おまけ
――五年後。
「そっちに向かったぞ」
声のした方を振り返ると、そこには角を生やした異形の黒い物体がこちらへと向かって走ってきていた。
「とりあえず消えとけ!!」
刀の一閃で、妖魔は容易く消え去った。
仕事を終え屋敷へ帰り着き、神水という名のただの水で喉を潤す。あ~、よく冷えてて気持ちいい。
今回は比較的楽な仕事だった。
さて、あの逃亡のその後を追記しておこうか。
といっても、今の状況だけで大体ご理解いただけただろう。
結局というか予想通りというか、説明はたった一言で終わる。
捕まった。
詳しく説明すると、途中までは無事に逃げられたのだが逃走経路の調査不足もあった上、行動はやはり読まれていたため結局捕まったのである。
雁字搦めにロープで縛り上げられた状態で、守護役たちの前に突き出されたとき「病み上がりなのに扱いがひどい」と思わずぼやいたら、逆に「病み上がりがこんな元気に逃げ出す方がおかしい」とごもっともな返事をされた。
まあともかく、そんな状態で思い出した事を事細かく説明させられた。
彼らの目の前で確かに当主の証であった刀は壊れたのに何故豪華な飾り付きで俺の手に二振り揃っているのかとか、何故助かったのかとか、これでもかと言うほど問い詰められた。
詰め寄られたときの迫力が半端無く、内心半泣きになりながら説明した。
正直こんな荒唐無稽な話は信じてもらえないだろうと諦め半分で一切捏造をはさむことなく正直に説明したのだが、話し終えると最終的になぜか納得された。何故だ?
話している最中、皆が信じられないといった表情を浮かべしばらく石仏と化したのは、正直面白い見世物だった。
結局逃亡失敗で、仕事継続を強いられることとなったのである。
逃亡失敗後は少々荒れた。
まあそんなこんなでも、今では何とか持ち直した……というか方向修正を無理やりされたというか、まあ色々あったんだ。
昔と今と何かが変わったかといえば、さほど変わってないと……いや、変わったか。
逃亡後で起こった変化はいくつかある。
一つは、先祖がえりしたせいか俺の力がどこか変質した。
最後の戦いの時、火事場の何とやらという力を振り絞ったせいなのか、俺の力がどこか今までと違ってしまったのである。そのせいで、おそらく先の刀が砕け散ったのでは、という予想付きで。
色々詳しく説明されたのだがあまりにも小難しく、結局理解できたのは『ちょっと人の道から外れました』ということだった。
まあ腕の一振りだけで刀が現れるような不思議があるのだから、今更一つ二つ不思議が増えたところで変わらないだろう、という結論に至った。
周囲にそう呟いたら、なんだか頭痛そうに抱えられたが。
定期的に禁域で『祓い鎮めの儀』が行われることが決定した。
仰々しい名称だが、簡単に説明すると俺が夢で見たように青年と舞を踊るだけの話だ。これを行うだけであの激闘を再び繰り広げる必要が無くなるという事で、精神的負担が一つ減った。
ラスボス戦の前にそれを聞いておけばあんな苦労をしなくてもよかったのでは、と怒ったがどうやらそう簡単な事では無かった。
今の俺の力だから可能になったので、以前では無理だったとも説明された。
おまけに時間がかかる。延々と踊るのである。
しんどい。正直はっきり言えば、かなりの重労働であった。
これによって負担は一つ減ったが、ただならぬ精神的苦痛が一つ増えた。
むしろ苦行と言うべきか。
なにが悲しくて俺が女装して舞い踊らなければいけないというのか。
これにもなんだか小難しい理由を延々と説明されたが、結局女装は逃れられないようなので、理解する事を含めもう色々諦めた。
おまけにどういう理由でなのか一度限りという約束の下、皆の前で披露する事になったのだが、これに関してはもうなんだか闇に葬り去りたい記憶となった。
ついでに披露後、変な目つきをした鼻息荒い野郎共が現れたが、こちらはきっちり粛清した。
何で女装しただけで野郎どもに襲われなければならないのかさっぱり分からず首を傾げていれば、周囲には深い深いため息を吐かれた。何故だ!
