僕でもこんなに音を立ててすすることはないだろう。
七海は、学年でも一番の、美人。成績も、いつもトップクラス。運動も得意で、バレー部のキャプテンをしている。当然、学校中の男子は、彼女にメロメロ。声をかけてもらうだけでも、男子の間では自慢になる。そんな彼女が、僕のうわさ話をするなんて!!
「加藤ってさぁ、最近背が急に伸びたよね。なんか、気になるんだよねぇ。」
「七海、もしかして、あんな奴が好みなの?」
「自分で言うのもなんだけど、私って、完璧でしょ、だから、ああいう間抜けなやつに興味を持ったりするんだよね。」
僕の心は、とたんにドキドキする。間抜け、なんて言われたって、へっちゃらだ。噂をしてもらえるだけでも、すごいことなんだ!
清楚で謙虚なイメージの七海が、自分のことを完璧、というのは、ちょっとイメージ違いではあるけれど。まあ、七海ほどの女子なら、そう思うのも、当然か。言われ慣れてるだろうし。
別に、二人を追いかけてきたわけじゃないんだ、たまたま僕が入ったラーメン屋に、彼女たちがいただけなんだ。死角になる席を選んだのは、わざとだけど。
次々に、七海の口からは、僕のうわさが飛び出してくる。
「あいつ、数学、やばいらしいよ、今度の追試でまた赤だったら、、留年に大手じゃない?」
「あいつって、あんな間抜け面、下げてるけど、好きな女子とかいるのかな?」
「あいつって、、、あいつって、、、あいつって、、、」
ほとんど接点のない僕のことで、これだけ次々うわさが出てくるってことは?もう、僕の中では妄想が爆発だ。
学校帰りにさりげなく待ち伏せて、ラーメン屋に誘おうか?男らしく、ズルズルーーっとすすらなくちゃいけないな。家で、チ〇ンラーメンで特訓だ。いやいや、チ〇ンラーメンよりも、こしのある〇王のほうが、練習になるか?
数学は、留年ギリギリセーフ、のほうが、話のネタになるな。
身長ばかりは、どうにもならない。底厚のシューズでごまかすか。
僕が好きなのは、七海だけだよ。これが決め文句だろうか?
何より大事なのは、間抜け顔!これだ!
その日から、加藤くんの、涙ぐましいまでの努力が始まった。
家に帰れば、〇王のラーメンをすする。
数学は、微妙な点を取るために、猛勉強。赤点すれすれ、という加減が難しいのだ。
厚底のシューズ、なんともデザインが野暮ったいものばかり。何軒もシューズショップをはしごして、何とかそこそこの物を見つけた、つもり。でも、そのころには、感覚がマヒしていたのだ。家に帰ってよく見ると、それはただの、シークレットブーツを少しスポーズシューズっぽく手を入れただけのような、中途半端なものだった。
加藤くんが納得するまでには、2週間かかった。
金曜日の放課後を選んだ。うまく行けば、翌日デートに?なんて、甘い考えがあったからに決まっている。
授業が終わると、慌てて教室を飛び出して、校門の前で待ち伏せた。
あ!七海がやってきた。ああ、またお邪魔なA子が隣にいる。
いつも七海は、A子と一緒に帰っているのはリサーチ済みなのに、こんな時は、人間、都合の良い方向に考えてしまうものなのだ。七海は今日は一人だって。
「七海!」
校門の陰から、七海の前に格好良く登場、のつもりが、足が絡まって、大転倒。慣れないスポーツシューズ風シークレットブーツが引っかかったのだ。
「加藤、何やってんだよ」
A子の甲高い声とともに、周りからは爆笑の嵐。いくら間抜けとはいえ、ここまで間抜けにならなくても。僕の額に汗がにじむ。
「そうだ、この後、一緒に、〇王食べに行かない?」
しまった!毎日、〇王を食べていたから、ラーメンと〇王を間違えた!
「同じ間抜けの加藤でも、隣のクラスの加藤とは、大違いだよね、七海。」
「行こう、A子。」
残ったのは、脱げかけのシークレットブーツと、土のついたズボン、転んだ時に鞄から飛び出した、赤点ギリギリの数学の答案用紙。そして、取り残されたバツの悪さ。
ずっこけ加藤くんの早とちりは、大技だ。