そして当主としてのお披露目も行われた。
結局、逃げられなかった。
こうなればやけくそ半分、毒喰らわば皿までの意気込みで色々と改革を行った。
人の命を散々狙ってくれた親切な人々にはご退場願いましたよ。当然。
まあ一部処分しきれなかったのもあったけど、ある意味左遷も出来たし報復措置もしたし、もろもろの作業はストレス解消には持って来いのいい機会だった。
これまでにやられた事に対するお返しをしただけだから、何も問題は無いはずだ。
これらの色々を断行した時、周囲がかなりドン引きしていたのは気にしない。
笑顔が恐ろしいと呟かれたことも気にしない。
ついでにこの事件簿も俺の真っ黒黒の歴史に追加されたが、そんな些細な事は忘却の彼方だ。
逃亡失敗の後の5年という歳月を、そんなこんなな感じで過ごしていた。
そして17歳の転機から6年という長いように見えて短期間で、雪崩の如くわが身に起こった出来事で俺は一つ悟った。
人生とは、酸いも甘いも辛いも苦いも味わってこそなんだと。
何事が起ころうともすべては人生の味わいの一つということなんだ、と。
ああ、そうだ。
妹に子供が産まれた。
今では三歳の甥っ子で可愛い盛りのはずの子供なのだが、これがまたどういう不思議か不憫なことに凶悪な面構えだった。
妹の目つきのきつさと、旦那の目つきの悪さを足し算でなく乗算したという悪い見本のような面なのである。
いつだったか対面した時、ものすごい目で睨み付けられ俺の事が嫌いなのかと内心しょんぼりしていたら、どうやら単に緊張していただけだったらしい。
ただの照れが人を殺しそうな目つきな事に、彼の将来が危ぶまれると真剣に悩んだのが懐かしい。
可愛いという表現が似合わない甥っ子のためにも、成長がきっと彼にとっていい方向に転じる事を願っている。
もう正直、この子が俺の後継者として立ってくれることを願っていた。
その資質は俺に引けを取らないと思う。いまいち人の道を踏み外しかかった俺が言っても説得力があまりないだろうが、それを差し引いても何かを持っていると俺の感覚が感じ取っていた。
何故そんな事を考えているのか、というと理由は簡単だ。
理由は―――
**** ◇◆ ****
某日、某時間。
穏やかな午後の日差しのさす当主の間。
向かいに座るものがすっと差し出した白い厚紙。
それを見た瞬間、ピクリと眉が動く。同時に、相手に気付かれないように小さく動いた。
「お見合い相手……」
「実家に帰らせていただきます!!!」
聞きたくない単語が出たと同時にすばやく動いた。
スパーン、と小気味よい音を立て障子戸を開くとそのまま外へと飛び出す。
だが相手はさほど動揺することなく、周囲に控えていた者達へと指示を出した。
「御当主様が再び脱走された!者共、確保~~!!」
「「「はっ!!!」」」
「実家って、お前の実家はもう無いじゃないか」
言われた通り、元住んでいた家はすでに他の誰かが住んでいるという情報は得ていた。だが。
「はっはっは、面白い事を言うなぁ。なに言っているんだ、下町そのものが俺の実家だよ」
「定義広っ!」
「何もおかしくないぞ。俺があの場所に育ててもらったようなものだからな。それよりも……」
そういってひとまず言葉を切る。
「……なんでお前!毎度毎度、俺に付いて来られるんだよ!!」
実はこののんきな会話、恐ろしいほどの身体能力を発揮して走りながら為されていた。
「そりゃ、毎度毎度ハードな鬼ごっこをやってりゃ誰だって腕を上げるさ」
その言葉どおりこのやり取りは幾度と無く繰り返されていて、いわゆる定例行事なのである。
だがいつもの光景ながらも、今回はまだ比較的大人しいほうである。
いつもであれば、もう少し人が集まりもう少し騒がしいやり取りが為されもう少し賑やかな音が響きわたっているのだが、そんなのに比べれば今回は捕獲作戦の主要核が居ない――守護役一同様は他の仕事のために外出中――のもあっておとなしいのであった。
「頼む!見逃してくれ!!」
「断る!」
「即答!?何でだよ。当主の命が聞けないってのか!」
「お前を捕まえたら金一封がもらえるんだよ」
「じゃあ給料の二倍払うから」
「それでもお断り。前にお前、別の奴にそう頼んだだろ」
「?うん。頼んだが」
「そいつな、守護役のお一人にその後一週間ほどお仕置き部屋へ連れてかれて、次に出てきたときしばらく死んだ魚のような目をして仕事してたんだよ。誰もそんな目に遭いたくないからお断りだ」
「……そ、それは(汗)」
「まあ、今では普通にしているがな」
「(ホッ)」
「新しい世界開いちゃったから違う意味で壊れたけど(ボソッ)」
「何か言ったか?」
「いや、何も。だからお前の頼み事は聞き入れるわけにはいかないんだよ」
「ああ、くそっ。俺だって無駄なことだと分かってるよ。だけどな、本気でもうお見合いだけは勘弁してくれ!!」
やけくそ気味に叫んだ言葉に、男はどこか面白そうに問いかけてきた。
「これで通算何回目だ?」
「前回までで通算86回だよ、畜生っっ!!前回の肉食女子がトラウマになってるよ。何でいきなり『え?本当に男!!??』って裸に剥かれなきゃならないんだよ!!!」
それを聞いた相手は「あ~、そういえばそんな事もあったな」と笑う。
「それまでにも、『あなたの隣に並び立つのは自信がありません』とか『ごめんなさい。私はもう少し男らしい顔の人が好みなの』とか。他にも『あの、お見合い相手のお姉さまですか?』とか言って断られる身にもなってみろ。本気で泣きそうになるんだぞ」
「……ただでさえ女装が似合い過ぎる奴なのに、素でも美人の横に並ぶ女性も可哀想だよな」
「何か言ったか?」
ドスの効いた声音に、男は何も言っておりません、と即座に首を横に振った。
「もういっそ、妹の子が跡を継げばいいんだよ。見た目はあれでも中身は素直で可愛いんだから」
心の底からの本音に、だが逆に男はなにか信じられないものでも見るような目つきで俺を見てきた。
「……それ、本気で言ってるのか?」
「ん?なにかあるのか?」
「ああ…………いや。た、確かに、幼くとも力の片鱗はうかがわせるものがあったよな」
「『年食えば 周囲に埋もれた ただの人』とかいう風にはならないように気をつけておけばあいつなら立派な当主になれるはずだ!」
力強く言い切る俺の傍らを駆ける男は小さく呟く。
「いや、でもあの子、お前を伯母と勘違いしている上に、ヤンデレそうな片鱗が出てき……いや。深く考えるのはよそう。俺の心の安静のためにも、止めとこう。うん、そうだ」
「?何をぶつぶつ言っているんだ?」
「いや、気にしないでくれ。それよりも、この後どうするんだ?」
「このまま逃亡す」
「それは絶対無理だから諦めろ」
「言葉の途中でばっさり切るなよ!!」
「何事も諦めが肝心だと昔の人も口をすっぱくして言っているだろ」
「……何の慰めになってないぞ」
「それに逃げた場合、下町にまでやってくるぞ」
「…………」
誰が、とは言わずとも互いが誰の事か分かっていたのでそれ以上の言葉は不要だった。
むしろ来るのがはずれだった場合地獄を見る、と背筋を流れる冷や汗を感じ取っていた。
その後の会話は、無理やりの話題変換の後に下町で最近有名になってきたという菓子屋の話になり、それまでの話はうやむやになったのである。
そんな暢気な会話を続けながら、最終的には気分転換を兼ねた下町探索という結果に落ち着いたのだった。
ひとまずこれにて完結です。
おまけをなかなか完成に辿り着かせられなかった実力不足。
ここまで読んでくださった読者の方々に感謝です。
ここから下はおまけのおまけ。
今更の大雑把な人物設定。
◎主人公
無自覚美人。そして鈍感。
なんだかんだと少し抜けている。だがそこが愛嬌として親しまれている。
本編終了後は、先祖がえりの結果か、人外の力をゲット。ついでに美貌に磨きがかかった。
でも相変わらず鈍感は続行。
周囲に控える男達の包囲網が、彼の婚期を遠ざけている。
◎守護役達
とりあえず、美形揃い。
実力も含めモリモリなご一行様そろい踏み。
無自覚主人公の性質に揺らぎそうになってる。
◎甥っ子
普通の表情でも結構凄みのある顔つきの子供。
でも、ひとまず整った顔つきではあるのが唯一の救いかも。
主人公は本気で、成長が彼の顔つきがもう少しまともになる事を望んでいる。
主人公はまったく気付いていないが、美貌の伯母(伯父だが)が初恋。本気で狙っている。
◎走りながらの会話男
実は下町に近い場所で営む和菓子店の息子。
時折、主人公に指しいれしていたら、思いもよらず気にいられた。
気に入った理由が、守護役お菓子担当にも出せない味わいに、懐かしさを感じたのもある。
……という人物関係を考えた後に思いついたネタが↓。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「やっぱり好きだなぁ」
「どういう事ですか?」
なにやら黒いものを背負った守護役の一人が、いつの間にやら背後に立っていた。
「好きとか何とかという声が聞こえてきたようですが……」
傍らに立っていた男は、そう言いながら向けられた視線に顔を青くし首を激しく横に振っていた。
背を向けられているためどんな表情をしているのか見えなかったのだが、相手が涙目でいることに、どうやら恐ろしい表情なのだろうとは想像できた。
ただなぜそんなことになっているのか二人のやり取りの意味が分からず首を傾げながらも、問われたことに正直に答える。
「ああ、コレのことだよ」
そう言って差し出したのは、一つのお菓子。
「……言ってくだされば、同じものを作りましたのに」
「いやでもこの味はお前には出せないからなぁ」
「私の作る料理が気に入らないのですか?」
「ああ、違う違う。お前の作るものはどれも外れは無いし美味しいよ。でもこいつの実家の親父さんが作る菓子の素朴な味わいは、他の誰にも出すことが出来ないものなんだよ。ほら、お前も食ってみろよ」
そう言ってどこから取り出されたのか、いつの間にか手のひらには一つのお菓子が乗っていた。
「この間貰ったやつだけど、俺の保存場所が特殊なのは知ってるだろ。放りこんどけば腐る心配も無いし、重宝してるんだよ」
気付けば使えるようになっていた亜空間保存。
着実に人の範疇からはみ出している事象を、まったく自覚無く得意そうに語る。
「……ふむ。この味は確かに私では作れそうにもありませんね。作り手の人となりをうかがわせるような、素朴でありながら深い味わいです」
彼なりの最上級の誉め言葉に、笑みを深めた。
「そうなんだよな。いっそ嫁入りでも婿入りでもいいから、こいつん家の子供になりたいかも」
と、再び取り出したお菓子を頬張りながら幸せそうに呟いた。
その言葉が残りの男二人にどのような結末を齎したのか。
それは皆様のご想像にお任せしよう。